第2章 戦時特別採用試験

 俺は音楽隊入隊を決意した日のうちに勢いそのままギロックスさんと一緒に支部に向かい、格闘技での試験を行ってもらうようにお願いした。時間が夕方だったので試験は明日ということになり、その日は一旦帰宅して、イレーネさんの作ってくれた夕飯を食べて早めに寝た。

 そんで次の日、恒例の入浴を経て軍から指定されていた武道館のようなところへ向かった。今日はギロックスさんが仕事なので、ミレアが案内人として付き添ってくれた。

 試験ということもあり正装で行こうということで、今日の服装は警察の制服である。

 やはり試験なので緊張してたんだけど、ミレアが「頑張ってね。応援してる。」と言ってくれたので。緊張がほぐれてやる気が出てきた。理由は・・・まあ入谷さんに言われた気分になってしまったからだ。もちろんミレアに言ってもらえたこともとても嬉しかったが。

 会場に着くと、屈強そうな男たちが8人いた。俺は身長が169センチしかないけど、対面の男たちは身長2メートル近くて肩幅がすごい広い。肩パッド入れてるんじゃないかってくらい。

 試験の内容は8人の内、試験監督の2人を除く6人と1対1で近接格闘を行い、勝敗だけでなく、全体を見て判断をするという内容であった。勝敗は審判の裁量ということで、大けがに繋がる技は無しということだけ取り決められた。

 試験は、驚くほどあっという間に終わった。

 なぜなら全員10秒以内に制圧したからだ。

 相手は体格がとても小さく、よくわからない青い服を着ていたから、少し慢心していたというのもあるだろう。でも負けた理由を「舐めていた」にできるのは最初の1人目だけだろう。

 1人目は体感的には4秒で倒した。

 低姿勢で、レスリングの様に一瞬で下半身にタックルして、そこから手と体重を使って相手を身動きできなくする。一瞬だ。我ながら綺麗に決まって、驚きを隠せない試験監督の「終了」の掛け声の後にちょっとガッツポーズをしてしまったくらい。

 それからは柔道の技で投げ飛ばしたり、合気道の技で抵抗する手段を与えずに制圧したり。ちなみに逃げたり距離を取らせたりする行動はさせずに容赦なく攻め立てた。だって、相手は武器持ってないんだもん。動きにも迷いや恐れが見て取れた。そんな相手に簡単に負けるほど柔道5段で様々な格闘技に触れてきた俺は負けるわけにいかない。そんなプライドもあって開始早々から決着を付けに行った。

 多分、レスリングはもちろん柔道も合気道もこの世界には存在しないのだろう。その利点は大いに使わせてもらった。

 結局2分も経たずに試験は終わり、当たり前だがその場で採用が通告された。

 俺的には久しぶりに大好きな近接格闘の訓練ができたような気分でとても楽しかった。

 そのあとは、対戦相手や試験監督に気に入られてしまい、夜まで格闘技の手ほどきを行うことになった。この人たちは勉強熱心でとてもいい人たちだった。ちなみにこの人たちは非番の首都警察の人たちだった。

 ミレアには、いてもつまらないだろうと思い、先に帰っていてもいいよと言ったものの、しばらく練習している様子を見ていたり、突然いなくなったと思ったら昼食を持ってきてくれたりとずっと付き添っていてくれた。

 帰り際に、試験監督の1人から「配属部隊は追って連絡が行くと思うけど、君ほどの腕前なら首都警察とか、もしかしたら王宮衛視とか近衛隊になるかもな」と言われたので

「音楽隊に入りたいから、できれば首都勤務にしてほしい」

と伝えると、驚いた表情を浮かべた後に

「了解した。可能な限り口添えしておこう。エイジ。幸運を祈る。」

 そういって彼らは報告書を片手に夜の街に消えていった。


 ミレアと共に帰宅すると、夕飯のテーブルに見知らぬおっちゃんが居た。

「ただいまです。えと、そちらの方は?」

「エイジ、コイツが音楽隊の隊長だよ。」

「グリアと言います。よろしく、スミノエイジ君。」

「ああ、はい。よろしくお願いします。というか、もう俺が試験に受かって入隊できたってことをご存じだったんですね。」

「フッフッフ。俺はね、まさかエイジが落ちるとは思わなかったのさ。だから出勤してすぐにグリアに声を掛けて夕飯の席に招いておいたのさ。」

 まじか、会って2日でメッチャ信頼されてるじゃん。これ試験落ちてたらマジでいたたまれなかったな・・・

 1度部屋に、戻って部屋着に着替えてから改めて夕飯の席に着いた俺はグリアさんとお話しすることにした。

「えっとグリアさん。ギロックスさんからお話し聞いているかもしれないですが、僕、音楽隊に入りたいんです。」

「ああ、話は聞いてるよ。単刀直入に言って、大歓迎だ。是非一緒に音楽を作ろうじゃないか。」

「本当ですか?ありがとうございます!」

 お父さん、お母さん、元気にしてますか?

