第3話 W杯前夜祭は炎の祭りだ!

 明日フッチボウの試合をしようと私たちは提案された。なんて急な話だ。


 私たち三人とディエゴとクリストヴァンの五人でフッチボウのポルトガル代表チームを作って、ジパング代表チームとの親善試合を是非やりたいって?いや、私たちは素人だ。とてもあんな風にはできないぞ。


 親善だから、遊びとして楽しんでもらえばいいって?人数も足りないけど、どうする?小フッチボウフットサルでやれば五人対五人でもできるって?ふむ。


 なになに、この競技を知っているのはジパングとポルトガルだけだって。まあ、そうだろうな。つまり?この両国の対戦すなわち、フッチボウ世界一決定戦だと?まあ、そうなるか。だから、この国際親善交流試合がフッチボウ世界一を決めるワールドカップCopa do Mundo第1回大会の記念すべき初戦にして決勝戦になる。ふむふむ。と、いうことは?フッチボウが続く限り、我々の名前が歴史に残り、伝説になる!そういうことか!


 おい、みんな、どうする。私としては非常に魅力的な提案だと思うがどうだろう?


 それだけではつまらない?お互いの銃を賭けてやらないかとタネガーシマ様が言っているだと!あの新型の銃と我々のエスピンガルダを賭けろというのか?!ちょっと待て!それはさすがに相談させてくれ。


 フランシスコは新型銃が入手できるならやるべきだと言うんだな。わかった。でも、負けたら私たちの銃がとられるんだぞ。あの銃、エスピンガルダも明やマニラだったら良い値段で売れるんだ。そして対戦するジパング軍は私たちポルトガル軍と違って素人はいない。フッチボウのプロフェッショナルばかりだ。正直って勝ち目は薄いぞ。アントニオはどう思う?もともとジパングに助けてもらったのだから、エスピンガルダは最初から御礼として進呈するくらいな気持ちでやろうってか?駄目で元々。そして、歴史に名を残すのも良いと。......よーしわかった。やろうじゃないか。


 サブロウ殿、カズマ殿!やるぞ!フランシスコもアントニオも私も歴史に名を刻むぞ!





☆ ☆ ☆

 



 そろそろ暗くなってきたな。おお、歓迎の宴会もしてくれるのか。フッチボウ選手のディエゴとクリストヴァンも来るか。それは楽しみだ。フランシスコ、アントニオも行こう!宴会も野外なのか。篝火を囲んで車座になってやるのか。かまわんよ。気が張らないので私たちとしては助かる。極東の国の礼儀などわかるはずがないからな。無礼だ非礼だと刃傷沙汰になったらたまらない。

 

《乾杯!》

 

 この米から作ったまろやかな酒は初めてだな。香りが複雑で豊かだ。もう一つの酒はシャムのアユタヤで飲んだものと似ている。アワモーリ(泡盛)というのか。度数がやたらと強いな。だが、それがいい。

 

 食事は豪快な串焼き料理がメインか。バーベキュー(場安辺給)というそうだ。タネガーシマ様の家臣のシノダ・コシロウ殿が采配している。先ほどはフッチボウの副審もしていた働き者だな。鉄串に野菜やキノコや豚肉やイカや貝を刺して網の上で炭火で炙る単純な料理だ。だが、焼き立てであるので実に美味だな。


 美味いぞ!この味付けは何だ?胡椒ではないが独特の香りのジパングの香辛料か。山椒というのか。ほんの少量でなんと上品な辛さだ。そのソースは醤油というのか。香ばしい味付けは病みつきになりそうだな。他にも焼き魚や炊いた米もあるのか。宴会だから特別だろうがジパングは食も豊かだ。あの二人がジパングに帰化したのも無理はない。

 

 サブロウ殿がいないな。おお、ディエゴとクリストヴァンを連れてきてくれたのか。積もる話もあるだろうから同国人同士でゆっくり語るようにとは、気を利かせて下さったか。ありがたい。

