第3話「くんくんくんくん嗅ぎすぎた・犬すぎた……」

「おーし、ラスト4枚オレが連続でめくってやっわ。いくぞ?」

「待てって、一気とか誰の勝ちか判定――」

「ヒロブミ!」「ヒロブミ!」「ヒロブミ!」

「フミマロ!」「フミマロ!」「フミマロ!」

「カクエー!」「カクエー!」「カクエー!」

「シンゾー!」「シンゾー!」「シンゾー!」


 転校3週、昼休み。今度は日本の古今の総理たち……ああ見えて近衛文麿とか知ってるんだ。盗み聞くまでもなく聞こえてくる傍迷惑な声から察するに、2チャラが3ギャルに絡んでる。1軍はノリも性格もいいあの5人をいわば王族に、運動部のデキる奴らが大貴族といった観。そしてどうやら前田とモモナは付き合ってるらしい。……普通にうらや――う、うっとうしい。


「で? 萌々奈おまえ負けか? あん?」

「やっ、ちょ、揉むのダーメー! もー、シュウのヘンターイ」


 非常にうらや――っとうしい! ダメとか言って喜んでるだろ・シュウってキンペーだろ!


「……あ」


 シャー芯折れた。カチカチカチカチ・イライライライラ……。

 たったひとり女の子を、彼女だけを望むものの、机に突っ伏してたってなにもはじまらない。そこでマイウェイ・マイペースな巡条さんに倣い、僕も先週から毎休み時間、自習しだした。あわよくば「自習してるの? 私も私も」なんて関心・会話を期待したけど――残念ながら。こっちから声かけるとかできない・とんでもない。それができたら花恋の胸までもう揉めてる。


「……ごくっ」


 冗談でも『花恋の胸』なんて考えたら変な唾呑み込んだ。すぐ横で気持ち悪くてごめん……。

 身長は割と高いほうで165センチくらい。手足が長くてしなやかで……普通に美巨乳。体育はちょっと見た限りだと苦手みたい。体脂肪はちょっと見た限りでもまるでないみたい。ほっそりしててグラドルよりもモデル体型だけど、お尻はアンバランスなくらいグラマラス。

 ……顔も体もつぶさに見すぎでごめん。けどそれくらい好きです・付き合いたいです……。


「っ!」


 急に左足になにか当たってびくっとした。

 確かめようと身を乗り出してかがんだら――


「いっ……!」「うっ……!」


 頭と頭がおもっきりぶつかった。いって……入れ替わったりはしてない・するわけない……。


「ご、ごめんなさ~い……! だいじょうぶ~……?」

「う、うん……こっちこそごめん……。大丈夫……?」

「ええ、だいじょうぶ~。消しゴムを落としちゃって~、拾おうとして蹴っちゃって~……」


 僕のところまで飛んできたってことらしい。拾いあげると見せてくれた・ほほ笑んでくれた。

 まぶしい・美しい笑顔にさっと目をそらしてしまう。彼女は席に・自習に戻ってしまった。


「…………」


 笑みも声も甘くて・清くて頭から離れない……。

 初めてしゃべれた以前に初めてしゃべるの聞いたけど、想像以上におっとりお姉さん口調。女子の精神年齢は男子より普通に高いけど、にしても高すぎるというか……母性すら感じた。……いや、同級生の女の子に母性って。でももしかしたらそれが正体不明の色気かもしれない。


「…………」


 会話を広げたかった・続けたかった……。今ならまだいけるかな、なんて話そうかな……。

 窓の外の青空を見るテイで、様子見してみたら手が止まってた。両手で頬杖ついてぼんやり。あんまりかわいくてチラ見のつもりがガン見になり――さすがに気づかれた・振り向かれた。


「あの~……雪佐く~ん?」

「あ、えっと……その……」


 名前覚えててくれて感激だけど言い訳出てこない……。

 万事窮すと思ったら幸い(?)勘違い、巡条さんが言いたいのはまったく別なことだった。


「言いたくなかったらいいんだけれど~……成績はどれくらいかしら~?」

「……成績?」


 可もなく不可もなくとくに取柄もなく、オール3、4平々凡々極まれりだけれど~……?


