2話 依頼



「すっ、すすす救いぃ〜。見てる!! あっひゃっひゃっ!! 救いの光だぁ〜!!」


 ついさっきまで弱っていた依頼者である男は狂気じみた顔をしながら、なにもない家の外壁に向かって叫んでいる。

 傍から見るだけで壊れてるとわかる。

 

 ……最悪だ。


 途中で目を離したのがいけなかった。

 まだ精神魔法のコントロールが粗いレンが精神魔法を使うと、こうなるとは予想はできていた。


「すまない」


 レンがらしくもなく頭を下げてきた。


「魔法のコントロールは仕方がない。これは精神魔法のコントロールができていないのを知っていながら引き継がせた俺の責任だ。クソッ、俺が席を外さなければ……」


「ひゃ〜!! 光を光を光を光を〜!! ……神よ!! まさかこれが暗闇の中にさまよう俺に向けた一筋の光、というものなんですか!? 喜んでお受け取りおたします!!」


 ひと目見て、この人が昨日来た衰弱した依頼者だと気付ける人がいるのだろうか。


「失敗してしまったものは仕方ない。……ここからは完全にレン頼りになってしまうが、いけるか?」


「さぁ? それはこの男の心構え次第かな。知ってると思うけど、元に戻りたいと思わなければ戻らない……。まぁ、最大限努力はするけど最悪の結果も考えておいて」


「わかった」


 レンの覚悟ある一言に、俺は何も言えず、ただ一歩離れたところから見ていることしかできなかった。


「レン! 言われた通り結界を張った。少しの時間だが、この近くに人が来ることはない。……頼んだぞ」


「もちろん。――俺を誰だと思ってるんだ?」


「ピザが大好きな男?」


「って違う違う。遊び屋の主人だ」


 ケイは俺の頷きにニヤリと微笑み、後ろに下がった。

 

 我ながら今のセリフかっこよかったな。

 今度遊び屋の極意とかいう本を出してもいいかもしれない。


 レンは自分の緊張をほぐすためにわざとバカバカしいことを考え、集中を高めた。


「ひゃっひゃっ! 神のご加護を! 神のご加護を! 神のご加護を! 神のご加護を!」


 精神が崩壊した人間はなにか、自身のうちにある気持ちにすがるという。 

 ……この男はやたらを信仰している。

 おそらく信仰心をうまく使えば、この状況は打開できるだろう。

 

「よし」


 まず氷魔法でこの前見た神っぽい石像を作り出す。

 ちゃんとツルツルにして日光で溶けないよう、コーティングも欠かさずに。


「おぉ!! 神よ!! ここにおられたのですね!!」


 男は神の像の前で地面に膝を突き、涙を流しなが拝み始めた。

 

 まずは第1段階クリアだな。

 

 レンは信仰心が強くなり、もう手がつけれないような男の姿を見てだと安堵した。


 一時休業していた時は新聞配達だったり、害虫駆除だったりと魔法を別の用途で使っていたがそれはもうやめだ。

 ここからが俺の本職。

 ここからが遊びの醍醐味。


 最初に作るのは机に椅子4つ。

 次に棚やソファ。そして、台所などの家にあるようなもの。

 一見して遊びとは真逆なものを作っているのにはわけがある。これが、この人にとってだからだ。

 そのワケは会話や仕草から読み取れる。


 まず始めにこの男は実家が大好きだ。理由はこの男は最初依頼をするとき、まるで俺達の共感を求めるかのように言ってきたから。普通の人間ならば、肉親が死んでしまっていたことを悲しむだろう。

 次にこの男は根っからのインドアだ。着目すべきはふくらはぎなどの筋肉。これは単発的に鍛えられた、戦争のために無理をしてつくった筋肉だ。肌が張ってるのを見れば一目瞭然。


 このことを踏まえると、男はだと予想がつく。

 

 だとしたら、家の中での遊びがこの男にとっての一番の遊びになるゆると。そうは思はないかな?


 まぁもちろんこれだけじゃ、ままごとをするんじゃないのかと勘違いしてしまうので、最後に自動操縦型のネズミを作って……完成。


 多分こんな遊び、男は一度もしたことがないと思う。

 けどそれを遊びとして選んだ理由を俺なりの決めゼリフを言うのなら――


「新しくないと、ハマるものもはまらない」


 と、こういうことだ。


 この遊びが遊びになるゆるのか?

 未知数だが、決めるのは他でもない依頼者だ。


「あぁ〜神よ……。この戦争で汚れた手をもつ俺にもお慈悲を……」


 男は幸せな気持ちに溢れていた。

 ただ神を崇めているだけ。崇めているだけなのだが、崇めている時は親のことや実家のことや戦争のこと。何も考えなくていいということが何よりの幸せだった。


「はっはぁ?」


 男は突然神がの氷像が消え、先にあるものに気付いた。


 あれは……なんだ?


 いつの間にかまるで家の一室のような空間が出来上がっていることに、驚きが隠せなかった。

 なにかに引き寄せられるように自然と足が進み、男は一人椅子の上に座って家具を眺め始めた。


 これは魔法、か。

 ……こんな本物のようなものを創り出せるとは、どれほどの実力者なのだろうか? 

