第9-2

 小高い丘の上で、アンは空に向かって両手を広げ、大きく叫んだ。


「それじゃあ、いくよぉ! 黄な粉ちゃんたち! 今から最後のお祭りだぁ!」


 距離が離れていても、その声は村の魂たちにしっかり届いた。それが合図となって、やぐら周りで踊っていた魂たちは、次々と人間の姿から黄色一色の姿に変わっていく。全身がその色に変わりきると、今度は形が変わって団子だんごのようにまん丸となっていった。

 黄色の団子になった魂たちは、餅つきできねに付く餅のように、細く伸びて上空高くまで上がると、次には流れ星のように落ちて次々と月引村へ通じる入口に吸い込まれていったーー。




「くそっ! 何てことだ!」


 地上に出た裕二は自責の念から、拳を作って何度も石垣を上から強く叩いた。


「大人の私が付いておりながら!」


 月夜の下で延々と裕二は、怒りの矛先を目の前にあった石垣に向け、ぶつけた。拳の皮膚が破れ、出血し、石垣の表面に赤い色が滲む。そのとき、裕二の耳に岩を砕くようなガリガリという大きな音が届いた。殴りつける手を止め、周囲を見渡す裕二。

 地上から聞こえる音ではない。これは……地面の下? そう思った瞬間、大地を突き破る轟音が周囲に響いた。

 空気が震える。地面も揺れる。


「!? 地震……うあっ!」


 あまりに強い、突き上げる地面の揺れに裕二は尻もちをついた。その拍子に偶然、空を見上げる体勢になる。


「え……なんだ?」


 偶然、目に入る。高く上空に浮かぶ多数のうねうねとした物体ーー。月明かりに照らされ黄金に輝き、蛇のように長い。

 裕二は目線を下に少し落とした。次々とその物体が、森の中から空に飛び出しているのを見つける。

 このとき裕二は思った。それはまるで、空想上の生き物ーー『龍』のようであると。




 ーー空を飛ぶ数十匹の黄色い龍。その中の1匹の背中に、アンは乗っていた。

『自分が作った月下島の空に浮かぶ大きな満月もいいけど、本当の月も小さいけどなかなかいいなぁ』とアンは思った。


『こんなときなんて言うんだっけ? 風流?』


 そんな雰囲気を感じられるようになった自分のことを、少し大人になったような感じがして、アンは誇らしく思った。『私も成長してるんだ!』


「うーん、気持ちいい! 景色も最高っ!」


『アン……本当にありがとう』


 アンの横でママは、優しく礼を言った。


「ううん、私もありがとう。ずっと1人だった私に名前を付けてくれて。いつも傍にいてくれて本当に嬉しかった。これからも……ずっと一緒だよ、ママ」


 ママは自身が輝き放つ光で明暗を繰り返し、アンの言葉に応えた。


「それにしてもお姉ちゃんたち、大丈夫かな? 魂の光が弱くなってる」


 アンは空飛ぶ龍の背中から下を覗き込むと、心配するように言ったーー。




 実歩は謙輔を抱きかかえ、背伸びをしながらようやく水面に顔を出していた。首元ほどまできている水は、たまに実歩の口に流れ込み、苦しめた。窒息から謙輔を守らなければならない。そんな強い想いから、実歩は自分より高い位置まで謙輔を抱え上げていた。しかし、それももう……。


「はぁ、はぁ……」


 実歩のすぐ顔の近くで、謙輔が目を閉じ、小さく息をしている。出血の多さから、いつ謙輔の命が消えてもおかしくない。そして実歩もまた謙輔と同じように、生命にかかわる怪我を負っていた。 

 “月下島の門番”の仕業により、鉱山内の天井がガラガラと崩れ落ち、その破片が実歩の頭に直撃したのだった。

 頭から血を流し、意識が朦朧する実歩。もはや体力もほぼ残っていなかった。


「もう……限界かな」


 遠のく意識の中で、謙輔の体を抱き寄せる腕に力を入れる。足元に沈む懐中電灯のかすかな灯りによって、うっすらと謙輔の顔が見える。


「謙輔……もう無理。疲れてきちゃった……。ふふっ、次は……来世ではちゃんと言ってね。ずっと待ってるから……あなたの言葉。うぅ、もうダメ……」


 力の限界から最後に実歩は呻いた。背伸びしていた体は、力なく水中へと崩れ落ちていった。実歩の長い髪が、海月くらげの触手のようになって、水中でゆらゆらと広がる。腕の力はもう無かった。謙輔は、実歩から体1つ分ほど離れたところで漂っていた。


『あ……』


 せめて一緒に。水のゆらぎに任せ、右手をゆらりと伸ばす。ゆっくりとーー。

 そして離れていた謙輔の手を、実歩は力なく掴んだ。良かった……。


『お母さん……今から行くね』


 薄れゆく意識の中で、実歩は呟いた。


 ーーーーーー

 

