第7話 ニーナとの買い物

「……最近、夜ずっと本読んでるよね。何の勉強してるの?」

「ああ、ちょっと魔術を使えるようになりたいと思ってさ」


 クレタの街の、いつもの料理店。

 昼食をとりながら、ニーナと話す。


「ハジメ、魔術師になりたいの?」

「……まぁ、使えたら便利かなと思って。

 火をつけるのに火打ち石もいらないし、

 水だって、井戸に汲みに行かなくていいんだぜ?」

「確かに、井戸の水は重いもんねぇ。

 ハジメがやってくれるから助かってるよ」

「女の子であの重さはキツイもんな」

「うん。ありがとう」

「どういたしまして」


 俺がそう言うと、ニーナは笑った。


 今日のランチは、一角ウサギのグリルだ。

 ナイフをいれると、じゅわっと肉汁がでてくる。

 切り分けて、口に入れて噛む。

 なんと柔らかい肉質。

 それがソースの香りに引き立てられ、口の中に幸せが広がる。

 うまい。

 付け合わせのスープとの相性もバッチリだ。

 以前取り逃がしたアイツは、こんなにうまかったのか。


「美味しいねー!」


 パクパク食べながら、ニーナが言う。

 彼女はいつも美味しそうに食べるが、今日は格別幸せそうだ。

 肉を頬張り、リスみたいになってる。


「そんなに口に入れたら、喉に詰まらせるぞ」

「大丈夫よ。こんなにおいしいものを食べながら死ねるなら、多分幸せだもの。もぐもぐ」

「シータになんて言えばいいんだ」

「シータ、あなたの娘は安らかに息を引き取ったよ。

 最後の言葉は、もぐもぐ、だった」

「言えるか、そんなもん」

「あはは、冗談だよー」


 何がそんなにおかしいのか。

 ニーナはくすくすと笑う。


「……でもさ、ホントにそんなふうに私が死んじゃったら、ハジメはどうする?」

「どうって……まぁ、悲しいよ」

「どれくらい悲しい?」

「えーとそりゃ、すごく落ち込んで、飯も喉を通らないくらい悲しい」

「そっか。私がご飯をたくさん食べたせいで、ハジメがご飯を食べなくなるなんて。

 おかしいね。ふふふふふっ」

「笑いのツボがよくわからん」


 なんだか今日は、ニーナが上機嫌だ。

 服装もなんだかオシャレしている。

 普段あまり着ない白のワンピースに、頭にはリボン。

 そのせいで、ふとした仕草に、少しだけドキッとしてしまう。


 会話しながら食べていたら、料理はあっという間になくなってしまった。





 食事のあとは、服を見に行った。


「ハジメ、どっちがいいと思う?」


 ニーナが赤と青のドレスを両手に持って聞いてくる。

 おお。彼女とのデートみたいだ。


 どっちだろう。

 青はニーナのアイスブルーの瞳によく合いそうだ。

 赤はニーナの活発な性格にマッチしている。


「どっちも似合うよ」


 俺は答えた。


「ブブー。どっちがいいか答えましょう」

「うーん。……じゃあ、青」

「その理由は?

