第11話 告白イベント①
ニーナの誕生日から、3か月が過ぎた。
魔術の勉強は、引き続き行っている。
もはや、やらない方が違和感を感じるくらいになってきた。
教本は2冊とも、3周は読んだ。
理解が怪しい時は、何度も読むのが俺の主義だ。
あれから、物にイメージを感じることが増えてきた。
確かにニーナの言う通りだ。
フラッシュバックのように、不意に浮かんでくる。
集中すれば、色んなものからぼんやりと属性を感じる。
そして、果物を想像する訓練も、かなりリアリティを帯びてきた感じがする。
ニーナとやってる特訓のおかげかもしれない。
その様子はというと、こんな感じだ。
「ニーナ、アクリナの実、思い浮かべて」
「いいわよ。ハイ」
「弓矢が飛んできて、アクリナの実に刺さりました」
「ハイ」
「その後剣士が、アクリナの実を真っ二つにしました」
「ハイ」
「いま、どんな風になってる?」
「アクリナの実の果汁が、結構遠くまで飛んだわね。一部は剣士にかかっちゃってる。実は縦に半分にキレイに切られて、片方はそのまま。もう片方は転がってる。刺さった矢まで切れて、断面には矢も見えてるわ」
「種はどこにある?」
「地面に3つ落ちてる。1つは剣士についてる。あとは全部実に付いてるわ。えーと、1、2、3、、、実にくっついてるのは7つ」
「凄いな、ホントに最初からイメージできてるのか?
適当にでっち上げてないか?」
「違うわよ。なんだか毎日やってたら、状況が詳しく頭に浮かぶようになってきたの。……この特訓のおかげかも」
俺が答える側になることもあるが、詳しく聞かれるとボロが出る。
あるはずのものがイメージできてなかったり。
現実味のないイメージをしてしまっていたり。
でもなんだか、魔術の世界の入り口には、立った気がする。
最近、なんとなく進歩している気がして楽しい。
さて、そんな中。
1つ、珍事件が起きた。
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それは、唐突に起こった。
俺とニーナが、街から帰ってきて。
今日も疲れたな、久々に魔術の勉強は無しにして、シータとお茶でもして過ごそうか、なんて話していたとき。
「お、お、おっ、お前!」
急に呼び止められた。
突然後ろからお前とは。
失礼なやつめ。
と思って振り向いたら、男の子が立っていた。
同い年くらいか。見覚えがある。
確かジャック君という、村に住む男の子だ。
しかし、呼び止められた理由は分からない。
「何か用か?」
と聞くと、ジャック君はちょっと面食らったようだった。
しかしすぐに気を持ち直し、叫び始めた。
「お、お前、いったい何なんだよ!
急に現れて、ニーナの家に住みやがって!
ニーナと、どういう関係なんだよ」
興奮しすぎて、ジャック君はちょっと涙目になって叫んでいる。
これは……?
横のニーナをチラッと見ると、きょとんとしてた。
「知り合い?」
「いや、えーっと、話したことない」
その一言に、ジャック君はあからさまにショックを受けた。
ガーンという文字が顔に浮かんで見える。
「ニ、ニーナ、ほら、3年前、村の集会のとき。覚えてない?
俺さ、退屈で、広場を歩いてたんだよね。
そしたらさ、お母さんと一緒のニーナとすれ違って、そのときぶつかっちゃったじゃん。
で、俺がごめんって言ったらさ、言ってくれたじゃん、ニーナも。ごめんってさ」
俺とニーナに沈黙が流れる。
「他にもさ、2年前くらいかな。
カシルスの葉を近所に配ってただろ?
あの時、母さんが受け取ったけど、俺も家にいたんだよね。
ちょっと離れて、母さんの後ろでニーナを見てたんだ。
そしたら、ニーナが俺に気付いて。視線を送ってきたじゃん。
俺もその視線を受け止めて。2人で見つめ合ったじゃん」
俺とニーナは顔を見合わせた。
ジャック君の話はまだ続く。
「俺さ、ずっとニーナの事を見てた。
いつも不安だったんだ。ニーナ、人気だから。村の若い男は大抵ニーナの事を狙ってる。
いつかニーナが、悪い男に騙されるんじゃないかって、気が気じゃなかった。
そしたら、本当に変な男が現れて、ニーナに害虫みたいにくっつくようになったんだ。
調べたらその男は、ニーナの家に住んでるじゃないか。
ありえないだろ。
年頃の女の子が、同年代の男と1つ屋根の下なんて、嫌に決まってる。
でもその男は、一度獲物を捕まえたら離さないんだ。
タチの悪い寄生虫みたいに、ニーナの家から出て行こうとしない。
きっと、シータおばさんが何か弱みを握られてるんだ。
それでニーナも、仕方なく従ってるんだろう? 俺には分かる。
……おい、誰のことを言ってるのか、分かってるか?」
ジャック君はそこで俺を指さし、叫んだ。
「お前だお前だお前だお前だお前だお前だお前だ! この害虫っ!」
……怖っ。
なんかすごい深さの闇を感じる。
おびえる俺を、ジャック君はひたすらにらみ続けている。
まぁつまり、ジャック君の言葉を要約すると。
彼はニーナに密かに想いを寄せていた。
が、言い出すこともできず、長い間こっそりとニーナを見守っていた。
そこに唐突に俺が現れた。
俺はニーナのそばにいるどころか、なんと同じ家に住んでまでいた。
そのことにショックを受け、なんとか俺を引き離したいと思い、声をかけた。
と、いうことらしい。
……うーむ。
俺の知ったことか、とも思うが。
同時に申し訳なさも感じる。
確かに、俺という存在は、ジャック君からしたら害虫に見えるだろう。
意中の女子と同じ家に住んでる、血のつながってない若い男。
体内に仕掛けられた爆弾みたいなもんだな。
村の人とは仲良くやれてると思っていた。
しかし俺が関わるのは大半が大人だ。
言われてみれば確かに、若い男からは冷たい視線を浴びせられたこともあるような。
気のせいだと思っていたが。
とはいえ、どうしたものか。
俺としては、慣れ親しんだ今の暮らしを変えたくはない。
あの家には、俺がずっと欲していた暖かさがあるのだ。
もしもそれを理不尽に奪われてしまったとしたら。
俺は残りの人生をかけて、奪った者に復讐を行うだろう。
それくらい、大切に思っている。
だがしかし。
客観的に見ると、今の状況は良くない気がしてきた。
言われてみれば確かに、俺とニーナは年頃の男女だ。
同じ家に住んでいたら、邪推する者が出るのは仕方ないかもしれない。
あらぬ誤解が生まれては、ニーナにも迷惑がかかる。
俺のせいでニーナが割りを食うのは、絶対に避けたい。
それは俺の個人的な感情より、優先順位が遥かに高いものだ。
とはいえ、解決法が浮かぶわけではない。
俺があの家を出ていくしかないが……行くアテがない。
――そうだ!
