第6章 エヴァルスでの夜

 ところ変わって、俺の新居で迎える3回目の朝。

 忌まわしき退院&叙任の日から3日経った。あの日は疲れたので、早速与えられた家に着いてふかふかの布団に入ったところで記憶が途切れている。

 次の日、そこそこ日が昇ってから目が覚めて「やらかした」と思った。就職2日目から寝坊したかと思ったからね。でも、そういえば昨日、ギロックスから数日間は休めと言われたことを思い出したのだ。ちなみに、もうギロックスに敬称を付ける気は失せた。現在では「命の恩人兼仮想敵」となっている。

しかし先の騒動で嫌いになったものの、ギロックスの家に1週間置きっぱなしだった俺の私物には一切手を出していなかったようだ。念のために盗聴器とかGPSとか付けられてないか確認したけど無かったし、そもそもこの時代においてはオーバーテクノロジーだったと思い返した。

にしても奴は図太くて、ミレアさんとかイレーネさんの前では、何もなかったように振舞うのだ。当たり前だが俺はコイツと同居なぞお断りなので、引き留められたものの引っ越しを決意していたわけだが、あいつは食事や着るもの、日用品などをたくさん持たせてきた。(これらも諸々のチェックはした)

挙句の果てには家事が大変だろうからといってミレアさんを俺と同居するように言ってくる始末。それはいくら何でもミレアさんに失礼過ぎる。ミレアさんもまんざらでもない顔して嬉しそうにしてるしイレーネさんも「いいじゃない!」って賛成しているし・・・え、なんでそんな受け入れてるの?コノヒトタチコワイ・・・

しかし考えてみれば、ミレアさんには悪いがこれも一種の人質と考えられるのではないだろうか。いや、流石に考え過ぎなのか。でもタダで愛娘を差し出してくるという行動に疑念が晴れない。

でも、言っていた通り家事の面で来てもらえるのは助かるし、目的は何にせよ、ギロックスの手元に置いておかれるとどんな目に遭うか分からないから提案を受け入れ、ミレアさんに住み込み家政婦をしてもらうことにした。なんだこの背徳感・・・


 というわけで、

「エイジさん起きてください!いつまで寝ているんですか?いくらお休みとは言え、だらだら生活しているとお仕事始まった時に大変な思いをしますよ」

といってミレアさんが毎朝起こしに来てくれる生活が始まったのだ。

 お母さん、お父さん、僕は異世界に転生して10日ばかりで1等地に戸建てと美人の住み込み家政婦付の生活が始まりました。

 何してるんだろう、俺・・・


                  ***


 エイジの奴が俺にも国王にも付かないと宣言した後、アイツは俺と共に帰宅して改めて事の顛末を(俺と口喧嘩した部分を除いて)イレーネとミレアに説明し、引っ越すことを伝えた。迷惑は最小限にしたいからといって荷物を引き上げ次第、新居に行くと言い出したが、みんなで引き留めて夕食までは一緒に過ごすことにさせた。そんなに俺のこと嫌いになったか、まあ無理もない。

 エイジにはぜひとも帝国内で対等に渡り合ってもらいたいので様々なものを与えておいた。日用品や当面の食糧、彼の私物には手を付けないでおいたし、最大のプレゼントとしてミレアを差し出した。奴は俺が人質代わりに差し出したとでも思っているかもしれないけど、これはささやかな親の愛である。

 だってエイジが入院している間、ミレアは熱心に看病しに行って家では寂しがっていたのだから。彼に気があるのだろう。年頃だし折角だからエイジの手元に行ってもらうことにした。あわよくば本人が意図していないところで話を聞き出しスパイの様にできないかな、と考えなかったわけでは無いが。俺なりに最大限、彼の独り立ちを支援した訳だ。

 そして楽しく夕飯を食べ、最後の団欒を過ごしたところでエイジは荷物を引き上げて家を出ていった。


 それからしばらくの間、書斎で仕事をしていたんだが、日も変わろうかという時にノックの音とミレアの「お父さん、入っていい?」という声が聞こえた。部屋に入ってくると、ミレアは黙って俺の直ぐ脇の椅子に腰かけた。

