第5話「母は・レンジは偉大だわ~」

 1・2・3時間目終わりの休み時間、一貫して古文やってるの真横でドキドキ見てあげた。本当に心臓もたない・呼吸続かない……。エロい――あ、いや、甘い匂いにクラクラして……。ただ今日は香水ひかえめって塩分みたいに言ってた。キツくないから気にしなくていいのに。

 で、4時間目も終わって昼休み。


「雪佐く~ん、一緒に食べましょ~」

「…………」


 目が点に・口が線になった。嬉しすぎて。


「あ~ん、ごめんなさ~い……私なんかと嫌よね~……」


 元から垂れてる眉が・目尻がさらに下がる。しょんぼりした顔もいい――じゃ、な、く、て。


「い、嫌なんて言ってないよ・顔してないよ。いいよ、一緒に食べよう」


 両手をぱんっと・顔をぱあっと合わせた輝かせた。……それ威力高いよ・大ダメージだよ。

 左肩に広がっている束ねた髪をご機嫌に指ですきながら、椅子を持ちあげ僕の真横に来る。


「……え?」

「ん~?」


 小首をかしげたいのはこっちだって……。


「い、一緒に食べるってこういうことかな?」


 今こそ机ごと動けばいいと思うんだけど……。隣り合ってごはんって恥ずかしいって……。


「あ、ああ、そうね~。ち、違うの~、単純に反対に~……」


 毎休み時間横づけしてくれるから、昼ごはんのときくらい自分が行こうと思ってと。

 気を取り直して僕も机を横向けて、巡条さんの机と真正面からピタっとくっつけた。


「うふふ、なんだか少し照れるわ~」

「う、うん。…………」


 こうもまともに向かい合ったら見れない・落ち着かない。顔の造り完璧すぎる・対称すぎる。ふわっと左に流した髪型と右の口の端の小さいほくろだけがアシンメトリー(非対称)だった。

 ……背中に東くんの視線を感じる。「女子とは一緒に食べるんだね」って言われてる気が……。まあでも愛想尽かしてくれていい。友達はひとりも要らない・作らない――彼女ひとりでいい。


「食べましょ食べましょ~。もうおなかぺこぺこ~・お肌かさかさ~」


 たぶんひんやりしてるベージュの水筒を頬に当てながら、弁当箱を出そうとカバンを漁る。

 ……お肌かさかさってそんな馬鹿な・大げさな。普通に潤ってるのに・透きとおってるのに。香水はわからなかったけどうっすら化粧してるのはわかる。頬も唇もほんのり赤みが差してる。一方3ギャルは遠目にももっと厚塗りで、つけまつ毛・アイシャドウ過剰で元の目が行方不明。ああなると化粧はブスごまかし、明るい茶髪・金髪にしてるのも顔から注意をそらすためかな。

 ……面と向かって言ったらぶっ飛ばされる・ぶっ殺される。


「よいしょっと~、ぱかぱかぱか~っと~」


 水筒の色と同じベージュの細長い楕円形2階建て弁当箱を『よいしょっと~』机の上に置き、1階・2階を分離し屋根をひとつずつ取り払うのを『ぱかぱかぱか~っと~』3工程――

 現れたのは白と茶の2色だった。


「…………」


 つまりがごはんと焼き肉だった。……え? いや、1階ぜんぶ白飯は普通の間取り・彩り。けど2階は子ども部屋というか、色んなおもちゃ(おかず)があって色鮮やかかなって……。


「シ、シンプルでパワフルだね」

「ふふっ、いいのよ~・わかるのよ~。『リーズナブルでカラフルじゃないね~』でしょ~?」


 イ、イメージと違ったけど「お母さんは牛丼チェーンかなにかかな」なんて思ってないよ!


「お母さんじゃないわ~、自分で作っているわ~」

「自分で? あ、じゃあすごいね」


 って、お母さん作だとすごくないねになっちゃうね……。その辺はほら……言葉のあやで。


「すごくないわよ~。見てのとおり手抜きだもの~・炒めただけだもの~」


 そのぶん夜は手抜きじゃなくって本気でね~、しっかり何品もお料理してるのよ~……?