ここはひとつ、ジャック君の家に置いてもらうのはどうだろう。
言い出しっぺが責任を取るということにしたらどうだろうか。
とりあえず、彼の目的は達成できるだろうし。
……お、悪くないアイデアじゃないか?
ナイスなアイデアを伝えようと、俺はチラッとニーナを見て。
ギョッとした。
肩を震わせ。
口をキュッと結び。
瞳孔を開き。
眉間にシワを寄せて。
射殺すような視線で、ニーナはジャック君を睨んでいた。
その表情は、明らかに怒りに満ちていた。
ニーナとは長く一緒に暮らしてきたが、こんな表情は見たことがない。
「……ニーナ?」
俺の言葉を無視し、ニーナはジャック君のもとへツカツカと歩いていった。
その雰囲気に異変を感じたのか、ジャック君も引け腰だ。
ニーナはジャック君の目の前でピタッと立ち止まった。
ジャック君が震える声で言う。
「……ニーナ?」
次の瞬間。
ニーナが右手を上げ、ジャック君の頬をはたいた。
パチンッ! と高い音が響く。
ジャック君は何が起こったか分からないのか、呆然とした表情で左の頬に手を当てた。
ニーナは目に涙を浮かべ、叫ぶ。
「あなたに何が分かるのよ!」
その音量に、ジャック君はおろか俺までビクッとなった。
「ハジメは……ハジメは、私のことを助けてくれたの!
救ってくれたの!
ハジメがいなかったら、私はどうなってたかわからない!」
ニーナが叫ぶ。
「それだけじゃない。
ハジメが一緒にいてくれるから、今、とっても楽しいの。
ワクワクするの。安心するの。なんだか胸が暖かくなるの。
ハジメがいなかったら、世界がこんなに楽しいなんて、知らなかった!
それを、何なのよ、あなたは!
何の権利があって、ハジメにそんなことを言うのよ!
今、ハジメに言ったこと、取り消して!
ハジメに謝って!」
涙を流しながら叫ぶニーナ。
それを、ジャック君は真っ青な表情で見ていた。
あの、とか、そんなつもりじゃ、とか声を出している。
見てて不憫にもなる。
しかし。
俺は他の感情に忙しかった。
……俺は正直、うれしかった。
ニーナは、そんな風に思ってくれてたのか。
ニーナとの関係は、俺がニーナを助けたことから始まっている。
それだけに、ニーナの俺に対する気持ちは、感謝とか、義理とか。
そういうものが大きいのだと思っていた。
まぁ、それを抜きにしても慕われてるんじゃないかと。
そう思ったことがないわけではない。
しかし過去の経験のせいか。
俺は人の感情を、自分に良いように解釈するのが苦手だ。
裏切られた時のことを、どうしても考えてしまう。
だからニーナの気持ちを含め、全ての他人の気持ちは、俺の中ではブラックボックスだった。
しかし今、その中で最も重要なもののうち一つが、開いたのだ。
ジャック君は、結局何も言えずに。
最終的には泣き出して、顔を腕で隠しながら立ち去っていった。
それから少し経って。
「人を……叩いちゃった」
ニーナが言った。
彼女は自分の取った行動に驚いているようだ。
「すごいな、俺は人を叩いたことなんてないぞ」
俺は少し、おどけて言った。
そして、体当たりしたことはあるけどな、と付け足した。
……ダメだな。
つい、茶化してしまう。
「だって、なんだかすごく腹が立っちゃって……。
気がついたら、叩いちゃってた……」
ニーナは茫然としている。
自分の行動が余程ショックだったようだ。
「……ニーナ」
「な、何?」
ニーナが不安そうに、こちらを見る。
その揺れる瞳を見ながら、俺は言った。
「ありがとう」
果たして、茶化さず言うことができただろうか。
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