 もしそいつを見つけ出すことができたのなら、戦力に加え……。


「違う違う違う!!」

 

 戦争なんて終わってる。


 男は辞めた軍隊の脳が、この空間を邪魔をしてきたことに苛立た覚え、その勢いで自分の頭を殴った。

 揺れる視界の中を、突如現れた黒い物体が机を横よぎった。


 なんだ!?


 慌てて身構うが攻撃はない。

 視界が元に戻った時、机の下にいたやつを見て黒い物体の正体がわかった。


「ネズミ……いや、これも魔法か」


 魔法で作られたネズミは小刻みに左右に動いている。


 これは凄いな……。


 男は素直に感心した。

 

 魔法にて、創った物を遠隔で動かすというのは宮廷魔法師でもできない者がいるほど高難易度の所業。

 おそらくコレを今操作しているのは、世界でも五本指に入るほど優秀な魔法師だ。


「ん?」


 ネズミはなにか伝えようとしているのか、ずっと動いている。

 内容が知りたいので少し見ることにする。

 

 ……見た。もう三十分はこのネズミと向き合っている。結論から言うと

 ただ動いているだけだった。


「ピッピッピ〜」


「!」


 これはネズミの鳴き声。


 ……まさかこの操縦士は、無様な醜態を晒して勘違いしている俺のことを煽っているのか?


 ギリギリの精神を保っていた男の心で線が切れた音がした。


「ふざけんな!」


 力強くネズミを殴ろうとしたら、ヒョイッと軽快な足取りで躱された。


 このクソ野郎。

 

「逃げんじゃねぇ!!」


 机の上、椅子の上、棚の中、下水管……。

 ネズミはありとあらゆる空間に逃げ込み、男の拳をすべて躱した。


 こいつを操縦してるやつがわかったら、絶対まず最初に拳を一発入れてやる……。


 ネズミではなく、操縦士に怒りの矛先が向いた。

 

 男はこいつに負けてたまるか、という一つの闘争心で数ヶ月前から退化している体を無理やり動かし続けた。それは何度も。何度も。


 男は夢中になって気づいていないが、さっきまでの神への信仰心などなくなり、完全に遠隔で動かされているネズミというちっぽけな生物の魔法に虜になっていた。


「はぁはぁ……。クッソ。なんでこんな殴れねぇんだ……」


 皮膚という皮膚からは透明の液体、汗が滲み出てきている。


 こんな動いたの久しぶりだ。

 全力で体を動かすのってこんな楽しかったんだな……。


 男は子供の頃、まだ生きていた両親と実家でしていた鬼ごっこを思い出して、まだ在りし日の記憶に色が浮かび始めて、涙が止まらなくなった。


「それが今の、お前の現実だ」

 

 目の前が涙で歪んで見えない。

 でも、たしかこの声は遊び屋の人。


「あっ、あり、ありがとう」


「今、お前がどんなことを考えててどんな結論をだそうしているのかわからないが、元に戻したんだ。一つ、先に聞かせてもらう。――楽しかったか?」

 

 剣に胸を突きつけられたような、不思議な感覚が胸の内を襲ってきた。

  

 この人は凄い。

 まだこの人がなにかしたのか、何も聞いてない。

 だが振る舞い、空気、語りかける声。

 すべてにという、対面した相手に対して一番大切なものを感じた。


「楽しかった……。あぁ。物凄く楽しかったさ」


「それは良かった」


 遊び屋の人は満面の笑顔になった。

 

「いやぁ〜一時はどうなるかも思ったけど、やっぱり俺って天才なのかもしれないなぁ〜」


「調子に乗るな」


 後ろにいたもう一人の遊び屋の人が前にいる人の頭を軽く小突いた。


「いでっ! な、なにすんだよ!」


「はぁ〜……まだ仕事終わってないのにそんな態度になるな。いつもこうなって、最終的には依頼者に迷惑かけてるんだから過去から学ぶっていうことをしろよ」


「? んなこと言われたって知らわ。俺の仕事は依頼者のことを戻すこと。その他のことはケイ、お前の仕事だろ」


「だとしても、だ」


「だから知らんって言ってるじゃん」


「なぁ、言語通じてるか?」


「同感だ」


 見るからに不仲そう。

 けど、なんだろう?

 逆に仲良さそうに思うのは見間違いなのだろうか?


「おっと。お見苦しいところをお見せしました。……どうでしょう? ご満足頂けましたか?」


 男のことを小突いた男が律儀に話しかけてきた。


「もちろん。噂には聞いていたが、まさかここまで癒やしてもやえるとは思わなかった……。もう少し熱い戦いを見てみたかったが、何事にもほどほどが一番だと言うしな」


 興味本位でからかってみると、また律儀そうな男がもう一人の遊び屋のことを小突いた。


「って! てめぇ……今日も晩ごはんピザになってもいいのか!」


「…………それだけはやめてくれ」

 

「じゃあもう殴るんじゃない」


「…………わかった」


 『喧嘩するほど仲がいい』 


 この二人には、この言葉がお似合いだ。

 掛け合いを見ているだけで、心がほっこりする。 

 いやでも、果たして喧嘩をしている人達をみてほっこりするのは正気なのだろうか?


「ふふふっ」


「ほ〜ら。そうやってケイがお子ちゃまみたいなことするから依頼者に笑われたじゃん」  


「だからそれはお前が……って、もういいや」


 

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