第63話 森の中の冒険②
朝。
小屋を出ると、すでにクリスが朝食を作っていた。
「ハジメ、おはよう」
「ああ、おはよう。早いな、クリス。
何を作ってるんだ?」
「朝日で目が覚めてな。
外に出ると羽ウサギがいたから、捕まえて焼いているところだ」
クリスの背後で煙がもくもくと上がっており、その下でウサギらしき肉が焼かれていた。
「仕事が早くて助かるよ。
でももっと休んでいいんだぞ。
旅の間、ずっと魔物の気配を探ってもらってるんだ。
疲れるだろ?」
「いや、それほどではない。
慣れてるし、もう感覚の一部のようなものだからな。
疲労はハジメ達と変わらないだろう。
むしろ、あれだけ魔術を使ったハジメの方が疲れているんじゃないか?」
「いや、俺も大丈夫だ。
じゃあ、お互い問題ないってことだな。
……エミリーは?」
「私が起きた時には寝ていたし、料理をしている間も出てきてはいないようだ。
まだ寝てるんじゃないか?」
案外、一番疲れてるのはエミリーかもしれないな。
ついこの間まで魔物を見たこともない貴族の令嬢だったんだ。
初めての旅がこの旅では、ハード過ぎるというものだ。
ゆっくり寝かせてやろう。
クリスがウサギの肉に調味料をかけ、炎が一段強くなった。
ジュウッといい音がする。
その音を尻目に魔術でテーブルを作ったあと、荷物から皿とコップを取り出して並べた。
コップには水をいれる。
――さて、今日も1日が始まる。
食事の用意が完了してから、エミリーはのそのそと起きてきた。
瞼は少し腫れぼったく、無防備な顔をしている。
ふとサンドラ村のニーナを思い出し、懐かしい気持ちになった。
「おはよう、エミリー」
「ええ、おはよう。
……その、悪かったわね。食事の準備をさせてしまって」
「謝る必要はねーよ。
食事はほとんどクリスが準備したし、クリスにしたってできたからやっただけだろ。
お前が言ったんじゃないか。貸しとか借りとか、そんなものはつまらないって。
お前が無理に早起きして、疲れがたまったんじゃ意味ないだろ。
ごめんなさいより、ありがとうだ」
「そうだったわね。
……ハジメに諭されるなんて、私も堕ちたものね」
「その一言は謝ってもらってもいいぞ?」
エミリーは俺の言葉を無視して回れ右し。
「顔を洗ってくるわ」と言って、風呂の方に歩いていった。
その後皆で羽ウサギの丸焼きを食べ、準備を整えて出発した。
食事の中で、エミリーはクリスに感謝の言葉を述べていた。
―――――
旅は、順調に進んだ。
1時間おきに目印をたて、5時間おきにやぐらを作って確認する。
すでに街は見えなくなったが、目印は一直線に連なって、帰り道を示している。
目印は着実に、西へと延びていく。
……道中、色々なことが起こった。
雪が強く降る時は、やぐらに登っても目印が見えなくなってしまうので、動かずに休んだ。
途中でエミリーが熱を出し、3日間看病した。
クリスが探知し損なった魔物が襲ってきて、エミリーが魔術で仕留めたこともあった。
俺が誤って毒キノコを料理に入れてしまい、皆の舌が痺れたこともあった。
起こった時は不安になるが、過ぎてしまえば大したことではなかったようにも感じる。
雪はいずれ止んだし、
エミリーは元気になったし、
魔物は食料にできたし、
舌の痺れは治癒魔術で回復した。
エミリーとクリスに対しても、さらに友情を深めることができた。
彼女達同士も、まるで昔からの親友だったかのように会話するようになった。
――気づけば、トリアノンの街を出て1ヶ月が過ぎようとしていた。
―――――
「しかし、いっつも同じ景色で飽きてくるわね」
森を歩いていると、珍しくエミリーが愚痴をこぼした。
確かに、景色はずっと変わり映えのない森の中だ。
同じ場所は通っていないはずだが、昨日と何が違うか聞かれても答えられはしない。
「確かに、どうしたって飽きてくるよな」
俺もつい愚痴っぽくなってしまう。
本当に、エルフの里なんてあるのだろうか。
いくつかの文献に載ってはいたものの、それはあくまで、かつて存在したという記録でしかない。
今もなお存在し続けているという保証は、どこにもないのだ。
しかしまぁ、そんなことは分かりきっていたことだ。
それでも、エルフの里があると信じて探すことに決めたのだ。
その信念に沿った行動を、変えるつもりはない。
俺やエミリーの心に湧いてでたのは、行動を変えるつもりのない、現状への不満。
つまり愚痴だ。
「初めてだな、2人がそんなことを言うのは。
気持ちは分かる。
分かるが、しかし私は旅が始まってからというもの、楽しくて仕方ないぞ。
2人がいつもそばにいてくれるからな。
それだけで私にとっては、この旅が充分に価値のあるものになる。
一生このままでもいいくらいだ」
クリスが笑いながら言った。
俺は一生このままは嫌だ、と思いつつも、その前向きさに励まされてしまう。
俺のための旅だというのに、情けない限りだ。
エミリーを見ると、彼女は目を細め、頬を少し緩めた顔でクリスを見ていた。
まるで、友人の美点を改めて発見した女の子のような顔だ。
雪を投げつけてみた。
雪玉は綺麗な放物線を描き、エミリーの頭に命中した。
雪を払いながら、エミリーが振り返る。
「死にたいのかしら? ハジメ」
その顔はまるで、屠殺される寸前の豚を見る業者の人のような顔だった。
「すみませんでした。死にたくないです」
「なんのつもりかしら?」
「いや、この旅で得られた信頼を確かめようかなと思って」
「ほう。どうなると思ったの?」
「『ハジメったら、そんなやんちゃな一面もあるのね』って、笑ってもらえるかなって」
「なるほどね。それで、言い残すことはある?」
「サンドラ村の家族に、ハジメは勇敢に散ったと伝えて欲しい」
「わかったわ」
エミリーがそう発した瞬間、俺の周りに無数の雪玉が出現し、俺の顔面を目掛けて次々に飛んできた。
なんと高度な無詠唱魔術だ。
「うげげげげげげげ!」
無表情で俺の顔面に数百発の雪玉を撃ち抜いた後。
フンッと鼻を鳴らして、エミリーは進み始めた。
俺は腫れあがった顔に治癒魔術をかけ、無言で後を追った。
……死ぬかと思った。
ここまでの道程は、全く問題なかった。
エミリーや俺の愚痴も、こんな悪ふざけも。
安全を確保した上で、余力があったから生まれたものだ。
しかし、もしかしたら。
そのようなものを、油断と呼ぶのかもしれない。
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