第9話 ニーナの誕生日②
さて、ニーナの誕生日プレゼントは、料理を振る舞うことにする。
その方針は決まったものの。
具体的な方法についてはノープランだ。
ニーナの好物といえばなんだろう。
大抵のものは美味しそうに食べてるが。
中でもひときわ幸せそうだったものといえば……。
……あれだな。
一角ウサギのグリルだ。
ニーナときたら自分の分を早々に食べ終わって、俺の分まで物欲しそうな眼で見てたからな。
あれはめちゃくちゃうまそうに食べていた。
よし。
あれを作ろう。
といっても、レシピが分からない。
一度食べただけで作れるような、天才的な舌は持ち合わせていない。
ならば、作った人に聞くしかあるまい。
ということで。
いつもの料理店にやって来た。
昼下がりで、客も少なくなってきた時間帯だ。
俺はひとまず席に座り、料理を注文する。
今日のランチメニューは、魚介のアクリナソースパスタだ。
俺がこの世界にやってきた時、空腹を救ってくれたあの実が、アクリナというらしい。
この辺りではよく採れるらしく、村の果樹園にも見かける。
トマトとリンゴの合いの子みたいな味の実だ。
パスタが運ばれてくる。
……美味い。
トマトと酸味とリンゴの甘さが、パスタに絶妙にマッチしている。
そのソースがうまく魚介類の生臭さを消しており、全体の調和が見事に保たれた逸品だ。
食後の飲み物も頼むことにする。
いろいろあるが、食後の飲み物の定番といえば、やっぱりこれだ。
「カシー、ください。ホットで」
「かしこまりました」
カシー。
これはほぼコーヒーだ。
もう少し南の、暖かい国で栽培される豆を引いて作るらしい。
香りも味も、ほぼコーヒーである。
牛乳を入れて提供されることもある。
眠気を覚ます効果もある。
ほぼコーヒーである。
それならコーヒーと呼べばいいじゃないかと思うかもしれないが、ここはあえて、カシーと呼ばせていただく。
カシーを飲んで一息つく。
周りを見ると、かなり客は少なくなった。
そろそろか。
厨房の入り口まで歩き、シェフに会いたいことを伝えた。
ウエイトレスはすこし戸惑った様子だったが、少しお金を渡すと、頷いて奥に引っ込んでいった。
待つこと数分。
中から出てきたのは、熊のような大男だった。
髭が雑草のように顔から生え。
太い眉毛を眉間に寄せて。
鋭い目で、こちらを睨みつけている。
「何の用だ。坊主」
ドスの利いた声とは、このような声を言うのだろう。
聞いただけで、背筋にぞくりと震えがくる。
まさかいつもの料理店に、こんな怪物が潜んでいたとは。
あまつさえ、その怪物が作った料理を口にしており、それがあんなにも美味しいとは。
信じられない。
こんなにも恐ろしくて、料理がうまい人間がいるなんて。
俺は恐ろしさのあまり、ここから全速力で立ち去りたくなった。
―――ダメだ。
ここでビビッてどうする。
ニーナに美味しい料理を作ってやりたいんだろう?
それともこの程度の障害で諦めてしまうような思いなのか?
……否! そんなものではない!
意を決して、俺は怪物に話しかけた!
「あ、あの、ここの料理がとても美味しくて。
その、料理のレシピを教えていただけたらなー、なんて、思ったりなんかして……」
「あんだと!?」
ひっ!
男が大きな声を出した。
マジで怖い。
「レシピなんざ教えるわけねぇだろうが。寝言は寝て言え。このガキ」
「タ、タダでとは言いません!
僕の有り金を全てお渡ししますから!
銀貨2枚程度はあると思います!」
「ああん? 金で買おうってか。ずいぶん必死じゃねえか。
何に使うんだ?
まさか店を出そうってんじゃあるめぇ」
「……妹の誕生日に、料理を作ってあげたいんです。
ここの料理がとても好きだから」
とっさに、ニーナを妹と紹介してしまった。
いかん、居候の身だというのに図々しいな。
まぁしかし妹と言った方が印象よさそうだし、とりあえず考えないことにしよう。
「……ちなみに、どれが好きなんだ」
「3か月前に食べた、一角ウサギのグリルが」
「美味かったか?」
「はい、とても美味しかったです。
妹は自分の分じゃ足りなくて、僕のものにまで手を出そうとしたりして」
「そうか」
怪物はそのまま顎に手を当てて、黙ってしまった。
なんか案外、いい人なのかもしれない。
粗野だけど心意気はまっすぐ、って感じで。
怪物が俺の顔をじっと見てくる。
毛むくじゃらの恐ろしい顔だったが、なんとか眼をそらさずに耐えた。
「いいだろう。
俺が凄んで逃げなかったガキは初めてだ。
その度胸と妹に免じて教えてやる。来い」
……え、いいの。
十中八九ダメだと思った。
逆転ホームランだ。
その後。
怪物は綺麗な字でレシピを書き、渡してくれた。
何か質問は。と言われ、10以上の質問をしたが、全て丁寧に答えてくれた。
注文が来たらそちらの料理が最優先だったため、時間はかなりかかったが。
-----
後で、ウエイトレスさんが教えてくれた話によると。
店主は、お客が食べている顔をこっそり見るのが趣味なんだそうだ。
美味しそうに食べてる姿を見るのが好きなのだという。
ただ、風体で怖がられるから、こっそり見ているらしい。
特にお気に入りだったのは、月に一度必ず来る、金髪の女の子。
食べる様がとても幸せそうで、その子が来た日は店主も上機嫌だったらしい。
最近その子の同伴者が、女性から男の子に変わった、という話も厨房で少し話題になったという。
つまり俺がニーナに料理をプレゼントできるのも、ニーナのおかげということらしい。
なんとも締まらない話だ。
……いや待て。
店主は、度胸と妹に免じて、と言ったはずだ。
だから、俺の度胸のおかげも半分はある。と、思っておこう。
逃げずに立ち向かったからこそ、この結末があるのだ。うむうむ。
店主は料理に必要な調味料や、付け合わせのスープのダシなどを持たせてくれた。
ただ、ウサギはどうしようもない。
この世界では冷凍保存などできないから、料理直前まで新鮮である必要がある。
つまり、獲ってくるしかないということだ。
店主は、ウサギの獲り方から解体方法まで教えてくれた。
あのランチも、店の裏の解体場で捌いて出していたらしい。
ふつう料理人はそんなことしないだろ。
すごいなこの人。
イメージぴったりではあるが。
帰りがけにお金を払おうとしたら、断られた。
「子どもから金なんか取らん」だそうだ。
食べた料理とカシーの代金は取られた。当たり前か。
店主に深々と頭を下げ、お礼を言って別れた。
まぁ、考えうる最高の結果だ。
もっと試行錯誤して料理に挑むことになると思っていた。
まさかこんなにトントン拍子に事が運ぶとは。
お金もかからなかったし。
このレシピと材料があれば、成功は約束されたようなものだろう。
時間がギリギリになったので、走って帰った。
村に着くころにはすっかり暗くなってしまった。
明日から、空いた時間でウサギ狩りだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます