第8話 ニーナの誕生日①
ニーナと街に出かけてから、3か月が経過した。
魔術の勉強はいまひとつ進展を見せない。
が、ニーナと一緒だからか、辞めたいとは思わない。
あの後、次の日から一緒に勉強することにした。
俺の部屋にニーナの椅子を持ってきて、二人で勉強する。
疑問に思ったことは、互いにぶつけ合う。
街で買った本も、家に置いていた本も、内容はあまり変わらなかった。
しかしどちらの本も、俺からすると疑問に思うところが多い。
「……なぁ、ニーナ。
火、水、土、風がこの世界を構成する4大元素って書いてあるけどさ。
じゃあこの世界はそれで作られてるってことか?
なんかさ、いまいちピンと来ないんだよな」
「私もよく分かんないけど。
でもたまに、なんとなく感じるときはあるよ。
服を作ってるときなんかに、その服に風を感じたり。
食事のとき、料理から水のイメージが浮かんだり」
「……ふーむ」
俺の中で元素と言えば、教科書に載ってるすいへーりーべーのアレだ。
だから、火だの水だのが物質を作っていると言われても全くピンとこない。
そんなわけあるか、と思ってしまう。
ただ、ニーナは感じることがあるという。
空想のようにも聞こえるが、割とはっきり感じているようだ。
「ニーナ。火ってなんで起こるんだ?」
「え、それは、火打ち石が火の元素を多く含んでるからでしょ。
私、火打ち石にはすごく火を感じるもん。」
こんな感じである。
俺は全く感じない。
もしかすると以前の世界の知識が、魔術の習得を邪魔しているのかもしれない。
やっかいなものだ。
以前の知識を一度放棄して、こちらの世界の知識を信じてみることにするか。
―――――
さてさて、そんなことをしている間に。
気づけばこちらに来て1年が経っていた。
しかしこちらの世界は、気候の移り変わりがない。
おそらく地軸がほとんど傾いていないのだろう。
花なんかも、年がら年中咲いては散りを繰り返している。
なんだか味気ないが、そんなものらしい。
ちなみにどうやって時の移り変わりを感じるかと言えば、星座の動きだ。
明かりが少ないため、夜空を見れば常に満天の星空だ。
その中で、あの星がまた見えたからそろそろ1年か、なんて感じたりするのだ。
ロマンチック……と、言えなくもないだろう。
そして。
なんともうすぐ、ニーナの誕生日なのだ。
シータと話しているのを聞いてしまった。
毎年お母さんと2人だけど、今年はハジメも祝ってくれる。うれしい。
……なんて思っているはずだ。きっと。
よしよし。
素敵な誕生日プレゼントを用意してやろう。
ちなみにシータの誕生日はとっくに過ぎてしまった。
ニーナとふたりで花を贈ったところ、シータはとても喜んでくれた。
その後なぜか、泣き出してしまった。
それを見たニーナがぎょっとしていた。
シータが泣くところなんて見たことがないそうだ。
涙の理由は、教えてくれなかった。
ついでに俺の誕生日も聞かれたが、分からないと答えた。
まぁ、以前の世界の誕生日に転移したから、日付を割り出そうとすれば可能だろう。
しかし俺はもう、あの世界のことは忘れたい。
こちらの世界で生きていくと決めたのだ。
そもそもその誕生日も、俺が橋の下で見つかった日付というだけだしな。
……とにかく、ニーナの誕生日だ。
仕事休みに、クレタの街で買い物といこう。
―――――
さて、毎度お決まりクレタの街。
バスも電車も走ってねえ、オラの村から徒歩2時間ほど。
雑貨屋を巡って、目ぼしいものを探す。
何がいいだろう。
こないだドレスを買っていたから、シータの作った服以外も着るということは判明した。
あのドレスに合う靴なんかどうだろう。
青に映える白のハイヒールなんかプレゼントしたら、いいんじゃないか?
