第21話 アバロン到着

 ユリヤンと出会ってから、旅は順調に進んだ。

 ひと月かけて、10以上の街を経由する。

 最初は街に着く度に新鮮さを感じていたが、さすがにだんだん飽きてくる。

 旅の間の1日の行動も、ほとんどパターン化されてしまった。


 朝起きたら宿で朝食をとり、馬車に乗る。

 馬車で話しかけても大丈夫そうな人がいれば、雑談する。

 毎日長距離移動なので、退屈を紛らわすには話してるのが一番いい。

 最初に会ったときユリヤンをあやしいナンパ師だと思ったが、知らない人と雑談するのは合理的な行動だった。

 いやしかしまぁ、あいつがナンパ師であることは間違いないが。


 街に着いたら、宿を決める。

 その後は、馬車で会った人と飲んだり。

 ユリヤンが街で引っかけてくる女の子と飲んだりする。


 ユリヤンのナンパの成功率は異常な高さだった。

 そして、やつは飲んだ女の子とどこかへ消え、宿に戻らないこともしばしばあった。

 それは別にいいのだが。

 2人組の女の子の片割れを俺に押し付けていくので、何もせずに別れるのが気まずいことが問題だった。


 俺がそれに対して文句を言うと。

 やつはなんと、2人とも連れて行くようになった。

 女の子を2人連れて、その後どうしているのかは定かではない……。


 まぁ、そんなエピソードを挟みつつも。

 ユリヤンとの旅は楽しかった。

 まだ出会ってそう時間は経っていない。

 しかし2年半一緒に過ごしたサッカー部のやつらより、遥かに親しく感じる。

 思ったことをこれほど素直に口に出せる相手は、初めてだ。

 俺は、ユリヤンに友情を感じていた。


 ユリヤンも同様だったのか。

 ある夜、二人で飲んだ時に秘密を打ち明けられた。


 なんと、ユリヤンはアルバーナの王族だった。

 本名はユリヤン=ウォード=アルバーナ。

 まぁ側室の末弟で、王室内の扱いは下の中くらいだそうだが。


 とはいえ。

 ユリヤンはれっきとした、アルバーナの王子様ということだ。

 しかしなぜ、そんな人物がこんなところにいるのか。

 それについて聞くと、こんなことを言っていた。


「もうじき俺は、魔族との戦争の最前線で指揮をとるんだ。

 まぁこの500年間、一度も攻められちゃいないんだが。

 それでも昔からずっと、各国で代表を派遣する決まりになっているんだ。

 任期は10年で、前任者はもうすぐ任期満了。

 それで今回白羽の矢がたったのが、俺だった。

 だから俺は、これから10年間、はるか遠くの地で暮らすことになる。

 ただ、そうなる前に一度自由に旅をしたくなってな。

 戦力を地方からも探すという名目で、2年くらいフラフラ旅してたんだ」


 だそうだ。

 王族に生まれても、いろいろと苦労があるらしい。

 ノブレスオブリージュというやつか。

 普段のユリヤンからはあまり想像できないが。


 そしてその時、俺のことも聞かれた。

 適当に濁そうかとも思ったが、やめた。

 初めての友達には、正直でいようと思ったのだ。


 しかし事実を伝えると、ユリヤンは爆笑しやがった。

 そうか、大変だったんだな、とヒーヒー言いながら笑っており、信じてはいなそうな感じだ。

 ……まあ、それならそれでいいだろう。


 ついでに、転移魔術について尋ねてみたが、全然知らないそうだ。

 魔術は専門外らしい。

 女を口説くこと以外に専門があるのかと聞いてみたら。

 笑いながら、それには遥かに及ばないが、と前置きして。

 剣術だけは鍛えていると言っていた。


 その時は、特に印象にも残らず聞き流していた。

 しかし、ユリヤンの剣術の腕前は相当なものだった。

 俺がそれを知ったのは、つい数日前のことだ。



 その日。

 いつものようにユリヤンと話しながら馬車に揺られていると、御者が叫んだ。


「魔物だ!」


 馬車が止まり。

 すぐさま護衛が外に出て、魔物と対峙した。

