【短編】闇の蘇生術師エデン・リステレス

Naminagare

前編:エデン・リステレス


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 聖教会グランド・クロスに属する特級聖職者のみ与えられる光魔法『リジェネライト』。


 傷を癒す魔法ヒーリング系統最上位スキルであるこの御業は、死者を蘇らせることが出来る唯一無二の魔法であった。


 魔物との戦いに傷つき倒れた冒険者。

 不慮の事故に巻き込まれた村人。

 その秘術の需要は天井知らずである。


 しかし、聖なる御業が故に厳格な規則があった。

 犯罪を犯し秩序を乱す者には、決して御業の恩恵を与えることは無いと云う鉄則。


 ……それでも、世界とは広く浅ましいものである。


 光があれば影も生まれるよう、その存在も必然だと云えるのだ。


 ――時は、魔法暦900年7月7日。

 梅雨の終わりを間近に控えたというのに、その日は天をひっくり返したような雨が降っていた。

 山岳地帯のティーフ・フォレストの山小屋にも、その影響はひどく押し寄せる。

 だが、ガラス戸に打ち付けるバシバシとした雨粒の音も、その男に限り何ら気にする様子は無かった。


「……」


 只管の無言。

 火の灯った暖炉の横で、エデン・リステレスは一冊の厚本を手元に拡げて肘掛椅子ロッキングチェアに揺れていた。

 端麗な顔立ちと漆黒色のシックな衣装を身に纏った姿はそれだけで絵画のようである。

 また、細首に回した黒く妖しい輝きを放つ十字型のネックレスは、恐らく彼自身の枷と戒めを現すように思えた。


 そんな彼は、嵐の音を唄代わりに読書に勤しむ。

 エデンにとっては、心休まる至福の時間であった。

 

 しかし、その時だ。


 突如、玄関の木扉がけたたましい音を立てて開かれた。

 ノックも無しに、不躾な客だとエデンは顔を上げる。

 そこには、酷く全身を濡らした一人の男が立っていた。

 安っぽい皮の茶色のローブ・コートを着用した男は、もう一人ばかり、同じ格好をした人間を背負っていた。

 何やら穏やかではない雰囲気のままに、男は「見つけた」と口を開く。


「……こんな日に、わざわざ。俺に何か用事かい」


 エデンが訊く。

 男は、泥塗れの靴で室内に踏み入って来た。

 背負う人間を近くの木造ベッドに寝転がせた後、腰に装着していたズタ袋を近くのテーブルに置いて、轟々しく叫んだ。


「アンタがエデンで間違い無いんだろう。頼む、コイツを生き返らせてくれ。金なら十分にあるんだ! 」


 男の置いたズタ袋の開口の隙間からは、黄金に煌めく金貨が顔を覗かせる。


「百万ゴールドある。これでコイツを助けてくれ」


 男はベッドに転がした人間を指差した。


「……成る程」


 エデンは呟く。


「事態は呑み込めた。だが人に頼み事をするには些か乱暴過ぎる態度ではないか」

「金さえ払えば死んだ人間を生き返らせてくれると聞いた」

「答えになっていないな。まァ良い、診てやろう」


 本を閉じて傍のテーブルに置き、ロッキングチェアからゆっくりと立ち上がる。

 ベッドに転がる遺体の傍へと近寄ると、顔を隠すフードを除けた。


「……女か。お前さんの嫁かね」

「違う。妹だ。その、理由があって……刺されたんだ」


 男は遺体の着衣を捲り、彼女の腹部を露わにする。

 そこには出血こそ止まっていたが、内臓を抉るような深い傷跡があった。

 

