怪奇! 田舎伝奇村

金澤流都

田舎の夏、伝奇の夏……。

 夏休み、わたしはひいおばあちゃんのお家に泊まりがけで遊びに行くことになりました。

 ひいおばあちゃんというのは要するに家にいるほう、父方のおばあちゃんの母親です。父方のおばあちゃんは8人兄弟の戦中派で、ひいおばあちゃんの家は大きな農家です。ひいおばあちゃんは戦時中、おばあちゃんが女学生のころ、お腹を空かせたおばあちゃんのクラスメイトにおにぎりを渡して人気者になったそうですが、それはともかく。

 ひいおばあちゃんのお家はとても大きな日本家屋です。奥には蔵があります。大きな木がたくさん生えているのでテレビの電波はあまりよくありません。

 ひいおばあちゃんの家につくと、ひいおばあちゃんはなぜかNHKのニュースを英語で見ていました。なにかの弾みで副音声のボタンを押してしまったのでしょう。

「ひいばあ、英語でテレビ見てるの?」

「んだよ、このじゃみーんな英語で喋れぇ」

 ひいおばあちゃんはお昼ご飯に鮎の焼いたやつとそうめんを用意しながらそう言うので、

「日本語サ戻せばいいか?」と尋ねると、

「ほ、これ直せるんだか?」と言いました。わたしは鮎の塩焼きをかじりながら、副音声ボタンを押しました。NHKのアナウンサーは無事に日本語を話し始めました。

 ひいおばあちゃんはわたしが来るのをずいぶん楽しみにしていたようで、冷凍庫からポッキンアイスを出してきました。それを食べながら、自由研究のテーマにしようと思っていた、ひいおばあちゃんの畑の作物を調べたい、と言いました。

「構わねばって、蔵サ入ればだめだよ」

「どうして?」

「とにかく蔵サ入ればだめだのよ。これは絶対だよ」


 そんなことを言われたら気になるに決まっています。わたしは蔵の探検に行ってみることにしました。

 でもひいおばあちゃんに気付かれてはなりません。幸いひいおばちゃんは夜の8時には寝てしまうので、昼間は畑を調べて、お風呂に入り、夕飯を食べて、ひいおばあちゃんが寝てから、宿題をするふりをして隙をうかがいます。ひいおばあちゃんの寝室からいびきが聞こえてきました。けっこうな音量です。わたしは今こそ、とそっとひいおばあちゃんの家を抜け出し、蔵に向かいました。


 蔵の戸には鍵がありません。軽く引っ張ったら簡単にひらきました。

 真っ暗です。蔵の外は蛙がゲコゲコ鳴き、たくさんの星がきらめいていたので、静かで湿っぽくて暗い蔵のなかは不気味です。

 ひいおばあちゃんの家にあった懐中電灯をつけます。特におかしな様子はありません。農機具や米の袋、肥料や農薬が置かれているだけです。

 もしかしたら農機具や農薬が危ないから入っちゃいけない、と言われたのかもしれません。なんだ、拍子抜けしたなあ、と思いました。


 そのとき、不意に懐中電灯の灯りが消えました。

 なにやらぞわりとする風が吹いてきます。なんだか、夕立が降り出すときみたいな風です。


 突如、蔵の天井に、ミラーボールが現れました。それは激しく回転しながら、蔵のなかに輝きを放ちます。

 そして時代設定を無視したマツケ●サンバが流れはじめました。蔵の二階というかロフトみたいなスペースで、狐耳に金ピカの巫女服の女の子が踊り狂っています。

 唖然としてそれを見ていると、狐耳に金ピカ巫女服の女の子がハシゴを降りてきました。

「ウェルカムようこそ田舎伝奇村なのじゃ!」

「い、田舎伝奇村??」

 よくわかりません。

「あるじゃろ、ばあちゃんの家に泊まりに行ったら祠があってそこの蛇神さまの呪いが……みたいなやつ」

「えっ、呪われるんですか」

「呪わんよ。ここぁアトラクションみたいなもんじゃからな。ちなみに儂は『だれも拝むものがいなくなり力を失ったお稲荷さん』という役どころじゃ。田舎伝奇のヒロイン決定版じゃな」

