07話.[弱くしてほしい]
「な、なんで私がこんな格好をしないといけないんですかね」
「普通の格好だよ」
いやまあそうだけど彼に選ばれたのと、私的には大人って感じの服だったから引っかかってしまっているのだ。
本当にシンプルで誰が着てもそう変わらない服ならいいけど、残念ながらそうではないから文句を言いたくなる。
「うーん、さっきの可愛めの服の方がまりんには似合っていたかな」
「そんなことどうでもいいからもう脱がせてよ」
「分かった」
はぁ、言葉で意地悪をしてこなくなったと思ったらこれだ。
我慢をし続けるとどんどんと悪い方向へ傾いていくため、ちゃんと言葉にしていこうと決める。
というか、所謂デートというやつを約束通りしているわけだけど、服などにはあまり興味がないから違うところに行ってほしかった。
「ちょっと喉が乾いたからここに寄ってもいい?」
「うぇ、こういうお店に入って私、場違いじゃないかな?」
「他の人はそこまで気にしていないから大丈夫だよ、行こう」
コーヒーか、父が好きだからインスタントのコーヒーは家にあって飲んだことがあるけどわざわざ買うということはしないから分からない。
でも、それだけの価値があるということなら彼がいてくれているときに挑戦をするのも悪いことではない気がする。
「まりんは――あ、うん、僕と同じやつにしておくね」
「う、うん、それでいいから早くして……」
幸い、満席というわけではなかったからそこで苦労をするということはなかった。
途中からはお金はちゃんと払っているのだから問題ないでしょと片付けたことで周りの目が気になったりはしなかった。
で、コーヒーについては美味しいには美味しいけどインスタントのコーヒーをたまに飲むぐらいでいいかなという感想で終わる。
元々積極的に飲むタイプではないため、コーヒーが悪いわけではないから勘違いはしないでほしい。
「たいき、この後はどうするの?」
うっ、呼び捨てでいいと言われたから実行しているものの、やはり違和感というのが大きすぎる。
名字呼びは相手はともかく個人的には楽だったのだといまさら知った形となった。
「逆にまりんはどうしたい?」
「私はいつも合わせてもらっているから行きたい場所に行ってほしいかな」
今日のために結構お金を持ってきているからまだまだ付き合うことが可能だ。
カラオケとか映画とかちょっと運動とかなんでもいい、今日まりんと行動しなければよかっただなんて感想にならなければそれでね。
彼はうーんと実際に口に出して悩んでいるみたいだったけど、割りとすぐに「それならなにか小物を買いに行こうか」と決めてくれた。
「宝箱が欲しいかな、それにさっきまりんと撮ったこの写真を入れるんだ」
「や、やめてよ」
もしみさこさんに発見されたら一ヶ月ぐらいはずっと笑われてしまうよそんなの。
少しでもあの人といなくて済むようにそういうきっかけは作りたくなかった。
でも、こうして集まった後に彼の家に行くなんてことになったら強気には出られないわけで、これからは外で過ごすか家に連れ込む必要が出てくるのかもしれない。
ま、まあ、意識して行動をする前から私の家で何回も過ごしていたわけだから大して変わらないか。
「意外と面白い商品が多くてわくわくするよね」
「なんか意外だ」
「そう? 精神はまだまだ子どもだからこういうところでいくらでもテンションを上げることができるんだよ」
「じゃ、テンションが特に変わらない私は大人?」
お金が大量にあるときとか誰かに買ってもらえる場合ならいいけど、残念ながらそのどちらでもないからどうせ買えないし……という考えになってしまうのだ。
あ、これも別にテンションを上げている人を馬鹿にしているというわけではないから勘違いはしてほしくはないかな。
「うーん、まりんは中間……かな」
「中間ならいいや」
精神だけ全く成長していなかったら嫌だし、それで彼に迷惑をかけてしまっていたかもしれないからマシな結果だと言える。
自分で言うのと誰かに言ってもらえるのとでは全く違うのだ。