 俺を含めた乗客は、おっかなびっくり馬車の窓からその様子を眺める。


 基本的に魔物は森に住み、街や道には寄り付かない。

 しかし魔物にも個性があるのか、たまに出くわすことがある。

 なので重要な街どうしをつなぐ馬車は、国から護衛が派遣されているのだ。


 魔物は灰色の熊のような姿で、爪と牙がやたら長く、鋭かった。

 殺傷能力抜群って感じだ。

 そのうえデカい。3mはある。

 乗客に聞くと、グレイベアという名前らしい。


 俺も加勢するべきか、とも思ったが。

 魔物を見るのも初めてな素人が手を出しても、ろくなことがない気がする。

 そう思い、プロに任せることにした。


 護衛の人は、襲い来る突進をうまくいなしながら、的確に剣でダメージを与えていた。

 グレイベアはあちこちから血を流して苦しそうだ。

 見事な剣捌きだった。

 おそらく乗客の誰もが、このまま倒しきるだろう、と思っていた。


 再度、グレイベアが突進をしかける。

 何度も見た動作だ。

 毎度のごとく、護衛の人がいなそうとした瞬間。


 グレイベアは急に立ち止まり、腕を振るって爪で攻撃した。

 行動の変化についていけず、護衛の人は態勢を崩される。


 危ない! と思ったその直後。

 ゴトリと音がして、グレイベアの首が地面に落ちていた。

 護衛の人は何が起こったか分からないような表情をしている。

 気づけば隣にいたユリヤンがいなくなっており、グレイベアの横に立っていた。

 剣を振るった姿勢で。


 ゴロゴロとグレイベアの首が転がり、慣性を失って止まった後。

 乗客から歓声があがった。


 馬車に戻ってきたユリヤンに、声をかける。


「すごいなユリヤン」

「まぁ一応、道場の免許皆伝だからな。あれくらいはできる」


 さらりとそう言い、何事もなかったかのように雑談に戻った。

 護衛の人から感謝され、俺の分まで馬車代がタダになった。

 さらに乗客からの賞賛を受け、にぎやかな空気で旅ができた。


 ユリヤンは必ず、剣の訓練は毎日行っているらしい。

 雨の日も。

 風の日も。

 女を口説いて飲んだ日も。


 本当に、剣に対してはストイックなようだ。




 -----



 さて。

 そんな紆余曲折を経て、ついにアバロンまでやってきた。


 アバロンの街は、さすがに他とは格が違った。

 見上げるほど高い城壁が、彼方まで続き。

 中央の分厚い城門をくぐると、街の賑わいが耳に響いてきた。


 どこまでも真っ直ぐな大通りの脇には、洗練された商店がずらり。

 そしてその道の先には、天高くそびえる白亜の城、アルシュタット城。

 その荘厳な佇まいをもって、俺達を出迎えてくれた。


「よぉ、田舎にはこんなもんなかっただろ」


 ユリヤンが自慢げに話しかけてくる。

 腹立たしい。


「ああ。すごいなこれは。でもお前のものじゃないだろ」

「1000分の1くらいは俺のもんだ」

「ならドヤ顔も1000分の1にしてくれよ」

「ははっ。確かにな」


 その後ユリヤンと1000分の1のドヤ顔についてどんなものか話し合った。

 完成したドヤ顔は、口の端がわずかに上がっている、ほぼ真顔になった。


「その顔なら許そう」

「見たか、これがアバロンだ」

「ああ、恐れ入ったよ」


 くだらない会話をしていると、降りる場所が見えてきた。

 しかし考えてみれば、これでユリヤンともお別れだ。

 寂しくなるな。

 リュックを背負い、馬車を降りてから尋ねた。


「ユリヤンはこれからどうするんだ?」

「俺は城に戻って、しばらくダラダラするよ。

 前任者の任期はもう少しあるはずだから、それまで自由にさせてもらう。

 ハジメこそどうするんだ?」

「俺は転移魔術について知りたいから、魔術協会を訪ねてみようと思う」

「そうか。

 ……あ、忘れてた。

 そういえばハジメ、魔術学院って知ってるか?