 

 二人ともよくぞ無事だったな!また会えてうれしいぞ!フランシスコ、よかったな、ディエゴとまた会えて。さっきのフッチボウの試合、惜しかったな。楽しませてもらったぞ。お前たちは特殊部隊と聞いていたが、なに?軍とは名ばかりのフッチボウ専門職だと!ジパングではフッチボウが大人気で、フッチボウ選手は体力に優れた者や運動神経に優れた者の花形職業なのか。二人ともその体力と運動神経を認められてスカウトされたと。今や助っ人外国人選手として大人気なのだとか。うらやましいな。





 サブロウ殿、どうしたのだ?今度は大きな花火を打ち上げるから海の方を見ろだと?それから耳栓をつけろと?ふむ。おい、あれは何だ!あれで花火を打ち上げるっていうのか!馬鹿な!何だってあんなものがジパングにあるんだ!?


 あれは古い型だが紛れもなく大砲だ。噂に聞くスコットランドの『モンス』並の巨砲だ。危険すぎる!実弾じゃないから大丈夫とかそういう問題じゃなくて、金属が劣化したり火薬の分量を間違えるとウルバン砲(註:ハンガリー人技師ウルバンが開発した巨大な大砲。オスマン帝国が1453年のコンスタンティノープル攻略戦で使用した。そして暴発!)のように砲身が破裂して、近くの部隊が全滅しかねない!!

 

《発射!》


 

どっごおおおおおおおおおおおおん!!!!



地面が震えている!



パーーーーーーーーーーーンパパパパッ

 

 

《おおお、さすがに超大玉の花火は迫力が違いますな》

 

《でも、まあ海に向けて撃つのが正解ですね》


《左様、左様》


 実に美しく見事な大輪の菊のような花火であった。だが、轟音と振動で私は生きた心地がしなかったぞ。ジパングの人々は慣れておるのか?ケロリとしているな。

 

 この大砲は旧式だからたまに花火を打ち上げるのに使うくらいだって?確かにあの型は古すぎる。使わないほうがいいと思う。倭寇の船団に威嚇のために花火を打ち込んだことがあるって!倭寇よりも爆発事故が怖いぞ。


 ほう。ジパングでは主な港には灯台だけでなくちゃんとした新式の火砲もあるのか。新式の火砲は見せてもらえるか?さすがに軍事機密だから無理だと?それはそうだ。

 

 続いて槍花火か。火の粉を吹き散らしながら巨大な槍がとんで行く花火だと。柄の部分だけで十五フィート(約四メートル半)はあるな。ほう。これも海に向けて発射するのか。

 


《まあ、種子島と言えばロケットがつきものですからね》


《発射!》

 

ブシュオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜パーーーン

 

 あれはどのくらい飛んだのだ?なんと一海里半(約2.8キロ)ほども飛ぶのか、あの槍花火は!あの槍花火の射程距離はモンス砲ほどじゃないにしろ、ウルバン砲の射程距離(約1.6キロ)を超えているぞ。あれは、間違いなく兵器だ。絶対に超長距離兵器だ。これは一種の警告だ。勝手に我々外国人がジパングの港に近づくことは許されないということだ。


 

 おや?サブロウ殿、フッチボウをした芝生の方が何か騒がしいようだが、どうしたのだ?おおおお!あのどデカい車輪も花火の仕掛けか?!すごいな。あんなの見たことないぞ!サブロウ殿、顔が引きっているようだが大丈夫か?

