第62話 森の中の冒険①

 雪山に入って初めての、夕食の準備にとりかかった。


 仕留めたホワイトボアを解体する。

 作業はクリスが慣れていて、彼女の役目としている。

 ただ、俺も見ながら勉強させてもらう。

 割と大変な作業だし、クリスに任せっぱなしではよくないだろう。


 基本は、昔仕留めたウサギの時と変わらないようだ。

 首から腹へと切れ目を入れて、血抜きをする。

 雪や水で腹の中を洗い、内臓を切り捨てた後、皮を剥ぎ、部位ごとに切り分ける。

 大雑把に言えば、それだけだ。


 見ていて、あまり忌避感はなかった。

 ウサギの時に慣れたのか。

 クリスの作業が、的確で素早かったからかもしれない。

 彼女は服も一切汚さずに作業を終え、道具を洗っている。

 上手な外科手術を見るのはこんな感じなのだろうか、と益体もないことを考えた。


 クリスの解体を見学しつつ、俺は料理と食事の準備を済ませておく。

 土魔術でテーブルと椅子を作り、テーブルの上に持参したカップと皿を置く。

 カップも皿も、割れない金属製のものだ。

 アルミのような材質で、金属の割には軽い優れもの。

 値段は高かったが、長旅には重宝する。


 さらに、テーブルの近くに木の枝を組んで、火魔術で焚き火を作る。

 着火剤など必要ない。

 ひたすらファイアで焼き続ければ、そのうち火は付く簡単なお仕事だ。

 魔術でカップに水を注ぎ、準備は完了。


 しかし一つ、問題があった。

 パーティーの中に誰一人、料理をできる者はいなかったのだ。

 しかたがないので、とりあえず今日は俺が作ってみることにした。


 エミリーが採ってきた山菜を洗って鍋に入れ、調味料と水を入れて煮込む。

 猪肉は塩胡椒をまぶした後、串に刺して焚き火で炙った。

 それぞれ少しずつ味を調整した後、スープを深皿に注ぎ、肉を切り分けて皿に盛り付ける。

 簡単だが、まぁこんなもんだろう。


 テーブルには既にクリスとエミリーが着席していた。

 2人とも、片手にフォークを握りしめている。

 どうやら腹ペコらしい。


「はい。今日の夕食はホワイトボアのステーキと山菜のスープだ。

 ボアの肉はたくさんあるから、おかわりが必要なら教えてくれ」

「「いただきます」」


 2人が声を揃えて食事の前の挨拶をし、料理を食べ始めた。

 俺も肉を食べてみる。

 めちゃくちゃ美味い。

 ホワイトボアは、トリアノンの街でもメインの食肉として流通しているくらい、肉の質は高いのだ。

 ただ焼いただけで、普通においしく頂けた。


「これは美味いな。

 ハジメ、おかわりを頼む」

「あいよ」


 旅で分かったが、クリスはよく食べる。

 男の俺よりも食べる量が多い。

 塩胡椒をまぶした肉の塊から切り分けて、焚き火で焼いてクリスの皿に乗せた。


「肉については、今日獲れた分を凍らせて運べば、あと3、4日は持ちそうだ。

 森に入る前は不安だったけど、今のところはとりあえず順調ってところでいいか?

 もし何か提案とかあったら、遠慮なく言ってくれ」


 初日が終わりに近づいたこともあり、2人にこれまでの状況を確認してみる。


「そうねぇ。

 今のところは別に。

 寒さも装備のおかげでそれほど辛くはないし。

 クリスがいれば魔物に全然襲われないし。

 食料も困らなそうだし。

 多少栄養は偏るかもしれないけど、しばらく旅をするくらいなら病気にかかったりはしないでしょう。

 とりあえず、目立った問題はないと思うわ。

 あとは夜を越すのが課題かしらね」


 エミリーは特に意見なし。


「そうだな。

 私もエミリーとほぼ同意見だ。

 もう少し進んで、魔物の生息域が変わったりすれば警戒する必要があるが。

 今のところは、心配ないように思う。

 あとは……そうだな。

 そういえば、やぐらで確認する時は全員で登った方がいいんじゃないか?

 私も進む方向の目安がたてやすいし、一人よりも三人の方が、気づくことも多いだろう」


 クリスの意見。

 言われてみればその通りだ。

 俺ひとりでやぐらに登っていたが、普通に考えて全員が景色を共有した方がいい。

 特に、進む方向を決めているクリスにとっては、とても重要な情報だろう。


「確かにその通りだな。

 明日からは全員で登ることにするか」


 今までそうしなかったのは、俺の土魔術に人を乗せることが不安だったからだ。

 しかし、今日一日でかなり慣れた。

 三人で乗っても大丈夫だろう。



「本格的に日が暮れてきたわね。

 今日はこの辺りで休みましょうか」


 エミリーが、周囲を見回しながら言った。


 気づけば、辺りはかなり暗くなっていた。

 あと30分もすれば、完全に日が暮れてしまうだろう。


「ホントだな。野営の準備をしないと」

「ハジメが任せろと言っていたから、野営の装備は何も持ってきてないが、本当に大丈夫なのか?」

「ああ、任せとけ。

 こっちの方が、やぐらより簡単だ」


 クリスの質問に、俺は自信満々に答えた。


 食器を洗って片付けた後。

 適当な場所に向けて、杖をかざす。


 淡い光が辺りを覆った後。

 硬い土が地面からせり上がり、俺のイメージを現実に作り上げていった。

 イメージは、広さ10畳ほどの小屋。

 どちらかと言えば箱に近いが。


 それを2つ、数秒で完成させた。


「今日はここで寝ることにしよう。

 ……ついでに風呂も作っとくか」


 目の前に土魔術で穴を掘り、石板で固め、中に水魔術でお湯を流し込んだ。

 その周りに、2つの小屋と同様に壁と屋根を作り、簡易の風呂を完成させる。


「体を洗う間は無防備になるから、風呂は一人ずつにしよう。

 入るのはクリスからにするか。

 魔術がないと、お湯を温め直せないから」


 振り返ると、クリスが固まっていた。

 驚いた顔でこちらを見ている。


「いや、その、ハジメ。

 改めて見るとすごいな。ハジメの魔術は。

 昼もやぐらをいくつも作っていたし……それだけの魔術を使って、魔力は大丈夫なのか?」

「ああ、全然問題ない。

 前に説明しただろ?

 俺は魔力切れを起こしたことがないんだよ。

 どれだけ使ったら魔力がなくなるのか、俺にも分からないくらいだ。

 少なくともこれくらいのことなら、あと10回繰り返しても無くなりはしない」

「そ、そうか。

 まぁ、頼もしい限りだ」


 クリスは出来上がった建物を見ながら、へぇー、と少し間の抜けた声を出していた。


「完全に暗くなると煩わしいから、手早く済ませましょう。

 小屋に荷物を置いて、クリスからお風呂に入って」

「そうだな、すまない。

 では先に入らせてもらおう。

 ……まさか、旅路で風呂に入れるとは思わなかった」


 クリスはいそいそと小屋へと歩き、嬉しそうな顔で風呂へ向かっていった。


 その後。

 エミリー、俺の順で風呂に入ったら、辺りは真っ暗になってしまった。


 小屋に入って横になる。

 寝袋はないから、床に雑魚寝だ。

 底冷えするような寒さだが、魔物の素材を使った毛布は暖かく、問題なく眠れそうだ。

 魔術の灯りを消すと、完全な闇が訪れた。


 ひとまず、ここまでは順調と言っていいだろう。

 さしたる問題は起こってない。

 夜に魔物に襲われる不安はあるが、接近してきた魔物の気配は俺にも分かるし、クリスレーダーは夜も作動している。

 大丈夫だろう。


 闇の中で思案していると。

 睡魔がやってきて、いつのまにか眠りに落ちていた。



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