第4話 カポエィラと集団行動
翌9月24日朝、カズマ殿が迎えに来て、食堂に案内された。ちゃんとイスとテーブルが用意されていた。昨夜は、地面の上のゴザに直接座って食べていたので、ひょっとしたらジパングにはテーブルはないのかとも思っていたのだが杞憂だったな。
朝食はパスタの入ったスープだな。具にはネギや野菜と、魚のすり身が入っているな。そして、このパスタは太く円く長い。ジパングではウードンと言うのか。どうやって食べるのか?ジパング人は
このパスタはもちもちして腰もある。イタリアのパスタとは違った歯ごたえと舌触りだが、このウードンもうまいな。スープは海藻や乾燥したカツオからとったのか。これも大変美味だな。あとで作り方を教えてくれないか。タダとは言わない。この銀のブレスレットと交換でどうだ?ええ?そんなには要らないって?でも手元にあるのはこれくらいだからな。本当にタダでいいのか?じゃあ借りにしておく。次にタネガーシマに来るときに、皆が欲しがるものを何か持ってくるとしよう。何がいいか考えておいてくれ。え?新大陸のイモや、トマトやトウモロコシの種に、シャムにある洪水でも育つ浮稲の種が欲しいって?うむ。時間はかかるがなんとかなるだろう。アントニオ、大丈夫だよな?うん。大丈夫だ。
食事の後、フランシスコはいそいそと、ワカサ殿やキンベエ殿と連れ立ってジャンクの修理に向かった。いろいろと実地で技術交流がしたいのだそうだ。やれやれだ。温かい目で見守ることとしよう。
うん?女性の客人が二人来ているって?二人とも白い生成りの作務衣を着ているな。お一人はなんと昨日見かけた美女で、やはりサブロウ殿の奥方のヨシノ(芳野)殿だった。もう一人は芳野殿の護衛でカズマ殿の奥方のチカ(千歌)殿と言うのか。お初に御目にかかる。ヨシノ殿は長身だな。私よりも背が高いな。クリストヴァンと同じくらいか。しかもすごい美人だ。お世辞ではないぞ。
「
さすがはサブロウ殿の奥方だ。ヨシノ殿もポルトガル語が話せるのだな。チカ殿も美形で非常に聡明そうな顔立ちだな。サブロウ殿もカズマ殿も隅には置けぬなあ。さて、美しきご婦人方よ、いかがなさったのかな?
ヨシノ殿たち、サブロウ殿の家で働く女性陣は毎朝、武術の鍛錬をしていると。ジパングでは女性も武術をするのか。実に興味深い。剣か?槍か?それとも弓かな?ええ?違う。体術だと?楽器を鳴らして歌って踊りながら体を動かすから、楽しく強くそして女性は美しくなれると。面白そうだな。私とアントニオも参加しないかって?ジパングの文化はフッチボウだけではないと。ジパングをより理解するためにも是非体験して欲しいと。よし、アントニオ、行ってみようか。
《パラナウェー、パラナウェー、パラナー》
《パラナウェー、パラナウェー、パラナー》
模範演武をするヨシノ殿とチカ殿の二人を輪になって囲んで歌っている。変わった演武だな。竹を弓のようにまげてに弦を張って瓢箪をくっつけた素朴な楽器の弦を木の棒でぺしぺしと弾くように叩きながら歌う。大きな太鼓や、薄くて小さな太鼓や、竹に溝を刻んでギコギコ鳴らす楽器を演奏している人もいる。
さて、模範演武で戦う二人だが両手を大きく左右に振りながら、交互に顔をガードしている。脚のステップはまた独特だ。腕の振りに合わせるように前後左右に大きく伸び伸びと動く。そんな単調なリズムから変化が起きた。
ヨシノ殿の脚を大きく振り回すような蹴りが連続でチカ殿を襲う。チカ殿は身を引いてそれをかわしたかと思うと、そのまま地面に手をついて地からすりあげるような蹴りでヨシノ殿の頭部を狙う。
でも、当たらない。ヨシノ殿は側転をして着地と同時に片脚を前に抜いて伸ばした姿勢でしゃがみこみ、地面をまるで掃くような蹴りでチカ殿の脚を刈る。チカ殿は後方にブリッジから倒立をしてそれを避ける。
ヨシノ殿はその着地直後を狙って飛び込み前蹴りを試みるが、チカ殿に蹴った足をすくわれて後ろに弾き飛ばされる。だが、ヨシノ殿も宙返りで無事着地を決める。
ヨシノ殿は再度の側転から片手での倒立状態に、その姿勢での変則的な上段蹴りでチカ殿の頭部を狙う。チカ殿も上半身のそらしだけで間合いをうまく外す。
今度はチカ殿の攻撃だ。チカ殿は飛び上がって後ろ回し蹴りに続けての回し蹴り、その勢いで回転を続けて着地してからの後ろ回し蹴り!連続した蹴りを風車のように繰り出す。
それらをすべて見切って外したヨシノ殿は、すっと間合いを詰めると肘と脇でチカ殿の上半身を挟み自分の太腿に乗せるようにしてひっくり返してしまった。勝負ありか。
いや、模範演武だから真剣勝負ではないのだろうが、実に見ごたえある攻防だった。ゆっくりとした動きでありながら思いがけない位置から攻撃の蹴りが飛んでくる。初見の相手はこんな蹴りをかわせないだろう。
いやヨシノ殿もチカ殿もすごいな。え、ヨシノ殿とチカ殿はこの武術の
接近戦で組技になったらジュージュツという別の武術も使うが、そちらはカズマ殿とチカ殿が
サブロウ殿もこれらの武術をやっているのか。そんなにブンブン手を振って否定しなくてもよいだろうに。どうしてやらないのだ?脚が短すぎて似合わないからだって?ははは、面白い冗談だ。本当は?奥方にコテンパンに倒されるのが嫌だからってか。それは仕方がないだろうに、奥方は
《アドリブでかわしながら当てないように上手に技を出すなんて、打ち合わせなしのアルゴリズム体操みたいな真似は俺には無理だよ。俺、隙を見つけてつい当てちゃうんだよなー。特にカズマ相手だと》
さっきの動きを見て思ったんだが、ひょっとしてサスケ殿やダンゾウ殿も、もしかしてヨシノ殿やチカ殿の弟子ではないのか?ああ、やっぱり。なんとなくそんな気がしたのだよ。
アントニオ、私たちもこの武術を教わろう。サスケ殿レベルは無理だとしても、あの蹴り技はフッチボウにも役にたつかもしれないぞ。いや、フッチボウではヒトはけして蹴ってはいけないからな。駄目だ!相手の太腿も駄目だ!それは反則!蹴って良いのは球だけだ。違う、そうじゃない。股間のタマも蹴ってはいけないんですってば!お願いだからわかって!
なにかな、ヨシノ殿?二人ともアントニオでは分かりにくいって?じゃあ、あっちの鷲鼻はそのままアントニオで、私がモタでいいかな。そうしよう。
ところで、この武術はなんという名前なのだ?ほう。カポエィラというのか?
練習前に準備運動というものをさせられた。軽く身体を動かしてほぐしたり、軽く筋を伸ばす体操をした。この方がケガもなく、よい動きができるという。
さすがに最初から大技はありえない。さあ、まずは基本のジンガ(ginga)というステップだ。これがスムーズに出せるまで延々と繰り返す。それだけでも汗が出る。
続いては基本の蹴り。この繰り返しと、相手の動きをよく見て合わせること。くるくる回りながらの後ろ回し蹴りと回し蹴りの連続技。これを右回り、左回りと交互に行う。これはけっこう楽しいな。ステップとこれだけでもなかなかの運動量でいい汗をかいた。
私は体が思った以上に固くなっていた。低空の腰の高さでの回し蹴りと後回し蹴りを繰り返す。高い蹴りはできないしやる気もない。
私ではないアントニオは高い蹴りがしたいらしい。回し蹴りでなんとか脚を高く上げようとするのだが身体が崩れて、倒れ伏している。何回やっても体勢が崩れて倒れいるが、続けている。根性があるな。
少しずつ頑張ればいいって?ありがとう。明日の練習も誘ってもらえたからぜひ参加したいよ。でも、船の修理が終わったらマラッカに帰らなくちゃいけないからなあ。アントニオと練習させてもらおう。
うん?サブロウ殿、その書物はなにかな?『マンガでわかるカポエィラ入門』だと。これ一冊で、カポエィラの基本がわかる。図解もはいってばっちりだな。でもカポエィラの実際の動きとかタイミングを想像するのは難しいと思うぞ。なになに、そんなこともあろうかともう一冊作ってあるって?『ぱらぱらマンガでわかるカポエィラの基本動作 全5巻』だと?
ぱらぱらマンガってなんだ?ふむふむ。背表紙の方を持って、こう一気にパララララと本の頁をめくると、おおお、なんと!中の絵の人が動いて見えるぞ!すごい、すごい!しかも、ちゃんとカポエィラの動きをしているように見えるぞ!この絵を描いた人は天才だ!
うむ?どうして、サブロウ殿が照れておるのだ?はっ、もしかしてこの絵を描いたのはサブロウ殿なのか?!そうだったのか。もしかして『フッチボウ入門』の絵もそうなのか?うーむ。サブロウ殿も天才であるな。ポルトガル語といい、各入門編の絵と言い、ぱらぱらマンガの発明といい、素晴らしい出来栄えだ!
