第4話「カップもヒップも普通に大きめとしか……」
胃もまぶたも重い魔の5時間目が終わり、巡条さんは次の英語の教科書片手に聞いてきた。昼休みと違って常の休み時間はたかが10分、大して力になれずあっという間に最終6時間目に。早くも近場の連中から「おまえらどうした」みたいな視線を感じる。いやぁ、悪い気しない。
先生が黒板に向かってるのをいいことに、右隣の東くんが小声で言ってきた。
「あの巡条さんと意気投合したの?」
「違うよ、勉強教えてほしいってそれだけだよ」
というか『あの』ってどの? なんか含みあるけど。
「あのはあのだよ。もしかしてまだわかってない?」
「え、なにが?」
スリーサイズ? そんなのわかるわけない……。カップもヒップも普通に大きめとしか……。
「なんとなくわかりそうなもんだけどね。いやね、あの人実は――」
先生が振り返ったからそこで話すのやめた。実は――なに……?
わざわざ改めて続きを言ってはくれなかった。気になった以上に怖くなって僕も聞かない。なんというかネガティブなものを感じたから。言いかけたときも小馬鹿にする響きがあった。
◎
地獄の6時間目もやっとキーンコーンカーンコーン。天国に昇れる(家に帰れる)。
帰り支度してたら声かけられた・笑顔ふりまかれた。
「今日はありがと~。お昼休みくらいでいいからこれからよろしくね~」
「う、うん。あ、ぜんぶいいよ。休み時間ぜんぶ」
ほんの10分でも4つ(1・2・3・5時間目終わり)足したら昼休みに匹敵する。
「いいの~? 嬉しいわ~・助かるわ~」
こちらこそ授業終わり毎回真横で癒やされていいの~? ……心臓もつかな・呼吸続くかな。
「また明日ね~。お疲れさま~」
……お疲れさま? いやまあお疲れだけど仕事終わりの大人みたい……初めて言われた。
「ああ、えっと~……ん~……バイバイ? そうよ~、バイバイよ~!」
両手をぶんぶんどこかなつかしむように言いまくる。バイバイが出てこなかったんだ……。
僕もそれ言う相手(友達)いなくなって長いけど、さすがにド忘れしないと思うけどなぁ……。
「バ、バイバイ」
久々に言ってみるのも女の子に言ってみるのも照れくさかった。
◎
「あ~、おはよ~」
「え? あ、うん……お、おはよう」
翌朝、初めてあいさつを交わした。やっぱりこれもう付き合って――ません、すいません。
僕の登校は結構ギリギリで予鈴過ぎ。巡条さんはいつも先に来てて例によって自習してる。
「朝来るの早いの?」
おはようの流れで・勢いで勇気出して聞いてみた。
「ん~、そこまで早くないわ~。大体8時頃よ~」
「そうなんだ。な、なら僕も8時頃来て……朝から勉強見てあげようか?」
「あら~、気持ちは嬉しいけれど無理しなくっていいのよ~」
確かに今より15分ちょっとも早く来るのはできそうででき――ない……。朝強くない……。
巡条さんが自習に、教科書――見れば古文――に戻ってすぐ、もうひとつ聞いてみた。
「べ、勉強好きなの?」
「まさか~。細切れの時間も大事にしないとついていけないだけよ~」
ノートにせっせと例文を・レ点を書きながら苦笑する。顔も声も綺麗なうえに手も字も綺麗。
「おうちに帰ってからも復習復習で~……」
予習する余裕はないんだね……。まあ復習してるだけで立派だけどね。
「塾とか行ってる?」
「いいえ~。行きたいのは山々だけれど~、さすがに恥の上塗りというか~……」
「恥の上塗り?」
オウム返しに聞き返したけど答えはなかった。手を止めて・話題を変えてこっちを見てくる。
「雪佐くんって流行に疎い・敏い~?」
急になんだろその質問……。トレンドにもフレンドにも興味ないから疎いに決まってるよ。たとえば昨今誰もが月額制の動画コンテンツ観てる風潮あるけど、料金も関心も払ってない。
「まぁ~、私もよ~。今の女の子が好きっていう韓国のドラマもアイドルもさっぱりで~……」
巡条さんも普通に『今の女の子』だよ……流行りさっぱりだからって自分を昔にしなくても。
とうとう本鈴が鳴った・喧噪が収まった。もうすぐ担任が来る。
静かになった教室で3ギャル2チャラはまだうるさい。人目ならぬ人耳もはばからず。
あくまで前隣の前田から目線をそらすために左を見たら――
「ふふっ」
転校初日のようにニコっと・クスっと笑いかけてくれて、腰の辺りで小さく手を振ってる。
反応に困って体育会系みたいに「うす」って会釈した。……なにが「うす」だよ・会釈だよ。
◎
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