アバロン編

第20話 ユリヤンとの出会い

<ハジメ視点>


 ついに、村を出た。

 ふたりのことは気がかりではあるが、新たな1歩を踏み出したのだ。

 心を強く持っていこう。

 後悔だけはしないように。



 サンドラ村を出て、ひとまずいつものクレタの街に向かう。

 そこから乗合馬車に乗り、アルバーナの首都――アバロンを目指す。

 いくつか経由する街があり、たどり着くのはひと月ほどかかる予定だ。



 クレタの街へと到着した。

 慣れ親しんだこの街とも、今日でお別れだ。


 馬車の予約をした後、最後にあの店で食事をとることにする。

 今日のランチは一角ウサギのグリルだった。

 思い出のあの味だ。

 懐かしい。


 一心不乱に食べた後、カシーを飲んで一服する。

 時計を見ると、ちょうどいい時間になっていた。


 最後に、店主にちょっと挨拶した。

 旅に出ると伝えると、気をつけてな、と言ってくれた。

 相変わらず、顔に似合わず優しい人だ。


 ――さて、出発するとしよう。




 大通りの交差点に、乗合馬車の乗り場がある。

 隣の街まで、1日に3度ほどの便が出ており、乗るのは最終便だ。

 すでに待ってる人がいる。

 俺も椅子に座って待つ。


 待っているのは5人だ。

 老夫婦、若い女性の2人連れと、若い男が1人。

 そして何やら、若い男が女性2人に話しかけている。


「……だからさ、次の街に着いたら一緒にご飯食べようって。

 奢るからさ!」

「えー、どうしよっかなぁ。

 どうする?」

「わかんないよー。お姉ちゃんが決めてよ」


 どうやら、男が女性2人をナンパしているようだ。

 女性達は姉妹らしい。

 男はなかなかイケメンだ。

 ブロンドの髪をそよがせながら、にこやかに話している。

 それもあってか、姉妹はまんざらでもなさそうだ。


「ね、いいじゃんいいじゃん。

 だいたい馬車の中だって退屈だろ?

 話し相手はいた方がいいって!」

「えー、そうだねぇ、でもちょっと怪しいもんなー」

「怪しくないって。

 全然怪しくないよ、俺。

 実はいいとこのお坊ちゃんなんだぜ。

 俺の家を2人にみせてやりたいよ。きっと驚くと思うよ」

「家ってどこにあるの?」

「アバロンにあるんだ。

 一等地で超広いから。めっちゃすごいから」


 なんだか軽薄そうな男だな、と思いつつ。

 聞き耳を立てていると、馬車がやって来た。


 1人ずつ乗り込んでいく。

 向かい合わせの席が4つずつ。

 俺は最初に乗り込んで一番端に座った。

 するとその後、隣にナンパ師の男、対面に姉妹が着席してしまった。

 最悪な状況だ。

 老夫婦は逆側の端に向かいで座っている。


 ……まぁしょうがない。

 なに、たった5時間くらいの辛抱だ。

 くそ、長いな。


「ねぇ、2人ともどこに住んでんの?」

「えっとねぇ、これから馬車で向かう街だよ」

「ここに何しにきたの? ……あ、ちょっと待って、当ててみせるから。えーっとねぇ、そうだなぁ、2人とも美人さんだもんなぁ、それに品もあるよね。育ちもよさそうだ。きっといいとこのご令嬢なんじゃないかな。それで、この町にはちょっと観光旅行ってとこじゃない? ちがうかい?」

「ぶっぶー、はずれです。私たちは隣町で花屋をしてるの。この町には種の仕入れに来たんだよ。もぉ、全然当たってないじゃん」


 と、言いつつも、女の子達は美人だの品がいいだのという言葉で嬉しそうだ。


「あれ、おかしいなぁ。ちょっと2人が魅力的過ぎて、目が眩んじゃったんだな。でも、お花屋さんもいいね。かわいらしくて、イメージぴったりだ。……ねぇ、種って重いだろ? 街に着いたら俺が持つよ」


