第4話 たったひとりで


 ろんです。いつも読んでいただき、ありがとうございます。

 皆さんが閲覧してくれた証のお目目マークを見る度、温かい気持ちでいっぱいになっています。心がホクホクです。


 《注意!》

 今回は今までと比べて、食人描写が多く含まれています。苦手な方はブラウザバックすることを推奨致します。

 いよいよ本格的に男の子が絡んでいくので、皆さんお待ちかねの展開もすぐそこですよ──。


 それではどうぞ、お楽しみください──……。





「さて、と……早速始めるね──なんて言っちゃったけど、まだお互い名前も明かしてなかったよねー?」

「そういえば、確かにそうだなあ」

 初歩的なとこでミスったな……。そうだよ、オレ達はまだ、外見の特徴でしかお互いを捉えていないんだ。

「じゃあオレからいくよ! えーっと、オレはゆき。幸せって漢字だ」

「へえ、幸かー。……良い名前だねー。ボクはらんだよー」

 これまた真っ黒な薄手の手袋をつけながら、乱は答えた。レザーのレッグポーチから取り出したらしく、慣れた様子で手早く装着していた。ポーチは、ズボンに付けるには大きすぎるんじゃないかってくらい、サイズがデカイ。

 そして彼は、乱は乱れるって漢字ねー、と緩く付け足した。それから乱は立ち疲れたのか、尊斗たかとの背中の上に座り込んでしまった。尊斗は、意識が虚ろな状態のようで、一切抵抗をしない。もう諦めたのかな……。

「乱かあ……乱も名字が無いんだな! オレとおんなじだ」

 オレのという言葉の後、若干空気が張りつめたような気がしたけど──すぐに明るい声で、「……偶然だねー」

 ──って言ってくれたから……きっと気のせいだろ。

「名字が無いってことは──その、乱も飼犬スイートなのか?」

「んー……まあそんな感じなんだと思うよ」

「そっか──それなら話が早いや。オレな、主人マスターが義理の兄なんだけど、勝手に逃げ出してきちゃってさ」

「──ふふっ、随分大胆だねー。詳しく聞いても良い?」

 ここにきて、乱が食い付いてきた。オレは、ここぞとばかりにオレの武勇伝を聞かせようと頭を働かせる。口を回らせる準備は万端だ。

 さあ、後は話すだけ。存分にオレのカッコ良さを伝えるとしようか……!


