第5章 近衛軍と東部戦線
ハッと目を醒ますと・・・そこは元の世界では無くて、さっきバトったステージの上だった。
騒がしい様子を見るに、意識を失ってからそんなに時間は立ってないんだろう。俺は起き上がろうと体を起こした。
だけどその瞬間・・・
「いっってぇ!」
体に激痛が走った。今まで体験したことが無いくらい。俺は痛みに悶絶して再度床に寝っ転がる。
「おうおう、目が覚めたかエイジ! お前体じゅう傷だらけにしてよく戦ったなぁ」
「めちゃくちゃ体痛いんですけど、どうなってんだこれ」
ギロックスさんが横から声を掛けてくる。そういって改めて寝転がりながら自分の体を見てみると全身切り傷だらけ。色んな所で血が滲んでいるし制服も真っ赤だし色んな所が切れている。自分では相手の攻撃を受けた記憶はないんだけれど、どうやらアドレナリンで痛みを全く感じなかったようだ。アドレナリンすげぇ。
「なんか、俺が来た時にはボロボロになったエイジと、それよりボロ雑巾みたいになった奴らの山が出来ていたのさ。」
「いや俺も大概ボロ雑巾ですけどね」
しかし、ギロックスさんは顔は真っ赤で汗ばんでいるけど服に汚れはない。おそらく戦闘らしい戦闘には参加していないのだろう。
「ギロックスさんはどこにいたんですか?見ていたなら助けてほしかったんですけど」
「いやはや、それは済まなかったね。こっちはこっちで今回の戦闘の始末を付けなきゃいけなかったからこっちを助けてやれなかったんだ。こっちにいる奴らは実戦慣れしてないから手助けもできなかったんだろう。」
だから許してやってくれ、とギロックスさんは言った。まあ、俺としても初めはなぜ誰も手助けしてくれないのかとは思ったけど、まあそういうことなら納得かなって感じ。平和ボケと言ってしまえばそれまでかもしれないけど、それはそれでこの国が戦争が身近にありながらも平和であることの証なんだろう。
そんなことを考えていると向こうから服装に一分の乱れも無いイケオジ・・・もとい国王が歩いてきた。痛みで寝っ転がっている俺と、脇に座っているギロックスさん以外の周りの人たちはその場で頭を下げる。
「ご苦労様。ギロックス、その少年は君の知り合いかい?」
「はい、数日前に河原で気を失って倒れてたんで家で世話してる子です。どうです?良いでしょう?」
「ああ。とても羨ましい。羨ましいことこの上ない。」
ギロックスさんが敬語使ってる!感動!とか思った直後からフランクな感じで、ちょっと見直したのを後悔。でも、国王に名前を憶えられているんだなぁ。どーせ駄目な方向なんだろうけど。
「そこの満身創痍の君、名前はなんというのかね」
「あ、はい。おれはエイジって言います。」
「エイジ、ね。君、軍の制服着ててバッチついていないけど、所属はどこなのかね」
「この前、入隊試験受けて内定貰ってるだけで、正式な所属は決まってないです。縁あって音楽隊には入れさせてもらいましたけど。」
「そうか。であれば君を近衛隊に推挙しよう。君は国内でも随一の戦闘力だ。まずは私の身近でもっと力を付けて、いづれはもっとその力を役立てられるところへ行ってもらいたい。」
「はあ、わかりました。よろしくお願いします。」
え、なんか国王にスカウトされたんですけど。マジか、大出世かな?
