第5話 半年間の経過と、この世界について
<ハジメ視点>
俺がこの世界に来てから、半年が経過した。
半年といっても、こちらの世界では1年が380日。
1か月が38日で、10か月で1年という計算らしい。
うるう年は存在して、5年に1度、1日多い月があるんだそうだ。
1日の長さも、だいたい同じくらいな気がする。
確かめようはないが。
そして10日に2日、休日がある。
……さて、俺はというと。
未だにニーナの家に居候させてもらっている。
最初は言葉が全く通じず苦労した。
身振り手振りで何とか意思疎通し、行くあてがないことを伝えた。
そしてもし可能なら、このまま家に置いてほしいということも。
さすがに断られると思ったが、なんと許可された。
俺は恩を返すため、仕事を手伝った。
ニーナの母親は、シータといった。
シータは足をケガしており、俺の仕事はその補助だ。
大半は家の裏の植物を切ること。
そして茎から線維を取り出し、糸を作る作業。
ニーナに教えてもらいながら、徐々に上達していった。
作った糸をニーナに見せて、許可が下りれば機織り機に装着。
そこから先は、シータしかできない作業だ。
作った服を街に運ぶのは、俺とニーナの仕事になった。
あのレンガ道は、隣の街へとつながっていたのだ。
初めて街に行ったときは興奮した。
石造りの建物が所狭しと並び、通りには人が溢れていた。
服を卸したら、行きつけの料理店で昼ご飯を食べる。
その後、おみやげのパンを買って帰るのがいつものパターンだ。
たまにケーキも食べたりする。
日中の仕事はだいたい、そんなところだ。
そして夜になったら、ニーナに言葉を教えてもらった。
ニーナは、シータの教育により、読み書きや計算もできる賢い子だった。
少しずつ、彼女とも会話ができるようになって、楽しかった。
ちなみに、ニーナを襲った男は隣街で捕まった。
あの後、街で盗みを働いたのだという。
被害届を出しに街に行くと、男が捕まっていた。
男の罪は、俺たちの証言でさらに重くなることになった。
聞くと、遠くの街でも罪を犯し、辺境に逃亡してきた犯罪者らしい。
余罪も多くあり、牢から出られることは一生ないそうだ。
こんなことはめったにないそうなので、今回のことは本当にタチの悪い偶然だったという。
基本的には、この周辺は安全なのだそうだ。
ある程度、言葉が理解できるようになったところで。
俺がどこから来たのか。
何者なのか。
ニーナとシータに、これまでのことを包み隠さず話した。
彼女らはポカンとした顔だったが、一応信じてくれた。
「どうしたいか決まるまで、ここにいたらいいさ」と、シータは言ってくれた。
シータの足だが、完治するのに少し時間がかかった。
なんだかんだと仕事をしていたせいだろう。
治るのに2か月ほどかかり、その際にはちょっとしたお祝いをした。
しかし。
シータの足が治ると、俺は仕事を失ってしまった。
もともと2人だけで行っていた仕事だ。
畑にあるカシルスの本数は決まっており。
そのうち何本を服に変えるのかも決まっている。
人数が多いほどいいというものではない。
シータが糸作りもできるようになると、2人だけで作業が完了してしまう。
ニーナと服を卸しに行くことだけが俺の仕事になってしまった。
まずい。
仕事がないと、タダ飯食らいになってしまう。
これではまさに、噂に聞くニートというやつではないか。
いやだ。ニートはいやだ。
何か仕事をしたい。
そう思った俺は、とりあえず村で仕事を募集してみた。
すると案外、ちょこちょこと求人が来た。
どの家も、この作業だけはあと1人いたらうれしい、ということがあるみたいだ。
今まで誰も、仕事の募集というのはしたことがないらしい。
スキマ産業的な需要があり、俺は割と安定してお金を貰えるようになった。
それに、多くの村人と知り合いになれた。
そうして稼いだお金をシータに渡そうとすると、そんなものいらないと言われた。
「娘の恩人から、お金なんて取る気はないよ」とのことである。
いやしかし。
恩というなら、俺が受けた恩の方がはるかに大きいはずだ。
俺は命を救われた上に、生活まで世話してもらっているのだ。
俺もお金を払うと譲らず。
最終的に、稼いだ額の半分を渡すということに落ち着いた。
―――――
さて。
日々の生活が安定してくると、この世界に対する興味が湧いてきた。
適当に探すと、本棚にちょうどいい本があったので、勉強してみることにした。
少しとっつきづらかったが、おかげでこの世界のことがかなり分かってきた。
まずこの村の名前は、サンドラ村というらしい。
隣の街は、クレタの街という。
そしてこれらは、1つの国の中に含まれていた。
国の名前は、アルバーナ。
この村はアルバーナの端の端の、ド田舎だった。
この世界の移動手段は乗合馬車が一般的らしい。
が、村には一切走っていない。
村人は嘆願書を出しているものの、放置の状態だ。
まぁ馬車を通すとなると、あの獣道を整備しないといけない。
それにはコストがかかりそうだ。
隣の街との間で他に人が住んでいる所もない。
割に合わないのだろう。
――バスも電車も走ってねえ。
サンドラ村は、そんな感じの田舎だった。