「──と、そんなワケで乱と出会って、今に至るってことなんだ」

「あはは。何かビックリ要素多すぎて、途中で置いてかれちゃいそうになったよー……あのつかさゆいに義弟がいたのも初耳だし、幸が病弱っていうのもビックリなんだけどー」

「病弱、かあ……オレ自身、今日のこのパワーはどこから出てくるんだ!? って不思議でしかなかったからなあ」

 病室に籠ってる間、積もりに積もった元気パワーが炸裂したとかっ!? オレ、思った以上にワンパクだったみたいだなあ。

「そういう乱は、兄弟とかは──……って、悪い」

 ……口に出して後悔した。あたたかい普通の家庭があったら、今こんな暮らしをしているはずがないのに。

 つい調子に乗って余計なこと言っちゃったな……。

「え、全然気にしないでよー。仲の良い兄弟はいないからさ──……けど幸の気持ちも、分かる気がするよ」

「どういうことなんだ……?」

「ボク……何かに縛られるのが大っ嫌いなんだよね。刑法とか、分犬法とか、そーいうの」

 乱は頬杖をついて、口を尖らせながらそう言う。そして目を伏せながらポツリポツリと続けた。

「だからボクはそれに逆らうんだよ。どれだけ偉い人の命令でも、ボクは知らんぷりしてボクで在り続ける」

 ──……これに関しては全肯定をした方がいいのか迷う話題だな……。オレだってまだまだ世間知らずだけど、決められたことは守ろうって思うし。

 けど、否定をすることでもないんだとオレは思う。これは乱の考え。乱の物。それにオレが介入するのはちょっと違う気がする。オレだって、そんなことされたら嫌だから。

「乱ってホントに乱らしいなあ! 何か、言ってることが変わってるけど、そんな気がするよ!」

 オレが考えたベストアンサーはこれだった。乱は乱なんだなって直感で捉えたから、その感じたままを答えた。

 すると乱は──ひどく驚いた様子でオレを見つめ返してきた。目を真ん丸に見開いて驚くもんだから、オレの方までビックリしてきた。

 乱は終始穏やかだけど飄々としてるから、この答えもサラっと流されちゃうかなと思ったけど──。何か良いことを感じてくれたのかな。そうだと良いなあ──なんて、オレは心の中で呟いた。

 ふと、乱の眉間が少し動いたような気がした。

 刹那────。


 ──キュル……グルルルルルルルルルゥゥゥゥゥッ……!


 と獣の唸り声のような、路地一帯にに響く程のおかしな音が鳴り響いた。

「──うおっ!? まさかオレか!? ……乱、ごめんなあ、昼から何にも食べてな──」

「ッ────……うるせえよ」

「っ? 乱……?」

 さっきまで、頬杖をついて楽しげに喋っていた乱は? 今目の前にいるのは、煩わしそうに耳を塞ぐ、獣のような声をした男だ。乱と別人のような、荒い口調の男だ。

 ようやく、乱という一人の人間として彼を認識し始めていたけれど──乱暴な男という印象に再び戻ってしまった。

「おい、いい加減目ェ覚ませ」

 戸惑うオレを余所よそに戌面の男は、椅子として使っていた尊斗の頬を一際雑に引っ叩いた。

ここじゃ人目につくな……裏行くぞ」

「痛ってェ……!? ン、がっ──」

 尊斗は首根っこをズルズルと引っ張られて、戌面の男の思いのままに路地裏へと連れ込まれた。

 オレはそれについていったらまた怒られる気がしたから、少し前に凭れていた室外機の影に身を潜めることにした。

「(何で……どうやったらあんな細身で、尊斗みたいな大男を引っ張れるんだ……?)」

 考えれば考える程、ワケが分からない。あの細い身体に筋肉がギュっと詰まっているんだろうか?

 とりあえず今は、男の行動から目を離さないようにしよう。オレの果てしない好奇心がそうしろと言っている。

「……聞こえてんのか? こっちは腹減って仕方ねえんだよ、とっととかっ捌かせろ──早く。手ェ出せ」

「っく……ヒッ、む、無理だ──」

「お前さ──耳ついてねえの? 手、出せ」

 戌面の男は、仰向けに寝かせた尊斗の腹にまたがるようにして、尊斗の顔を覗き込んだ。

 そして、黒いレッグポーチからナイフ──もしかしてサバイバルナイフか? それを取り出し、包んでいた布を尊斗の口に巻いて噛ませた。

 サバイバルナイフは、キャンプの本を読んでみた時に目にした。まさかあのポーチに入っていたなんて……。

 半覚醒状態の尊斗の目と鼻の先に、そのナイフを突き立てる。実際にはまだ刺していないけど、刺さったと見誤るくらい速い突きだった。

 いよいよ歯の根が合わなくなってきた尊斗を見た男は、ナイフを素早く手元に戻した。

「あ゙? そんなかたくなに拒むんだったら、そのまんま噛み千切ってやろうか? ……なあ、何とか言えよ」

 一定して口調は昂らないのにも関わらず、有無を言わせない圧が──雰囲気が一等重く、濃くなって全身に纏わりつく。オレは生まれて初めて感じた、じっとりと脂汗が滲む感覚に底知れない気味悪さを覚えた。

