第10話 ニーナの誕生日③

 ニーナの誕生日まで、両手で数えられるくらいの日数になった。


 シータに当日の料理を俺が作りたいと伝えたら、OKをもらえた。

 しかし考えてみれば、娘の誕生日に料理を振る舞うのは母親の楽しみの1つかもしれない。

 ちょっと悪いことをしてしまった。

 まぁ、今回だけ譲ってもらおう。


 誕生日の前7日ほどは、できるだけ仕事を入れないようにした。

 再度街へ出かけ、ウサギを捕えておくカゴと、エサを用意。

 いざ、森へウサギを捕まえに行く。



 店主の話では、一角ウサギはかなり鈍臭いウサギなのだそうだ。

 危機察知能力が低く、逃げ足も遅い。

 そして、太っているから1羽でも結構な肉が取れる。


 ただ、巣穴は巧妙に隠しているらしい。

 なので、一角ウサギを狩るときは、まず森でウサギを探し回り、見つけたら気づかれぬように後を追いかけて、巣穴を特定する。

 無防備に巣穴から出てきたところを捕まえるのがいいらしい。


 店主は、森を歩く時の注意点まで教えてくれた。

 一角ウサギを探すなら、足跡を辿るのがいいそうだ。

 ウサギは跳ねて移動するため、他の動物のように足跡が交互にならない。

 かなり特徴的なので、見つけられたらかなりのゲットチャンスらしい。

 万が一、肉食獣や魔物らしき足跡を見つけたら、回れ右して来た道を戻り、そこには近づかないこと。


 他にも、毒をもつ虫が巣をつくりやすい木、

 トゲに毒がある花、

 危険なヘビの見分け方など、注意点は多岐にわたった。


 この情報量、銀貨2枚でも安いくらいだ。

 なんでそんなによくしてくれるのか。

 ……それは多分、店主もニーナの笑顔が好きだからだろう。

 自分では見られなくても、その笑顔を増やすために、俺にいろいろ教えてくれたのだ。

 あのロリコン怪物め。



―――――


 

 森の中は、生き物に溢れていた。

 虫や鳥、魚、トカゲ、ヘビ、リス、タヌキなど。

 元の世界と似たような生き物が多い。

 色とか細部に違いはあるが、おおまかなフォルムは一緒だ。

 どこの世界も、似たような進化を遂げるものらしい。


 歩き回ったが、肝心の一角ウサギは見つからず、1日目は終了した。


 2日目、一角ウサギのものらしい足跡を見つけた。

 後ろ足の足跡が、進行方向に対して並列している。

 よし。

 足跡を追ってみる。

 前足の足跡がある反対側が進行方向らしい。ややこしい。

 慎重に辿ってかなりの距離を歩いたが、途中で足跡が分からなくなってしまった。

 俺の追跡スキルがもっと高ければ分かっただろうが……。


 その後は成果が上がらず、2日目も終了した。


 3日目、昨日足跡を見かけたあたりを再度探してみる。

 あの足跡はやはりウサギのもので間違いないはずだ。

 森にひたすら目を凝らす。

 すると。


 (……いた)


 ついに見つけた。

 一角ウサギだ。

 のほほんとした顔で草を食べている。

 たまにピョコピョコ移動し、またその辺の草を食べる。


 俺は気配を殺し、その場で立ち止まった。

 ウサギに気づかれた様子はない。

 じっと、ウサギを目で追い続ける。


 そのまま2時間ほどが経過した。

 もう走って行ってとっ捕まえられないかと何度も思ったが、ぐっとこらえた。

 逃げ足が遅いといっても、野生のレベルでだ。

 森で俺が追いかけっこして勝てるわけはあるまい。


 ウサギは少しずつ移動し、なんと昨日足跡が消えた地点へと戻ってきた。

 しばらく様子を伺うような仕草をした後。

 急にウサギが消えた。


 ん!?

 何が起こった!?

 そこに走って行ってみたが、足跡は途切れ、ウサギは影も形もなかった。

 どういうことだ。

 あたりを注意深く見渡してみた。

 すると、木の根の股と、草で巧妙に隠された穴を見つけた。


 ……これだ!

