第6話 村での生活と魔術の勉強


 まだ村の誰もが寝ている頃。

 俺は朝日とともに目覚める。


 顔を洗い、着替えたらランニングだ。

 村の中を1周。

 ひんやりとした朝の空気。

 それは気分を爽やかにさせてくれる。


 程よく汗をかいた後。

 家から桶をとって、裏手にある井戸へ向かう。

 井戸の水を汲んで、家の貯水槽に移す。

 これを2~3回繰り返して、貯水槽をいっぱいにするのだ。


 それが終わったら、次に向かうのは鳥小屋だ。


 村のはずれに、鳥を共同飼育している小屋がある。

 中にいるのは100羽以上の鳥たち。

 ギャーギャーとやかましく朝を告げている。


 我が家の区画は向かって左、入り口側から8番目の網の中。

 今日は幸運にも、3つの卵をゲットした。

 大抵は1つか2つで、0個もありうる。

 そして本当は、今日はニーナの当番である。


 さらに牛小屋に行き、牛の乳を分けてもらう。

 月ごとにお金を払って乳をもらっているのだ。

 それらを持って、家へと帰る。


 ここまでが、俺の朝のルーティーンだ。



―――――



 台所に入ると、シータが朝食を作っていた。


「おはようハジメ。相変わらず早いね」

「おはようシータ。はいこれ」

「おや、今日は3つもあるの。ありがとう」

「……ニーナは?」


俺の質問に、シータはあきれたようにため息をついた。


「まだ寝てるわ。

 もうすぐご飯だから、起こしてくれる?」

「……了解」


 俺は2階に上がり、部屋のドアを叩く。

 どんどん。


「朝だぞー。起きろー」


 中からのそのそと音がして。

 数十秒後。

 ドアが開き、ニーナが出てきた。


「おはようニーナ」

「おはよー。ハジメ、相変わらず早いね」


 ニーナは伸びをして、他人事のように言った。


「ニーナが遅いだけだろ」

「ごめん。

 顔洗ったらすぐ行くから、台所で待ってて。

 先に食べないでね」

「はいはい」



 台所に戻り、食事を運んだ。

 今日はカシルスの葉のサラダ、ハムエッグ、パン、ミルクだ。

 調味料やハムなどは、隣町から売りに来るおじさんから買っている。

 ハムと呼んでいるが、魔物の肉らしい。

 魔物は普通に食卓に並ぶし、なんなら動物よりもうまい。


 そして我が家では、カシルスの葉は常に出てくる。

 茎が線維になるが、葉も無駄にはならないのだ。


 シータも席に着き。

 さて食べるかというところで、ようやくニーナがやってきた。

 ニーナはだいたい、こんな感じだ。

 たまには、お灸をすえてやらねば。


 俺は立ち上がり、ニーナに向かって敬礼をする。


「姫様、お待ちしておりました!

 お食事の準備は整っておりますぞ!」

「え!?

 ……って、もう、ごめんって。

 悪かったから。

 明日はちゃんと起きるから」

「そのセリフ、何度目かしらね」

「お母さんまで」


もうっ、と言いながら、ニーナは椅子に座った。


「ニーナ、今日は卵3つだったぞ」

「うそ、やった。

 ピー助、がんばったね。

 だからハムエッグか」

「さあさあ、早く食べるわよ」


「「「いただきます」」」




 朝食をとった後。


 ニーナとシータは服作りへ。

 俺は村の人達の手伝いへ。

 それぞれの仕事へと向かうのが日常だ。


 だが今日は、俺は仕事がない。

 自由なのだ。

 なので、魔術の勉強をすることにした。


 部屋に戻って、魔術の本を開く。

 これは、家の本棚に置いてあったものだ。

 「魔術教本 初級編」

 なんとも分かりやすいタイトルである。


 さて、勉強を始めてかれこれ10日間ほど。

 意気込んでいたものの、なかなか思うようにはいかなかった。

 夜寝る前の3時間毎日勉強しているが、今一つ進展がない。


 そもそも。

 魔術なんて便利なものがあるなら、みんな使いたがるはずだ。

 誰もが一度は、習得を試みるに違いない。

 なのに、この村には魔術師は1人もいない。

 隣の街にもそう多くはいないらしい。


 つまり、習得するのが難しいということなのだろう。



 ……まぁ、ふてくされていても仕方ない。

 得た知識を整理してみる。


 まず大切なのは、魔力だ。

 世界は魔力で満ちている。

 それを身体に取り込み、術式に通すことでエネルギーに変わり、魔術が発動するのだという。


 では、術式とは何なのか。

 それは脳内で構築する、回路だという。

 放出する魔力が外界に与える影響を、コントロールするもの。

 さながら電子回路のごとく、そこに魔力を流すと現象が生じるのだという。


 テレビに電流を流すと映像が映るように。

 扇風機に電流を流すと風を送るように。

 時計に電流を流すと針が動くように。


 術式に魔力を流すと、魔術が発生するのだ。


 ふむふむ。

 ここまでは、まぁわかった。


 では、術式とはどうやって作るのか。

 その答えは……なんと、想像力を鍛えるしかないらしい。


 教本によると、


「取り込んだ魔力が様々な事象に変換されて、

 自分の腕から、もしくは杖から、

 放出され影響を与えるその過程を、

 余すことなく想像しつくすことができれば、

 それが術式となる」

 

 だそうだ。


 は?

 なんじゃそりゃ。て感じだ。


 入門編の総まとめとして、練習法が紹介されていた。

 原文ママだと、こんな感じだ。




「果物を目の前に置き、目を閉じ、それを思い描く。


 色、形、匂い、手触り、味、中身の状態、種の数、落とした時の音、などなど。


 それが持つ情報全てを想像する。


 事実と異なってもいい。


 それが真実であると信じることが重要だ。


 思い描けただろうか。


 あなたの想像するその果実は。


 火であぶったら。

 中に虫が入ったら。

 潰してジュースにしたら。


 どんな姿になるだろうか。

 どんな音がするだろうか。

 どんな味になるだろうか。

 どんな匂いがするだろうか。


 全ての疑問に、明確な答えを得られたら合格だ。


 1つの果実でそれが可能になったら、他のいろいろなもので行おう。


 机、椅子、ランプ、棚、なんでもよい。


 同じようにそれらを1つ1つ、丁寧に想像する。


 どこにいても、何をしていても、頭の中で再現できるように。


 それらが可能になれば、準備の半分はできている。


 火、水、風、土のいずれかを選び、手本のない想像を行えばよい。


 あなたの中に真実があれば、おのずと道は開かれるだろう」




 と、いうことである。

 なんじゃそりゃ。



 一応俺も、入門編に従ってみた。

 毎日果実を目の前に置き、目をつぶって、ウンウンと唸ること1時間だ。


 だが、できている気がしない。

 自分の中で何も変わっている気がしない。

 いたずらに時を過ごしている気分だ。


 たまに火だの水だのを想像してみるが、何も起こりはしない。

 

 だが、やるしかない。

 今は分からなくても、いつか。

 いつかきっと、分かるようになるはずだ。

 そう信じて、今はがんばるしかない。


 この日はそれからずっと部屋にこもり、本と格闘した。

 日が暮れるまでがんばったが、あまり進捗はなかった。



----



 そんなある日。

 ニーナとクレタの街におでかけすることになった。

 服を卸すわけではない。

 たまたま休みが重なったので、リフレッシュに行くのである。

 街は活気があって楽しいし、ニーナと話すのも楽しい。

 一石二鳥だ。

 片道2時間かかるのがネックだが。


 魔術の勉強のモヤモヤを、遊んで晴らすとしよう。


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