第61話 冒険開始

 ……結局。

 丸一日情報収集に費やしたが、有益な情報は得られなかった。


 確かにあの店員の情報は正しいようだ。

 エルフの里を目指して旅立った冒険者は、誰一人この街に帰ってきていない。

 旅人を見たことがある者は、皆そう言っていた。


 で、どうするか。

 確率で考えれば、これまでの冒険者たちと同様に、俺達もこの街に帰ってこられないということになる。

 それは困る。

 引き返すべきだろうか。


 悩む俺を尻目に、クリスとエミリーが強行派で結託し。

 ここまで来て、何も得られずに帰るのは嫌だと主張した。

 俺が悩んだのは、二人の身の安全を考えてだ。

 他ならぬ二人がそう言ってくれるのなら、進むことはやぶさかでない。

 慎重に、不測の事態が起こったらすぐに引き返す。

 その前提で、探索を行うことに決定した。


 その夜、同じ酒場でまた飲んだ。

 あの店員に旅立つと告げると、「ああそうですか、お気をつけて」となおざりな言葉を返された。

 こいつらもどうせ帰ってこないだろう、と思っているのだろう。

 忠告はありがたかったが、なかなか素直に行動には移せないものだ。





 翌日。


 俺とクリスは鎧を着て。

 エミリーは変わらないが、とにかく装備を全て整えて。

 トリアノンの街を出た。


「西に向かうといっても、地上に目印は何もない。

 日の向きと星の位置だけが頼りだな」


 そう言ったのはクリスだ。

 クリスは子供の頃から冒険者をしているだけあって、方角について敏感だ。

 どんな状況でも、かなり正確な方角を把握できている。

 魔物の位置も分かるし。

 この旅のMVPは、クリスになりそうだ。


 森の入り口にやってきた。


 森というか、山というか。

 なだらかな上り坂に木が鬱蒼と茂っており、それがどこまでも続いている。


 雪の積もった木々が視界を塞ぐ光景は、目の前にすると圧迫感があった。

 こんな所に入るのは、遭難しに行くようなものではないだろうか。


 気温は日中でも氷点下だ。

 夜はさらに過酷な環境になるだろう。

 中には魔物が蠢いているし、挑んだ者は誰も戻って来ていないらしい。

 そんなことを考え、脚が重くなるが。


「ハジメ、行くわよ」

「ハジメ、行くぞ」


 しかし俺の躊躇を一刀両断するように、2人はずんずん前に進んでいった。

 ……俺も、腹を括るとしよう。


 俺達は雪の降る森の中へと、足を踏み入れた。



 ―――――



 森の中をしばらく進んだ後。

 最初の目印を作ることにした。


 いくらクリスが方向に敏感と言っても、自分達の位置まで分かるわけではない。

 木よりも長い棒を土魔術で作り、地面に突き立てる。

 これを帰り道の目印にする。


 いやいや、そんなもの少し離れたら、木に隠れて見えなくなってしまうではないか。

 目印になりようがないだろう。

 エミリーにこの案を聞いた時、俺はそう反論した。


 その棒が目印としての効力を発揮するとしたら、こちらの視点も遮蔽物よりも高くなくてはならない。

 木の茂る森で、そのようなことができるものか。


 しかし、返ってきたエミリーの言葉は罵倒だった。

 事実として、それは可能だった。

 結果、屈辱にも俺は、エミリーに謝罪の言葉を述べる羽目になった。 


 直径2メートル、高さ20メートルほどの円柱。

 それを土魔術で俺の下に発生させれば、木よりも高いところから周りを見ることができるのだ。

 かなり練習したが、俺が安定して作れるのはこのサイズが限界だった。

 エミリーはもっと高く作れるが、彼女が毎回作ったら魔力切れを起こしてしまうので、これを作るのは俺の仕事だ。

 便宜上、この土の円柱をやぐらと呼称することにした。



 森に入って数時間。

 約1時間おきに目印を立てつつ、西へと進んだ。

 数時間歩いて、最初のやぐらを建てて確認してみたが、行程に問題はない。