「『家ではいいけど外でなんて無理!』とか朝に言っていたのにすっかりこれにも慣れたね」
「うん、さっきのお店じゃないけど他人は私達なんか見ていないからさ」
「いや、少年と美少女の組み合わせということでみんなじろじろと見ているよ」
「ぷふっ、もしそうだったらどんな人生だったんだろうね」
見られることにも慣れていて逆にもっと見ろとか考えていたのかな。
相談を持ちかけられまくり、告白をされまくり、良くも悪くも目立つ生き方というのも一度は経験してみたいかもしれない。
ただね、私が私をやっている限りはそうなることもないからこの人生を楽しめばいいだろう。
「さ、変なことを言っていないで引き続き見て回ろうか」
「本気なのに……」
嘘が混じりすぎたお世辞はさすがに喜んではいられないから弱くしてほしい。
ちょっと程度なら分かりやすくテンションを上げるだろうから口にするのであればそれがベストだ、なんてね。
まあでも、自分のことがちゃんと分かっているという点は悪いことではなかった。
「気まずくなったりもせずに今日も過ごせてよかった」
「僕もだよ」
お昼からとはいえ、十七時近くまで遊べたということもいいことだろう。
お店に寄ったりお喋りをしたりと普段とあまり変わらない時間だったけど、たまにはこういう時間があってもいいかなという気持ちが強くなった。
で、お互いにこの人だと決めているいまであればこういうことも容易にできてしまうということだ。
「でも、流石に疲れたからそろそろ家に――うひゃあ!?」
固まっていると「よう、デートでもしてきたのか?」とじょりじょり頭君が後ろに立っていた。
いきなり背後から触れられるとこういう反応になるのか、他の人にしないように気をつけようと決める。
「驚かせないでよ……」
「はは、悪い」
ぐぇ、こ、こちらの手を握る力が急に強くなった。
ただ、ぎぎぎと振り返って見てみても彼はにこにこと笑みを浮かべているだけだ。
嘘くささはないものの、爽やかな感じは全く伝わってこない。
「ちなみに俺はさっきまで本屋に行っていたんだよ、で、帰っているときに二人を発見したから追いかけてきたんだ」
「ちょっと見せて? ふふ、絵が好きなんですねえ」
「ああ、色々なことを知りたいから色々参考にしてやってみているんだよ」
うーん、いきなり強い力で握られたことで私が変な風に見てしまっただけか。
怖さなどが出ているのであれば吉柳君がここまで普通でいるわけがないし、うん、そういうことなのだろう。
「あ、ちなみに俺は空気を読んで黙ったり帰ったりはしないからな?」
「え? あ、私に言っているの?」
「いや、横で怖い顔をしている六野にだな」
それでも彼はなにも言わずに吉柳君を見ているだけだった。
精神はかなり大人だ、今回も私にはできないことを平気な顔でしている。
「飯でも食べに行かないか?」
「私は大丈夫だよ」
「こういうことでいちいち乱れる人間ではないので僕も大丈夫です」
それは逆効果だけどまとまったためお店に向かって歩き出す。
……正直に言うとね、断ると平日に大変なことになりそうだったから受け入れたようなものなのだ。
一人のときにいまみたいな感じで来られると駄目になるため、少しずつ発散させておこうという考えからきていた。
「まあ、寺戸も寺戸なんだけどな、挑戦することすらできないって悲しいだろ」
「え、え?」
「ああいう人は好きだと言っただけでみさこさんとどうこうという考えはなかった、負ける可能性の方が高かったが俺だって寺戸と仲良くしたかったんだ」
え、そういう……。
確かに私は彼にばかりどうしたいのかを聞いてしまっていた、一緒にいてくれている吉柳君には聞こうとはならずにあの話を聞いたときにじゃあと決めつけて行動をしてしまっていたことになる。
「ご、ごめ――」
「謝ってほしいわけじゃないんだ」
そうだ、謝ったところで意味はない。
こういうところで悪いところが出たな、同じような失敗をしないようになればいいけどこの先どうなるのかはやはり誰にも分からない。
「じゃあまりんはどうすればいいんですか?」
