第107話 戦争④
「ガアアァァアァァァァッ!!」
俺の言葉が逆鱗に触れたのか。
魔王が、身の毛がよだつような叫び声をあげた。
圧倒的な、怒気をはらんだ音。
それに反応したのか、周囲の魔族も全て、魔王と共に襲い掛かってきた。
「クロックアップ」
前方はクリスに任せ。
後ろを振り返り、唱える。
止まった時の中で、状況を確認する。
背後から来ていた者の中で、至近距離で襲ってくる魔族は2体。
そいつらを結んだ直線に沿って、巨大な風の刃を用意しておく。
時は動き出し、突如現れた魔術に対応できず、狙った魔族が死んでいく。
しかしすぐさま、次のやつがやってくる。
クリスも前方への対応で手一杯のようだ。
魔族の数が多い。
ワンミスが命取りになる。
「クロックアップ」
頭痛がひどいが、使わないと打ち漏れが出る危険がある。
だがもう、あまり多くは発動できない。
頭痛が限界を超えるとどうなるか、俺にも分からない。
再度、向かってきているやつらに対して魔術で対応する。
フレイムピラーを、最大出力で設置しておく。
向かってきているやつらを含め、多くの魔族を狩れるはずだ。
クロックアップ中も、背後の様子は分からない。
止まった世界では、振り向くことはおろか、眼球を動かすことすらできないからだ。
クロックアップの効果が切れ。
状況確認のため、クリスの方を振り向いた。
後方から、
そして振り向いた俺の視界に、魔王が映った。
こちらに向かってくる。
馬鹿な。
「――クロックアップ!」
再度、世界が止まる。
俺は近づかれたらおしまいだ。
どうしても、使用頻度が多くなる。
止まった時の中、クリスを探す。
……いた!
視界の端で、倒れている。
そこには赤い色が混じっている。
まさか、魔王にやられたのか。
治癒魔術をかけなければ。
しかし、すぐそこに魔王が迫ってきている。
他の魔族も俺に向かってきている。
クロックアップ中に撃てる魔術は一つだけだ。
そして治癒魔術は、近づかないと発動できない。
――くそ、どうする。
とにかく魔王だ。
クリスなしで近づかれたら、勝算はゼロだ。
他の魔族なら、後でもまだ何とかなる可能性がある。
魔王に向けて、フレイムピラーを放つ。
しかし今度は直接当てずに、魔王の少しだけ前に設置する。
魔王とて、慣性からは逃げられないはずだ。
今の体勢からは、前に進むことは間違いない。
さっきは当たった瞬間に認識されて避けられた。
これならどうだ。
時が動きだす。
俺の目の前で、大きな火柱が上がる。
魔王はそれに飲み込まれ、見えなくなる。
「ぐぅっ!」
ひどい頭痛がして、鼻から血が出てきた。
それを袖で乱暴にぬぐい、視界を確保しようと一歩下がった。
その時。
爆炎の中から、魔王が現れた。
両腕を交差して。
眼球や鼻、口を守っている。
一切のタイムロスがない。
完全な直撃だけを避け、もろい部分を守りながら、ほぼ一直線に俺の方へ向かってきたようだ。
多くの鱗が溶け落ちているが、活動に支障はないらしい。
くそっ!
切れる手札がない。
魔術を撃っても躱されるだろう。
クロックアップも唱える暇がない。
クリスは倒れている。
何か打開策はないのか。
目前に魔王が迫る。
畜生、ここまでなのか。
俺の復讐は。
俺の人生は。
結局、こんなもんなのか。
顔をゆがめる俺の横を、何者かが走り抜けた。
雷光のような速さで俺の目の前に立ちはだかり、魔王の凶爪を剣で受ける。
爪を白刃に滑らせ、懐に潜り込み。
移動してきた速度をそのままに、そいつは魔王に当て身を食らわせた。
体格で3倍は差があろうかという魔王が、衝撃で後ろへ飛ぶ。
しかし魔王はすぐに体勢を立て直し、そいつを睨んだ。
「貴様っ……!」
「久しぶりだな、ハジメ」
そいつは、ユリヤンだった。
ユリヤンが、俺の目の前に立っていた。
親友が、助けに来てくれた。
その頼もしさに、不覚にも口元が緩んだ。
「ユリヤン! 助かった」
「俺が生きてるのはお前らのおかげだ。
お互い様だ」
魔王を睨み返しながら、ユリヤンが言う。
その間に、またも多数の魔族がこちらへと向かってきた。
しかし。
「――皆の者! 聞け!
先刻の爆発は、このハジメが起こしたものだ!
この男は、ヒトの希望だ!
命に代えても守れ!」
ユリヤンが叫ぶと。
「オオオオオオォォォ!」
周囲から、腹の底まで震わせるような雄たけびが木霊した。
気づけば、辺りに味方が増えていた。
俺を守ってくれている。
たくさんの兵士が、周囲の魔族と戦ってくれている。
「ここは引き受ける!