 息子は異世界転生二日目に国の機関に就職が決まりましたよ。しかも希望の職種にも付けました。

 あっちでもこっちでも公務員とは、俺には公僕がお似合いなようだ。

 そんなわけで、こちらもあっさり音楽隊への入隊が決まったのであった。めでたしめでたし。

 しかし、これでハッピーエンドというわけにいかない。軍の一員としても、そして音楽隊としてもこれからしばらくは帝国のために身を粉にして働かなければならない。せっかく手に入れた仕事なので全身全霊で頑張る所存だ。

「いやあ、君のような若くて、才気のあって、やる気のある子は、これからの帝国陸軍にとても重要な人材だね。」

「ほんとほんと、軍の末端や中央の一部は腐ってるからね。あんまり大きい声では言えないけど。」

「エイジ君のような人が陸軍大将になったら、もしかしたら大陸征服とかも成し遂げてしまうかもしれないなぁ」

 なんかすごい人望が厚いんだけど? 異世界転生するときに女神からチートアイテムを貰った記憶はないのだけれども。ってかチートアイテムが人望の初期値だったら女神とそれを選んだ俺を張り倒す。

 話は音楽隊関係で盛り上がって、グリアさんから遂に「初任務」についての話が挙がった。

「楽器については明日色々見させてもらって決めるとして、君には可能なら10日の国王の年始演説の時のファンファーレに参加してもらいたい。」

「明後日ですか・・・今日はもう夜ですし、練習時間1日で大丈夫ですかね」

「まあ、何とかなるだろう。互いに頑張ろうじゃないか。」

「まあ、ヤバかったら俺が徹夜で練習に付き合ってやるし、もしどうしても無理だったら最悪今回は見学でもいいし。そんなに気負わなくて大丈夫だぜ」

「いや、折角のお話ですので全力で頑張らせてもらいます。」

 ・・・うへぇ、期待値高いよぉ。

 そんな俺の心の内は誰も知る由がなく、話題は俺の試験に変わっていった。

 周りに戦時特別採用者がいないとか、そもそも結構難しいらしくて、試験の実情については知らないことが多いらしい。

 俺個人の感想や、観戦していたミレアの感想で話は大いに盛り上がった。

 そして夜は更けてゆき、グリアさんは帰宅し俺も着替えを済ませて寝る準備を整えてリビングへ降り、おやすみなさいの挨拶をしにいった。しかしリビングにいたのはミレアだけ。

「お父さんもお母さんももう寝ちゃったよ。」

「そうか、じゃあ俺も寝ますね。おやすみなさい。」

「あ・・・はい、おやすみなさい・・・」

 なんか言いたそうな感じだったけど、ミレアはそのまま俺に背中を向けて家事を再開してしまった。ちょっと気になるけど、明日からお仕事なので部屋に戻って寝ることにした。

 しかし寝るつもりで布団の中に入ったは良いものの、興奮が止まらず全然寝れない。一旦、ベットの端に腰かけた。

 それもそうだろう。元の世界では初恋の人に憧れてトランペットを始め、いずれ警察の音楽隊に入るのが夢であったのだから。それが異世界に転生して縁あって音楽隊に入れることになった。結構真剣に考えていた夢であるからこそ、達成感はあんまりないけど体の中から湧き出る興奮は止められない。

 これで、当初の目標であった「火急速やかに仕事を見つけ、家に迷惑を掛けないようにする」は達成できた。

 目標を達成したのであれば次の目標を立てねばならない。

 少し考えた結果、「初任務を無事に終える」で決定した。音楽隊も軍の方も実情がイマイチわからない。であればその辺りがはっきりしてから長期的な目標を立てるもの悪くはないだろう。