 こいつが巣穴だ!


 ようやく発見した。

 さてどうしたものか。このチャンスは逃せない。

 出てきたところを捕まえろ、と言っていたが……。

 巣穴に手を突っ込んだら捕まえられないだろうか。

 

 いや待て。

 あの妖怪の言うことだ。

 背いても、恐らくいい結果にはなるまい。

 予定通りにここまで来た。

 ならば、ここから先も予定通りだ。


 俺は持ってきたエサを、巣穴のそばに置いた。

 ある植物の種だが、一角ウサギはこれに目がないらしい。


 さぁ、来い。

 エサを食おうとするその瞬間、お前を捕まえてやる。

 獲物を捕らえる瞬間が、一番無防備になる時らしいからな。

 何かの漫画に、そう描いてあった。


 待ち続けること3時間。

 ウサギがピョコピョコ巣穴から出てきた。

 そしてすぐに、俺が蒔いたエサに気づいた。

 そちらへ向かう。

 ――今だ!


 俺はウサギに飛びついた。

 しかし俺の手が触れる一瞬先に、ウサギは気づいた。


(まずい! 逃げられる!)


 しかしあろうことかウサギは、異変に気付いた瞬間、身を縮こまらせて固まった。

 余裕をもって両手でウサギを掴む。


 こいつはホントに野生動物か……。


 ウサギをゲットした。

 やったぜ!


 家に戻り、ウサギをカゴにいれ、エサと水を与えて飼育した。




 ―――――




 そしてやってきた誕生日。

 俺はシータに厨房を借り、料理に取り掛かる。

 シータに頼んで、ニーナには離れていてもらうようにした。


 シータは機織りを教えることにしたらしい。

 ニーナはこれまで機織り機には触らせてもらってなかった。

 そのため、とても喜んで部屋にカンヅメになっている。


 よし。

 最初に最も重要な部分だ。

 最初からクライマックスといっても過言じゃない。


 ウサギを捌くのだ。


 ウサギは裏庭に置いたカゴの中で、相変わらずのんきな顔をしていた。

 けっこうかわいい顔をしている。このまま飼いたいくらいに。


 しかしダメだ。

 お前は俺に捕まったんだ。

 お前は俺に食われるしかないんだ。


 首根っこを掴んで持ち上げた。

 ジタバタと手足を振るウサギ。

 俺は覚悟を決め、ナイフの柄でウサギの頭を殴った。


 せめて苦しまないようにしてあげたかったが、うまくいかなかった。

 俺の意気地がないせいで、何度か殴る羽目になってしまった。

 胸が痛む。

 ウサギはぐったりとして、動きがあまりなくなった。


 ウサギを寝かせて、押さえつけ、下腹部からナイフを入れた。

 初めて手に伝わる、生き物を裂く感触。

 そのまま喉元までナイフを走らせた。

 血液が流れだし、内臓がテラテラと光って見える。

 ウサギはビクビクと震え、やがて動かなくなった。

 喉に何かがせりあがってきたが、飲み込んだ。


 見えている内臓をナイフで切って取り除く。

 血液を水で洗ったあと、足を開いて縄で吊るした。

 ナイフで裂いた腹の部分から、足首に向かって薄く切れ込みを入れ、皮をはがす。

 足から頭に向かって皮をはがすと、すんなり一枚の毛皮になった。

 残った身を、3つの部位に分けた。

 前足、後ろ足、背だ。

 これで解体は終了だ。


 途中、やりきれるか不安だったが、なんとか完遂できた。

 終わってみれば、不思議な達成感がある。



 しょうがない。これは自然の摂理だ。

 否定するなら、ベジタリアンになるしかない。

 と、解体した肉を見た瞬間。

 ――不意に、頭にイメージが湧いた。


 ウサギが跳ね回っていた、ねぐらにしていた森の土。

 遥か昔からそこにあり、森を守ってきた大地。

 そのイメージが、鮮明に頭の中に入り込んできた。


 ……これはもしかして、ニーナが言ってたやつか?


 イメージが止んだあとも、ウサギの肉からは土を感じた。

 ふーむ。

 とにかく、今は料理だ。


 まぁここまでくれば、あとは簡単だ。

 レシピ通りに作るだけだ。

 肉の硬さをとるために棒で叩いたり。

 臭みをとるために香草に漬け置いたり。

 漬け置いてる間にスープを準備したり。

 昨日買っておいたパンを引っ張り出してきたり。

 レシピ通りに作ることができた。

 ありがとうロリコン怪物。


 残りの作業はつつがなく終了し、皿の上には美味そうな肉が乗った。

 レシピ通りに作った。

 きっと美味いはずだ。

 きっと。




 ―――――




 機織り部屋に、2人を呼びに行った。

 シータは何やら真剣な顔で作業をしていた。

 結構長い時間やってただろうに、よく集中力が続くな。


「おーい。そろそろ夕食にしないか?」


 俺が声をかけると、ニーナがハッとしたように顔を上げた。


「あれ、もうそんな時間?

 いけない。ねぇお母さん、ご飯作らなきゃ」

「そうだねぇ。じゃあ今から作るから、あなたも手伝っておくれ」

「わかった!

 今日はありがとう!

 機織り、難しいけど、面白いね!」


 シータはその言葉を聞いて、嬉しそうだった。


「じゃあ、台所に行くぞ」

「ハジメはいいよ。少し時間かかるから、魔術の勉強でもしててよ」

「まぁいいじゃないのさ。

 たまにはハジメも、料理を手伝いたいみたいよ」

「そうだ。俺だってたまには、料理の手伝いくらいするよ」


 そんなセリフを言いながら、台所のドアを開けた。


「ってことで、作ってみたんだ。

 ……ニーナ、誕生日おめでとう!」


 食卓を見たニーナの眼が見開かれている。


「え?

 あ、そっか。今日私、誕生日だ。

 何これ、え?

 うそ。ハジメが作ったの?」

「そうだ。お前を喜ばせようと思ってな」

「うそ。ハジメ、料理なんてしないじゃない。

 それにこれって、前に食べた、一角ウサギの料理じゃない?

 こんなの、村で食べられるわけないよ」 

「まぁ、食べてみろって。味は分からんけど、がんばって作ってみたんだ」

「ええー、ホントなの? ホントにハジメが作ったの?」

「ああ」

「…………うれしい。私。えっと、ありがとう」


 ニーナは顔を真っ赤にして、涙声になっていた。

 喜んでくれてよかった。

 まぁ、食ってみてどうなるかは分からないが。

 とにかく早く食べないと冷めてしまう。


「さぁ、早いとこ食べようぜ。冷めたら美味しくないだろ」

「……うん。そうだね。食べよう」


 ニーナは料理を口にした瞬間、幸せそうに頬を緩めた。

 ハジメ、これ、すっごくおいしいよ! 何これ、お店のまんまだよ! と、興奮しながら食べてくれた。


 ニーナの皿の上の肉は、あっという間に消えてしまった。

 食べ終わって少し悲しそうなニーナに、店ではできなかった、おかわりをプレゼントした。

 そんなに食べないよ、とニーナは少し恥ずかしそうにしながらも。

 そんな言葉はなかったかのように2皿目をペロリと平らげ、満足してくれたようだった。


 シータからは、服のプレゼントだった。

 白のシャツと赤のスカートの組み合わせ。

 服のプレゼントは毎年お決まりのようだ。

 しかし、ニーナは嬉しそうだった。

 俺たちに着て見せたあと、大事そうに畳んで仕舞っていた。


 よかった。

 ニーナは喜んでくれた。

 今日はいい気分で眠れそうだ。


 ……なんて思ってたら、なんとシータが、俺にも服をプレゼントしてくれた。


 グレーのシャツと黒のパンツだ。

 俺の体型に合わせて作ってくれている。

 シュッとしたシルエットに、シックな色合いがかっこいい。


 受け取った瞬間、涙が出そうになった。

 初めて人からプレゼントをもらった。

 こんなに嬉しいものだったとは。


 ありがとうと、シータに伝えた。



 今日も、とてもいい日だった。

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