06話.[はっきりしてよ]
「はい――勘違いだったからちゃんと閉じておこう」
「勘違いじゃないぞー」
どうせなら六野君も連れてきてよと言いたくなったものの、我慢をして上がってもらうことにした。
飲み物を渡して座る、そうしたら横に座ってきて肩に手を回してきた。
「まりんにその気がないなら本気で吉柳君を狙おうと思っているんだけど、どう?」
「そもそもみさこさんは六野君と付き合ってほしかったんじゃないんですか?」
「それはそうだけど、もしまりんが吉柳君を狙っているのなら強制はできないしね」
「狙ってはいませんよ、あなたと吉柳君がいいならいいんじゃないですか」
「よっしゃ、じゃあそれだけだからたいきだけ置いていくね」
って、いたんかい、窓の向こうからこちらを見てきていらっしゃるよ。
で、本当に帰ってしまったからにやにや六野君を家に連れ込むことにした。
「姉さんは積極的だね」なんて言っている彼ではあるけど、私からしたら彼も大して変わらない。
「今日はこれをしようと思ってきたんだ」
「勉強か、うん、やろうか」
解散までぺちゃくちゃずっと喋っておくよりはずっといい、あとは……変に意識をしてしまわないためにも必要なことだった。
まあ、残念ながらこちらに勉強をしようなんて気持ちはないけど、黙っている分にはばれることはないから形だけはやっているみたいにしておこうと思う。
前にも言ったようにテストが終わったばかりなのに勉強なんかしたくないのだ。
「ふぅ」
「ん?」
「あ、ごめん、今日は朝から調子が少し悪くてね」
「え、駄目じゃんそれじゃあ、布団を敷いてあげるから寝なよ」
姉に巻き込まれただけなのか自分の意思で来たのかは分からないけど、そういうときに敢えて動こうとしてしまうのが彼だった。
だから見ているこちらが言われる前に気づかなければならなかったのに残念ながら気づくことができなかったということになる。
演技が上手すぎなんだよなあ、今回は自分から吐いてくれたからいいけどそうではなかったら最後まで気づけなかっただろうな。
悔しい、私が調子悪そうにしていたら速攻で気づかれるというのに、……見ていたようでちゃんと見てきていなかったということなのかな……。
「いや、そこまでではないから、それにまりんといられているのに寝ることになったらもったいないからね」
「はぁ、私ならいつでも相手をするから大人しく寝て、君が元気でいてくれないと出かけることもできないでしょ」
三人で出かけるということはしたのだから残るは二人で出かけるということを守るだけ、だけどいまも言ったように相手がこの感じだとできなくなってしまう。
自分が言ったことだけは、決めたことだけは守りたいのだ、私のためにしているだけだから勘違いはしてほしくない。
私が彼と所謂デートというやつをしたがっている的な風に捉えるのはやめてほしいところだった。
「まりん、もしかして行きたがって――」
「いいから寝て、はい移動移動」
いやまあ、彼が私と決めてくれたのであれば別だと言える。
「はい、敷けたよ」
「まりんはどこで過ごすの?」
「いつでも行けるようにリビングかな、見られていたら気になるでしょ?」
「ううん、気にならないからいてほしい」
……こう言ってくれることを期待して口にした自分がいるわけだけど、いざ実際にこうなってしまうとそれはそれでやばいということが分かった。
それでもなんとかそれを奥の方にやり、勢いで手を握ってしまうことでなんとか前に進める。
「ほら、こうして握っておいてあげるから安心して寝なさい」
「うん、おやすみ」
で、こういうときに限っていちいち言葉で苛めてくるとかをしてこない、と。
はぁ、これでは意地悪認定をして言葉を重ねていくこともできない。
自分で握ったからにはすぐに離すなんてこともできないため、すぐに勢いで行動したことを後悔した。
この唐突にできたなにも動けない時間をどうすればやり過ごせるのか、うーん。
片手が使えないから絵を描くこともできないし、イヤホンなどはないから動画を見るわけにもいかない。
「寝るか」
夏前だからなにも掛けずに寝ても風邪を引くことはないだろう。
それで久しぶりに客間の床に寝転んだけど、先程のやばさとか後悔とかがすぐに吹き飛んでくれた。
寝ようとすることは最強だな、これからなにかがあった際には寝ることでなんとかしようなんて考えていたときのこと、絶対にわざとだと言えてしまうぐらいには分かりやすく彼がこちらに近づいてきた。