「お父さん、エイジさんとの間に本当は何があったの?」

「ん、どういうことだ?」

 まるで見当もつかない風を装って答える。俺自身もそうだし、エイジも決して違和感を悟られるような言動はしていなかったはずだが、もしかして・・・

「勘だけど・・・なんか2人の間の雰囲気が違ったから。違ったって言ってもエイジさんが家にいた数日間と比べてだけど・・・」

「そうだね、確かにエイジと俺は今回の事件を通じて互いのことをより知ることができたからね。雰囲気は変わったかもしれない。」

「ごまかさないで。そんなことじゃないくらいは分かるよ。きっと2人の間には溝が生まれてしまっている。そして私はその両者の都合によってエイジさんの下で生活することになった。エイジさんは良い人だからそれ自体には反対しないけど、当事者である私も事情を知る権利はあると思わない?」

 そういって反論をまくしたてた愛娘に対して、俺は不覚にも笑いがこみ上げてきた。なんで笑っているんだという表情を浮かべているミレアに、

「いや、済まない。とても筋の通った理論で感心していたんだよ。ただ、前提である想定が間違いだから、ミレアはそんなに心配しなくていいんだよ。」

 でも、と更に反論しようとするミレアを止め、俺は続きを話した。

「エイジにも聞いてみると言い。彼も同じように答えるだろう。そしてお前をエイジの元に行かせる最大の理由はお前自身のため、という俺とお母さんの気持ちを理解してくれるとうれしいな。」

 そういうと少し考えてから、恐らく怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にして「わかった。そうする。」とだけ言って書斎から出ていった。

 ふふっ、お幸せにな。


                 ***


 あの事件からはや2週間。いよいよ軍本部の作戦参謀本部から招集が掛かった。グリアさんが副本部長を務める部署で、ここの東部作戦班の1人がギロックスで彼らの直接指揮下において活動するのが第一特別作戦班だそうだ。急にそこの班長に任命されてしまったわけだが、どうやら首都と東部戦線の前線を行き来することになるみたいで、俺の「帝国陸軍音楽隊」としての演奏はあれが最後になってしまったようだ。これからは音楽隊の非常勤扱いになるみたいで、前線での任務が無いときに限り自主的に活動に参加することができるようになるみたい。これはグリアさんが取り計らってくれたことみたい。

 ちなみに、さっきから「みたい」とか「らしい」を連呼しているのは、情報源がミレアさんだからだ。彼女が父親の伝手をキープしており、グリアさんやその他、軍本部関係者にいろいろと話を聞いてくれていたらしい。とても心強い家政婦さんです。

 城郭の一部を成すエヴァルスの居住区で同居を始めて6日間、2階建て6LDKの家事全般を仕切ってくれている。仕切っているというのは、当たり前だが俺も家事をしているから。

 特にうまくいかないこともないし、喧嘩もない。朝は起きないと起こしてくれるし、飯はうまいのを作ってくれる。ペレッタの練習にも付き合ってくれたし、というかペレッタ経験者みたいで、色々と教えてくれた。暇を持て余せば雑談の相手にもなってくれるし、リビングのソファで昼寝をすることだってあった。あれ、これなんか違くね?


 まあ、そんな感じの束の間の休日の昼、ミレアさんの作ってくれたリゾットのような美味しいご飯を食べていると、軍の兵士が来て、召集令と書かれた書簡を渡しに来たというわけだ。

 まあ、そのまま即戦争最前線で戦うとかそんなことはないだろうし、政治戦争の駒扱いされたのだから、もう少し丁重に扱ってくれることに期待している。まあそもそも「班」とか言われたところでメンバーを知らない。2人なのか3人なのか、はたまた2,30人くらいいるのか・・・

 そんな考え事をしていたせいで折角の昼食が気づいたら無くなっていたので、気持ちを整理するために全てギロックスのせいにする。どうせ召集令を掛けたのはあの人だろうから。


 その日の夜、いつものように分担して家事を終え、風呂に浸かって(この家には風呂がついているのだ)ミレアさんにおやすみを言って部屋に戻って寝る支度をしていると、ミレアさんが部屋にやってきた。

 

「エイジさん、寝る前に少しお話をしてもいいですか?」

 もちろん、「もちろん」と答えると、過去2回の訪問のようなたどたどしさは両者に無く、俺の部屋に2つ置かれた1人掛けソファーにどちらも腰かける。

「それでミレアさん、お話って何ですか?」

「エイジさん、私の父と何かありましたか?」

「ええ、いろいろありましたよ。入院先の病院を退院させられたかと思えば、新たな役職を与えられて東部戦線の軍事作戦に従わなければならないみたいじゃないですか。僕はエヴァルスでつつがなく暮らしたかっただけなんですけどね・・・」

そう俺が捲し立てると、ミレアさんは一瞬ポカンとした後、真面目な顔を崩して笑い始めた。急なことに驚いていると

「すいません。聞いておきながら笑ってしまって・・・てっきり仲違いしてるかと思って、父にも同様に問い詰めたのですが、はぐらかされてしまっていたので。あの父じゃないですか。はぐらかされると何かあるんじゃないかと思っちゃって。」

あーあいつもミレアさんに、俺となんかあっただろって問い詰められて嘘のない範囲ではぐらかしたのか。

 ミレアさんも、よく異変を察することができたものだ。やはり当の本人たちが平気な顔をしていても周りには平気じゃない雰囲気を垂れ流していたということなのだろうか。であればまだまだ修行が足りないというものだ。

「そういうことでしたか。であれば心配いりません。ギロックスさんは俺の直属の上司であり同僚になったんですから良好な関係を築いていますよ。」

「それを聞いて安心しました。では私は失礼します。今日はよく寝て、明日からのお仕事頑張ってくださいね。」

 そう言ってミレアさんは俺の部屋を出ていった。

 しかし・・・ああ、なんでだろう。ミレアさんの言うように寝たいんだけど、全然寝れない。

 ミレアさんの香りが残る部屋で俺が寝付けたのは、ミレアさんが部屋を出て言ってから数時間後のことだった。


 異世界にやってきてから1カ月くらいが経っただろうか。入院してたあたりから「何日目」かカウントするのを止めた。

 この短い間に俺は様々な経験をしてきたわけだが、今日のような本来晴れやかであるべき経験はなんか日常の一部の様に感じてしまうのはちと非日常への耐性が付き過ぎてしまったのだろうか。

 ミレアに見送られ、俺は人通りのまばらな早朝の城下を歩いて陸軍本部に「今日」から「俺」を「班長」にして発足した「第一特別作戦班」へ向かう。そもそも本部に行くことさえ初めてだし場所も簡易的な地図と話を聞いただけなので危うい。しかし、目的地に近づいていくと明らかに周りと比べて威厳を感じさせる大きな建物が目に入った時、直感的にあれが本部だと思ったし実際に合っていた。

 本部の入り口には衛視が立っていて、中に入れば本人確認の衛視が立っていた。この時代にICカードと機械という本人確認手段はもちろん存在しない。

 そこを抜けて2階に上がり広い建物を進んでいくと「作戦班室」という札の部屋に到着した。とりあえず今日はここに来いという指示なのでノックをして返答を待ってから入室する。俺は招集の時間に大分余裕をもってきたんだけど、既に(ギロックスを含め)6人が席についていた。ギロックスが上座に2つ置かれた椅子の1つに、残りの人たちは長机の長辺の片方に上座よりから詰めて座っていた。

 どこに座ろうかと迷っているとギロックスから、もう一方の長辺の最も上座寄りに座る様に指示される。

 ということは、だ。おそらく対面に座っている眼鏡かけていて軍人の風格を漂わせているのが作戦班の副班長に当たるのではないか。え、じゃあなんで他の人たちはそっちサイドに詰めて座っていて、俺に対して厳しい視線を向けてきているのだろうか・・・