「随分と深い傷だ。それに魔力の微かな香り。魔法武器の類で刺されたか。どうして殺された? 」


 その問いに、男は口を閉ざす。

 言わなければダメか? と苦い表情を浮かべた。

 エデンは薄ら笑いで答える。


「別に構わん。こんな嵐の日にわざわざ……どういう事情なのかは承知している」


 自分に蘇生依頼をするという時点で碌でもない相手であることは明白だ。

 普通の堅気であるならば、町の聖教会に依頼すれば良いのだから。


 ――ただし一つばかり。

 エデン・リステレスの噂が全て"その通り"であるとは限らない。

 現に今も、遺体に触れたエデンは「助けられない」と首を横に振ったのである。


「な、何だと!? 」

「コイツは無理だ」

「金なら払う。お前は誰でも助けるんだろう!? 」

「尾鰭が付きすぎだ。いくら俺でも魔力を失った生き物は蘇生出来ん」


 エデンは冷淡な素振りで元の椅子に戻り、深々と腰掛ける。

 その態度に男は血管を浮き立たせた。


「誰でも生き返らせるって話を聞いた。それを信じて俺はここまで来たんだ! 」

「だから尾鰭の話だと言った。その女は時間が経ち過ぎだ」

「どういう意味だ! 」

「蘇生が可能なのは、死後も魔力を宿した肉体だけだ。その女は既に体内から魔力が消失している」


 男は絶望の表情を浮かべて、拳を血が滴るほど強く握りしめた。

 何とかならないのか、と歯ぎしりした。


「無理だ。肉体から魔力が失われた以上、現状手立ては無い」


 その言葉に、男はピクリと頭を動かす。


「現状……と言ったか? 」

「ああ、言った」

「他にやり様があるって事なのか」

「無いわけじゃない」

「お、教えてくれ。どうすればいい! 」


 可能性があるなら、それに賭けたいと男は言う。

 さも当然の反応ではあったが、エデンの答えは予想外で残酷たる言葉だった。


「新鮮な遺体を準備する必要がある。同じ女であれば、なお良い」

「……なんだって。お、俺に誰かを殺せって言うのか! 」


 思いがけない依頼に目を丸くする。

 しかし、エデンは鼻で笑うように言った。


「一度罪を重ねれば、もう二度も三度も同じ事だろう。その金貨袋を得た時のように罪を犯せばいいだけの事ではないか」


 その台詞に、男はギクリとした。

 引き攣った表情で「何故分かったんだ」と一歩ばかり退く。


「お前の依頼は珍しい話じゃないって事だ」


 山小屋の建つティーフ・フォレスト山岳の麓には、ベルツ集落という小さな山村がある。

 レアメタルの鉱山を生業にした集落には、金貨製造を担う製鉄所が在った。

 故に、大金を奪い命からがら逃げてきた賊からの依頼など珍しい話では無かったのだ。


「全部お見通しだったってわけか」

「その金貨袋も見飽きている。さて、お前さんはどうするかね」

「い、妹を助けるならその位ならやってやる。女を殺して持ってこりゃいいんだろ! 」

「それでいい。だが、恐らく間に合わんだろうよ」


 エデンはロッキングチェアに揺られながら目を閉じて、小さな声で言う。


「遺体は時間経過で腐敗が進み、損傷し、魔力の保持が出来ない肉体になっていく。老衰や損傷の激しい遺体を蘇生出来ない理由と一緒で……ま、その話は要らんか。兎に角、その妹さんを蘇生する猶予までに別の遺体を用意する時間は無いって事だ」


 刹那、男は絶望に打ちひしがれた。

 ところが、エデンは笑い、ある事を伝えた。


「ククッ、そう悲観しなさんな。女の遺体なら倉庫にストックがあったはずだ」

「……あるのか!? 」

「こういう事態に備えてな。だが、高くつくぞ」

「金なら払う! 」

「そうかね。なら、正味一千万支払ってもらおう」

「一千万だと!? 」

「支払えない金額ではないと思うがね」


 男の腰に纏った残りのズタ袋に目を向けた。


「……ダメだ。これは俺たちがやり直すために必要な金なんだ」

「なら遺体を連れて今すぐ消えろ」

「こ、これほど頼んでも駄目か」

「消えろ」

「くっ……くそが、なら、嫌でも妹を助けて貰うぞ! 」


 男は帯刀したナイフを取出して、エデンへと突きつけた。

 ……本気の殺意があった。

 しかし、エデンは「帰れ」と邪険に扱う。

 その態度に男の気は昂ぶり、抑えきれない感情が爆発する。 


 " それなら本当に死んじまえッ!! "


 男はエデン目掛けてナイフを構えて突進した。

 だが、ナイフが突き刺さる寸前。

 エデンは、青白い光を胎動させた人差し指一本でそれを受け止める。


「な、なんだこりゃ……動かね……魔法か!? 」

「俺に刃を向けたなら、一々温情を与えると思うな」


 受け止めた指先を男の首元に向けて"なぞる"ように小さく動かした。

 瞬間、男の首元に細い切れ込みが出来て、その隙間から噴水のような鮮血が噴出する。

 やがて胴体から滑るように頭部は床に落ちて、制御の無くなった肉体は両膝を崩し、前のめりに倒れ込む。

 

