第108話 戦争⑤

 俺が覚悟を決めて、クリスの背を追って走ると。

 ユリヤンと魔王が戦っていた。


 目まぐるしく位置が入れ替わる、激しい攻防。

 どちらかがその武器を振るう度に、衝撃波が周囲の砂を散らす。


 互角に渡り合っているように見えるが、押しているのは魔王の方だ。

 よくよく見ると、ユリヤンにはいくつかの傷がある。

 魔王が3回攻撃するのを防いで、ようやく1度剣を振れるというバランス。


「殿下!」


 しかしそこに、クリスが加わった。

 ユリヤンの攻撃が空を切った後。

 魔王が攻勢に出るそのタイミングで、クリスが攻撃を仕掛ける。

 魔王はクリスへの対処を迫られ、ユリヤンへの攻撃はできなくなる。


 そしてそこに、俺の魔術も加わる。

 残念ながら、目の前の攻防のスピードに対して、俺の魔術は遅い。

 たしかにクロックアップを使えば、ノータイムで魔術を発生できる。

 しかしそんな距離まで近づけば、二人の邪魔をしてしまうだろう。

 このレベルの戦闘にはついていけない。

 今は自分の近くに魔術を発生させ、それを飛ばすという方法をとるしかない。


 魔術師というのは、小回りの利かない大砲みたいなものだ。

 対個体ではなく、対軍勢に対して運用するのが正しい。

 城壁の上に並べるのは、理にかなってると思う。

 戦闘を目で追うのが精いっぱい。

 エミリーの魔術で身体能力を強化してもなお、その程度だ。


 しかし、そう悲観することはないはずだ。

 やりようはある。


 どんなに速い攻防だろうと、力と力がぶつかり合えば、お互いの動きが止まる。

 魔王が躱した時ではなく、受けた時。

 そこを狙って、範囲制御した中級魔術を放つ。


 被弾はしないものの。

 魔術を躱すために、魔王は体勢を変えた。

 効果が目に見えてあるわけではないが、ないよりはマシなはずだ。

 ボクサーのボディブローのように。

 ひたすら続ければ、何かのチャンスを生み出すかもしれない。


 ジリジリとした時間が流れる。

 二人が攻撃を受ける度にハラハラするが、紙一重で全て対応できている。

 逆に魔王も、二人の攻撃を躱すのは紙一重だ。

 パワーバランスは拮抗していた。

 しかし。

 少しずつ、状況が変化し始めた。


 ユリヤンとクリスの動きが、ほんのわずかずつ、よくなってきた。

 おそらく、連携に慣れてきたことが原因だろう。

 この二人で初めての共闘だ。

 もしかしたら二人とも、他人と戦うという経験自体、少なかったかもしれない。


 もちろん、ユリヤンもクリスも、達人と言っていいレベルの剣士だ。

 自分の攻撃で、味方を傷つけるようなへまはしない。

 しかし味方の行動がわからないと、どうしてもワンテンポ遅れてしまう。


 そのズレが。

 戦闘が長引くにつれ、少しずつ解消されていった。

 お互いのクセを理解し始め、阿吽の呼吸を形成しつつある。


「クリス!」

「了解!」


 二人は、アイコンタクトで意思疎通して。

 左右から同時に、魔王を攻撃した。

 魔王は左右の爪で、それぞれの剣撃を受ける。

 俺はすかさず魔術を発動。

 ユリヤンとクリスは散開。

 魔王はかがんでそれを避ける。


「――羽虫どもが!」


 魔王が叫び、下がったクリスへと詰め寄る。

 あっという間に距離が縮まり、魔王がクリスを襲う。

 クリスは盾で受け流すが、やや体勢を崩した。

 すかさず魔王が追撃。


 しかしその振り上げた爪は、ユリヤンの剣によって防がれる。

 ユリヤンは、攻撃を剣で受け流し、反撃に転じる。

 魔王はそれを、かがんで躱す。

 しかしそこには、クリスの攻撃が待ち構えていた。

 魔王は体勢が崩れている。


「もらった!」


 横一文字に薙いだクリスの攻撃は、しかし虚しく空を切った。


「何!?」


 目の前の光景に、俺は思わず声を上げた。


「ゴミどもが。私に逆らったことを、後悔させてやろう」


 魔王は、遥か上空に跳躍していた。

 翼を広げ、ホバリングするように宙に浮いている。


 ……いや!