ってか国王もフランクだなぁ。今見知った素性の怪しい少年を自分のの側に置くって言ってるんだから。それだけ自分の見る目に自信があるのだろう。実際、俺にこっちの世界の権力者に対して反逆する気は今のところないから、間違いではないだろう。
「君は良い目をしている。その目が皆を惹きつけるのだろう。成長すれば君は国に欠かせない人物ともなり得るだろう。是非私の下でその力をふるってほしいのだよ。」
「買いかぶり過ぎだと思いますが、下っ端は与えられた仕事を全うするのが仕事ですから。」
「そういうことを言うあたりは完全にギロックスだな。これは2人が出会ったのは偶然ではないのかもしれないな」
「え、ギロックスさんと似てるんですか。」
「え、ってなんだエイジ、そんなに俺と似るのが嫌なのか?」
「ギロックスと似ていて喜ぶ者は誰もおらんだろうに」
「そんなことはないぜ、王様。ミレアは小さいころ、俺と似てると言われればキャッキャ喜んでたぞ?」
「それ、ミレアさんが何歳の時の話ですか?」
「うっ・・・いや確かに最近はそんなこと言ってくれなくなったけどさぁ」
そんな会話をしていると、周りには続々と見知った顔が集まってくる。
「おいおい、大丈夫かエイジ?」
「お前すごいな!」
「すまんな。俺は戦えないから助けに行けなかったぜ・・・」
そういってみんなが励ましてくれる。それだけでもやった甲斐があったってもんだ。
現役警官時代に、こんなに活躍することなんてほぼ無かった。あったらまずいんだけどね。「ほぼ」って言ったのは、警察学校時代の柔道の乱取りで大活躍して、チームメイトの同期や教官たちに沢山褒められたったいう懐かしいエピソードがあるからだ。
そんなことを思い出しながら、俺はギロックスさんに肩を借りて舞台を去り、救護係の元へ向かうのだった。
***
結局、大陸暦1398年はじまりの月10の日、国王演説中に発生した国王襲撃事件は、襲撃犯への尋問の結果、イーストリア国内の過激派集団によるものだと判明。犯人10人のうち、7人が重傷を負ったもののエヴァルス側には軽傷者を1人出しただけで大事には至らなかった。
エヴェルス帝国は、国王の名でイーストリアに抗議の声明を発表。これに関してイーストリア地域統合政府は政府としては関わっていないことを強調しているものの、国境を超える際に厳しい越境制限を破って侵入していたことから、政府も深く関わっているだろうという見方は強い。
***
あの事件から1週間後・・・
俺はやっと退院を許された。結局、全身の切り傷が化膿しないように治療されて、ひと段落したらギロックスさんの手によって強制的に退院させられた。なんでや。
「ギロックスさん、なんで完治してないのにつれ出されてるんです?」
「おうおう、そりゃ王様がお前の面倒を見るって聞かないからだよ。」
「え、あの王様が?」
「お前、めちゃくちゃ王様に気に入られてるよ。正直、今俺たちが進めているプロジェクトのメンバーに推挙したかったんだけどね、先手を打たれちゃったのよ。」
「いや、ギロックスさんとかセルマンさんとかの考えてることは分からな過ぎて怖いので、これでよかったです。」
「おうおう、言う様になったなぁ」
そういって、ギロックスさんは嬉しそうに俺の背中を叩いてきた。痛てぇ。さすが軍人。でも、多分今回もだけど、この人たちはなんか企んでいたみたいだし、そういうことしそうな雰囲気があるからね。しょうがないね。
でも、闇が深そうだから追及はやめておこう。俺自身は政戦とか騙し合い化かし合いは嫌いだし巻き込まれたくない。
「ただ、セルマンには気を付けろとだけは言っておくよ。確かに今回は俺も少しやり過ぎたと思ってるけど、全ての元凶はセルマンだ。これだけは言っておくけど、ここだけの話にしておいてくれ。」
急に真面目なトーンで話始めるから、言葉を返し損ねてしまった。顔を見れば、にこやかな表情しか見せてこなかったギロックスさんの表情が少し歪んでいた。なんか思うことがあったのだろう。
ギロックスさんの話曰くセルマンさんは、詳細は言えないらしいけど、色々裏で手を引いていたらしく、その後行方知れずになっているそうだ。結局半日しか関わらなかったけど、奥底が見えなくて、まず間違えなく頭のいい人間であることは間違いない。まさか死んだわけでは無いだろうし、ここはギロックスさんの言うとおりにちょっと気を付けていた方が良いだろう。また変な企みに巻き込まれて危険な目に遭いたくはない。
「さて、今日はお前を国王に引き合わせるために連れてきたわけだが、おそらく近々行われる近衛軍の編成式でエイジをどこかに配属するための前準備だと思う。そこで急なお願いなんだけど、近衛兵じゃなくて俺たち東部戦線の仲間になってくれないかね。正直、エイジの底知れない能力は俺たちの下で開花させたいんだよ。」
「つまり、スカウト、ヘッドハンティングってことですか。であればお断りです。」
