第9-3
「う……ん」
鳥のさえずりで、実歩は目を覚ました。
頭が痛い。一瞬そう感じたが、体をゆっくり起こし、改めて自身の頭に調子を伺うと、案外そうでもないことに気付く。
地べたに崩れたように座りながら、実歩は空を見上げた。
空は明るく、雲が何一つない晴天。そして太陽が近い。肌に刺さるような朝日だが、空高く浮いた大地の上では地上より幾分空気が冷えている。
「ここは……」
周囲をぐるりと見回す。木々や草花が自由気ままに生えている。見覚えのない光景だ。
「あれ……なんだっけ」
思い出そうにも、昨夜のことが全く出てこない。酔っ払って、外で倒れてしまったのだろうか? 頭は……痛くない。体も怪我はないようだ。そもそも私は、お酒をあまり飲まないんだった。それじゃあ……。
少し混乱した頭で実歩は、もう一度自身がいる場所を確認した。
『どこもかしこも木や雑草で
生えている雑草の背はどれも高く、森の奥まで見渡そうとすると視界を遮る。しかしある一か所だけは、偶然にも雑草の密度が低く、奥まで見通すことができた。
実歩は雑草の間の隙間に、じっと目を凝らした。地面がずっと森の奥まで続いて、そして突然、そこに崖でもあるかのように地面が切れ、青い空だけが悠々と広がっている。
自分は一体どこにいるのか? 寝ぼけた脳をフル回転させようとした。
「たしか……謙輔と一緒に鉱山に入って……」
「どう? 元気?」
思い起こす作業とほぼ同時に、突然、声が頭上から降ってきて実歩は驚いた。思わず目の前にある空を見上げる。しかし当然ながら、そこには誰もいない。
聞き間違いだろうか? 脳が寝てしまっているため幻聴でも聞こえたのだろうか? 実歩は念のため、もう一度、声の主を見つけようと周囲を探した。
『こっちだよ』
声の主はクスリと笑った。見当違いの場所を探す実歩を嘲笑う。
笑い声を追って今度は的確に、実歩はその声の主を探し当てた。すぐ背後にある2mほどの高さの、大きなゴツゴツとした岩の上に、アンが座って足をぶらぶらさせていた。
「アンちゃん! ……あっ! 謙輔!」
アンの顔を見た途端、意識を失う前の記憶が一気に鮮明となった。すぐに立ち上がり、周囲を探す実歩。しかし謙輔の姿はどこにもない。
「おにーちゃんなら、あっちだよ」
アンが自分の背後に広がる森の中を指さす。
実歩はアンの言葉に一瞬、息を呑んだ。あんな体の状態だったのだ。治療なんてしていないのだから、
『怖い』
確認することによって、今までの謙輔との幸せな時間がすべてガラガラと崩れていくような予感がした。自分が確認することで、謙輔の死が確実になってしまう。もしかすると自分が見なければ、謙輔は生き続けてくれるのかもしれない。そんな錯覚に実歩は陥っていた。
震える足で一歩、また一歩と、アンが指差した方向に踏み出す。踏み出すごとに身体の中で恐怖が膨れ上がり、押し出された涙が頬を伝って、乾いた地面に跡を残していく。自分が鉱山に行くと言ったばかりに、こんなことになってしまった。そんな後悔の念が、実歩に
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
あの鉱山の地下で謝ったはずなのに、どれだけ謝っても実歩の心は救われなかった。謙輔は許すなんてことを、ひとことも言ってはいない。
『ありがとう』
謙輔が言ったその言葉に、どれだけの意味が込められているのかは分からないが、少なくとも許しのニュアンスを含んでいないことを実歩は感じ取っていた。
お母さんのことだけでなく、謙輔のことも後悔として背負っていかなければない。そう予感させるこの状況に実歩は、もはや限界であった。
一歩進むごとに、後悔する気持ちが大きくなっていく。そして、限界を超えると嗚咽となって体に現れた。
太い木々の間に生い茂る雑草。どれもが背が高く、実歩の頭の高さよりもあった。
『どこにいるの? でも見つからないで』
相反する2つの思いを胸に、実歩は茂っている中をかき分け、進んで行く。
最後に束となって壁のようになって、目の前に立ちはだかる雑草群。透けて見える向こうの景色から、おそらくここでこの雑草地帯は終わる。
『この先にきっと……』
実歩は目の前にある雑草に手をかけ、震えながらかき分けた。
大きく広がる青い空ーー。その光景が目に飛び込んでくる。
ひらけた場所に実歩は出た。空に浮かぶ大地の一番端だ。
そして、そこに実歩に背中を向け、立っている1人の男性の姿があった。
ーー謙輔だ。
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