「もう、だから無理をしなくても相手をするって」
は、反応がない……? ……こ、これでは自意識過剰みたいではないか。
くそくそ、調子が悪くて寝ているときですら私を困らせるなんて困った人だ。
……お喋りが大好きな人だからこうして静かにしているときの彼を見るのは新鮮でじっと見てしまう。
目とか鼻とか、肌が白いなとか、唇とか。
もし彼が本気になって求めてきたらキスなんかをするときもあるかもしれない。
もちろんだからっていたずらをしたりはしないけど、私と彼だったら間違いなく彼の方からしてくるだろうなと考えつつ意識を天井に戻す。
「寝よ」
ここから先のことは明日とか明後日とかの私に任せようと決め、寝ることに集中したのだった。
「おはよう」
「……驚きすぎると声って逆に出なくなるんだね」
どいてくれたから体を起こすと「いまは十五時だよ」と彼が教えてくれた、寝る前にあんなことを考えたけど影響を受けてはいないということが分かった。
「調子は? まだ微妙ならおかゆとか作るけど」
「寝たらよくなった――あ、ううん、多分まりんがいてくれたからだと思う」
「はいはい、じゃあ中途半端な時間だから作らなくて」
ぐっ、起きるタイミングもお腹が鳴るタイミングも悪い。
でも、今回も「お腹が鳴ったね」などと言ってくることはなく、彼は立ち上がってから「夜まで我慢した方がいいよ」と言ってきただけだった。
ど、どうしたのだ今日の彼は、あ、まだ本調子ではないから意地悪ではないのだろうか。
「適当に言ったわけではないからいまから勉強をしようよ」
「いいよ」
積極的に勉強をしようとするところも怪しいなあ。
「やっぱり無理だ」
「え? あ、私とだと集中できないというやつ?」
「うん」
んー、それならもったいないから家に帰ってやるべきだと思う。
集中してやれなかったら頭の中に残ってはくれないから意味がない。
先延ばしにすると延々と変わらないままに~なんてリスクもあるけど、きっと彼なら上手くやることだろう。
何回も言うけどこちらに勉強をやるつもりはないから勉強をやめるか解散にしてくれた方がありがたかった。
「まりんといられているのに喋らないでいるのがもったいなさすぎる」
「あ、そういう……」
「あと、さっき初めてまりんの方から手を握ってくれたわけだからね」
……なんでこんなことで安心してしまっているのかと自分で自分に呆れる。
でも、これが彼だよな、敢えて口にしていくことで相手の意識を持っていくところがらしいのだ。
「まりん」
「私の両肩に両手を置いてどうするの?」
背後からだったら中学のときにやったムカデ競争かなとふざけられるけど、正面からだとそういうことも言ってはいられない。
「これからも側にいてほしい」
「側にいたいじゃなくて?」
「来てくれることはないけど、自分で行けばそうなるからね」
中学生と高校生ではなくどちらも高校生だったのなら私は迷うことなく彼のところに行っていた。
ただね、学校が違うとそうもいかない、それにこっちの方が終わる時間も遅いから結局待ったり行ったりするのは彼の方ということになる。
私だって来てもらってばかりだと申し訳ないから変えたいけどさ、そういう違いはどうにもならないのだ。
「あと、吉柳さんと仲良くしてほしくない」
「ならはっきりしてよ、はっきりしてくれたら私だってちゃんと考えて行動するし」
なんてね、どうせここでは変わらないから何回目だよというこのやり取りをしても意味がない。
まあでも、お互いに本命が現れるまでこんな同じようなやり取りをしながら過ごしていくというのもいいだろう。
仲がいいからこそできることなのだから、一緒にいても意識がどこかにいっていたなら不可能なことだからね。
「はっきりするよ」
「だよね~……ん?」
「というか、ここまでまりんまりんまりんと言っていたのに他の人を選ぶわけないでしょ」
困惑しているこちらを放置し「そういうところは未経験だからこそだよね」と。
当たり前と言えば当たり前だけど、彼の経験値はどうやら高いみたいだった。
それでもぐいぐい引っ張ってくれるということなら感謝しかない、お互いに初心者だと前に進めなさすぎて困るだろうからこれでいい。
「そっか、じゃあこれからは吉柳君の頭に触ることはやめるよ」
「うん」
「変えなければならないことはそれぐらいかな」
あ、この前決めたようにじっと見たりすることもやめなければならないか。
こっちは大丈夫だ、あとは彼が後悔せずに続けられるのかどうかにかかっている。