クリスを治せ!」
「がってん!」
「させぬ!」
クリスの元へと走る俺を。
魔王が阻もうと、右腕を振り上げる。
が、その腕は振り下ろせない。
背後から襲ってきた一太刀を躱すため、引いたからだ。
「さっきの借りを返すぞ、魔王。
10倍にしてな」
「この死にぞこないが……!」
すぐに、背後からすさまじい剣戟の音が聞こえてきた。
振り返りそうになるが、こらえてクリスのもとへと走る。
倒れているクリスの肩から、ドクドクと血が流れているのが見えた。
「クリス! 大丈夫か!?」
返事がない。
まさか、と焦ったが、呼吸と脈は確認できた。
だが、右の肩口から胸郭付近まで至る、かなり深い傷がある。
盾にも、同じところに破損がある。
おそらく袈裟切りの軌道の攻撃を盾で防いだものの、威力を殺せずに負傷してしまったのだろう。
「ハイヒール」
中級治癒魔術。
俺が使える治癒魔術は、中級までだ。
まぁ、この場はそれで十分だろう。
エメラルドグリーンの光に包まれ、クリスの傷が修復される。
肩をゆすりながら、呼びかける。
「クリスッ! クリスッ! 起きてくれ!」
「……ん、んぅ。私は……ハッ!」
ガバッと、クリスが起き上がった。
「ハジメ、今は!?
私はどれくらい気を失っていた!?」
「よかった。無事そうだな。
大丈夫だ。
まだ、ほんの少ししか経ってない」
クリスは辺りを素早く見回し、状況を確認した。
「私はどうしたらいい?」
「魔王を倒そう。協力してくれ」
「わかった」
クリスは素早く剣と盾を拾って、走り出した。
俺も後を追う。
「……少しだけ、夢を見ていた」
「夢?」
走りながら、クリスがしゃべり始めた。
「キマイラを倒した時の夢だ。
あの時は、本当にハジメに助けられた。
――ようやく、私が助ける番だな!」
そう言って、クリスは速度を上げ、魔王へと向かっていった。
その後ろ姿を見て、不意に。
脳裏に、地球で過ごした15年間が去来する。
ガキ大将にいじめられていた時。
孤児院の皆から、仲間外れにされていた時。
サッカー部のやつらとの友情が、嘘っぱちだと知った時。
それらが走馬灯のように、胸の内に巡る。
そして気づいた。
……そうか。
俺はいつも、誰かに助けてほしかったんだ。
誰かにそばにいてほしかった。
自分だけは味方だと、そう言ってほしかったんだ。
そんなものは甘えだと、強がっていた。
誰も助けてくれないのは、自分に価値がないからだと思っていた。
クリスとエミリーに出会って。
彼女達が、俺の味方だと言ってくれても。
どれだけ俺のために、動いてくれても。
好きだと言ってくれてさえ、なお。
俺の心の芯には、かたくなに、それを拒絶するやつがいた。
今、その正体がわかった。
そいつは、過去の自分だ。
いじめられて、仲間外れにされて、裏切られたあの時の自分。
つまり、俺は彼女達に対して、こう思っていたんだ。
「でもお前たちは、あの時俺を助けてくれなかったじゃないか」と。
なんて馬鹿馬鹿しい。
なんて幼稚で、愚かで、独りよがりな感情。
でも俺はそんなくだらない思いを、ずっと抱えていた。
頭では間違ってると分かっても、心はそれを主張し続けていた。
だが、今。
クリスの言葉で、行動で。
かたくなだった部分が消え去っていくのを感じる。
いじめられた。
仲間外れにされた。
裏切られた。
その原因が、目の前にいる。
そいつは凶悪で、強くて、恐ろしくて、一人じゃ勝てそうにない。
でも、そいつを倒せたら、あの時の自分も報われる気がする。
そんな俺の、独りよがりな復讐のために。
そいつの恐ろしさを目の当たりにしてもなお。
身体に深い傷を負ってもなお。
クリスは立ち向かってくれた。
挑んでくれた。
勝てる保証などない戦いに、その身を晒してくれた。
戦場に来る前、彼女は家族を守るためだと言っていた。
もしかしたら、そのための行動なのかもしれない。
だが、俺は俺のために彼女が行動していると、そう信じられた。
また裏切られるぞと。
心の奥で警鐘を鳴らす存在が、いなくなった。
クリスも、エミリーも。
あの眼鏡の女の子とは、違うのだと。
ようやく、心の底から信じられた。
今、俺は俺の全てで、彼女達を信じられる。
いつになく、身体を軽く感じた。
今なら、なんだってできそうな気がする。
「倒す」
決意を込めて口にする。
世界のヒト達を守る。
ヴィルガイアの無念を晴らす。
両親の仇を討つ。
そして、俺の15年間を、取り戻す。
そうすることで、初めて。
俺は、俺の人生を始められる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます