125作品目

08話.[よく分かったよ]

「確かに吉柳さんが言うようにまりんは意地悪だ」

「意地悪ねえ」

「しかも名前呼びを許可するとかさ、僕だって決めてくれたんじゃないの？」

　はぁ、分かっていて聞くこともやめた方がいいと思うけどね。

　まあでも、彼が全て悪いというわけではないから謝罪をしておく。

「もう不安で不安で仕方がなくて、授業にも集中できなくなって困っているんだけどどうしてくれるの？」

「たいきが一緒にいたいなら毎日放課後に過ごそうよ」

「でも、それをしているいまでも不安が消えないんだ」

　そんな無茶なことを言われても私にできることでなければ意味のないことだ。

　そうしたときに本当のところに気づいて冷めてしまった、なんてことになる可能性もあるかもね。

　ただ、彼ならこの先いくらでも魅力的な女の人に出会えるだろうからその方が彼的にはいいのかもしれない。

「そうだキスは？　キスをすればこの不安も消えるんじゃないかな」

「駄目だよ、そういうのはちゃんと付き合ってからにしたい」

「じゃあ抱きしめるとかかな」

「だからそういうのも――君も意地悪だよね」

　許可を得なくても抱きしめる程度なら問題はないと考えているのであればいちいち言ってからにするべきではない。

「で、不安は消えたの？」

「うーん、どうだろう」

　やめると彼は「よく分からないや」と言葉を重ねた。

　相手がよく分からないのであれば急にされたこちらはもっと分からなくなってしまうため、ちゃんとしてほしい。

「不安はともかく、もっと触れたいという気持ちにはなったよ」

「いまさらだけど私でいいの？　年上限定にしたってもっと可愛い人や奇麗な人がいると思うけど」

「まりんだからいいんだよ、僕にそのつもりがないならここまで一緒にはいないよ」

　じゃあ初対面のときからそうだったということなのだろうか。

　約束もしていないのにいまみたいにほとんど毎日来てくれていたからそういう考え方もできてしまう。

「あ、不安が消えたよ」

「あ、そうなの？　それならいいんだけど」

「だってほら、まりんもはっきりしてくれたわけだからさ。あー、なんで不安になんかなっていたんだろー」

　そう言いつつも楽しそうに見えるのは何故だろうか。

　絵の中の話だけど抱きしめ合っている私達を近い場所から見ることが趣味……の吉柳君みたいなものだろうか。

　どこで楽しくなるのかは人それぞれだから水を差すのも違うから黙っておく。

「僕、やっぱりまりんのことが好き――」

「待った待った、勢いだけで告白はよくないかと」

「でも、いまか後かという話でしかないよ？」

　そりゃそうだけどここは家とかではなく外なのだからもっと考えてやってほしい。

　しかも帰りながらだよ？　私でなくても「待った」と止めるでしょうよ。

　いやいま部屋にいて雰囲気もよくて下手をしたら踏み込みすぎてしまうなんてシチュエーションならいいけどさ、雨ということもあって傘をさしつつ歩いているときに言うのはねえ。

　だからさっき抱きしめられたことで濡れてしまっているぐらいだし……。

「傘があるから他の人にも見られていないし、敢えていま告白するのもいいと思うんだけど」

「君が私のことを好きだということはよく分かったよ、でもね、歩きながら流れで告白するのは違うと思うんだ」

　雰囲気はいつだって悪くはないけどあくまでそれは遊ぶときとかの話であって、告白とかに繋がるようなものではないのだ。

「なるほどね、初めてだから拘りたいということか」

「そうだよ、君みたいな経験者とは違うんだからね」

「経験者って言っても一人だけだけどね」

　一人か、これならまだ三人などと言われた方がよかった気がする。

　そこで嘘をついても仕方がないし、余程問題がなければ付き合う方が自然だから。

　過去の関わっていなかったときのことまで気にしてヒステリックになるような人間ではないため、そこを勘違いしないでほしかった。

「どんな子だったの？」

「物静かな子だったよ」

「困っていそうだったら積極的に助けていそうだから意外ではないかな」

　逆にみさこさんみたいな人と付き合っているところが想像できなかった。

　まあ、これはあくまで私の妄想でしかないけど、なんとなくそんなイメージがあるのだ。

「いや、僕の方が助けてもらっていたんだ」

「で、別れた理由は？」

　助けてもらっていたとしても彼氏ということで助けていただろうし、別れる理由が思い浮かばない。

「派手になって苦手な対象になってしまったからだよ」

「え、それでもその人はその人じゃん」

「全然違かったんだ、それにある男の子とか女の子といるようになってからは……」

　好きになったところが完全になくなってしまったなら彼みたいに行動するのだろうか？　結局、これも浮気とかそういう風に言われた方がそうかと納得ができることのように感じる。

　直接この目で見ることができたわけではないからもやもやする、で、もやもやしたところで意味がないということになるわけで。

「ま、私が急に派手になることはないとだけは言っておくよ」

「うん」

「じゃあほら、今日は大人しく帰りなさい」

「え、嫌だけど」

「ははっ、そう言うと思ったよ」

　ではなく、そう言ってくれることを望んで口にしたから嬉しかった。

　私はずっとこんな感じだから飽きるまでは不安にさせることもなさそうだった。

「よう」

「あ、吉柳君なら今日は来ていないよ？」

　コーヒーを飲めるあのお店と同じで悪く考えてしまうから気になってしまうだけなのだと最近よく分かった。

　悪いことをしているわけではないわけで、普通にしていれば相手だってすぐに戻って行くから気にする必要はない。

「風邪で休んでいるから言いに来たんだよ」

「あ、それはわざわざありがとう」

　雨がよく降っているから濡れてしまったのかもしれない。

　そうか、風邪を引いてしまったのか。

　じゃあ家も知っていることだから放課後になったら行かせてもらうことにしよう。

　私はそういうのに強いからアドバイスもしてあげられる、よく食べてよく寝れば風邪なんか引くことはない。

　馬鹿は風邪を引かないなんて言葉があるけど、例え馬鹿でも休まなくて済む方がいいことだからこれも気にしないでおくことにした。

「あー」

「ん？」

「せいのことなんだけどさ」

　そりゃまあ私についての話をしてくるわけがないだろうからそれは分かっている。

　自分だけしか知らない情報を教えてくれるとかであればありがたいけど、この感じだとどうやら違うみたいだ。

「あいつ、寂しがり屋だからこれからも相手をしてやってくれ」

「はは、それは私が頼む側なんだけどね」

「そうか、あ、言いたいことはそれだけだから」

　よし、じゃあ放課後の予定も決まったことだからそれまではのんびりとすることにしよう――としたのだけど、久しぶりに舘花先生から頼まれて片付けを手伝ってから帰ることになった。

　途中のコンビニで必要そうな物を買ってから吉柳君の家に向かう。

　もちろん問題を増やさないようにたいきには連絡をしておいたから大丈夫だろう。

「大丈夫？」

「ああ、ずっと寝ていたら調子がよくなった」

「あ、ご飯がまだなら作るよ？　おかゆでもいいし、うどんも買ってきたからどっちでもいいよ？」

「いいのか？　それならうどんを頼む」

　風邪のときに無理をして受け入れないなんて人もいそうだけど、彼もたいきも大人しく言うことを聞いてくれるからそういうところが好きだった。

　練習をしておいてよかったな、特に母に楽をしてもらいたくて作っていただけだけどこういうときに役立つのだから無駄ではなかったわけだ。

「どうぞ」

「ありがとう、いただきます」

　おお、いい食べっぷりだ、これなら明日は来てくれそうだった。

　やっぱりあそこで一人で過ごすのはつまらないから彼には元気でいてほしい。

「今日、吉柳君の友達が来たんだよ、なんて言っていたのかは内緒にするけど」

「相手をしてやってくれとかそういうのだろ？」

「内緒、でも、悪いことじゃないから安心してよ」

「はは、あいつは結構心配性だからな、まりんとの話をしていたら俺以上に気にしていたぞ」

　あ、そういう話もするのか、だから今日のあの人も相手をしてやってくれ～と言ってきたのだろうか。

「ごちそうさま、美味かった」

「食べてくれてありがとう」

　ありがとうとか美味しかったとかそうやって言われると嬉しくなる。

　単純でもなんでもいい、嬉しいのにふんっとか口にして素直になれないよりはマシだろう。

　まあでも、漫画やアニメに出てくるようなキャラみたいな人には一度も出会ったことがないけども。

「もう少しいることはできるか？　ちょっと相手をしてもらいたくてな」

「たいきは今日用事があるみたいでこの後会えないし、大丈夫ならいるよ？」

「お、それなら迷惑をかけることもないからいいな」

　それでしたいことはなんだと言ってくれるのを待っていたら今日も絵を描きたいみたいで道具を持ってきた。

「もしかして絵を描きすぎていたから疲れて熱が出ちゃったの？」

「違う、いつも通りに過ごしていたはずなのに熱が出たんだよ、絵は好きだけど絵を描きまくる馬鹿みたいに言うのはやめてくれ」

「はは、それはいつもの吉柳君に原因があるよ、なにかが終わったらすぐにそれなんだからさ」

　そういうのはあくまで照れ隠しで、寂しいからいてほしかったとかなら言われた側としては嬉しい。

　でも、友達相手にも素直に言うのはできていなかったから私にだったらもっと言ってくれはしないだろうな。

「まりんと会えなくて寂しかった」

「うぇ」

「ん？」

　今回は絵を描きながらではなくちゃんとこちらを見つつ言ってきたから驚きすぎて固まってしまう。

　はぁ、たまに男の人ってずるくなるよね、私もこうやっていい意味で相手を驚かすことができればいいけどできないことになる。

　なんかずるい、意識してしているわけではないのだとしたらなおさらのことだ。

「あー、仮にそうでもいざ実際に言うとは思わなかったから」

「はは、別に言うよ――あ、これは友達としてだからな？」

「はは、分かっているよ」

「でもまあ、やっぱり悔しさはあるんだよな」

　って、こういうことを本人に直接言えてしまうなら寂しいと言うことなんて簡単すぎるか。

　これは私が馬鹿だったな、これも直さなければいけないところだ。

「誰か来たな」

「友達だと思うよ」

「どうだろうな、ちょっと待っていてくれ」

　友達が来てももう気まずくはならないからいつも通りでいいや～なんて楽な気持ちでいたときのこと、少し微妙そうな顔をした彼がたいきを連れてきた。

　え、いや、なんでなのか、私は確かに昨日「用事があるから明日は一緒にいられないんだ」とこの耳で聞いたけど……。

「風邪、大丈夫そうですね」

「おう、流石に絵を描いたりはせずに寝ていたからな」

　まあ、どうにもならないから来たということで終わらせることにして、後輩であるたいきに言うのとあの友達に正直なところを言うのならどちらが大変なのだろうか。

　学校に行けば必ず顔を合わせることになる友達には難しいのかな、友達だって私だけのときしかああいうことを言ってこないから仕方がないのかもしれない。

「まりんを一人にしてほしくないのでよかったです」

「明日からはまた相手をしてもらうよ――じゃなくて、まりんから六野は予定があるって聞いていたんだけど」

　こちらが片付けても彼は気になってしまったみたいでまたここに戻ってきた。

　用事と言われただけで細かく教えてもらったわけではないから結局、すぐに影響を受けた自分がいる。

　多分私が聞くことよりも効果があるだろうから彼には期待をするしかない。

「あー、それが想像以上に早く片付きまして、で、まりんから吉柳さんの家にいることは教えてもらっていたので直行した形になりますね」

　みさこさんになにかを頼まれていたとかではなかったのか。

　まあでもそうか、みさこさんならわざわざ頼んだりはせずに自分で全てをやってしまいそうな強さがある。

　となると、付き合ってほしいとかって友達に頼まれたのかもしれない。

「直行ってことは学校でなにかがあったのか？」

「まあ、ちょっと絡まれまして、だけどもう大丈夫です」

「どうせ絡まれたと言うよりも頼まれただけなんだろ、いちいち変な言い方をするなよ六野」

　大袈裟なところもあるから彼と同意見だった。

　別に作ったりしなくてもちゃんと相手をさせてもらうから普通に終わらせてほしいというところ、でも、ずっと昔からこうだったから多分すぐに変わることはない。

「『○○と付き合わなかったら殴るぞ』と言われたんですよ」

「「ち、治安が悪いな……」」

「ま、それは嘘ですけど、付き合わなかったら怒るぞ的なことを言われましたね」

「それにしたってやべえだろ」

「その子のことが好きだったみたいで、自分のが叶わなくてもせめて好きな子にはという考えになったみたいなんですよね」

　やっぱり嘘をつく存在だからどこまで本当なのかは分からないものの、その通りならやり過ぎだと思う。

「俺の場合だとそれも意味がないな」

「確かに、両思いですからね」

「「うわあ」」

「え、なんでまりんもそんな反応なの？」

　逆になんで君はそんなことが言えてしまうのか。

　ただあれか、その良くも悪くも空気が読めないところに支えられたところもあるから強くは言えないか。

　初対面のときなんて正にそうだ、一人にしてほしいと言って本当にたいきが離れていたらきっとこうはなっていなかった。

「……君がそういう人でよかったよ」

「え、繋がっていないけどどういうことなの？」

「ま、まあ、細かいことはどうでもいいでしょ。それよりほら、絵を描こうよ」

「あ、そうだったな、よし、三人で描くか」

　こうしておけばこれ以上言われてしまうことはないだろう。

　だから安心して二人の絵を描けた