第2話 フッチボウとはなんぞや?

 サブロウ殿、フッチボウとは一体何なのだ?


 ちょうどこれから、やるところだって?私たちの歓迎のための、足球フッチボウ(フットボール)の試合をするから、それを見た方が早いって?わかった。どこでやるんだ?競技場はあの林の向こうか。全員あの林の向こうに移動?ふむ。わかった。フランシスコ行くぞ!アントニオもよいよな?。

 

 ほほう。ずいぶんと人が集まっている。三千人くらいはいるな。領主の一族らしき人々や騎士に兵士。騎士や兵ではない一般の民や僧侶も混じっているぞ。なにか食べ物を商っている者も見える。まるで祭りだ。


 あの中では兵士が一番多いようで千人ほどいるようだ。その半分が銃を捧げているのが見える。しかも銃の先にはナイフがついていて手槍としても使えるようだ。もはや驚きを通り越してため息しか出ない。人垣に囲まれたこの地はだだっ広いただの芝生にしか見えない。その芝生の上に石灰で線が引かれて、四角形や円形の図が描かれている。


 まさか、ここに私たちを並べてまとめて銃で虐殺するつもりなのか!何を笑っている?これからフッチボウ選手一同入場だから落ち着けって?そうか、わかった。

 

 ほう。精悍な顔の男たちだな。二列を成して芝生の中央にやって来たぞ。観客が興奮して声援を送っている。ジパングではこの球技フッチボウが大人気のようだ。選手たちが手を挙げて応える。


 一組の服装は黒のサムエ(作務衣)もう一組の服装は青いサムエだ。同じジパングのチームだが、今回は黒軍と青軍に分かれて対抗戦をするのか。


 男たちが全員で横列に並び腰を落として構える。

 

《気りて〜!》

 

 男たちのリーダーであろう大柄な男が野太い声を肚のそこより張り上げる。お?風呂場で見かけた先客の男ではないか。名前はカトー・ダンゾウ(加藤段蔵)、フッチボウの選手だったのか。なに?キャプテンカピタンだと!

 

気遣りてー!気遣たまう!》

 

おう!》

 

 男たちが肩肘を張り両の腕を地面に並行に顔の前に互い違いにかざす。

 

《因果、因果、覇気や、我が試合、

闘えや、貴殿も、気の念、発起!》

 

 リーダー以外の男たちも声を揃えて、両掌で自分の脚や腕を叩きながら大声で歌う。

 

《頑張って、頑張って、乞う!

ああ、頑張って、頑張って、乞う!

天の気、彼方へ、振るう、振るう!

名を成せ命、我が意志で!

ああ歌え、ああ歌え、

ああ歌え、歌え、生きてうん!》


わああああああああああああー!

 

 大歓声だ!戦いに捧げる歌であろうな。彼らの歌の意味は全くわからないが、男として魂が揺さぶられ、闘志が掻き立てられるそんな熱い歌だ。船乗りにとっても気持ちよい歌だな。ハッカというのか。「発火」、心に火をつけて魂を燃やし奮い立たせるという意味なのか、納得だな。

 

《サブロウ先生、ラグビーでもないサッカーの試合でハカをやらせるのはやっぱり違和感がありまくりなんですが》

 

《細かいこたぁーいいんだよ、ヨシノ!かっこよくて感動させられれば勝ちだ。ニュージーランドのスポーツ選手だってほかの競技でもやってたぞ》

 

《それもそうですけどね》


《ポルトガル人にも覚えてもらうから人数分の歌詞カード作ってくれないか。手書きでいいから。ヨシノの字の方が映える》


《はーい》


 いつのまにやらサブロウ殿の側に美女がきて何やら耳打ちしている。サブロウ殿が何やらささやくと美女もうなずいて席を外した。実に魅力的だがどうやらサブロウ殿の身内のようだ。奥方であろう。

 

 男たちが左右二手に分かれたな。よく見ると一番端に木の棒で組んだ枠があり網が張ってある。男たちの真ん中に革でできた球が置かれる。あの球を相手の枠の中の網に受け止められることなく、3回入れた方が勝ちなのか?わかり易い単純なルールだな。

 

《分単位ではかれる時計がないからね。今回は、残念だが仕方がない》


 ただし門番以外は手で球に触ってはいけないと。脚や頭や身体を使って球をコントロールする。球は蹴ってもいいが相手を蹴ってはいけない。危険行為は退場になると。

 

 

ピーーーーーーッ!