 ーーーー


 ーー


「はっけーん!」


 小さな龍が水中にいる2人を見つけると同時に、上空にいたアンが元気に叫んだ。両こぶしを握り締め、ガッツポーズをとる。


 水中でまばゆく光る物体。閉じた瞼の裏からでも、その光を感じ取った実歩は、消えゆく意識の中で薄っすらと目を開けた。


『……?』


 その瞬間、小龍は大きく口を開け、2人を飲み込んだ。




「お前たちっ! 次は神輿みこしをかつぐよ!」


 アンがそう叫ぶと空で待機していた龍たちは、一斉に地面に潜り、円を描くように進み、大地を削った。その衝撃で地面が大きく揺れ、その上にいた裕二が大きくまた尻もちをつく。


「うーん、そろそろかな?」


 アンが龍の背中から見下ろし、地上の様子を確認する。


「よし、いけるね! それっじゃ、いっくよー!」


 アンは両手を左右に広げると、その手に扇子せんすがポンッと現れた。


「せーのっ! わーっしょい! わーっしょい!」


 ゴゴゴゴゴゴッ……


 アンの掛け声に同調し、大きな地響きが鳴る。


「わーっしょい! わーっしょい!」


 ゴゴン、ゴゴン……


「うわぁぁぁ! 何だこれ! すげぇ地震だっ!」


 ホテルで仕事していた佐山は地面の揺れと、外から聞こえる尋常ではない大きな音に驚いた。事務室から出てホテルを飛び出し、周囲を見渡した。いち早く外に避難していたホテル客の1人が、遠くの空を指さす。


「お……おい、あれ、なんだ?」


 指した方向を見ると、大きな黒い塊が上空にどんどんと上っていくーー。その底には、黄色いうねうねとしたものが何本も生えていた。

 それはアンが龍たちと共に地上から切り取った、月下島を含む大地であった。

 切り取った大地の底を、黄色い龍たちは支え、ずんずんと押し上げていく。その際、大地の内部に溜め込まれていた水は放出されていった。大地がある程度の高さまで上昇すると、


「さてと……最後の仕上げかな」


 アンはぴょんと空に浮かぶ大地に飛び乗った。すると、自由に飛び交っていた龍たちが、空中のある一点に集まりだした。ぐるぐると球を描く様にまわる。


「いくよ!」


 アンの声を合図に、多数の龍がそらのパレットの上で渦を描くと、絵具のようになって混りだした。

 すべてが混ざり切ると、一度大きな輝きを放ち、次には50mほどの高さがあろうか、黄色い巨人へと変化していた。目や口や髪の毛などはない。のっぺりとした、しかし腕や足、顔のようなものがある人型の巨人だ。


 ズンッ!


 巨人が浮いた大地に落下し降り立った衝撃で、地面が大きく揺れた。

 その直後、今度は切り取った大地の跡地から稲妻をほとばしらせながら、黒い霧状のものが噴出した。


 プシュウウウウゥ。


 円形の跡地一帯が黒い霧で覆われると、それは次第に集まって黒い塊になり、最後には巨大な黒い龍と変化した。


「出たわね、鬼ちゃん。でも実歩おねーちゃんは諦めてほしいの。この世界も終わり」


 アンは空飛ぶ大地から見下ろし、黒い龍に向かって言った。


「ぐおぉぉぉぉ!」


 大きな咆哮ほうこうとともに、黒い龍が空飛ぶ大地に向かって飛び立つ。大きく開かれた口は、アンを飲み込もうとしていた。


「そうよね、そう簡単には諦められないよね。分かってる。だってそれが鬼ちゃんの仕事だもん。こんなことしたアンを許せないよね」


 アンは少し寂しそうな表情をした。


『アン』


「うん、分かってるよママ。ただちょっと寂しくなっちゃった。鬼ちゃんと意思が通じ合えたら、もっと良い世界ができたんじゃないかなって。恥ずかしがり屋で普段は顔を見せないけど、アンが生まれてからずっと一緒にいた家族だから」


 アンは自分の頬を両手でバシバシと叩いた。頬っぺたがほんのり赤くなる。


「よしっ! お前たち覚悟はいい?」


「うぉぉぉぉ!」


 黄色い巨人が大きな唸る。


「いっけー!」


 アンは叫んだ。

 アンを飲みこもうと大地に向って昇る黒い龍。

 黄色い巨人は空高く浮いた大地から飛び降りると、大きな拳を振り下ろした。大きな拳は見事に黒い龍に的中し、その瞬間、爆風と同時に眩い光が世界に放たれたのだったーー。

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