「あら~! すごいわ~・えらいわ~」


 両手を合わせた・顔を輝かせた。……いや、『あら~!』じゃないよ・5なんかないんだよ。


「なに言ってるの~、私なんてオール1、2よ~」

「……え?」


 毎日毎日毎休み時間自習してるのに……! 孤高の才媛に見えて仕方なかったのに……!


「だからその~、このままだと赤点だらけで~……留年しちゃうの~……」


 4月からずっとひとりでがんばってきたけどいよいよ限界、自力じゃ挽回できないという。


「けれど私、お友だちがいなくって~……誰にも頼れなくって~……」


 その点僕はぼっち=同類、先週からなんか自習しだしたし成績次第では頼れないこともない。ついさっき初めて少し話してみたのが弾みになって、ぼんやり考えた末に意を決したんだとか。


「ああ、ごめんなさいね~……私なんかと一緒にされたくないわよね~……」


 ううん、一緒にしてくれていいし恋愛感情はなくても意識してくれてただけで……嬉しい。

 巡条さんは一旦言葉を・目線を切り、左胸に垂れる毛先をもてあそびながらもじもじ言った。


「も、もしね~、迷惑じゃなかったらでいいの~……私にお勉強を教えてくれないかしら~?」

「え、うん……普通にいいけど……逆にいいの?」


 いくら同じぼっちでも・席が隣でも、男子の僕を頼ったんじゃ周りの目とか気にならない?


「平気よ~。雪佐くんのほうこそ~、私と誤解されたり噂されたりしたら~……嫌じゃな~い?」


 嫌じゃないよ、望むところだよ――とまあにやけた・引き受けた。

 まだ昼休みも半ばで十分時間ある。「早速なんだけれど~」と教科書・ノートを持って来た。


「え、僕がそっち行くよ」

「教えてもらうのに悪いわ~。ああ、机の上を使わせてもらうほうが悪いかしら~……?」


 どうしましょ~とでもおろおろ・うろうろしだす。……なんかずっと見れる・癒やされる。

「そうだわ~、私が机ごと動けばいいのよ~」って解決策出たけど僕が椅子ごと動けばいい。

 巡条さんの真横に移動した。……普通にドキドキする・いい匂いする。すごい甘い香り……。


「あの~……匂い、キツい~?」

「へ? あ、いや、ぜんぜん!」


 くんくんくんくん嗅ぎすぎた・犬すぎた……。こんな綺麗な女の子の匂いがキツいわけない。


「ん~、確かに今日はちょっとつけすぎたかも~」


 自分で肩の辺りを嗅いでみてそんなことを言う。つけすぎた?


「ええ、香水をね~。安物だけれど好きなの~・欠かせないの~」


 高1で香水つけてるんだ……道理でエロく――あ、いや、大人びて、大人びて見えたんだ。


「でね~、数Aなんだけれど~――」


 教科書を開いてわからないところを指す・話す。

 隣り合って同じもの見てるこの状況――いい……! これはたぶん誤解も噂もされる……!


「どうかしら~・わかるかしら~?」


 優しい声音で聞いてきた・垂れ目で見つめてきた。束ねた髪が雅やかに揺れて馥郁たる香。……普通にたまらない。これもう僕たち付き合ってません? はい、付き合ってません……。


「こ、これはほら、ここに代入して――」


 かなり顔が赤らみつつ・頬がゆるみつつ、赤ちゃんでも呑み込めるよう噛み砕いて説明する。


「ん~……なるほど~?」


 わかってないね・〝!〟じゃないね……。ごめん、さらに粉々に噛み砕き散らかすから……。


「あ~! なるほど~!」


 わかってくれた・〝!〟になった……! ニコニコニっコニコ!


「うふふ、これでほかのも解けるわ~」なんて似たような問題に挑んだけど――

「…………。せ、雪佐く~ん、もう一問だけおねが~い」


 結局もう三問解いて完全に理解、以降は勉強より横顔見てた。……冗談だ・本当だ。



 学校って・昼休みってこんなに楽しかったんだなぁ……。


        ◎

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