 

 

 主審の甲高い笛の音が鳴り響く。さあ、いよいよフッチボウの始まりである。


 主審はカズマ殿だ。副審はシノダ・コシロウ殿。タネガーシマ様の家臣だ。線審は魔弾の射手ジュウベエ殿か!視力がよさそうだから線を見張るにはうってつけであろう。そしてもう一人の線審は五峯殿!船乗りだからこれまた視力は優れている。


 

 さて、足球フッチボウ(フットボール)の名前の通り、男たちは手を使わず、器用に足で球を蹴って操る。その球を仲間にむけて蹴り飛ばして、それを手を使わず身体で受け止めたり、自分で蹴り返したり、独りで蹴り進めたりかなり激しく動いている。


 おお、黒軍のとんでもなく足が速い男が独りで何人も抜いて駆けて行ったぞ!そのままの勢いで球を枠の中の網を目がけて蹴りこんだ。

 

しゅう!》

 

あーーーあ!

 

 観客の声がため息に変わる。惜しいな。球はわずかに枠を外れた。枠の中に蹴り込むのは難しい上、枠の前にいる門番は手を使って球を止めたり弾いて反らしたりもできるのか。それは、なおのこと難しそうだ。

 

「ディエゴー!」

 

 フランシスコが叫んだ。何と今さっき蹴りを放ったすばしっこい小男はフランシスコの親戚のディエゴらしい。こっちを向いて手を振っている。特殊部隊ではなかったのか?と言うことはもう一人も?同じ黒組の門番の鉢巻をした大男を見ればやはり白人。どうやらあの男がクリストヴァンか!

 

 今度は青軍の選手が球を蹴り回して攻め上がる。その球を黒軍の選手が掠めとり前へ蹴飛ばすが、青軍の選手が上手く遮り、球を蹴りながら突進してきて、勢いよく蹴り込む。

 

しゅう!》

 

 枠のギリギリ右上隅を狙った相手の蹴った球をクリストヴァンが華麗に飛びつき両手で受け止めた。

 

おおおおお!!!!

 

 かっこいいぞ!クリストヴァン!観客たちが大喜びだ。私たちもいつしか拳を握りしめてディエゴやクリストヴァンたち黒軍を応援していた。

 

 クリストヴァンが球を思い切り遠くにまで放り投げる。だが、そこには誰もいない。ん?なんとディエゴが駆け上がって追いついた。相手の枠目掛けて蹴りを放つ。日に焼けた野生味溢れる門番がその球を止めようと跳ぶ。え?蹴っていない!上手く騙した!倒れた門番と逆の方向に余裕綽々といった感じでディエゴが球を蹴り込んだ。

 

しゅうーーー!功得こううる〜!》

 

おおおおおおおおおおおお!!!!!!

 

 黒軍の先取点だ。1対0だ。青軍の門番は以外なことにあまり悔しがらないな。あ、門番はさっきのハッカの音頭を取っていたカトー・ダンゾウだ。冷静な男だな。


 今度は青軍が攻め上がる。球を蹴り回してつないでいく。

 

《サスケー!》

 

おう!》

 

 サスケと呼ばれた青軍の選手が振り返るが球はすっぽ抜けて、サスケの頭よりも高そうだ。ところがサスケは意に介せずクリストヴァンがいる枠に背を向けたまま高く跳び上がり、空中で後方に宙返りをしながら球を鋭く蹴り込んだ!まるで軽業師だ。クリストヴァンが反応できない!枠の左下の隅に球が吸い込まれていく。

 

しゅうーーー!功得こううる〜!》

 

おおおおおお!!!!!!

 

 青軍の得点だ。クリストヴァンが悔しがる。1対1の同点だ!くそ!あの小男コーヅキ・サスケ(上月佐助)は猿飛びの二つ名があるのか。凄いな。

 

 その後も一進一退の攻防が続く。ディエゴが再びトリッキーな頭脳プレイを仕掛けるが、ダンゾウはそのフェイントを見切り、枠の左上隅ギリギリを狙って蹴り込まれた球を非常に高く跳び上がって見事に捕まえた。あの男、カトー・ダンゾウ(加藤段蔵)も飛びカトーという二つ名があるのか。青軍の選手はフッチボウの空中戦が得意なようだ。

 

 その後、サスケが独りで球を蹴りながら黒組の選手を四人もかわして攻め上がり、クリストヴァンの逆をついてもう1点追加。


 ディエゴも意表をつくほど遠くから大きく弓なりに曲がりながら落ちる球を蹴ってもう1点追加。


 2対2になった。


 どっちが入れてもあと1点で勝負が決まる。青軍の選手の一人、色白長身だけど猫背の男が変な動きをしている。ジパングの名門貴族でアスカイ・マサノリ(飛鳥井雅教)というのか。あの男の動きを見失うなだって?!あの男も軽業師か?違う?Magicoマジコ(魔術師)だと?!ん?何だ、あの男のまったりとした動きは?他の選手と違って全く走らない。球を追わない。右端の方をトボトボと歩いていつの間にやら敵陣の奥にまで達したぞ。

 

 遠くから蹴られた球がぐんぐん伸びて、その魔術師に渡った。


おおおおおおおおーっ!