そしてアルバーナの他にも、国はたくさんある。
中にはエルフやドワーフが住む国なんていうのもあるらしい。
おとぎ話でしか聞いたことがなかった人種が、実在するのだ。
そしてそれらは全てヒトと呼ばれ、そうでない者と区別するのだという。
では、そうでない者とは何か。
ヒトはそれを、魔族と呼ぶらしい。
魔族とは、魔物が進化して高い知能を持ったもの。
二本足で歩き、言葉も話すという。
しかし根本は魔物であり、ヒトとは相いれない存在なのだそうだ。
具体的な数だとか、どんな生活をしてるとかは、一切不明だ。
なんでそんなやつらが存在するのかと言えば、その起源は遥か昔に遡る。
本によれば、もともと、この世界は2つの大陸だったらしい。
魔物が住む西の大陸と、動物が住む東の大陸。
それ以外の部分は塩水に覆われており、お互いに存在すら知らず暮らしていた。
しかしある日。
大陸間のちょうど真ん中で。
大規模な海底火山の噴火が生じた。
間に島ができ、なんと大陸は狭い道でつながってしまったのだ。
その頃には、動物からヒトが。
魔物から魔族が。
それぞれ誕生しており、異なる文化を持って生活していた。
大陸がつながり、初めてヒトと魔族が出会った歴史的瞬間。
残念ながら、お互いを敵だと認識したらしい。
以降ずっと、ヒトと魔族は戦争状態にある。
大陸がつながった当初、ヒトは劣勢だった。
魔族はその圧倒的な戦闘能力を武器に、何度もヒトを滅ぼしかけたという。
しかしヒトは知恵を絞り、技術を発展させ、何とか戦線を大陸の間に戻した。
それを記念してその年を統一歴0年とし、それから戦線は変わらぬまま、2000年以上の月日が流れている。
最初は、大規模な作戦で攻め入ったりしていたらしい。
しかし魔族の住む西の大陸での戦闘は、ヒトにとっては非常に厳しいものだった。
魔物が跋扈する森の中での、魔族との戦闘。
侵攻した軍は敗北を重ね、多くの場合壊滅した。
逆に、大量の魔族が攻めてくることもあった。
しかしヒトは、長い年月をかけて戦線に高い城壁を築いた。
その上から魔術を雨あられのごとく撃ちこむことで、魔族を退けることが可能となっていた。
幾度かの戦闘の末に。
お互いが、攻め入る方が圧倒的に不利だと気づいた。
それから徐々に戦闘の回数は減っていき。
この1000年ほどは全く戦闘を行っていないのだという。
つまり、近年は特に攻めも攻められもせず、ヒト達は平和に暮らしている。
魔族とヒトとの関係は、とりあえずそんな感じらしい。
そして最後に。
この世界には、魔力というものが存在する。
魔力とは、この世界に満ちているエネルギーのようなものらしい。
魔族や魔物はそれをエサに生きているのだという。
そしてヒトが死ぬと、その魂が魔力になるため、魔物はヒトを襲うのだと言われている。
そういった理由から、ヒトと相容れないのが魔物と魔族。
共存できるのが動物、ということのようだ。
ヒトも魔力を利用している。
魔力の使い道は2つ。
武術と魔術だ。
外に存在する魔力を、自身の内部に作用させれば。
身体能力の強化が得られ、それは武術と呼ばれる。
剣術がポピュラーだが、斧、槍、弓、なんでもアリだ。
この世界の戦士はすべからく、魔力ブーストを駆使して戦うのだという。
逆に、魔力を外部に作用させると。
その影響が外界に現れ、これは魔術と呼ばれる。
魔術にはさまざまな種類があり、扱えたらとても便利らしい。
この2つの能力が、この世界における非常に大きな物差しになっている。
やはり魔物やら魔族やらがいるような世界では、強さにつながるものが評価されるのだろう。
そしてその影響もあるのか、この世界の文明はあまり発達していない。
本を読む限りでは、電子機器は存在しないようだ。
また、石炭や石油などの化石燃料を利用した物もない。
海の魔物に襲われるため、船もない。
……とまあ、調べた結果はこんなところだ。
さて。
そのうえで。
この世界で。
自分はこれから、何をすべきなのか。
ちょっと考え始めた。
もちろん、もうしばらくこの村にお世話になるつもりだ。
しかしこの先何がどうなるのか、何もわからないのだ。
身を立てる手段くらい、あった方がいいのではないだろうか。
そして俺自身、何かを学びたい。
今よりもっと、できることを増やしたい。
この世界で評価されるものといえば、武術か魔術。
どちらかと考えたら、俺は魔術に興味があった。
以前はフィクションの中にしか存在しなかった魔法というものが、実在するのだ。
俺にもできるなら、やってみたいに決まってる。
それに、武術は近場で教えてくれそうな人がいない。
魔術なら、本で勉強すれば何とかなりそうな気がする。
……よし。
魔術を勉強してみよう。
……何だかこの世界に来てから、以前より前向きになれている自覚がある。
以前の世界よりも人と親交を深められる気がする。
軽口や冗談も、自然と出てくる。
笑うことも多くなった。
なぜかは分からない。
しかしここでなら、以前よりもうまくやれる気がするのだ。
さしあたって、魔術の勉強を始めてみることにする。
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