 俺が旅で唯一見つけた魔術師候補ってことで、入学金はタダにできるぞ」

「魔術学院?」


 初めて聞いた。

 そんなものがあるのか。


「そう。魔術って便利だからな。育成機関くらいある。

 他の街にもあるけど、ここの規模は別格だ。

 優秀なやつはスカウトされて、宮廷魔術師になったりするんだ」

「なるほど。

 それはいいことを聞いた。

 魔術教会が空振りだったら、そっちを訪ねてみることにするよ」


 ユリヤンは頷き、荷物を背負いなおした。


「……俺は城にいるから、何かあったら来い。

 門番に俺の名前を出せば、通れるようにしとく。

 ただその時は様をつけろよ。不敬罪でしょっぴかれかねないからな」

「それは困るな。

 ユリヤン様、なんて言おうとしたら、呼吸困難でしゃべれなくなるかもしれない」

「タダ券と引き換えだ。そのくらい我慢しろ」

「……いろいろありがとう、ユリヤン。

 お前のおかげで旅も楽しかった」

「俺もだ。またな、ハジメ」


 そう言って、ユリヤンは去っていった。

 あいつのおかげで、いろいろなことを知ることができたし、旅もスムーズで楽しいものになった。

 またどこかで縁があればいいが。



 ―――――



 さて、さっそく目的の魔術協会を訪ねることにする。


 停車場から歩くこと15分ほど。

 あっさりと、魔術協会に到着した。

 こじんまりとした建物だ。

 しかしレンガ造りの壁にはツタが絡み付き、その歴史の深さを浮かばせる。


 扉を開けて中に入ると。

 全体的に古いが、アンティーク調ともいえる内装だった。

 正面にカウンターがあり、数名の受付嬢が立っている。

 他に簡素なテーブルとイス、壁には大きな掲示板があり、紙がいくつも貼られていた。

 魔術師らしき男が2人、掲示板を眺めている。


 受付嬢の1人に声をかける。


「あのー」

「はい、いかがいたしましたか?」

「ここの組織について、教えてほしいんですけど……」


 そう尋ねた俺に、受付嬢は丁寧に説明してくれた。

 簡単に要約すれば。


 まず、魔術協会とは、魔術師同士の寄り合いのような組織。

 主な業務は業務のあっせん。

 魔術師の需要は、便利屋や護衛、式典への参加など、多岐にわたるという。

 それらに対して適正な会員を派遣し、マージンを取っている。

 また、会員になると会費も取られるらしい。


 それらを何に使うかというと、魔術研究への出資と、研究成果への褒章だそうだ。

 この建物の裏に研究棟があり、日夜魔術師が研究を行っているのだという。

 そして研究をまとめた雑誌を、月に一度刊行しているらしい。

 

 説明してくれたのは、だいたいそんなところだった。


「……その雑誌というのを読みたいんですが、可能ですか?」


 受付嬢に尋ねてみる。

 ……研究雑誌。

 それを調べれば、転移魔術に関することが何か分かるかもしれない。


「今月の物はロビーに置いてますので、どなたでも閲覧可能です。

 しかしバックナンバーは、図書館に保管しているので、会員でないと入れません」

「会員になれば、入れるんですか?」

「恐縮ですが、図書館に入ることが可能なのは、C級会員からです。

 階級はA~Eの5等級であり、各等級ごとに様々な条件があります」

「C級になるためには、どうしたら?」

「C級会員ですと、半年以上当会の会員であること、D級会員であることが必須となります。

 その他に、中級魔術を扱えること、一定の研究成果を認められること、魔術学校の卒業生であること、などの条件のいずれかを満たさなければなりません」


 なんと。じゃあ図書館に入るのに少なくとも半年はかかるってことか。


「……けっこう厳しい条件ですね」

「図書館には、歴史的な価値のある本もありますので……」


 簡単には入れないか。

 どうしたものか。


 俺の目的は、俺がこの世界に来た理由について調べることだ。

 ずっと考えていたが、そんな荒唐無稽なことが可能そうなのは、魔術しか思い浮かばない。

 やはり、ここが最も答えに近い気がする。

 ならば条件を飲むしかないか。


「わかりました。

 それでは、魔術協会に入るにはどうしたらいいでしょうか?」

「いくつかの書面による手続きと、入会費が必要です。

 書面は数分で準備ができます。入会費は、銀貨5枚になります」

「銀貨5枚!?」

「はい、銀貨5枚です。

 また今後、会費として月に銀貨1枚が必要になります」


 ……なんと。

 銀貨5枚も払ったら、俺の財布はかなり目減りする。


「……わかりました。手続きをお願いします」

「了解いたしました。ではまず、こちらの書類に―――」


 その後、十数分で手続きは終わった。

 基本、名前と住所を書くだけだった。

 住所はサンドラ村のものを書いておいた。

 銀貨5枚を渡すと、少し豪華な紙でできた会員証と会員カード、それとバッジを渡され、晴れて俺は魔術協会員となった。


 その後、安宿を探したが王都というだけあってなかなか見つからず。

 路地裏で見つけた、あまりきれいとは言いがたい宿に泊まることにした。

 安いだけあって、ボロいし汚い。

 しかし、こんな宿ですら、泊まれるのはあと10日くらいだ。


 何とかして金を稼がなければ。


 明日から、仕事を探すとしよう。


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