「俺にしちゃが出来た方なんだけどなあ……もう良いだろ?」

「う、ぐッ、ンンンッ──!?」

 ついに男が尊斗の左手首を掴む。右手に持っていたナイフを粗雑ぞんざいに放り投げ、彼は両手で尊斗の手首を持った。

「(戌面が──取れるのか!?)」

 男はうざったそうに戌面に触れ、硬いアスファルトの上に投げ捨てる──。

 オレはこれまでで一番神経を使って、一点を凝視する。


 カコンッ──……と乾いた音が響いた



 面の下で暴れ狂っていたのは────非現実的なまでに眉目秀麗な、ただの青年だった。


 彼の瞳は透き通った琥珀色アーバンで、遠目で見ても分かる美しさがあった。オレはずっと、彼の横顔を見つめていたけど、その瞳が放つ輝きはオレの所まで真っ直ぐ届いてきた。

「ハハッ……残念だったな、もう時間切れだ──精々幸せな余生を送れるといいな?」

「────いただきます」

 彼は尊斗の手首にかぶりつく寸前、どこか浮足立っているような声でそう言った。

 黒で覆われた見てくれとは真反対に、真っ白な歯がチラリと見える。狙いを定めた猛獣のような彼の面立ちに、オレは再びあの感覚に襲われる。

「(あ──……まただ……乱が尊斗から庇ってくれた時と同じ──)」

 「下がってて」、という乱の声がよみがえる。

 身体が妙に熱く火照ってきて、うるさいくらいに鼓動が暴れる。この空間だけ、時の流れが遅くなっているような気さえしてくる。

 何故か心が切なくなって、キュンっと詰まるような感じがして──。

 ────だが。時は残酷にも、進むことしか出来ないから。

 オレが浸っていた甘いひとときは──尊斗の叫喚によって、魔の時間へと塗り替えられた。

 ──ゴキュリッ。

 尊斗の指が一口分、食い千切られた音。それに続いて鮮血が散らばって滴る音。

 最後には噎せかえるような鉄の匂いと、尊斗の断末魔の叫びだけが残った。

「……ん、俺の予想通りの美味さだな。女への憎悪で渦巻いていて──深い味わいがある」

 男は美味いと言いつつも、さも不味そうに指を咀嚼した。作業的に動く口の端には、幾らかの紅が点々と散っている。

 何かに苛まれるような面立ちで肉を喉に無理に押し込めると、口を汚した血も拭わずにもう一度尊斗に向かった。

「お前確か──足癖と手癖が悪かったっけなあ? 今まで、他の女にも似たようなこと繰り返してたんだろ。違うか?」

 尊斗の指をかじった彼は、さけぶ尊斗を一瞥した。それからゆっくりと尊斗から身を離して、投げ捨てたナイフを取りに行った。

 対する尊斗は、彼の問いかけに返事一つしない。いているのか怒っているのかも分からない声で、咆哮を上げている。デコボコの切断面から滴る血も気にせずに。

 布を噛ませていたのは、この為だったんだ──なんて。オレは冷静に判断しているように見えているだろうか?

「ッ──……!? おさまれ……っ」

 とまれとまれとまれ──滝のように溢れ出す汗も、凍えたように震える手足も、全部っ、全部ッ────!

「オレが、言ったんだろ……あの男に、ついて行くって──そう決めただろッ……!?」

 あの男の食べるという発言を聞いて──まず頭に浮かんだのは、ニュースでさんざっぱら見た食人鬼だった。常軌を逸した話を聞いて、そうだって確信したよ。

 オレの覚悟は、甘かった。鮮血を直視したこともないような人間が食人鬼と行動を共にするのは、まるで見当違いだったんだ。結局、義兄ゆいに縛られていないオレは、ただの意気地無しなんだ──……。

「オレの……馬鹿野郎っ──……!」

 視界が横にブラリと揺れる。程なくして頬に冷たくて鈍い感触がやってきて、視界も横に倒された。

「(痛い……起きられない)」

 目の前がぼやけてきた──後先考える余裕もなく、オレはコンクリートに寝そべりながら、ゆっくりと目を閉じる──……。

 

 乱、ごめん。

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