「はあ……」

「イカれた仲間を紹介するぞい!」

 そんなの紹介しなくて大丈夫なのですが。

「まずは……罰当たりものが壊した首のないお地蔵様!」

「どーも! 首無し地蔵尊でっす!」

 首がないのになんで喋ることができるのでしょうか。

「つぎに……呪われた家系に生まれた牛頭の予言する娘!(C)小松左京!」

「ンモォ〜」

 いや牛成分強すぎ、ほぼ牛ですから……。

「さらに……祟りから村を守る土蜘蛛一族の姫君!」

「シャカシャカシャカ」

 姫君よりだいぶ蜘蛛寄りです。

「まあこんなもんじゃろの。で、どうする? 楽しいアクティビティがあるぞい?」

「楽しいアクティビティってなんですか」

「儂らと一緒にこの村にかけられた呪いの真相を解く脱出ゲームじゃ!」

「遠慮します」

「なぜ?!」

「明後日には家に帰らなきゃいけないし。町内会の盆踊り、今年こそくじ引きでスイカを当てるって決めてるんですから。それにひいおばあちゃんの家には自由研究の取材で来ているだけです」

「そんなこと言わない。楽しいぞい、得体の知れない怪物から逃げ回ったり、呪いの真相を暴いてトゥルーエンドを見たり。なんとエンディングが8種類のマルチエンディングじゃぞ!」

「そういうことしてる場合じゃないんですよ。小学生は忙しいんです。ひいおばあちゃんの家から帰ったら、プールとかラジオ体操とかしなきゃいけないんですから」

「儂らと遊びたくないと?!」

「そうです。ここから帰ったら仙台のいとこたちが家に遊びにきます。そっちで忙しいです」

「うぬぬぬ……小学生には田舎伝奇の良さがわからぬか」

「はい。どっちかっていうとズッコケシリーズの無人島編みたいな夏休みがいいです」

「田舎伝奇とどっこいどっこいではないか!」


 というわけで、田舎伝奇とやらを強引に勧めてくるお稲荷さんとイカれた仲間たちを無視して蔵を出ました。

 そっと家に戻ると、ひいおばあちゃんは相変わらずスヤスヤ言っていました。明治生まれなので、寝巻きは浴衣です。

 わたしは寝てしまうことにしました。あっという間に眠れました。


 ひいおばあちゃんの畑の野菜の写真を使い捨てカメラでいっぱい撮り、葉っぱのサンプルをもらい、もぎたての野菜を食べた感想をノートに記して、わたしは家に帰ることになりました。

 ひいおばあちゃんは別れる日、たくさんの野菜をお土産にもたせてくれました。

「また来いばいいよ。秋になったら栗が拾えるったいに。あ、柿もあるな」

「うん。ひいばあ、元気でね」

 というわけで、わたしは1日に片手で数えられる程度しかないバスに乗り込みました。バスは、ひいおばあちゃんの家の近くの停留所から、街のほうに走り出しました。

 ふとみると、だれも手をかけていないボロボロの祠が目に入りました。どうやらお稲荷さんのようです。

 それを見て、ちょっとだけ「田舎伝奇アクティビティ、やればよかった」と思いましたが、家に帰ると仙台のいとこたちと伯父さん伯母さんが家に来ていて、田舎伝奇アクティビティのことはその夏思い出すことはありませんでした。


 それから何年も経って、小学生だったわたしは、三十路のおばさんになりました。

 いまになって、あの曽祖母の家で過ごした夏を、とても恋しく思っています。ライトノベルを読んで大人になり、いまなら田舎伝奇アクティビティを楽しめると思いましたが、曽祖母の家はいま無人の空き家で、バスの本数も減り、簡単に泊まりに行くところでなくなりました。

 曽祖母はもちろん祖母も亡くなりました。弘前の大叔父、つまり祖母の弟が定期的に曽祖母の家のメンテナンスをしているそうですが、大叔父も結構な歳です。もうわたしが曽祖母の家にいくことはないかもしれません。

 あの蔵はどうなったでしょうか。分かりませんが、いまもお稲荷さんとイカれた仲間たちが楽しく過ごしていることを願ってやみません。

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