3話 日常に隠れる非日常
レンは朝が苦手だ。
「ふぁ〜……」
一日の始まりはあくびから始まる。
「ゔっ」
寝起きのレンはまだ完全に覚醒しきっていない脳のことを無理やり起こすため、カーテンを一気に開けた。
効っくぅ〜。
これかレンが起きたとき、最初に呟く心の言葉である。
「ふっふふっふ、ふっふふっふふっのふぅ〜」
奇怪なリズムと共に、手に持っているジョウロから水を紫色やピンク色などの綺羅びやかな花に向かって散らしている。
花の色とそっくりなピンク色の服を着ており、首からぶら下げている真珠を日光に反射させているぽっちゃり体型のおばさんは、朝からテンションが高い。
「いやぁ〜ばっさん。今日もいい天気だねぇ〜」
「そうだねぇ〜。こうやって真っ青で綺麗な空を見れるのは、戦争で散った人たちのおかげなのよね……」
レンはただ世間話をするため2階からおばさんに話しかけたのに、急にしんみりとした空気になった。
「ま、まぁそれより、ばっさんって最近なんかいいことあったのか? なんか首元に良さげなネックレスつけてるじゃん」
「んふふ。気づいちゃったのね……。私、最近ちょっとした副業でがっぽり儲けちゃって。こぉ〜んな簡単にすぐ稼げるなんて、この世の中簡単だわ。お〜ほっほっ!」
最近ケイには内緒で、この前の依頼者からもらった大金で散財しちゃったからその副業ってやつ気になるな……。
「俺、今金ねぇんだわ。よかったらその副業紹介してくれ!」
「あんたこの前いっぱい金入ってたんじゃないの?」
「い、いやぁあれは、ね?」
「もしかしてなくなったとか言わないだろうね? あれ程の大金、もし地道に稼ごうとしたら何年かかることやら……。ふぅ〜考えるだけで鳥肌が立つわ」
もしかして俺はケイにとんでもなく怒られるのかもしれない。
「あは、は〜……はっはっ! 嘘だよ。嘘。隣人ジョークっていうやつ。まんまと騙されてやんのぉ〜」
「ったく。隣人にこんな変な嘘ついてどうするっていうのよ。あ〜あ付き合ってらんない」
おざはんはレンに呆れながら、家の中に戻った。
普段通り朝食として食パンの上にチーズを乗せたやつを食べ、新しく仕事で使えそうな魔法の研究をし、軽く有酸素運動をし、遊び屋受け付けの椅子に腰を掛けた。
ふぅ〜と息を吐き、まるで物語の中で出てくる中ボスのような落ち着きを見せているが内心汗ダラダラ。
もしケイがたまたま金が無くなってるのに気づいたらどうしよう?
もしケイが俺のことを見捨てたらどうしよう?
そんな不安に心が押しつぶされそうになっていた時、チリンチリンと扉が開いた音がした。
「よっ。今日も朝早いな」
「も、もちちちろん。ここここに住んでるんだっから、早いに決まってるんでしょ?」
「あ、あぁ……? うん。そりゃあそうか」
ケイはレンの明らかにおかしい言葉遣いに、疑問に思いながらもただ舌を噛んだだけだと思っているのか、いつも通りの口調で答えた。
よし。これはいける。
あとは話の内容を金の話にしなければ……。
「そういや、後で金庫開けて50万リースほどくれないかな? このあと大事な仕事に関わることに使うんだ」
早速大ピンチ!
いやピンチっていうより、もう終わったんじゃ?
「わかった。……後でっね」
うまく誤魔化せていると思ってた。
「なぁ……これ、金庫なんだけどなんで金入ってないのかな?」
「さ、さぁ? ネズミが盗んでったんじゃない?」
「そんな見え見えな嘘をついたって無駄だ。どうせお前なんだろ? 精神魔法を使って、本気になって確かめてもいいんだぞ?」
「いくらなんでもそれは卑怯だろ!!」
レンは洗いざらい話した。
「ほぉ〜ん。自分の欲望に負けて、仕事のための金を全部使ったんだな。……お前ってあれか? 全部俺に管理されないと何もできないようなおこちゃまですか?」
「ちゃんと成人年齢超えてますぅ〜。ま、まぁ管理されないとまたなにかしちゃうんじゃないかっていうのは、自分でも思うほどだけど……」
「おい」
「いや、そんなことないな。うん。ないない。遊び屋レンの名前に誓ってないと断言しよう」
「……わかった。じゃあもし今度またなにかやらかしたら全部俺が管理するからな」
「いいとも」
二人の喧嘩になりそうになった言い合いはこれにて一件落着。
レンは深呼吸をして、よぉ〜し今日も頑張るぞ! と前向きな気持ちに。
……だがもちろん、ケイが金が必要なことは何も解決していない。
どうしよう?