 ……よくもまぁ、こんな歯が浮くような気色悪いセリフがつらつらと出てくるもんだ。

 しかし、姉妹はなんだか満更でもない顔をしている。

 ……何だろう。

 俺の中に湧いてくる、誰に向けることもできないこの苛立ちは。


「種なんて、全然重くないよ。あはは。ちょっと楽しいかも。あなた、名前なんていうの?」

「楽しんでもらえたならうれしいよ。俺はね、ユリヤン。

 ユリヤン=ウォードっていうんだ」

「そう。ユリヤンは何しにこの街に来たの?」

「俺はねぇ、探し物をしにきたんだ。見つからなかったけど。

 でも、もっと素晴らしいものが手に入ったよ。

 君達と話せる、この時間ほど価値あるものはないね」

「もー、まじめに答えてよ」

「あはははは」

「あはは」


 俺の眼前で飛び交うその笑い声は、なぜだか非常に癇に障った。

 危うく、苛立ちが殺意に変わりそうになっている。

 いかん。


 こういう時は寝るのが一番だ。

 本能でそう判断した。

 寝よ寝よ。


 ……しかし、俺が目を閉じようとしたその時。


「君は、どこから来たんだい?」


 ユリヤンが俺に言った。


 ……。

 …………え?

 俺に話しかけてくんの?

 女の子2人と会話して楽しそうだったじゃん。

 やめろよ、そういうの。


 この3年間、俺は村の人以外とはほぼしゃべってない。

 俺の人生すべてを振り返っても、こんな男女で和気あいあいとした雰囲気の会話に入ったことなんて存在しない。

 勘弁してほしい。


 しかし。

 このまま開いてる眼を閉じて何も言わなかったら。

 俺はこのイケメンを無視したことになる。

 女性2人からも、コミュ障の烙印を押されてしまうだろう。

 常識的に考えても、人に問われたら、返事をせねばなるまい。


 やばい、心臓がバクバクしてきた。

 くそう。


 俺はゆっくりと顔を上げ、イケメンの眼を見て言った。


「サンドラ村から」


 ああ、言えた。

 なんとか、震えずに声を出せたはずだ。

 しかしなんでこんなに緊張するんだ。

 女が2人もいるからか?

 でもニーナとは普通に話せてたじゃないか。

 目の前の2人よりニーナの方が断然美人だぞ。

 家族の欲目とかじゃない。


 やっぱりあれか。

 妹として見ていたからか。

 知らなかった。

 見知らぬ妙齢の女と話すことがこんなに緊張するなんて。

 厳密にはまだ、男としか話していないのだが。


「サンドラ村って、あの田舎のとこだよね。馬車も走ってない」

「うそー、あそこなの。すごーい。どんな生活してるの?」


 姉妹が同時に話しかけてきた。

 さりげなく田舎をディスってやがる。


 しかし、ああ、もうダメだ。

 女に話しかけられてさらに心拍数が増している。

 この緊張の中で、ディスへの反撃を加えつつ、村の生活について女2人に語るなんて不可能だ。

 どうする……?

 どうする……!?


「名前、なんていうの?」


 その時。

 渡りに船を流すかの如く。

 ユリヤンが言った。

 俺は不覚にもその言葉に、救われてしまった。

 名前なら言える!