 そんなことを思っていると見知った顔と知らない人の2人が一緒に入室してきた。

「おお、エイジじゃないか。あの時ぶりだな。この前はお手柄だったじゃないか。さすが俺らをこき下ろしてくれた奴だよ。」

「あぁ、あの時の彼だったのか・・・」

 そう言って部屋に入ってきたのは、軍に入るときの試験で対戦相手となった首都警察のハシューって名前の同い年の青年。もう1人は知らない。すまん。

「ハシュー、久しぶりだな。元気そうで何よりだよ。それにしても、君と同じ部隊とは心強いよ。」

「そりゃどうも、人類最強の兵士さん」

 そういって2人は俺の隣に座る。

 それをきっかけにしたように、部屋の扉が開けられて見知った顔、グリアさんが入室してきて上座のもう1つの席に腰かけて、手に持っていた資料を机の上に置いた。

「さて、皆揃っているようだな。今日は第一特別作戦班の初めてのブリーフィングを行う。私は作戦参謀本部で東方作戦部の副部長を務めているグリアだ。それから」

「東方作戦部で兵站管理をしているギロックスだ。よろしく。じゃあ、この部隊の隊長になるエイジから軽く自己紹介していってくれ。」

 そう振られたので、俺はその場に立ち上がって周りを見渡し、そして適当な自己紹介。

「初めましての方は初めまして。隊長に任命されましたスミノエイジと申します。経験が浅いので何かと不便かけるかもしれないですけど、お互い支え合って頑張りましょう。よろしくお願いします。」

 軍隊の自己紹介なのでもちろん拍手とかは起きない。「うん。分かった。」的な空気になって次の人が自己紹介を始める。次は俺の対面に座る例のザ・軍人みたいな人が自己紹介を始めた。

「東部戦線にて15小隊隊長を務めていたメイシューカー1等兵であります。よろしくお願いする。」

 そんな軍人風のシンプルな自己紹介が終わると、メイシューカーのサイドにいた人たちが続々と自己紹介するけど、軍人っぽい前の所属と階級と名前を名乗るというスタイルで進んでいく。

 あとは、ジャークとアルバレスとアジエルとジュースという名前だそうだ。みな東部戦線の前線で戦っていたみたいで、なおかつ小隊の隊長を務めていたそうだ。確かにみなガタイが良い。ってかこんな人たちをかき集めるってことは絶対ここ肉体派の部隊だよねぇ・・・

「首都警察隊から来ましたハシューです。よろしくお願いします。」

「同じく首都警察隊から来ましたベンチです。お願いします。」

 俺の隣の2人はシンプルな自己紹介を行う。ハシューのお友達はベンチと言うのか・・・フムフム。

 全員の自己紹介が終わると、グリアさんが話始めた。

「以後は参謀から隊長へ命令が下り、隊長から部隊へ命令が伝えられて部隊内で実行のための準備を整えて、実際に東部戦線周辺地域で活動してもらうということになる。隊長を中心に現在も苦戦が強いられている東部戦線にて帝国が優位に立てるように精一杯働いてくれ。」

「じゃあ、早速指令を下したいと思う。現在、東部戦線の最大の戦地であるアビリア平野で、イーストリアからの直接的な軍事行動のみならず、平野にある都市のアビリアに対して様々な工作活動が行われているという情報が来ている。そこで君たちには都市内外での工作活動を行っている敵対勢力の排除をお願いしたい。」

「遅くとも5日以内にエヴァルスを出立してもらい、2か月以内に一定の成果を上げてもらうのが目標だ。どうだ、できそうかね隊長?」

 グリアさんからそう振られた俺は、少し迷ってから、

「まだ隊員の顔と名前しか知らないですから、今日はもっと互いを知って、そのうえで我々にできる事を吟味していきたいと思います。」

と、言ってみた。半ばでまかせである。

「それもそうだな。まあ、参謀本部ではエイジ君の実行能力と統率能力を高く買っているというプレッシャーだけ与えて、我々は退席させてもらうとするよ。」

「おう、みんな頑張ってくれ。物資で何か持っていきたいものがあったら遠慮なく相談してくれ。」

 そういってギロックスとグリアさんは部屋を出ていったのだった。


 2人が部屋から出て行って数十秒、室内には静まり返った重たい空気が流れていた。

 でも俺が隊長だから何かアクションしないとなぁ・・・

「えーっと、じゃあ出立の期日もそこそこ迫っていることだし、我々に与えられた任務を全うするために話し合いを始めましょうか。」

 そう言ってみると、全員が俺の方を向いて姿勢を正し、大人の会議が始まる雰囲気が漂ってきた。そこでこう切り出す。

「まず初めに何だけど、後々詳細は話すつもりだけど、俺ってこの国の知識に乏しくて、アビリアについての知識もゼロに近いんだけど、教えてもらっていいですか?できれば東部戦線にいた人たちには詳細な現地の情報なんかも共有してもらえると嬉しいんだけど。」

 そういうと対面の5人が顔を見合わせてからメイシューカーさんが話し出す。

「では自分から。自分はアビリアに赴任したことは無いので都市内の詳細は分からないことも多いですが。アビリアは帝国内第3の規模を誇る都市で成立時にはイーストリアも帝国であったため広大なアビリア平野の中心に巨大な都市を作ろうとしてできたという歴史があります。なのでエヴァルスと違い、城壁などは強固なものを持たず、巨大都市にするために方々からの街道がアビリアに集中しているため、こちらも兵を集めやすい反面、相手も兵力を集めやすくなっているので東部戦線で最も激しい戦闘地帯となっています。現在では都市も官軍民の協力によってそこそこの防衛力を有していますが、帝国がこの都市なしでは成立しないくらい重要な場所であるため、敵も攻勢を緩めないのです。」

 ほうほう、関東平野のど真ん中に大きな都市作って道やらなんやらいろいろ整えたけど、関東平野が別々の国になり戦闘地帯となってしまった的な感じか。話を聞いている感じ、結構重要な都市だから内外どちらも守りを固めたいという参謀本部の気持ちはよくわかった。

「なるほど。ありがとうございます。では現在アビリア周辺の指揮権ってどうなっているか分かりますか?」

「・・・?はい。一応最重要戦闘地域なので参謀本部が直接指揮を執っている形で、現地に参謀本部のリオン陸将が赴いて指揮を執っていると聞いています。」

「了解した。では各員はアビリアに数か月居ても良い身支度を整えて明日の昼にここに再度集合、最終確認の後にアビリアに向けて出立したいと思う。作戦行動に使うものについての相談がしたいので副隊長とハシューとベンチさんは残ってもらっていいかな?」

「た、隊長、少し待ってください。」

 そうカットインしてきたのは、多分アジエルさん。

「向こうでどの様な行動を取るのかについて何も決まっていないのですが」

 そういうと周りも「どうするんだ」みたいな感じでちょっとざわつくので、俺が即座に切り返す。

「それをこの場で決めようとも思っていたんだけど、誰も詳細な都市・アビリアと最前線の状況について知らないみたいだから、いち早く現地に赴いて情報を収集し、現地の指揮官とも情報を共有して互いの目的をすり合わせて、より効率的な作戦立案と実行をしようとしています。何か矛盾点や間違っていることはありましたか?」

「いえ、そういうことであれば自分もその考えに賛同です。」

 そう言って困惑した顔で俺を見て席に着くアジエルさん。

「じゃあ、とりあえずの目標は1カ月で敵の侵攻を落ち着かせて1カ月で本来の国境線までアビリアを攻めてきている軍隊を退けるということで頑張りましょう!では3人は残ってもらってあとは解散で結構です。また明日会いましょう。」

 その後、渋々の体で帰っていった同僚となった仲間たちを見送り、残ってもらった3人には任務(もちろん出発までにやってもらうこと)を与えてこちらも帰す。そして俺は参謀本部で知りたいことや聞きたいことを確認するためにアイツの元へ向かうことにした。