「いや、寺戸がどうこうじゃなくて俺はこれからも一緒にいたいというだけだ、で、そのためには空気を読んでいたら一緒にはいられないだろ? だからさっき言ったように遠慮はしないと言いたいだけだ」
「それならよかったです」
本当にそう思っているのかどうかはともかくとして、いまの彼にもいつも通りでいられているのはすごい。
「さ、飯だ飯」
「ですね」
正直、吉柳君はずるかった、ああいう話をするとしても解散前にすればいいのにこれでは逃げられないからだ。
逃げる気はないけどこちらは分かりやすく影響を受けているというのに、一人すっきりとしたような顔でいるのだからそれ以外には言いようがない。
お店に入ってからは美味しいご飯を食べられるからなのかもっといい状態になったように見えたので、私はそれを睨みながらではないけどじっと見つつ食べたり喋ったりをしていた。
「さて、絵も描きたいから――」
「もう帰るということですよね、気をつけてくだ――」
「六野の家に行こうぜ、寺戸もそれでいいだろ?」
「うん、もうこれ以上お金は使えないから」
「よし、行くぞ」
その全てをスルーして楽しそうな吉柳君にも勝てそうになかったから諦めた。
私は誰になら、どれでなら勝てるのだろうかと考えたらテンションが下がった。
「あぁ~、飯を食べた後って動きたくなくなるよな、したいことがあっても関係ないとばかりに休みたくなってしまう」
「まだまだ先は長いですよ、休めばいいじゃないですか」
「長いっつてもこの時間が延々に続くわけじゃないからな」
彼の言う通り、こうやって気に入った相手と過ごせる時間は延々ではない。
相手がどこかに行ってしまったらおしまいだし、仮に近くにいてくれても同じような気持ちでなければ結局同じようなことになってしまう。
自分が頑張ればどうこうなるというわけでもないとなると、他のどんなことよりも難しいことのような気がした。
「酷いけどそういうところばかりじゃない寺戸といたいんだよ」
「あれ? 六野という名字が聞こえてきませんでしたが?」
「六野となんて意識していなくても過ごせるんだからな、そりゃまあそうだろ」
私こそ暇人で意識しなくても過ごせると思うけど彼的には違うようだ、中学生の後輩と過ごすことよりも難しいことらしい。
ほとんどの時間を教室で過ごし、昼休みになったら色々理由を作って屋上前まで行くような人間に大して真面目な顔で言ってのけているのだからこれまたすごいと褒めるしかなかった。
「ひ、酷い目に遭った……」
外で体育をしていたら急に降ってきた雨に負けることになった。
タオルなどは汗をかいたとき用に持ってきてあったからまだよかったけど、夏近くではなかったらと考えると複数の意味で震える。
あとはやっぱり制服でいられているということが安心できるというところだ。
「よう、雨は大丈夫だったか?」
「びしょ濡れになったよ」
「あ、タオル持っているなら貸せよ、拭いてやるから」
「そう? それならお願いしようかな」
救いな点は四時間目に体育があったということだった。
で、それならいつも通り階段のところに来ているわけで、人の目を気にしていちいち断らなくていいというのがいい。
だ、だってほら、いま断ったりすると『六野じゃないから駄目なんだな』などと言って拗ねてしまいそうだから仕方がない。
「なあ、まりんって名前で呼んでいいか?」
「うん」
髪を拭かれつつ、彼の色々な話を聞きつつ、それでも気になったのはまりんという名前についてだった。
なんかもっとこう明るい人にこそ合う名前だろう、それなのに私がこの名前でいいのかと不安になり始める。
「よし、拭けたぞ」
「ありがとう」
でも、大丈夫かななどと聞いたところで似合わないとか駄目だろとか言う人はいないだろうから留めておくことにする。
それと学校のときだけそうして自分のために利用しようとするのはどう考えても悪いことだからやめるのだ。
はぁ、一緒にいられるのはいいけどいっつもこんなことを考えることになるな。
彼はどうなのだろうか、私といるときは絵を描きたいとかとは別になにかしたいこととかはあるのかな?