 魔術師はなんと、球を跳ね上げて頭の上で何度も弾ませながら地上に落とすことなく、トボトボと歩いて枠に近づいていく。軽業ではないが、これまた驚くべき曲芸である。

 

 

《チェストー!!》

《チェストー!!》

 

 黒軍の眉毛が太い凶暴そうな顔をした男たち二人が絶叫しながら物凄い勢いで左右から魔術師に向かって走っていく。シマヅ(島津)兄弟というのか。もの凄い気合いだ。魔術師を止めようというのだな。


 魔術師は一瞬顔を顰めて球を足元に落とした。そして前後に開いた足で器用に球を挟んで不思議なステップを踏んだかと思うと両手を大きく広げて立ち止まった。優雅な舞のような動きだ。

 

 そんな馬鹿な!球が消えた!シマヅ兄弟が球を探すがどこにも見当たらない!魔術で球を消したというのか!シマヅ兄弟がキョロキョロ見回しているがまだ見つからない。


 

「上だ!」

 


 鷲鼻のアントニオが目ざとく見つけた。球はとんでもなく高い放物線を描いて落下してきている!魔術師は挟んだ球を後ろに軽く蹴り上げたあと踵でもう一度、強烈な蹴りを放っていたのか!流石は魔術師!だが、その球ならクリストヴァンが追いつきそうだぞ!

 

《サスケ!》

 

おう!》

 

 何故その位置に門番であるダンゾウが上がって来ているのだ!上背があるダンゾウが前後に脚を開き前屈みになると、その背中をサスケが駆け上がり、そこから空中に飛び出して、頭突きで球を捉えて枠の中に叩き込んだ。


しゅう!》


 サスケはそのまま墜落する。その球はクリストヴァンの右手をかすめつつ枠の中に見事に転がり込んだ!

 

 

功得こううる〜!試合終了!》

 

 

わああああああああああああー!



 

 大歓声だ!2対3で青軍の勝利となった

 

 

 いやあ、全く良いものを見た。人は修練であそこまでの動きができるものなのだな。両軍の選手たちもお互いの健闘を讃えている。実に清々しい。サスケが鼻血を出しながら笑っているのが微笑ましい。ディエゴとクリストヴァンも負けたとはいえ全力を出し切って満足気だ。観客も大満足で歌を歌っている。

 

 

おんれい〜、応援おうえん応援おうえん御礼おんれい〜》

 

 

 単調だが不思議と耳に残るメロディだ。そのまま、今日の試合で活躍した選手の表彰式が始まる。決勝点を含む2得点を叩き出した青軍のコーヅキ・サスケが最優秀選手。ついで、決勝点を補助したカトー・ダンゾウ、アスカイ・マサノリ、先制点を決めた黒軍のディエゴ・ゼイモトの名前が呼ばれた。彼らには惜しみない拍手が送られる。金一封の奨励金がフッチボウ協会から支給された。


 よいな、こういう競技は。ふむふむ、フッチボウは兵士の体力作りを楽しく行えるだけでなく、視野を広く保ち警戒する能力の向上、味方同士の連結やチームワーク作りにも有効であると。いや、もっともなことだ。

 

 サブロウ殿、なにかなその書物は?『マンガでわかるフッチボウ入門』だと!なになに、これ一冊でフッチボウの規則、技術、練習法、戦術、さらにはジパングの有名選手の紹介までもわかりやすい絵図入りで書かれているというのか!素晴らしい!しかも、当たり前のようにポルトガル語で活版印刷されている。色付きの絵図も印刷だというのか!流石はジパングだ。


 このような美しい書物であればさぞや高価なものであろう。なんだって!私たち三人の分三冊揃っているだけでなく、マラッカにいるピント様や私たちの友人用にもう十冊いただけるのか?なんと気前のよい!なになに、ただジパングのフッチボウの話をしただけではどうせ船乗りのホラだと信じてもらえないだろうから、この本を見せた方が信じてもらえるだろうって?たしかにそうだな。うん、ありがとう。なになに、ジパングはフッチボウを布教するためなら本気で金銭的援助も惜しまないというのか。ジパング人は本当にフッチボウが好きなのだな。

 

 うん。私たちも是非とも、このフッチボウという競技を世界に広めたいと思う。実にワクワクする。ルールも簡単だ。球さえあれば、とりあえず誰でも始められる。


 例の新型の銃の話は抜きにしても、いずれジパングと我がポルトガルとの国際交流戦をやりたいものだ。


 え、やらないかって!?


 いつ?


 明日!?マジかよ!?

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