 これはチャンスだ。


 予想外の展開に驚いたが。

 冷静に考えれば、こちらに有利な行動のはずだ。


 こいつらは跳躍はできても、飛翔はできない。

 現に魔王も、少しずつ高度が落ちてきている。

 いくら翼で軌道を変えられるとはいえ、空中での自由度は高くないはずだ。

 それならば。

 ユリヤンとクリスの剣が届く所までやつが落ちてきたら、仕留められる。


 二人を見ると、油断なく剣を構えている。

 彼らも同じ考えのようだ。


 だが、あの魔王の態度はなんなのか。

 やつだって、空中が不利なことくらいは分かっているはず。

 なのに、なぜあんなに余裕がある。


「――魔の根源。

 其は暗黒。

 靉靆たる亡者の御手」


 魔王が両手を広げ、何かをつぶやき始めた。

 同時に膨大な魔力が、この場から消えるのを感じる。


「まさか、これは!」


 ユリヤンが叫ぶ。


「星の輝き。 

 彼の者のそばで誓いたもう」

「――クロックアップ!」


 時が止まる。

 だが、魔王の位置は射程範囲の外だ。

 あそこにタイムラグなしで魔術を置くことはできない。

 風魔術を設置。

 時が動き出す。


 発動した風魔術は魔王に向かって飛んでいく。

 しかし、避けられてしまった。

 これではダメだ。

 あそこまで届く攻撃手段は、一つしかない。

 聖級魔術しか。


「原初の火。暗がりを照らすもの。

 三つ時の――」

「――其の怒りを以て、ここに顕現せよ」


 圧倒的なエネルギーが、魔王の周囲に満ちるのを感じる。

 俺より早く、魔王が詠唱を終えてしまった。


 ダメだ。間に合わない。

 いや、信じる。

 俺は信じる。

 過去を払拭した今なら、信じられる。

 たった一つの可能性。

 それを信じて、俺は詠唱を続けるだけだ。


「その翼は燃え炭になろうとも――」

「シャドウスパーク」


 魔王が唱えた瞬間。

 暗雲が空に現れ、幾多の雷が地上に向かって降り注いだ。


 視界が真っ白になる。

 だが、痛みはない。

 苦しさもない。

 そして見渡せばそこに、ユリヤンも、クリスもいる。

 ……これはやはり。


「なんとか、間に合ったわね」

「エミリー!」


 気づけば、エミリーがすぐ後ろに立っていた。

 杖を掲げながら、疲れた顔をして。

 クリスが駆け寄る。


「これは、どういうことなんだ?

 やつが魔術を放ってきて、わたしはもうダメかと……」

「私が結界魔術を使ったの。

 もう、魔力はすっからかんよ」


 俺たちの周囲には、白く光る、大きなドーム状のヴェールが張られていた。


「もう維持もできないから、しっかり決めてね、ハジメ」


 詠唱しながら、エミリーに向かって頷く。


「その志は遠く、遠く。

 約束の地にて再び見えん」


 最後の一小節。

 それを口にした瞬間、ヴェールが弾ける。

 土煙が晴れて、魔王の姿が現れる。


「馬鹿な!

 あれを受けて、生きているはずが……!」

「エインシェント・ノヴァ」


 静かに、杖から光球を放つ。

 それは、土煙と雷雲を切り裂きながら。

 上空の魔王へと、吸い込まれるように飛んでいく。

 多少翼で軌道を変えても関係ない。

 威力も範囲も、今までのものとは別次元だ。


 俺は人生で初めて、勝ち誇って。

 両親の仇に、告げる。


「1000年越しの仇討ちだ。

 ……滅べ、魔王」

「この私がっ!

 こんな、虫けらどもに!」


 光球は魔王の付近で炸裂し。

 戦場を覆う、炎の花が咲いた。


 それを見上げた誰もが。

 戦いの終わりを、悟ったのだった。


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