 そんな考え事をしていたら興奮は大分醒めてきた。寝れそうな気がしたからもう一回布団をかぶろうとした、丁度そのタイミングで扉がノックされた。

 何だろうと思い、部屋の入り口まで行って扉を開ける。

 するとそこにはミレアさんがいた。

「あの、ちょっとお話に付き合ってもらってもいいですか?」

「え?ああ、もちろんいいけど」

 すると扉の前で俺の足元と胸元辺りを交互に見ながらもじもじしている。

「あーえーっと、良かったら部屋の中入りますか?」

「え、あ、はい、じゃあ失礼してもいいですか。」

 そして部屋に招くと、今度は室内をきょろきょろしている。俺は内装をいじった記憶が無いので、どこで話をしようか考えているんだと推理した。

「ベットに掛けてもらっていいですよ?」

「すいません失礼します・・・」

 そういって彼女は腰かけた。

 あ、俺どこ座ろう・・・隣座っちゃっていいんですか?だからって立って話をすると目線が全然合わないし、勉強机みたいなところから椅子を持ってくるとしたらベットから扉への道を塞ぐようになってしまう。心理的圧迫感、拘束感を感じて不快な思いをさせてしまうかもしれない。いや、考え過ぎなのか?

 そんなことを思っていると、ミレアさんがクスクス笑い始めた。何事かと思ったら

「私の隣で良ければベットに腰かけてください。」

 さっきまでの俺と同じことを言われたから俺もつい吹き出してしまった。ハハハハと笑いながら俺はベットに腰かけた。距離は1メートルぐらい・・・取ったんだけど向こうからググっと近づいてきた。間に1人入るくらい。その距離感にちょっと緊張してしまう。

「それで、こんな時間にどうしたんですか?」

「今日の感想を直接お伝えしたくって・・・素晴らしい試合でした。エイジさんはとても強いんですね。」

「ははは、ただ心得があるだけですよ。他愛もない取柄です。」

 こうやって試合の出来を褒めてくれるのは親とか部活の仲間とかしかいなかったから、とても新鮮な気分だ。

「ありがとうね、ミレアさん」

「いいえどういたしまして」

 そういえば、こっちの世界に来てから、こうやって落ち着いて人と話せる機会は無かったかもしれない。

 高校を卒業してからで考えても、寝食をする場でこんなにゆっくりと話をしたことは無かっただろう。

 そのあとにもミレアさんからはたくさんの褒め言葉と後半に教えていた体術についての質問がされた。照れるくらい褒められたので、お礼ってわけでは無いけど力のない女性でも簡単にできる合気道の技の話をした。

こっちの世界の人たちは総じて勉強熱心なのだろうか。ミレアさんは真剣に俺の話を聞いて、俺を使って実戦練習をするくらいだ。

でも「どこであの技を身に着けたんですか」的な質問が無くてよかった。多分答えられないから。

「さて、明日からお仕事で忙しいでしょう。睡眠の邪魔をするわけにはいかないのでこの辺で私は寝室に戻りますね。朝食は元気が湧いてくるようなものをお作りしましょう。」

「別に邪魔はしてないけど・・・うん、夜も遅いしね。朝食楽しみにしてるよ。」

「期待しておいてください。では、おやすみなさい。」

 部屋から出ていく彼女に俺も「おやすみ」と声を掛けた。その言葉に綺麗な会釈を返してくれて、静かに扉は閉じられた。部屋にも静寂が訪れる。

 でもどうしてだろう。心臓が静かにならない。

「また眠れなくなってしまった・・・」


                   ***


 はじまりの月 9の日

 記念すべき、こちらの世界での初出勤日だ。

 朝食は、宣言通りにミレアさんが元気の出る献立を作ってくれた。

 大麦のような穀物のごはん、食感が豚肉の角煮のようなもの、ほうれん草のような植物のお浸しなどなど。まだ、詳しい食品の名前は聞いたことが無い。出てくるものも見た目相応の味だし美味しいので、その辺りは後回し。

 美味しい朝食で元気が出た後は恒例の温泉へ。面倒なので心の中では公衆浴場をこう呼ぶことにしたので、以後そう呼ばせてもらおう。ちなみに、この後は音楽隊に出勤するのでギロックスさんも一緒だ。こっちの世界で過ごしたうちの半分は彼と一緒にお風呂に入っている(意味深)。