「え、晩ごはんも自分で作ってるの?」

「ええ、ひとり暮らしなの~」


 高1でひとり暮らしなんだ……それこそすごいね。香水以上に大人っぽい確かな証拠かな。

 ならもし巡条さんと付き合えたら――一夜をともにできて一線越えれる・一戦交えれる? 実家だと立ちふさがる障害(家族)がないわけで、いやぁ、簡単に泊まれそう・致せそう……!


「……ごくっ」


 妄想でもちょっとでも思い描いたら変な唾呑み込んだ。目の前で致せそうとかごめん……。

 割と普通にのどが鳴ったと思うんだけどとくに気づかれず、僕の弁当見てきた・褒めてきた。


「雪佐くんはお母さんのお弁当~? 色とりどりでとってもおいしそうね~」


 ハンバーグ、ソーセージ、生ハム、玉子焼き、エビフライ。

 ほうれん草のお浸し、ブロッコリー、プチトマト、ポテトサラダ、金平ごぼう。

 以上10品が真ん中で仕切った半分に所狭しと詰まってる。もう半分、ごはんは一面ごま塩。


「ん~、なんだか恥ずかしいわ~……。私のほうが男の子のお弁当みたいね~……」

「そんなことは……」


 ある……。でもこれほとんど冷凍食品だよ。だから別に凝ってないんだ・愛ってないんだ。


「なに言ってるの~、朝起きて作るの大変よ~。母は・レンジは偉大だわ~」


 レンジもなんだって笑ってしまった。巡条さんも釣られて口に手を添えて上品にほほ笑む。

 笑いがおさまったところで聞いてきた。


「いただきます~?」

「いただきます?」

「いただきま~す」

「いただきます……」


 な、なんだろこのやりとり……。やっぱりこれもう・ほんともう、僕たち付き合ってません? 前田とモモナも教室では一緒に食べてない。たぶんどこかでふたりきりで食べてると思うけど。そう考えたら向き合って堂々食べるって見せつけすぎ……東くん以外の視線も刺さってきてた。

 巡条さんは気にしてないのかならないのか、牛のバラ肉を・食の幸せを噛みしめてる。


「ん~……おいし~……」


 片手を頬にとろ~んとした目で色っぽい。唇ぷるっぷるで艶っぽい。

 咀嚼に合わせてわずかに動く口の端のほくろも、命が宿ったみたいでなまめかしい。

 口って横じゃなくて縦で見てみたら……ほぼほぼ女の子のあそ――


「雪佐くん雪佐くん、よかったら少し交換しましょ~?」

「股間?」


 リップつやめく口に見とれて卑猥に思えてきたせいかそう聞こえた。……最低だ・変態だ。


「こ、う、か、ん。なんでもいいの~、私のお肉とごはんと~」


 ごはんはトレードに出さなくても……。普通に間に合ってるよ。


「うふふ、いいからいいから~」


 というわけで玉子焼きとお浸し差し出した。肉じゃないやつ・冷凍食品じゃないやつだから。

 子犬くらい・子鹿くらいうるうるの目で喜んでくれた。


「あ~ん、おいしいわ~……! いいお母さんじゃな~い」


 そんなことないよ、ガミガミうるさいよ。巡条さんのゆるさ・優しさを見習ってほしいよ。


「んっ、焼き肉おいしいね」


 ただね――おいしいとしか言いようがないね……。

 あんまり勧めるからもらったごはんも食べてみた。


「んっ……!」


 なにこれ、どこの米……!? 冷えてても米立っててねちゃねちゃしてなくてなんか違う!


「お米自体はなんでもないわ~。土鍋で炊いているの~」

「土鍋?」


 炊飯器よりめんどくさいけどおいしく炊けるという。事実、僕んチ(炊飯器)よりおいしい。


「……なんでそんなの知ってるの・やってるの?」

「ん~、年の功~?」


 年の功って……。


        ◎

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