すると、さっきまで戻ってきたおどけた声色と表情だったのがまた冷たい顔に変わった。
「その理由は一体?くだらない理由だと、俺はここでお前をどうにかしなきゃいけなくなるんだが・・・」
「単純ですよ。入院中に決めたことです。俺は派閥争いとかそういうの嫌いなんですよ。そこに巻き込まないでいただきたい。もちろんギロックスさんは俺のことをこっちで救ってくれた恩人です。それは一生忘れないです。でも、それとこれとは話は別です。俺は誰かの道具となるためにこの世界に来て、軍隊に入ったわけでは無いです。ただ単純に周りのみんなのためになることがしたいんです。俺の持ちうる力を最大限に発揮して俺に期待してくれたみんなに可能な限り恩返ししたいんです。みんなから求められたのなら東部でもどこでも行きましょう。でも、個人の一存、政治、派閥、勢い、そういうののために自分の力を使うのはごめんです。申し訳ないですが、正式な手順を踏んで、周りに納得できる理由を持ってから俺をスカウトしに来てください。今回は目的が明らか過ぎます。」
俺がつい強めに否定の気持ちを示すと、ギロックスさんは怖めの冷たい表情から、まるで対等な立場に立った相手を見るように俺の顔を見つめてきた。それはまるで満足そうな表情で、でもその中に怒りと共に面白がるようなものも含まれているように思えた。
「エイジ、お前はこの世界にはびこっているくだらないしがらみを全て敵に回してでも、己の信念を曲げずにいられるのか?」
「ええ、もちろん。そのためにはギロックスさんとも戦う覚悟です。色んな意味で勝てそうにないですけどね。」
その言葉を聞くと、ギロックスさんは俺の顔をみて、笑いかけて、それから王様の政務室の場所を教えて足早にその場から立ち去っていった。
背中に妙なやる気がみなぎっているように見えたのは、俺の気のせいであってほしい。
***
ノックをして、中からの返事を受けて俺は政務室に足を踏み入れた。
・・・けど、そこは全然政務室じゃなかった。なんでや。アイツ早速ハメやがった。後でキツめにしめておこう。っていうかこの世界に来て3日の若輩者が、こっちの世界の(多分)政治力と軍事力を兼ね備えた人物に歯向かうって無理ゲーだろ・・・
そう思って個人的にげんなりしていると、もっとげんなりしてしまう光景が広がっていた。
「お前、例の近衛兵に取り立てられた若い奴だな?」
「お前みたいなチビが国王殿下を1回守ったくらいで偉そうにしてるのか?」
「おめぇらみたいな、ガタイだけでイキってるジジイよりは強いよ、俺。あ、言っちゃった・・・」
ついつい大男たちに煽られたから「口撃」を返してしまった。げんなりし過ぎて反射的に口から言葉が漏れ出てしまった。
ちなみに周りの大男たちはレスラーみたいな出来上がった体のうえから軍服をまとったヤバそうな連中だ。俺は身長170センチもないから身長差は20センチくらいあるかな?
両者がメンチ切りながら、片方は完全に周りを囲まれた状態で、もう数瞬で開戦!という雰囲気になった時、俺の入ってきた扉が勢いよく開けられた。
「お前たち、客人に対して何をしている!控えないか!」
とても通る声で室内にいる息を荒げたムサ男たちを諫めたのは若き好青年だった。
「すまない、エイジ君。近衛軍の中では我々が本来するべきであった任務から外されたうえで、出自の分からない謎の少年にすべての活躍を持っていかれて憂さをため込んでいるやつが多いのだよ。ああ、決して君の活躍を否定する気はないのだ。それだけは分かってもらえると幸いだね。」
「はあ、そうですか。で、えっと、お名前伺っても?」
すると、ああ失礼、と断ってから彼は名乗りだした。
「僕は王宮近衛軍の総督に任じられているアルマニだ。王宮近衛軍というのは王宮内と国王の直ぐ近くを固める軍事部隊だと思ってくれていい。」
「軍事部隊って言葉が出てくるあたり、なんか少し物騒ですね。」
「今回みたいなことがあると困るからね、本来は我々が一瞬たりとも国王の周りを離れずに警護を行うんだ。君は国王から直々にこの部隊への任官が決定されていて、ついさっき話し合いの結果、ここにいる連中たちと同じ「警護隊」に所属が決まったのさ。丁度、警護隊の諸君にその報告をして、そのあとギロックスを通じて国王と共にその話を直にしようと思っていたんだ。タイミングが良いとはこういうことを言うのだろうね。」
そういうと、アルマニと名乗る青年は俺の元にやってきた。そして俺の手を掴むとそのまま出口の方に引っ張っていき、扉を開けた。
「警護隊諸君、エイジ君は君たちより何十倍も強い屈強な兵士だ。それは俺が保障する。それをとやかく言うということは俺を否定することと同義と思え。彼への侮辱的発言は即時撤回し、彼には敬意をもって接するように。正式な辞令の後、彼は君たちの仲間として一緒に国王のために働くことになるのだ。分かったか!」
そういうと、さっきまで威勢を張っていた男たちはその場で敬礼をして、それぞれのデスクに戻っていった。