 音楽隊の練習場所に着くと10人くらいの、いろんなデザインの恐らく制服と思われるものを着ている人たちがいた。

「やあエイジ君来てくれたね・・・ みんな、紹介しよう。昨日入隊試験に合格して自主的にここに入隊を志願してきたスミノエイジくんだ。今日から音楽隊の一員になってくれる。エイジって呼んでやってくれ。」

「ただいまご紹介いただいた、スミノエイジと申します。エイジとお呼びください。まだ正所属は決まっていないので、もし同じ所属になった際にはよろしくお願いします。」

 そんな風に自己紹介も済ませた。階級式、部署が沢山分かれている組織の中で生きてきたので、こういった挨拶は良くしてきたものだ、と思い出してしまってちょっと感慨深くなってしまった。

「じゃあエイジ君には早速、楽器を選んでもらって練習に参加してもらおう。」

 というわけで、俺はいくつかの楽器を試してみて、自分にあうやつを探してみようということになった。

 とりあえず、色んな楽器を見て回ってみることにした。

・・・まあ、当たり前なんだけど、100%同じ見た目の楽器は無かったよね。でも基本的な構造が似てる楽器がとても多かった。楽器を作り出すことにおいては、結局似たような形になるのだろうか。

 そして順々に見て行くと、ちょっと大きめだけど見慣れた楽器を見つけた。

「あ、この楽器は・・・?」

「お、それか。それは「ペレッタ」という楽器だよ。軍隊の音楽には欠かせないものでメインの楽器だね。」

「エイジ、お前ペレッタ吹けるのか? 丁度メンバーがいなかったから困ってたんだよ。人数居ないと迫力がないから、いつも他所の楽団に頼んで演奏してもらってたんだよ。」

「エイジ君、それ、吹いてみなよ。」

 そういわれたので、ケースの中から「ペレッタ」というらしい、ちょっと大きめのトランペットを取り出してみた。大きい分ちょっと重いのと表面の輝きが若干のサビによって失われているくらいで、ほぼトランペットみたいなものだった。

 さて、マウスピースをササっと服の端で拭いてから口に当てて、いざ吹いてみることにした。

 構造はおそらくトランペットと同じだ。ピストンの数も3つ、持ち方も同じだ。

 いつもと同じように唇を震わせて音を出してみる。うん、普通に音が出る。

 ピストンを押し込んでみる。大きさが違う分、ちょっと運指は違うようだ。ここは覚えないといけない。

 どうやら吹けないことはないみたい。指使いを覚えた上で明日演奏する曲を練習するということになりそうだ。

「おいおいおいおい、エイジメッチャ上手いじゃないか!これぁ驚いたな、」

「うん、とても上手だよ。どうだい、ペレッタパートをやってみないか?」

「ぜひ、やらせてください!頑張ります!」

 ということで、まだ「ペレッタがとりあえず吹ける」というレベルだが、ここで練習していってどんどんうまくなろうじゃないか。これを次の目標に据えて頑張ることにした。

結局この日は練習室で指使いを練習し、明日演奏するファンファーレの楽譜を貰って日が暮れるまで練習することになった。まあ、これが現実世界と違うものだったから全然読めなかった。

 てなわけでこちらも覚えることに。これにはギロックスさんの助けを借りて日付が変わるまでに解読して、そのあとは、俺が気絶していた聖地(?)であるヨーハ川のほとりまで行って夜が明けるまでひたすらに吹きまくって練習。とりあえずミスせず普通に演奏できるところまでは持ってこれた。

 なんか俺が一日でペレッタをマスターしたようにも聞こえるけど、ファンファーレは簡単だし、そもそも俺は簡単な曲一曲をとりあえずミスなしのレベルに持っていくために徹夜をしたわけだ。決してすごくない。

 あと、ギロックスさんの言ったとおりに徹夜して練習することになってしまったが、彼は4時間ほど寝ていたので完徹はしていない。

 今日の国王による演説は昼過ぎに過ぎに予定されているが、音楽隊は準備もあるので早い時間に招集が掛かっている。

 眠い目を擦りながら、朝日の照らす河原道を俺は演説会場となる大通りにある帝国広場へと向かっていく。

 せっかく映える場面なのに、隣に髭面のオヤジが欠伸してケツを搔きむしりながらついてきているので、景色の良さも半減してしまっているが、この人はもう運命共同体みたいなものだ。

 綺麗な景色よりも運命共同体との日常の方がきっと良いものであると俺は思う。

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