ないものはないんだし、先方にそういうふうに言って断るしかない、かな……。
でも断ると、今後遊び屋として金を稼ぐのなら絶対不利益が生じる可能性がある。
ケイはどうにかして資金調達をする方法がないのか思考を巡らせ、そんな中レンはもうとっくに金の問題など忘れて爪磨き。
部屋の中が静寂で包まれていた中、チリンチリン。
来客の合図がした。
「いらっしゃいま……せ?」
レンとケイは開けられた、誰もいない扉を見て目を疑った。
今、いたよな?
ケイは人影が入っていたのを僅かだが目で捉えることができていた。
「レン。……用心しろ。誰か入ってきてるぞ」
「え? 誰もいなかったじゃんか」
机の下、扉の裏、棚の間。
どこを探しても、入ってきた人は見つからない。
この濁った空気……。
まさか認識阻害系の魔法か?
「おい。被害が出ず、透明になってるやつだけ当たる魔法を打ってくれ」
「いやさっき扉が開いたのはいつもみたいにどうせ子供のイタズラだろ? 何ヤケになってんだよ」
「いいからやれ」
「はぁ〜……あれ使うと疲れるんだよね」
レンが威圧に負け、魔法を使おうとしたその時だった。
「ッ!! 避けろ!!」
「は?」
ピカッ。
突然天井部分から一点の光が放たれ、天井と床を貫通する棒が出来上がった。
棒があるすぐ隣の位置にいたレンは間一髪で髪の毛を擦ったが、避けることに成功した。
「は? なんだよこれ」
状況を理解しようとしている二人のもとに更なる物事が起こる。
「チッチッチッ……」
まるで時計の針の時間を刻むかのような音が棒から発せられている。
なん何だこれは……?
ケイは目の前に現れた、魔法の棒のことが気になってしょうがなかった。
間違えて飛んできた魔法?
もしそうだとしたら途中で解除されるはず……。
まさかこれは、攻撃か?
「な、なぁケイィ。まさかこれってもしかしてあいつらの……」
「そうだとは思いたくないが、おそらくそういうことだ」
「なんでこう遊び屋を再開したときに現れるんだよ。業務妨害で訴えてやる!」
レンは殺されかけたというのに、いつもの調子だ。
「あいつらのことを訴えようとしたら逆にこっちが訴えられるだろうが」
「はぁ……。ほんと面倒くさいな。追ってくるのは別に許すけど、ストーカーにも律儀っていうのがあると思うんだよね」
「チーチー」
攻撃はこれで終わったと思っていたが、高音のよからぬ音が魔法の棒から聞こえてきた。
なんだぁ?
「……というわけで俺は今日からあいつらのことを友達だと思うことにする!」
ケイは意味不明なことを言ってるレンのことを横にどかし、棒をじっくりと観察する。
まだ鳴ってる。
この気持ち悪い音が棒からきてるのは間違い無いんだがな……。
理由を探りたいけど、そんなことしたらどうなるのか知ったこっちゃない。
「ピー」
音と共に棒から蒸気が出始めた。
まだ終わりじゃなかったのか。
ケイはしぶとい奴らだな、と呆れていると鼻に蒸気が入った。
この匂い、まさか!?