それを後ろ目に俺たちは連れ立って本当の王様の政務室へ向かった。
***
「ギロックス、君のその主張は度が過ぎたものである。今回ばかりは「彼」を君に譲る気はない。それくらい「彼」は私にとって大切なものなのだよ。」
「頼りない息子のための足固めか?「アイツ」をそんな役割に押し込めるなんて俺は反対だね。「アイツ」に政治は取り仕切れないぜ?」
「違う。「彼」は「盾」であり「矛」だよ。それは単純な戦闘力においても、人を惹きつける魅力をとってもね。」
「なるほど、王様は俺が道具にする前に自分の手元に置いておこうとしたわけだな。そのための今回の襲撃事件か?」
「まさか、私も自分の命をおとりにしてまでそんなことはしない。基本的な案は腹心の持ってきたものだが、それを誰かにうまく使われてしまったようだな。」
「その黒幕はアンタも分かっているんだろう。まさか国王の「いとこ」が現国王が死にかねない事件を誘導したなんて公表するわけにはいかないもんな」
「・・・そうか、そこまで突き止めていたか。であれば私の気持ちも分かるだろう?」
「ああ、だから今回はこれを賭けのチップとして差し出すのさ。アンタがこの事実をどこまで重く受け止めているのか、俺の予想通りなら、きっと「彼」は俺に譲ってくれるだろう。」
「この国はいつからこんな権力争いにまみれた汚い国になってしまったのだろうね」
「きっと、汚い手段を用いて父親を失脚させたところからじゃないか?」
「そうか・・・わかった。この賭けは私の負けのようだ。今回は譲ってやるとするが、必ずお前の息の根は止めてみせるぞ。ギロックス。」
「負け犬の遠吠えとはこういうことかな。せいぜい足元救われないように頑張ってくれ。」
その会話が終わると、まるで切り離された世界が元に戻ったように、外からの音が聞こえてくる。
2人は何も合図をせず、1人は部屋の真ん中に置いてある長机の上座に座り、もう1人が壁際に寄ったところで政務室に何人かの大臣がノックをした後に入室してきた。
***
さてアルマニさんと、今度こそ国王の政務室の前にやってきた。ギロックスに関しては、次あったら強めに〆てやらねばならん。あとは家に戻らないといけないし。ってかあいつに既にボッシュートされているかもしれない。警棒とか拳銃とか、ヤツに与えるとろくなことにならなそうだ。
そんなこと考えているとアルマニさんはノックも済ませて扉を開けて中に入っていた。俺も慌てて付いていく。
中に入ると、長机の上座にイケオジ国王ことスタンティン6世(という名前は入院生活中に病院の先生から教わった)が座っていて、そこから下座にかけて左右に6人ずつが座っている。この人たちが大臣だろうか・・・
長机の前まで来ると、アルマニさんは壁際に下がっていった。それを目で追っていくと壁際にも多くの人が立っているのに気付いた。少し見回せば憎っくきギロックスも見つけた。ってかこの十数分でこの人どんだけ俺からヘイト買ってるんだ。
そうしているうちに、国王が話を始めた。
「スミノエイジ君、今日は君の着任する部隊を告示したいのだが、それだけなら通常は書類で十分。だけど君には、この前の功績がある。まずはその功績に対して報奨を与えると同時に私の方から叙任をしたいと思う。」
「はい。ありがとうございます。」
そう言って俺は頭を下げた。顔を上げて大臣を見渡すと、こちらはさっきと違って友好的な笑顔を浮かべていた。官僚の中では俺の印象は悪くないみたいだ。
国王からの報酬ってのは城下の一等地に小さめの家具付住宅を支給というのと、そこそこのお金と食糧、あとは国王を助けたことに対しての勲章という名のバッチと盾がもらえるって話だった。
そして話は俺の役職の話になった。といっても既に近衛兵の警備隊に所属というのは知ってるんだけど・・・
「さて、特別採用試験にて君は採用された訳なのだが、本来は現在のイーストリアとの戦争という情勢を鑑みて基本的には前線の兵士として取り立てている。しかし、君の実力に関しては他の兵士とは一線を画しているというのは試験官はもちろん、先の事件の様子を見ていた者なら理解しているだろう。というわけで、配属先なのだが、エイジ君、すまないね。先程、私の独断で君の配属先を変更させてもらった。私の近習ではなく、もっと多くの人々のためになるところで働いてほしいと思い直したのだよ。スミノエイジ君、君を東部戦線に新たに設置される特別作戦班隊長に任命する。」
ザワつく会場。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる国王と口角が少しだけ上がったギロックス。アルマニさん初め多くの人たちは驚きが隠せないような表情だった。
そして俺が思ったことは驚きでも悔しさでもない。これだけだ。
やりあがったなギロックス。俺を政戦に巻き込みあがって・・・
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