                 ***


「リオン陸将について知りたいんですが」

「ほう、それまたどうして?」

「決まっているじゃないですか。現地の軍と仲良く行動するためですよ」

 そう言うとギロックスは笑顔でこう尋ねてきた。

「東部戦線出身の奴らに聞けばいいじゃないか?」

「あーそうですね・・・でも直感ですが、嘘じゃないけど正確な情報を教えないような気がしてるんですよね。」

 というのは嘘。厳密に言うと「直感」というのが嘘。

 なぜなら、「彼ら」はアビリアの街が大分荒廃していてスラムの様になっていることや、軍側の市民への圧力や強制労働、強制動員などが行われているという「軍の体面的に不利な情報」をほぼ言わなかった。これは彼らが長く最前線で戦ってきたが故に、上官の不都合を隠してしまうクセが付いたのか圧力がかかっていて拷問でもしないと白状しないのか、何かが本人たちの価値観の天秤を隠匿の方に傾けてしまっているからだろう。

 そして、俺が素性不明で市民からつい最近取り立てられたということ、首都警察隊から来た2人もエヴァルス周辺出身で若く、最前線に赴いた経験がないと調べを付けていたのだろう。だから嘘はついてないけど、本質的に大事な情報は黙っていて、俺が実際にアビリアに行ったときに「あれ、思ってたところと違くね?」と思っても言っても「いや、言ったとおりですよ」とシラを切られ、嘲笑いたいんだか俺を蹴落としたいんだか殺したいんだか、なんかアクションを起こしてくるという算段なのだろう。

「エイジ、お前の直感は大当たりだ。東部戦線の一部では勝手に軍政みたいなことをして、都市や街の市民を苦しめているという情報が入ってきていて、戦線の最重要地であるアビリアもそうなっているという話なんだ。」

 ギロックス曰く、そういう状況を内部に入って調査してくることも俺個人に与えられるミッションの1つとなっていたそうだ。

「まあ、これは戦地を実際に見ただろう頃に改めて通達する予定だったんだけど、直感でここまでたどり着いたのなら先に言っておくことにしよう。エイジ、お前には極秘裏に2つの任務が与えらえている。これは基本的には1人で遂行し、状況によっては隊員を含み誰と協力しても構わない。もちろん、秘密を守るという条件は付きまとうが・・・」

「分かりました。どうせあなたの政略か何かなのでしょうけど、今回はそれを抜きにしても看過できない状況のようなのでおとなしく従うとします。」

「おー助かるよ。実はリオンは目の上のたんこぶでな、早々に失脚してほしかったんだけど、うまく立ち回って自らの不祥事をもみ消しちゃうから尻尾を掴むのに苦労してたんだよ。」

「思ったより利己的な追加任務のようなので少し嫌気も差しましたが、で、何してくればいいんですか?」

 そう催促すると、咳払いの後にギロックスは話始めた。

「1つはさっきも言ったみたいにアビリアの現地調査だ。現状、報告書では戦地の最前線であるために市民にも極度の緊張感があるものの平常の生活が遅れており、最低限の物資の供給ではあるがそれは行えている、とされているが、独自の調査では戦地から逃げたい市民を捕縛し、強制労働を強いていたり、もっとひどいことをしていたり・・・」

「結構好き勝手やっているんですね。」

「そうなんだよ。んでリオンの奴もそこそこの実績と権力が在るから、アビリアがここから早馬車でも数日掛かる距離だからと好き勝手やっては都合の悪いことはもみ消してを繰り返しているのさ。」

「じゃあ、2つ目は何ですか?」

 そう聞くと、ギロックスは1度深呼吸をしてから改めて俺の目をまっすぐ見て言った。

「リオンの処分を」

「・・・それは失脚させるとか、捕縛するとかではなく?」

「ああ、もちろん殺害だ。彼はあまりにも勝手な圧政を敷き過ぎて政府や軍参謀の恨みを買い過ぎた。生かしておいてもろくなことはない。」

 ギロックスもただの勢力争いの相手に殺害は要求しないだろう。おそらくそうされてもおかしくないくらいの罪を犯してきているのだろう。陸将も馬鹿じゃないだろうから、俺らの派遣には何か手を打ってくるかもしれないな・・・あれ?

「おいちょっと待て」

「どうしたエイジ、急に語調を荒くして」

「戦争の最前線に派遣された参謀本部の手の者で、リーダーが軍人じゃなかったらリオンはめっちゃ警戒してくるじゃねぇか。」

 うん。そうだね。とギロックス。

「それで、同じ隊員の8人中5人が作戦対象を守ろうと動くわけだろ?多分。」

 うん。そうだね。とギロックス。

「え、じゃあ俺、死ぬかもしれないじゃん。」

 うん。そうだね。とギロックス。

「ふざけんじゃねえ!なんでそんな危険なところに行かなきゃいけないんだよ。ついさっきまで戦争戦略ゲームくらいの気分だったけど、これただのリアルサバイバルゲームじゃないか。そもそも、相手の内政工作の捜索だって相手から殺される可能性がある訳だろ?」

「あーそっちはダミーのミッションだよ?」

 それを聞いて呆気にとられる俺。え、なんて?

「逃げようとする市民を全力で捕縛するために兵士が街への入り口を封鎖していて内外の行き来は基本的にできないようになっているのさ。だからスパイなんて入り込めないよ。」

「じゃあてめぇ、そもそもリオンの悪行の尻尾を掴ませてついでに目障りな奴を殺させるためだけにこの隊を作って俺を派遣するんだな?」

 そう俺の推理を披露すると、彼は急に立ち上がって拍手を、つまりスタンディングオベーションをひとりでにし始めた。

「素晴らしい!大正解だとも。一見自分の手下が多いから何かあってもどうにかできると楽観しているリオンに対して、こちらは人類最強の兵士を送り込んで足元をすくってやったうえに立場も命も奪い取ってやろうというわけだよ。」

「そんな面倒なこと自分でやれ!」

「いや、俺には直接的な戦闘力はあんまりないからなぁ。代わりに戦況を読む力はそこそこにあると思うから、自分が信頼できる奴を動員して、それを最大限にサポートすることで目標を遂行してやろうということだよ」

 おもったより飛んだクソ野郎だった。もう言葉が出てこない。とりあえずそういう事情なら今すぐにでもここをやめて他の仕事を探したほうがましだ。

「エイジがこの話を聞けば、恐らく職を辞してでも現地に行かないと言うというのは簡単に想像がつく。でも、君はこの現状を聞いたうえで現地の市民たちの惨状を見逃して、こころの平穏が保てるのかね?いや、おそらく不可能だろう。君ならできるだろう。頭もいいし行動力もある。君が言ってくれるなら俺は最大限の助力を約束しよう。それはリオン殺害はもちろん、街の為にも、だ。しかし君以外であれば俺は支援する気が起きないし、してもうまくいかないだろう。それだけ俺は君の力を評価しているし期待もしている。真面目で、そして頭の良い君なら、もう取るべき行動は1つだとわかるだろう。」

 ・・・確かにこの話を聞いた以上はアビリアの市民たちの苦労を見て見ぬふりするのは不可能だ。答えは1つなのかもしれない。俺の中でも徐々に選択肢が狭まっていく。

「では作戦成功の暁には次のアビリアを指揮する人を俺に選ばせてください。リオンを処分するまでの間に考えておくので。」

「もちろん良いとも。アビリアからエヴァルスまでは早くても往復で7日。物資を届けるには10日掛かる。すぐさま支援するというのは不可能だからそれだけは念頭において・・・」

「いえ、それを短縮するための手段は既に考えてあります。ここからアビリアに至る街道の真ん中辺りにサクラムという村がありますね?あそこにアビリア支援に必要になるかもしれない物資を大量においておきます。もちろんそれを守るためと「称して」大量の兵隊も。そうすれば半分の日数で支援ができます。あの村なら2つの大きな川の合流地点にあって攻められにくく、その辺りの丘の上にありますから守りやすく、情報網の遮断も行いやすいです。」

「お、お前、いつの間にそんな作戦を思いついたんだ・・・」

 とても驚くギロックス。とても面白い。面白過ぎて俺は腹を抱えて笑ってしまう。

「な、なんだい!急にそんなキレキレの作戦考えてくるからびっくりしたんだ。」

「まあ、それもそうですよね。記憶をほぼ失っていた俺がこんなに色んな事知っていて・・・ああ、記憶を取り戻したわけじゃないんですよ?俺の参謀役であり、本人に秘密でアビリアの次期主導者に抜擢しようと思っている候補者の1人から献策されたんですよ。まあ、そんな感じで。最大限助けてくれるみたいなんで、とりあえずはギロックスさんが必要になると考えたものをサクラムに送りまくっておいてください。村の人たちには明日、自分から伝えておきますので。」

 そして絶句しているギロックスを横目に俺は部屋を出て家に帰ることにした。


                 ***


 帰宅道中、まあやはり来るとは思っていたんだけど、暗殺とまではいかないものの、俺をボコボコにしてやろうというやつらが現れたが、返り討ち&警察に突き出して無傷で帰宅した。

「おかえりなさい。エイジさん」

「ただいまミレアさん」

 そう言ってミレアさんは俺の荷物と上着をススっと俺の手から取り上げて俺が靴を脱ぐのを待ってくれている。自分でいうのもなんか違うが、これは絶対にただの2人暮らしではない。住み込み家政婦がいる感じだ。

「作戦はうまくいきましたか?」

「いや、びっくりするくらいギロックスさんが驚いていましたよ。」

 そう。さっきの作戦を考えてくれたのは俺の参謀ことミレアさん。

 種明かしをすると、ミレアさんが以前父親のノートに書いてあった「アビリア支援作戦」というのを盗み見て、その時書いてあった内容を召集前に2人で煮詰めた作戦をさも俺が考えたように言ったから、格子しか考えていなかったギロックスが驚いていた(多分)ということだ。ちなみに俺の派遣先がアビリアなのではと見抜いたり、公式の報告書には書かれていなかった街の現状とかを仕入れてきたりしたのはこちらもミレアさん。今回は情報班兼作戦立案ということをして見せたのだ。さすが親子というところか・・・

 憧れの入谷さんとうり2つの見た目の同い年の女の子がここまで頑張ってくれたから俺もやってやろうという気持ちになった。

 荷物を片付けてリビングに行けば、そこには出来立ての美味しそうな料理が並んでいた。

 まあ、既に当たり前になりつつあるが2人で食卓を囲んで夕食のスタート。豪華なのは俺が明日からしばらく家に帰らないからである。

もちろんすぐさま首都を出て行動を開始するという策もミレアさんのもの。「準備を整えさせる前に行動すれば相手の不意を付ける」という単純なものだが、だからかもしれない。さっきのチンピラも大したことなかった。

「にしても、ミレアさん。さすがにサクラムまで出てくるというのは撤回していただけないでしょうか?」

「嫌です。いくら父が協力的と言っても本人が来るわけじゃないですから。何か問題があれば私が父の名を借りて何とかしますので、エイジさんはアビリアで存分に暴れまわってきてください。」

「できれば隠密に済めばいいなぁと思ってるんですけどね。」

 食卓でも最近はずっとこんな感じ。でもこれが楽しいんだなこれが。平常を取り戻すと女性と2人暮らしということに緊張感を覚えてしまうんだけど、趣味の話をしたり、買い物をしたり、こうやって作戦会議をしている間は仲間とか親友みたいな感じに話ができるし互いにすいすい言葉が出てくる。

 そうやって過ぎていくエヴァルスの夜も、もしかしたら今日が最後なのかもしれないと思うと寂しいけど、そうならないように、そしてミレアさんを悲しませないように。俺は強く心の中で誓ってごちそうさまを告げた。

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異世界軍の音楽隊 炭酸そーだ @na2co3_8th

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