 以下の語句を全て用いて答えてください。

 【ニーナ】【とてもかわいい】【青】【とても似合っている】【美しすぎる】【俺は心を奪われてしまった】」

「それ、回答の選択肢ないだろ」

「えへへ」


 結局、ニーナは青のドレスを買った。

 ドレスなんて、あの村で着る機会などそうそうないだろうに。

 そういえば、シータの服しか着ない主義とかじゃなかったんだな。


 次に寄ったのは雑貨屋で、ニーナに口紅をプレゼントしてみた。

 ニーナはとても喜び、「大切にするね!」と言ってくれた。

 まぁ、これも村で使う機会はあまりないだろうが。


 魔術師が使う杖なんかも売っていた。

 こういうのがあれば、習得も早いのだろうか。

 ローブを着て杖から魔術を出すなんて、いかにも魔術師らしい。


 しかし多分変わらないだろうな。

 行き詰っているのは、杖を持つ持たないの以前の問題な気がする。

 金も足りないし。


 杖は諦め、魔術の入門書を1冊購入した。

 本1冊で有り金がほぼふっとんだが、目下の最大目標だ。惜しむまい。



 ―――――



「今日は楽しかったねー」


 帰り道でニーナが言う。


「ああ、楽しかったな」

「なぜ楽しかったのか、以下の語句を用いて答えてください。

 【ニーナ】【とてもかわいい】【街を歩くと】【いつもよりかわいい】【そんなニーナと一緒にいるから楽しい】」

「……それはもういいよ」

「あはははっ」


 くだらないやり取りをしつつ、俺は幸せを感じていた。

 帰ったらシータが料理を作って待ってくれてる。

 こんな穏やかな気分は、以前の世界では感じたことがない。

 この世界にやって来れて、本当によかったと思う。


 何故俺がここに来たのかは、相変わらず謎のままだが。 



「……ねぇ、魔術の勉強さ、私も一緒にやってもいい?」


 不意にニーナが言った。


「もちろんいいけど、どうした?」

「ハジメがやるなら、私も一緒に勉強してみたいなって思って」

「ふーん」

「実はね、私も昔、魔術の勉強してたんだよ。

 本に線とか書いてあるでしょ?

 あれ、私なんだ」

「なに!?

 どれくらい勉強したんだ?」

「えーと、1年間くらいかな。

 ちょっと、魔術に憧れた時があって。

 でも結局できなくて、やめちゃった」


 なんと。

 ニーナは俺よりも魔術の先輩だったらしい。


「1年やってもできないのか」

「うん。でもなんかね、できそうかなって思ったこともあったんだよ。

 でも私が魔術の勉強してると、お母さんがちょっとさびしそうだったから、辞めちゃった。

 ……まぁ、1人より2人の方が励みになるでしょ?」

「そうだな。よろしく頼むよ」

「うん。こちらこそよろしく」


 他愛ない話をしながら2人で歩いた。

 ピー助の他に鳥をもう1羽飼うかどうかとか、

 カシルスの葉には飽きが来ないとか、

 村でも美味しい肉を食べたいとかだ。

 ……食べ物のことばっかりだった。




 レンガ道を分岐して、獣道に入る。

 ちょっと街で時間を使いすぎたか。日暮れまでギリギリかもしれない。

 少し急ごうとした俺に、ニーナが話しかけてきた。


「ねぇ、ハジメ」

「うん?」

「あの時も、このくらいの時間だったよね」

「あの時って?」

「ハジメと、初めて会ったとき」

「ああ、あの時か。そうだな」

「ハジメ、全然言葉が通じないんだもん。びっくりしちゃった」

「そうだな。あの時は全然しゃべれなかった」

「私が何言っても、きょとんとして首を傾げるだけだったもんね。ふふふっ」

「しょうがないだろ。本当に分からなかったんだから」

「……そうだね」


 ニーナは不意に黙ってしまった。

 沈黙の中、数分歩く。

 どうかしたのかと思いニーナを見ると、照れたように顔をそむけた。

 そしてそのまま、ニーナは話し始めた。


「あの時、ハジメが来てくれなかったら、私どうなってただろって、今でも思うんだ。

 たまに、怖い夢を見るの。

 私は縛られてて、どうしようもなくて。

 黒い影がナイフを持ってやってくるの。

 すごく怖くて、もうダメだって思うんだけど、必ず誰かが助けてくれるの。

 私と影の間に立って、追い払ってくれるの。

 ……なんだか眩しくて、その人の顔はよく分からないんだけど。

 あの時ハジメが来てくれなかったら、全然違う結末になってるんだろうなって、その夢を見るたびに思う。

 ――あのね、ハジメ。

 あの時、私のことを助けてくれて、本当にありがとう。

 立ち向かってくれて、本当にありがとう。

 今、私がここにいるのは、ハジメのおかげです」


 ニーナは最初うつむいて、あさっての方を見ながら話していた。

 しかし途中から顔を上げ、俺の眼を見てお礼を言った。


 俺はなんだか照れくさくなって。

 何か茶化す言葉を探したけれど、ニーナの真剣な表情を見て何も言葉が出てこなくなった。


「あのときもお礼、言ったけど、通じてなかったから」

「そうか。いいんだよ。気にするな。

 俺も無我夢中で、何したかよく覚えてないんだから」

「そっか」

「そうさ。そんなことより早く帰ろうぜ。

 シータの晩飯が食べたい」

「……ふふ。そうだね。

 早く帰ろう」


 夕暮れの中。

 ニーナはにっこり笑うと、そのまま駆けだした。

 俺もその背中を、走って追いかけた。


 家に帰ると、その日は何故か、少しだけ夕食が豪華だった。

 幸せな一日だった。


 また明日から、がんばるとしよう。

 

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