 

《誰だ!勝手にパンジャンドラム(註:第二次世界大戦中に英国が開発していたロケット推進式の陸上地雷)の改二型を持ち出した奴は!金兵衛!お前か!》

 

《違う違う!俺は今は改三型にしか興味はねえよ!》

 

《ということはやはり》

 

若狭わかさ、またお前かぁ〜!!!》

 

《ほほほほほ。ばれてしまっては仕方ありません。このビックリドッキリ兵器、このままお蔵入りさせるには勿体無いですわ。折角ポルトガルのお客様が来ていらっしゃるのですもの。いつ使うのです?今でしょ!点火!》

 

 あの声は女性だな。白いマントのようなガウンをはためかせたその人物が、縦に二つ並んだ巨大な車輪の横に松明を近づけて、火を点けたぞ。

 

フシュオーーー------ーーーーーー

 

《行けー、改二号!地上の星に成るのよ!》


 二つの車輪が炎を吹き出して回転を始めたぞ。噴出する炎の勢いで回転する仕組みだな。巨大車輪がゆっくり回転しながらだんだんと速度を増して、.............なんだかこちらに一直線で近づいて来るんだが。おい、大丈夫なのか、これ?え、駄目?!

 

《若狭!向きを間違えたな!》

 

《わざとじゃないわ。誤差よ、誤差!》

 

《総員退避ー!》

 

 炎の大車輪がどんどん迫って来やがる。サブロウ殿!フランシスコ!アントニオ!ディエゴも、クリストヴァンもみんな逃げるぞ!走れ!全力疾走だ!進行方向から離れるぞ!

 

シュオーーー----------ーーーー

 

 さっきまで私たちが宴会をしていた場所の全てを押し潰しながら、炎の大車輪が通り過ぎて行く。そして、炎が小さくなり、回転の勢いもだんだんと衰えていき、やがて止まった。ああ、驚いた。ようやく終わったのか?

 

《まだまだ、これから!自爆は浪漫、芸術は爆発よ!》

 

《総員、耳を塞いで伏せろー!!》

 

 皆が耳を塞いで地に伏せたので慌てて真似をした瞬間、

 

ズバーーー--------ーーン!

 

 大車輪が吹っ飛び爆発して砕け散った。


 耳が変だ。キーンという耳鳴りがしている。


 洒落ではなく危ないところだった。サブロウ殿もフランシスコもアントニオも、ディエゴもクリストヴァンも皆無事だな。よかった。


 どうしたのだ?フランシスコ?鼻息が荒いぞ。目も血走っているじゃないか。あの炎の大車輪がすごいってか。すごいことはすごいけど、あんな物騒な花火、使い道がなぁ。ええ?あれも兵器のはずだって?でも、あれ実戦でどう使うんだ?

 

 

 

 

 

 サブロウ殿、その二人はどなただ?ああ、さっきの騒ぎの張本人である親子が謝罪しに来たのか。父親の方はガッチリした体型のいかにも職人という感じだな。彼がヤイター・キンベエ、例の新型銃を作った鉄砲鍛冶の親方メストレか。それで娘の方がヤイター・ワカサ(八板若狭)。キンベエの娘なのか。まだ若いな。目付きが吊り目でキツいけど凛々しい美人だな。

 

《いやあ、うちの娘の馬鹿に付き合わせて申し訳ない。あのオモチャ、二輪だと安定が悪いから、三輪のを後でお披露目するつもりだったんだけどな》

 

 サブロウ殿が困った表情で訳してくれた。あの危険物をオモチャと言い切るのか。

 

《だから、車輪の幅とキャスタ角さえしっかり決めれば二輪でも行けるって言ったじゃない!》

 

《余興なんだから、最後の自爆用の爆薬は減らせと言っただろう!》

 

《ちゃんと減らしたわよ!》

 

 サブロウ殿が、こんなのもう謝罪になってないと頭を抱えつつ通訳してくれた内容に驚いた。なんと、この親娘、ただの職人ではなく軍事技術者なのか!特に女性の技術者など聞いたこともないがジパングでは普通なのか?普通ではない?そうだろうな。何?女性技術者は他にもいるが、このワカサ嬢は普通でないと。


 すると、ワカサ嬢はこちらを振り返って言った。

 