「ハジメだ。タナカ ハジメ」

「へぇ、変わった名前だな。どこか遠いところの生まれなのかな?」

「……まぁ、そんなところだ」

「なるほど。俺はユリヤン。

 ユリヤン=ウォードだ。よろしくな、ハジメ」

「ああ」


 それをきっかけに。

 俺を交えて、会話が続いた。


 ユリヤンは、まるで俺の緊張を全てお見通しかのように。

 さりげなく会話をリードし、俺をフォローしてくれた。

 できる男だ。

 殺意を持ったことについては謝りたい。


 徐々に俺も会話に慣れ、普通に話せるようになった。

 慣れてしまえば、会話とは楽しいものだ。


 途中、妹の方が喉が渇いたと言ったので、魔術で水を作ってやった。

 するとかなり驚かれた。

 やはり魔術師はそう多くないらしい。

 でも杖持ってるんだけどな。




 こうして、旅立ち初日の馬車の旅が終わった。

 そして隣町に着いた後、なんと、4人で酒を飲むことになった。

 もちろんユリヤンの誘いだ。

 姉妹は2人とも快諾。

 出かけは怪しまれてたというのに。


 入ったのは、シャレた店だった。

 暗めの照明に、ピアノっぽい楽器のBGMが流れている。

 当然、生演奏。

 この世界、演奏家の需要は多そうだ。


 酒の種類など知らないので、皆と同じものを頼んだ。

 飲んだことが1度だけだと言うと、純朴そうだもんね、と言われた。

 ……なんだか全てが村へのディスに聞こえてしまう。


 せっかくだから、村の生活の良さについて語ってみた。

 しかし姉妹には「街まで徒歩3時間なんてありえなーい!」と笑われ、なんの効果もあがらなかった。

 ニーナ、シータ、ごめんよ。

 俺では村の良さを伝えられなかったよ。

 でも俺は、サンドラ村が大好きだよ。


 しかし、なかなか楽しい時間だった。

 いい頃合いで、店を出る。

 代金はユリヤンが全額払うと主張したが、さすがに俺も半分出した。


 さて、これからユリヤンはどちらかを選び夜の闇へと消えていくのだろう、と思っていた。

 俺を巻き込んだのも、余りが出ないようにするためだろう。


 しかし俺は、残った方と遊びに出かけるつもりはない。

 興味がないことはないが、そんなのはちゃんと、好きな相手とがいい。


 何と言って別れようか考えながら、道を歩いていた時。

 意外なことに、ユリヤンが解散を宣言した。

 姉妹はどことなく残念そうにしていたが、何も言わず家へと帰って行った。


 ……意外だ。


「よかったのか?」


 横にいるユリヤンに尋ねる。


「何が?」

「てっきり、どっちかと街に消えるもんだと思ってたよ」

「ああ、そのつもりだったんだけど、気が変わってさ」

「どうしたんだ?」

「ハジメに、興味がでてきてね」


 ユリヤンが、こちらを見ながら言う。

 その言葉に、俺はぞっとした。


「ま、待ってくれ。

 俺はダメだ。

 その、俺は……俺は、童貞なんだ。

 初めてはせめて、女の子がいい」

「……ハジメこそ待ってくれ。お前は何を言ってるんだ?」

「何って……そういうことじゃないのか?」

「全然違う。気持ち悪いこと言うなよ。俺は女が好きだ」

「何だよ、驚かせやがって」

「…………」

「……なんだよ?」

「……ハジメ、童貞なのか」

「あ? 何か文句あんのか?」

「えー、いや、別にぃ? 

 ふーん?」


 くそ!

 こいつ、童貞を見下してやがる!


「何なんだよその興味っていうのは?」

「ハジメ、魔術を使えるんだな」

「うん? ああ、使えるよ」

「どうやって覚えた?」

「家の本棚にあった、教本で勉強した」

「そうか。けっこう珍しいよ。

 魔術学校に通わずに魔術師になるって。

 独学はきついって聞くけどな」

「まぁ、それなりに苦労はしたよ」

「どれくらい使えるんだ?」

「大したことねーよ。初級魔術だけだ」

「……そうか」


 黙ってしまった。なんだ?

 魔術に興味があるんだろうか?


「まぁ、いいや。

 それは置いといてさ、ハジメと一緒に旅をしようと思って」

「……はぁ?」

「だってハジメ、目的地はアバロンなんだろ?

 俺もアバロンに帰るところなんだ。

 どうせなら一緒に移動した方が楽しいじゃないか。

 その上、宿も2人で1部屋なら安上がりだし、万一盗賊なんかにあっても断然有利だ」

「まぁ、確かにな」

「それに俺は、ハジメが気に入った。

 ハジメはどうだ?

 俺のこと嫌いか?」


 ……なんかやっぱりちょっと、怪しい感じの会話になった。


 まぁ、今日でユリヤンの人となりはおおよそ分かった。

 軽薄なやつだけど、周りを不快にはしない。

 発言の端々に、相手への思いやりが感じられる部分がある。


 俺は嫌いじゃない。

 経済面でも安全面でも、2人組の方がいいのは間違いない。

 ……うん。まぁ、いいだろう。


「わかった。アバロンまで、一緒に行こう」

「そうこなくっちゃ。

 じゃあ、さっそく宿を決めるとするか」

「ああ」



 こうして、旅立ち初日にして、ユリヤンという道連れができた。

 まぁ、1人旅よりはマシだろう。


 道中退屈せずに済みそうだ。

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