……おっとこれは、早くも正解にたどり着いてしまったかもしれない。
さっそく靴屋に走ったが、誤算があった。
靴にはサイズというものがあるのだ。
ニーナの足を見る機会は多いが、サイズとなると分からない。
プレゼントしたものの、サイズが合わずに履けませんというのは、最もありがちでダサいパターンだ。
そのうえ、返品するのも片道2時間かかるのだ。やめよう。
靴は断念し、サイズの関係ない装飾品を考える。
妥当な線だと、ネックレスか、ピアスあたりか。
ただニーナはピアスなんてつけたことがなさそうな、きれいな耳をしている。
誕生日プレゼントのために耳に穴を開けさせられるのは、さすがに嫌だろう。
となると、ネックレスで決まりだ。
この世界の装飾品も、なかなか味わいがあって美しいものが多い。
もちろん、宝石の加工技術なんかはもとの世界に及びはしない。
しかし素材の味を生かすハンドメイド的なものの魅力は、以前の世界を上回っている気がする。
きっといいものが見つかるはずだ。
そう考えて、アクセサリーショップにやってきた。
ショーウィンドウから覗く、煌びやかな装飾品たち。
ここならきっと、俺の眼鏡にかなうものもあるに違いない。
ただ、俺は人生で一度も、女性にプレゼントなど贈ったことなどない。
男の趣味と女の趣味は違うと言うし……。
凝ったデザインは服に合わせづらいらしいし……。
かといってシンプルなのも面白みがないかもしれないし……。
うん。ここは店員さんに聞くのが、ベストというものだろう。
なんだか、今日の俺は冴えてるな。
「あのー、すみません」
「はい、なんでしょうか?」
美人の女性店員さんが、にこやかに対応してくれた。
少しだけ、目の下のクマが気になるが。
「年下の女の子にネックレスを贈ろうと思うんですけど、どんなのがいいでしょうか?」
バチンと。
頬をはたかれた。
「え?」
俺は何が起こったか分からず、目の前の店員を見つめる。
他の可能性を探したが、ありえるものがない。
どう考えても、この人にビンタを食らったとしか思えない。
「甘ったれんじゃないわよっ!」
「え?」
はたかれた頬が、じんわりと痛み出す中。
目の前の店員が叫ぶ。
「自分で贈りたいって思ったんでしょうが!
あなたが一番、その子のことを考えてるんでしょうが!
なら、あなたが選びなさいよ!
もっと彼女を、大切にしなさいよっ!!」
涙を浮かべながら、なおも店員は叫ぶ。
俺は頬の痛みより、その言葉に、衝撃を受けた。
確かに……確かにその通りだ。
俺はプレゼントの体裁ばかりを考えて。
当のニーナのことを考えてなかったんじゃないか?
男が女にプレゼントするものといえばコレ、と。
既成の観念にとらわれて、本質を見失っていないか?
そう、俺はニーナを喜ばせるためにプレゼントを贈るのだ。
贈ったプレゼントに自己満足するためじゃないはずだ。
……ちゃんと考えろ。
ニーナが最も喜ぶものって何だ?
関わる時間は多かったはずだ。
必ずその中に答えはある。
浮かんだのは、3か月前の帰り道。
ニーナとふたりで道を歩いた3時間。
話した話題は何だった?
――そうだ! 食べ物だ!
ニーナはいつも、美味しそうに食べる。
どんなときも、食事をしているニーナは幸せそうだ。
俺は確信した。
これこそが正解だと。
俺はニーナの誕生日プレゼントに、料理を振舞おう。
まるで涅槃に至ったかのような心境だ。
店員さんのビンタのおかげで、ここに至れた。
礼を言わねばなるまい。
「ありがとう、店員さ――」
「ちょっ、ちょっとあんた!
なにやってるの!」
俺の言葉を遮り、女の人が割り込んできた。
胸に「店長」と書かれた名札をつけている。
どうやらこの店の店長らしい。
「無神経な男に、愛の鞭を与えたんです」
「お客様でしょうが!
フラれてつらいのは知ってるけど、そんなことしちゃダメでしょ!
クビにするわよ!」
店長はその店員を一通り叱った後。
俺と目が合うと、深々とお辞儀をした。
「お客様!
大変申し訳ありませんでした!
店の商品を割り引かせていただきますので、どうかご容赦を!
この者には、しかるべき処分を行いますので」
処分、という言葉が出た瞬間。
気丈に振舞っていた店員の目が、わずかに泳いだ。
やはり彼女も、クビは怖いのか。
「――待ってください!」
「は、はい」
店長は、おびえるように俺を見つめる。
クレームをつけられると思っているのだろう。
「その店員さんは、俺に大切なことを思い出させてくれました。
商品の割引はいりません。
なので、その店員さんに、処分を与えないでください」
俺は、毅然とした態度で言う。
「え……。
よろしいのですか?」
店長は、目の前の事態に戸惑っていた。
頭のおかしい店員を叱ろうとしたら、その客も頭のおかしいやつだった。
そんな、のっぺらぼうに化かされたヒトみたいな表情だ。
「ええ。
よろしくお願いします。
それでは……」
「――待って!」
立ち去ろうとしたところで、後ろから声が聞こえた。
振り返ると店員さんが、右の拳を俺に向かって突き出していた。
「あんた、彼女のこと、大切にするのよ!」
「ええ、ありがとうございました」
俺は彼女と拳を合わせ、その店を後にした。
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