 やぐらの上からはまだ街が視認でき、そこから現在地への直線上に数本の目印が立っている。

 予定通り。

 クリスの方向感覚の正確さには、舌を巻くばかりだ。


 やぐらには簡易な階段を付けており、降りる時はそれを使って降りる。


「問題なしだ。まだ街も見えるぞ」


 下で待っていた二人にそう告げ、再び歩みを進めた。




「クリスのおかげで、魔物に全然出会わないわね」


 エミリーがぽつりと呟いた。


「確かにな。

 一家に一台、クリス魔物探知機だ」

「うーむ。

 その呼ばれ方は誉められている気がしないが一応、称賛と受け取っておこう。

 ……ただ、過信は禁物だ。

 私のこの感覚は、絶対というわけではないからな」


 クリスが真面目な顔で返事をする。


「今まで、気配を感じられなかった魔物って、いたりするの?」

「いや、それは基本的にない。

 しかし、私が何かに気を取られると、認識が弱くなる。

 普通の目と同じようなものだな。

 何か景色の一点に着目すると、他のことが目に入らなくなるだろう?

 それと同じことが、私の感覚にも起こりうる。

 戦闘中もできるだけ気を配るが、切迫した状況だと取りこぼしが生じるから、2人にも気をつけていて欲しい」


 なるほど。

 万能と思って甘えるのは、控えた方がよさそうだ。


「弱そうとか、強そうとかは分かるのか?」

「いや、それは分からない。

 一度出会って強さを認識したら分かるが。

 そうでなければ、分かるのは魔物がそこにいるということだけだ」


 言われてみればそうか。

 だから昔、クリスはキマイラの危険性を認識できず、結果として両親を殺されてしまったのだ。

 少し、配慮に欠けた質問だった。


「……じき、日が暮れるわね。

 そろそろ、今日の夕食を確保した方がいいと思うのだけど、どうかしら?」


 少し話題をそらすように、エミリーが言った。


 荷物の中に保存食は入っている。

 しかしこの旅がどれくらい続くのか分からないから、基本的に食べ物は現地調達が前提だ。

 つまり、その辺の魔物を狩って食べるということだ。

 荷物は食べ物よりもむしろ、そのための調味料をたくさん持ってきた。


「……そうだな。

 クリス、ぼちぼち魔物を狩ることにしよう。

 良さそうなのはいるか?」

「ああ、ちょうど1匹、単独行動をしているやつが近くにいる。

 ひとまずそいつを狩ってみるとしよう」


 方向を転換し、魔物の方へと歩く。

 数分で、魔物を視認できる位置に来た。

 木々の間を、大きめの猪のような魔物が歩いている。

 普通の猪と違う点は、全身が白いことと、牙のおまけに角まで装備していることか。


「ホワイトボアか。

 D級の魔物だ。

 肉は食用で問題ない、おあつらえむきだな」


 2人も知っているだろうが、声に出して情報を共有しておく。

 トリアノンの図書館で、この森の魔物については予習を行った。

 街の近辺にはC級以下の魔物しかいないらしく、食用の魔物も多い。

 なので旅の序盤は、そう心配することはないだろう。


「私がやるわ」


 エミリーが前に出た。


「トルネードはいらないぞ」

「分かってるわよ。うるさいわね。

 ……アイスニードル」


 ヒュンッと。

 エミリーの杖から、一条の氷の矢が放たれた。

 木々の隙間を縫って正確に飛び、ホワイトボアの頭部を貫く。


「おお。さすがだな、エミリー」


 クリスが感心した声を出した。


「これくらい、魔術師なら誰でもできるわよ」


 無理です。

 ……いや、仕留めること自体は可能だろうが、ピンポイントで頭を貫く精度は持っていない。

 やはり、さすがと言うべきだろう。

 言わないけどな。


「じゃあ、晩御飯にしましょう」


 仕留めたホワイトボアの前でエミリーが言い、俺達は食事の準備に取り掛かった。

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