「おい! ここから逃げ」
魔法の棒は煙をつたい大爆発を起こした。
木造でできていた家は木っ端微塵に崩壊し、残ったのはレンの服の切れ端と、大量の灰だけだった。
「あ〜はっはっはっ! 何なのあのバカみたいな顔。ボスも見てたっすよね?」
灰の上で腹を抱えながら高笑いをした、ピンク色の短い髪で、黒ずくめの服を着た女は後ろにいる傷だらけの男の顔を伺った。
「あぁ……。よくやったリリーネ」
「あははっ! ボスに褒められちゃったぁ〜! ……いやぁ〜あんなやつらがずっとボス達が追ってるやつなんすか? 案外最期はあっけなかったっすね。まぁそれもこれも全部うちの最強最悪の魔法のおかげなんすけどねぇ〜! はっ。あ、もしかしてうちこの件で昇格とかあるんすかね!?」
「あんたちょっとは間を開けて話しなさい。ボスが困ってるでしょうが」
リリーネとボスの間に入ってきたのは、腰のあたりまで垂らしている金髪が特徴の女。
「もぉ! 大事なところで遮らないでよ! あともうちょっとでボスからの熱いキッスがもらえたのに……。いくらミミーネお姉ちゃんだからって許さないんだから!」
「どこをどう見ればキスなんてもらえる状況に見えるのよ……。ボス、馬鹿な妹が無礼を申し訳ございません」
「そんな畏まるな」
「はっ。申し訳ございません」
「はぁ……まぁいい。それよりそこでこっちを覗いてるばあさん。情報提供してくれていたのは君だろ?」
ボスが顔を向けた先にいたのは、どこにでもいそうな隣人を体現したかのような溶け込んでいるおばあさんだった。
あの人がずっと情報を流してた人なんだ……。
ミミーネは朝覗き見していた、標的であるレンとおばさんの何食わない世間話を思い出して寒気がした。
「あなた達、何者なの?」
「それを君に教える必要はない。……そんなことより、これが約束の金だ。普段なら人形を仲介に挟むのだがこうなってしまっては意味がないだほう。……でもやはり手渡しというのはいささかむず痒いものがあるな」
疑問に思ったおばさんだったが、お金を前に出されすべてを飲み込んだ。
この人から演技だという匂いがする。
やっぱり、この溶け込み具合はプロの人間か。
「さて、老人は去った。早速追跡といこうしゃないか」
「えっ追跡!? う、うち殺したっすよ?」
「何を言ってる。あの者共は転移魔法を使って逃げていただろう」
「逃、げ……」
「そんな落ち込むのではない。確実にお前の攻撃はあいつらの意表を突くものだった。……逃げられはしたが、誇りに思え」
「ボス……」
ボスはリリーネの頭を撫でて励ました。
私も同じようにされたい……。
いやいやいや。姉としてここはちゃんとしないと。
「リリーネ。あんは悪くなかった。悪いのは転移魔法とかいうインチキ魔法を使った男の方だわ」
「そっすよ!! ……ってそんなことよりボス。追跡するってどうやるんすか?」
「ふむ。――布よ、生命よ、主を探せ」
ボスが手に持っていた布は、まるで蝶々のような動きをしながら空へ羽ばたいていった。
こんな魔法も使えるんだ……。
「おぉ〜。なんか布が可愛い動きしてるっす!」
魔法を使えない者がこれを見ても、どれだけすごいのかすぐわかるはずだ。
ありえない光景を、可愛いなどと言ってる妹は一体どんな神経しているんだろう?
ミミーネはリリーネに呆れながらも、はしゃいでいる妹のことを見て口角が上がった。
「進んでる先は……王城、か」
途端、空気が凍りついた。
「王、城……。なんでまたそんなところに向かってるんすかね?」
「さぁ。そんなこと我々が知る理由はない。ただ……あまりいいことが起きないと、そう予想はできる」
「5年前の国王暗殺事件があるからっすか?」
「……もちろんそれもある。だが一番の懸念点は、あいつらが今している仕事だ」
「遊び屋ですよね?」
「そうだ。もしあいつらが遊び屋として王城の中に入ったとしたら、リリーネ。君はどうなると考える?」
「大量虐殺をする?」
「……あの二人も君のように優しい人間だったのなら、私はここまで苦労しないさ」
「何するんすか!? 気になるっす!!」
「――遊びだ」
私もリリーネも首を横にかしげた。
「資料でしかあの二人組のことみていないのなら、その反応で正解だ」
どこか悲しそうな声。
レンとケイ。この二人とボスとの間で昔、どんなことがあったんだろう?
詮索するのは場違い極まりない。
「ボスっ! もし殺すのなら、またうちがあの魔法使うっす!」
「ダメだ。あいつに一度攻撃した魔法はもう二度と通用しなくなる」
「じゃ、じゃあうち殴ってくるっす!」
「リリーネ……」
ぐいっと首元の服を引っぱって足を止めることができた。
「君たちはまだ若い。じじぃの私と違って、将来有望というやつだ」
「何を、言ってるんです」
「君たちはついてくるな。――彼奴等との因縁は私が、今日終わらす」
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