「……全く、部屋が血だらけになってしまったじゃないか」


 泥と血溜りが床を汚す。

 エデンは、自らの行為に文句を垂れながら椅子から立ち上がり、男の遺体に巻き付いた袋に手を伸ばした。

 拾い上げた袋の中身は、やはり一千万を越える金貨がひしめき合う黄金の海が広がっていた。


「最初から素直に払っておけば良かったものを。やれやれ、部屋の掃除は大変だと云うのに」


 遺体は明日の朝にでも山稜から投げ落とそう。

 いつものように巨大怪鳥グリフォンが朝食代わりに処理してくれる。

 血塗れになった部屋の掃除は面倒極まりないが、大金の代償として受け入れてやろう。


「しかし、運が無い兄妹バカ共だったか。金を盗む事に成功しておいて、命を落とすとは元も子もない。お前も阿呆な兄を持って不幸せな一生だったな」


 ベッドに転がる妹のフードを全て捲り上げる。

 馬鹿な兄妹を嘲笑うつもりで晒した彼女の姿だったが、それを見て思わず反応した。


 凡そ落ち着いて伺った彼女の容姿は、中々どうして目を奪われた。


 赤茶色の柔らかなボブヘアが似合う整った顔立ち。

 きめ細かいクリスタルのような白肌で、大きく膨らみのある胸と、滑らかな脚先。


 ……ほう。

 悪党にしては、随分と端麗ではないか。


 指先で彼女の頬に触れる。

 冷たい感触。死んでいるのだから当然とはいえ、生気は無い。

 触れた指先を細い首筋になぞり落とし、鎖骨を越えて、革服の襟の隙間から、柔らかな胸を弾いた。


「……悪くない」


 俺は充分に欲深い。

 見た目に有して涼やかだ、冷淡だ、男らしいだと言われるが、俺ほど欲に忠実な男も少ないと思っている。

 金も女も自分が望むものを得るために、俺はこの道を選んだのだ。


「女、先ほどの不幸せを訂正しよう。まあ、これからは"最悪"と感じるかもしれんがな。俺にとっては幸運……今日は血肉の"代わり"もある」


 パチンと指を鳴らす。

 同時に指から青白い光が放たれて、床に転がる男の頭部と胴体に纏わり付くと、遺体はふわりと浮き上がり、ベッドに置かれた妹の横に並べられた。


 近くの本棚から古びた黒色の魔書を持ち出し、慣れた手つきで青い魔法陣が描かれたページを捲る。


 左手で本を支え、右手を大きくひらき、本の魔法陣を覆い潰すように触れた。


 そして、魔法陣に振れる掌へと魔力を込める。


 自らの存在を肯定すべき理由、その"魔唱"を口にした。



 『 Einfach.Obey.Sacrifice 』

 ――唯、従え、生贄を背に――



 次の瞬間、魔書の魔法陣が眩いほど群青に煌めく。

 

 青の光は幾重にも瞬いて粉微塵になり、散り広がって、兄妹の遺体を包み込む。


 やがて二人が光で見えなくなった後、稲妻のような一瞬の眩い煌めきを生み、音を立てて光が消失する。


 また同時にベッドに横たわっていた筈の男の遺体も忽然と姿を消した。


 して、その直後。


 死んでいたはずの妹の胸元が大きく上下する。

 心臓の鼓動を鳴らし、呼吸を始め、薄っすらと瞼ひらいたのだ。


「あれ……? 」


 小さな反応だった。

 しかし、辺りを見渡してから、黄色い悲鳴を上げた。


「な、なに……やだっ! 」


 周囲は惨劇に満ちていた。

 狭く薄暗い部屋に血だらけのベッドと、見知らぬ男性エデンが此方を見つめている。

 煽られた恐怖に後ずさりして、窓際に体をぶつけた。

 