「まりんは徹底できていないな」
「でも、こんなものじゃない?」
全部それはそれこれはこれと片付けることはできないけど、この程度のことなら誰だって許可をするだろう。
手を繋ぐとか抱きしめるとかでもないし、友達同士なら普通にすることで警戒しすぎていても疲れるだけだ。
「そうかもしれないけど六野を不安にさせないためにも気をつけた方がいい、また手を強く握られたりしたら嫌だろ?」
「って、吉柳君のせいなんだけどね」
しかも気づいていたのか、じゃあ気づいておきながらああして挑発的なことをしたことになるのか。
たいきがあの程度で抑えてくれたからよかったけど、もし本当に精神が子どもすぎたのであれば潰されていたかもしれないということで、いまさらながらにぶるりと震えた。
ちなみに彼はそんな私を放置して「はは、そう言ってくれるなよ」と笑っているだけ、不公平としか言いようがない。
「それにたいきを煽るためだけにあんなことを言ったんでしょ」
見ていて不安になるとかなんとか言っていたし、彼も自分のために行動をした結果があれだったのだろう。
悪い雰囲気になることはなかったからいい、とはならない、ああいうやり方ではなくちゃんと話を聞いたりすることでなんとかするべきだった。
「おいおい、煽るために言うわけがないだろ」
「じゃあ君が我慢できなくて言ったってこと?」
「当たり前だろ、やっぱりまりんは酷いよな」
いやこれは彼がただ単純に私を酷い人扱いしたいだけ……だよね。
「まりんにはそろそろやってもらわないといけないことがある」
「絵だよね」
こうなってもいいようにシャーペンは持ってきてしまっている。
私も彼もちょろいな、簡単に影響を受けてしまうのだからこの先大丈夫なのかなと考えてしまう。
でも、なんだかんだ上手くいくようになっているからすぐに大丈夫でしょとなるのが常のことだった。
「いや? モデルとしてそこにいてくれ」
「それはいいけどモデルって言い方はやめてよ」
よく考えてみるとこうして向き合っているのに気まずくならないって意外だ。
いやまあ、目をじっと見られているわけではないからこそかもしれないけど、たいきでもない男の人とこうしていて落ち着かなくなったりしないのは、なんてね。
もうどうしようもないからここらあたりでやめておこう。
「見てくれ」
「おお、私以外にもいっぱいだね」
「ああ、こうやってみんなでわいわいできたら楽しそうだろ?」
「うーん、だけど私はたいきや吉柳君がいてくれればいいかな」
存在感が薄くて放置されることになりそうだったし、また、仮に話しかけられていたとしてもあとかえとかうぇとかそういうことしか言えなさそうなところが容易に想像することができてしまう。
すぐに否定することになって今回も学習して次に活かすができていないけど、嘘をついても後々自分が困るだけだからこれでいい。
「そう言うだろうと思って三人バージョンもあるぞ」
「三人とも絵を描いているね、そしてそれを描く吉柳君というのも面白い」
全然見た目が違うとはいえ、自分を描けてしまうのも強メンタルだった、相変わらず彼が描くと男の人でも女の人みたいになってしまうところも面白い。
「ちなみにこのバージョンもあるぞ」
「え、これ自分で描いていて微妙だと思わなかったの?」
「だからって俺とまりんが抱きしめ合っているところを描くわけにもいかないしな」
抱きしめ合っている私達をすぐ近くで見ているというそれに結局うぇっとなった。
と、特殊な趣味かもしれないからそれ以上触れることはしなかったけど……。
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