Bemベン, euエウ souソウ umaウマ engenheiraエンジェニェイラ genialジェニアル. (まあ、私は天才技術者ですから)」

 

 ……これには心底驚いた。ワカサ嬢もポルトガル語を話せるとは!彼女は幼い時から英才教育を受けて、技術的なことは父親の八板金兵衛から学び続けてきた。それ以外の学問の師はサブロウ殿で、ポルトガル語もサブロウ殿から学んだのか。なるほど。

 

《天才技術者と言うよりもマッド・サイエンティストなんだよなぁ。はぁ》

 

 ワカサ嬢がポルトガル語を話すとわかると、フランシスコが先ほどの炎の大車輪や、槍花火や新型銃について根掘り葉掘り技術的なことを尋ねだした。フランシスコも技術者なので気になって仕方がないのであろう。まるで、口説いているかのように熱心に話し込んでいる。ワカサ嬢も熱心に答えている。

 

 .........もしかしてそうなのか?これはナンパなのか?あいつはうんと賢い女性が好みだなんて昔から言っている変わり者だからな。これはフランシスコが理想の女性に出会えて舞い上がっているということなのか。


 もはや、従兄弟のディエゴはすっかり置き去りだな。アントニオも仕方がないなと肩をすくめている。


 ところでディエゴとクリストヴァンは恋人はいないのか?二人ともいるって。ジパング人か?そうか、もう所帯を持っているんだな。帰りたくなくなるわけだ。食事も思っていたより美味いしな。待遇もよさそうだし。


 そうそう、明日はよろしく頼むぞ。ワールドカップとやらで我々とチームを組んでフッチボウの試合をするんだからな。こっちは素人だ。頼みの綱はお前たち二人だけなんだからな。そこ、クリストヴァン、頭を抱えない!ディエゴ、空を仰がない!やるしかないだろう!


 カズマ殿どうした?勝利した選手には世界フッチボウ協会から奨励金として金貨が出ると決まったのか!おい、ディエゴ!おいクリストヴァン!どうした!気合いが入ったじゃないか。なに?絶対に勝つ!ミスは許されないって?


 いや、お前たちと違って我々は素人どころか、あの球に触ってすらいないぞ!試合前に特訓しろって?


 サブロウ殿どうした?無理?予定が詰まっているって何のだ!ぶっつけ本番だって?それでいいのか?!マジかよ!




 やがて、宴会はお開きになった。


 私たちはフトンという柔らかいマットレスが敷かれた部屋に案内された。仲間たちは疲れたのかもう寝息を立てているな。だが、私はなんだか目が冴えてきてしまった。

 

 薄々気づいてはいたが、ジパングは、技術的にも兵士の練度的にも、明どころかあのオスマン帝国、いやポルトガルもイスパニアも越えているのではないかと思う。

 

 まあ、どうやって使うかわからない炎の大車輪のような無駄な兵器も作っているようだが。

 

 それでも、簡単に占領して植民地になどはできないだろう。もしジパングと戦うことになれば、どの国も多大な犠牲を強いられるだろうことは間違いない。無駄死には御免だ。


 また、おそらくジパングには恐喝的な外交は通用しない。この先、私たちポルトガルやイスパニアなどヨーロッパの国々がジパングと交流するとき、まかり間違うと大変なことになるだろう。もっとジパングのことを知るべきだな。

 

 ふと、今日もらった『マンガでわかるフッチボウ入門』とフッチボウの試合を思い出す。ジパング人はフッチボウに熱中している。これが、ひょっとしたら私たちポルトガルとジパングの交流の鍵になるのではなかろうか?そして、それをきっかけに友好的にジパングのすぐれた技術を入手するなりなり商品を交易したりするべきではないか。そう考えると我々のフッチボウの試合はどちらが銃を得るか以上の意味を持つだろう。うむ。まずは、参加することに意義がある。

 

 ピント様への報告書に記載すべき内容を考えているうちにいつのまにか私も眠りに落ちていた。

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