「誰なんですか。兄さんは、兄さんは何処ですか!? 」


 叫び、狼狽え、混乱する。

 その様子にエデンは「ふう」と溜息を吐いて、女の傍に近寄った。


「女。名前と歳を言え。面倒を掛けるならもう一度殺す」

「……な、なんですか急に。近づかないで……兄さんは何処にいるんですか! 」


 当然の反応と云える。

 だが、求めた答えと異なる回答に、エデンは無言で頬を思いきり叩いた。


 バシリと強烈な炸裂音。

 女は呆然として叩かれた頬を押さえた。


「もう一度訊く。名前と年齢は」

「な、なんで……」

「それが答えでいいのか」


 彼女の前で右手を構える。

 怯えた女は震え上がりつつ、求められた言葉を口にした。


「ノ、ノアです。ノア・シュヴァルツです。年齢は十八です! 」


 若々しい見た目と思っていたが、十八歳とは道理で。


「最初から素直に言えばいいものを。兄妹揃って頭が悪いのか」

「……そ、そうだ。兄さんは……兄さんはどこですか! 」

「馬鹿な兄貴はとっくに死んださ。汚れてる血は馬鹿兄貴の血溜りだ」

「うそ……ですよね」

「詳しい話は後でしてやる。俺にとって重要な問題は一つだけでな」

「なんですか……」

「お前が"使えるかどうか"という話だ」


 彼女の傍に近寄り、血みどろベッドに押し倒す。

 仰向けになったノアに覆い被さると、衣服を破るように剥いだ。


「や……やだ、いやだっ! 」


 ノアの悲鳴が響く。

 押し返そうとするも、到底力では敵うはずもなく、白い柔肌を晒す。


「やだぁっ! 」


 それでも必死で抵抗した。

 腕で振り払い、払い除けようとする。

 しかし、エデンが頬に思い切った平手打ちをしてきた事で、心は恐怖で委縮した。

 鼻血混じりに涙を流して「ごめんなさい」と小声で溢す。


「……そのまま静かにしていろ」

「わかり……ました」


 暴力で折れた心。

 ノアは従順に沈黙する。

 怖れに支配され、最早人形に等しくなった。


 やがてケダモノエデンは欲望を惜し気なく晒け出し、その身は嫌でもそれを受け入れざる得なかった。

 揺れる目線で見上げる知らない天井は、一生忘れる事は出来ないだろう。

 そして、窓を鳴らす雨粒の音が落ち着いた頃、無造作に欲を散らしたエデンも落ち着き、ノアの傍を離れた。


 エデンは上半身裸のままロッキングチェアに腰を下ろし、ベッドに倒れ込むノアの姿を眺める。


 全身を兄の血色に染めた彼女は、太ももを自らの愛液と血に濡らし、その光景たるや悲運を越えた惨劇であった。


「悪党の癖に初めてだったとは。痛かったか? 」


 わざとらしく言う。

 ノアは両腕で涙を流す顔を隠したまま返事はせず、そのうち、床に落ちていた兄の遺した"ナイフ"を見つけるやいなや、それを拾い上げ、自らの首元に突き向けた。


「死ぬ……死にます。私が死んでから私を好きにしたらいい! 」


 その願望は本物の他ならない。

 間を空けずに自ら命を断とうとナイフを喉元に刺そうとした。

 しかし、自傷することは出来ず、突然の脱力感が襲いナイフを手放した。


「な、なんで。力が入らな……い……」


 それを見たエデンは白い歯を見せて不敵に笑った。


「無駄だ。お前を蘇生する時に枷を取りつけた。折角いい拾い物をしても、自ら命を断つ輩が多くてな。お前は生きる事は出来ても、自ら死ぬことは出来んよ」


 ノアはエデンを睨みつける。


 そ、それなら。


 ナイフを再び手にして、今度はエデンを突き刺そうとした。

 ところがそれも先ほどと同じで、刃が届く前に唐突な脱力感を覚え、ふらふらとエデンの胸元に倒れ込んだ。


「おいおい、もう一度ヤってくれってか? 」


 抱きつく形になったノアに、赤い舌先を見せて言う。

 ノアは悔しさに歯ぎしりしてエデンを見上げた。


「私をどうするつもりなんですか……! 」

「どうもこうも、お前次第というところだ」


 密着したノアの下部に手を伸ばし、隙間へと指を這わせた。


「んぅっ……! 」


 刺激を受けたノアはゾクゾクと体を震わせて、反射的にエデンに強く抱きつく。

 やや恍惚に成り得るノアを見ながら、エデンは彼女に二つの選択肢を与えた。


「俺は忙しい身で、人の手が欲しい。だから選択する余地をやろう。商人に売られて奴隷スレイヴとなるか、俺の助手となるか。好きに選ぶといい」


 どちらを選んでも奴隷スレイヴに等しい。

 だが、ノアの答えは既に決まっていた。


「わ、私は……あなたを……許さない……っ! 」


 エデンから受け続ける辱めで下腿に滑らかな液体を伝わせながら、彼女は決意を口にした。


「傍にいて、殺します……。絶対に……殺すから……ッ」

「そりゃ有難い申し出を有難う。これから愉しくヤッていこうか」


 そう言うと彼女の脚を拡げ、再び反り勃った欲望を彼女の袂へと擦り挿れる。

 ノアは声にならない叫びを上げて、誘われた永い悪夢へと身を落とすのだった――。


 ………

 …

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