なんと。『カポエィラ入門』と『ぱらぱらマンガ』を合わせて私たち三人の分の他に十セットもくれるというのか。よし、カポエィラも布教するぞ!この実物の豪華な入門書を見れば必ずやポルトガル人の弟子も増やせよう。
そうこうしているうちに、ダンゾウ殿とサスケ殿もカポエィラの練習に来た。この二人の模範演武が見られるのか。ちょっとだけ?いいとも、ぜひ男性のカポエィラも見てみたい!
ビュンビュンビュンビュン
ブンブンブンブンブンブン
えーっと、すまない。速すぎて何が何だか目で追えなかった。ものすごく速い回し蹴りと後ろ回しを一体何度繰り出したんだろうか。物すごい手数、いや足数の応酬でも、お互いに見切って全く当たらないで回転し続け、いきなり逆回転になってもやっぱり当たらないで猛烈に回転し続けて、って、どうしてぶつからないんだ!どうしてそのようなことができる?え?昔から一緒に練習していたから、自然と息が合っているだけだって?うむ、ジパング人のその回避能力の秘密、いくら考えても理解できないな。アレの真似は絶対無理だ!
昼になると、フランシスコも戻ってきた。タネガーシマ様からの伝言があるのか?試合はシエスタ(昼休み)の後でやるから少し待てって?ジパングでもシエスタがあるのか?いや、昨日の炎の大車輪(パンジャンドラム)の残骸の後片付けがまだ終わってないって?破片が競技場に残っていると危ないからもう少し待って欲しいと。了解。
ところ相手の面子は誰か聞いているか?サスケ殿やダンゾウ殿たちか?え?サスケ殿は審判をやるってか。そうか。ええ?ダンゾウ殿とあの魔術師が入るのか!五人全員が専業選手では差が付きすぎて面白くないから、素人を三人参加させるって?あとの三人は誰だろう?サブロウ殿、そこでにやけているってことは知っているな。まだ秘密?まあよいが。
さて、今日の昼食であるが、なんだ!これは?真っ黒くて拳大の丸い球が山のように積まれている。大砲の砲弾か!違う?ではなんなのだ?まさか牛糞?サブロウ殿、何を笑い転げているのだ?
カズマ殿が割って見せてくれた。なんと真っ黒の球の中は炊いた米であった。オニギーリという庶民の料理なのか。これは手で持ってかぶりつくので食べやすくて良い。黒いのはノーリと言う海藻なのか。塩味が聞いていてうまい。そして白いコメの中に焼き魚が入っていた。これはうまい。他にも蒸したエビや、味をつけて煮た豚肉が入ったもの、酸っぱい梅のピクルスのもあった。ジパングは本当に食が豊かな国だな。
フッチボウのの試合の前に前座として別の余興があるそうだ。
え?「集団行動」?何だそれは?いや言っている言葉の意味はわかるが、それがなにを指すのかがまるでわからないのだが。これも見ればわかる?
おお、始まったな。なんだ兵士の行軍か。おっ、かなりの速足だ。それでも一糸乱れずとはまさにこのことだな。素晴らしい。掛け声に合わせて進んだり止まったり、整列したり。行軍中の兵士同士の間隔が曲がるときであろうと常に一定を保ってるな。これはすごい。今度は二手に分かれて、方向転換してまた中央に集まるのか?
わあああああああああ!
なんなんだ!何故あの速度の行軍で隊列が直角に交差して、回避行動もとらない前進なのにぶつからずにすり抜けられるんだ!信じられん!これこそ魔術ではないのか!おっ、すり抜け切って行軍が停止したぞ。
わあああああああああああ!!!
ええええっ!これはもっとすごい!時がさかのぼるように、後ろも見ないで背中の方に後退が始まった!なんでその速度で後進の行軍ができるんだ?!おい、危ない!ぶつかるぞ!ってどうして全速の後進行軍で直角に交差してぶつからずにすり抜けられるんだ?!
世界の歴史上ここまで見事な行軍があったであろうか!ジパングは魔術師の国か!
この国は、これまでに見たアジアの国々とは全く違う。何をどうやったらあそこまで、息の合った集団行動ができるのか!ただ真面目に練習しただけだって?そこが変だよジパング人!
《いやあ、あの日体大のお家芸を一部なりとも戦国時代で再現できたとは感無量だ。ポルトガルの客人たちもこの精密機械のような動きにビビっているぞ。いっしっしっし》
《監督のカズマさんとチカさん、相当苦労してたわよ。私の弟の一鉄も、明智さんのとこの十兵衛君も、それぞれ班長として相当プレッシャーがかかってたようよ》
《わかってるよ。このイベントが落ち着いたらみんなで温泉旅行だ!》
《やった!》
カポエィラと言い、集団行動と言い、何かが絶対にオカシイ!うむ。理解できない。深く考えるのはよそう。考えても無駄のような気がする。
ジパング人はきっとぶつからないようにできているんだ!
ひょっとしたら幸運の女神の加護でもあるのだろうか?
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