「私が本気になってから捨てるとかはしないでね」
「しないよ」
「うん、じゃあ私もそのつもりで君と過ごすから」
彼は頷くと結局勉強に集中し始めた。
やりたいこと、言いたいことを言えたから満足できたというところだろう。
ただ、いいことだけどやはり不自然だから私の前で勉強をやるのはなるべくやめてほしいところだった。
「じゃ、掃除でもしてくるよ」
人が頑張っているところを見るのは依然として好きでも運動をしている人達と違ってうざいだろうから仕方がない。
どたどた音を立てるのも違うから静かに掃いて効率悪く拭いていくことになった。
「すっかりこれが当たり前になってしまった」
となれば、意識して行動をしていたら彼に対する意識というやつも変わっていくということだ。
実は難しいことなんてなにもないのかもしれない、これまでそうではなかったのはただ意識してそうしようとしていたわけではないからだと分かる。
「たまには私が大人なところを見せないとな」
なんでもしてもらうだけでは話にならないし、また、彼が余裕ぶっているところを見たくはないから積極的にやってやろう。
少しの恥よりその結果の方が私的には大事だった。
「――という感じで集中することに決めたんだ」
「そうか」
だからその気があるなら吉柳君も頑張ってと言っておく。
みさこさんがやる気満々なのは六野君と私の場合と同じなため、そこまで大変なことはないと思う。
「それで言いたいことはそれだけか?」
「え? あ、うん」
な、なんだ? なんかいきなり冷たい反応なんだけど。
まあでも、悪いことをしたというわけではないから慌てる必要はないか。
「じゃあほら、一緒に絵を描こうぜ」
「はは、絵を描くことが好きだねえ」
な、なんだいそんなことかい、彼は彼で私を困らせる天才だ。
坊主頭ということで真顔がちょっと怖かったのに、慌てる必要はないかとか考えて無理やり抑えようとしたのに結果がこれで正直、ねえ?
「ふっ、あと仲間を増やしたいんだよ俺は」
「じゃあ今日も吉柳君を描くよ」
「おう、格好良く描いてくれ」
それは無理だけど私らしく描こうと思う、上手く描こうとするから駄目になるだけで楽しく描ければいいと最近気づけた。
で、そうやって考えて描くようになってからは楽しくなったので、最近はむしろこういう時間が増えてほしいとすら考えている。
「できた、高い高いをしている六野とされている寺戸だ」
「ちょ、吉柳君の絵柄だと私が小さい子どもみたいなんだけど」
「……似たようなものだろ」
「あ、それは酷いよっ」
だったらみさこさんに自由にされてたじたじになっている彼を描いてやろう。
私の残念な想像力でも問題はない、私がそういうつもりで描けばそれはもうみさこさんと彼ということになるのだ。
そういうときこそやる気が上がるというもので、早くてそれでいて適当ではない絵が出来上がった。
「はい見て、みさこさんに押し倒されている吉柳君だよ」
「うっ、この前のことを思い出して謎の頭痛が……」
「え、あ、こういうことをされていたんだ」
初対面なのにいきなりそういうことができるってすごいな。
相当自分に自信があるからこそできる行為だろうし、私が真似をしたところで六野君に笑われるだけで終わりになりそうだった。
でも、変えていくと決めたのもあって自分からなにもしないまま相手が行動してくれるのを待つということは絶対にしない。
押し倒すとかは過剰だけど手とかを積極的に握っていくとかなら……。
「これでどうだ!」
放課後、六野君の家に突撃をして出てきた瞬間に両手で手を握る。
「まりんって体温が高いよね」
「って、なんでみさこさんなんですか!」
「え、だってここは私の家でもあるからね」
せっかく学ばずに勢いだけで行動をしたのに結果がこれで残念だ。
というか、普通に平日なのに仕事はいいのだろうか。
「まあほらはい、まだたいきはいないけど上がりなよ」
「はい……」
最近であれば自宅前で待っているぐらいの時間なのに今日はなにかがあったのだろうかと心配になり始めたものの、姉であるみさこさんは「まあ、そういう日もあるでしょ」と言うだけで終わらせてしまった。
「なに? ちょっと前までならそこまで気にしていなかったのにどうしたの?」
「そ、そりゃ少し前までとは違いますよ」
「あ、そっか、あんたたいきとって決めたんだもんね」
そのつもりで動いているからいいけど、六野君も気軽に話しすぎだ。
「あれだけたいきを貰ってと言い続けてきた私が言うのもなんだけど、いざ実際にこうなってしまうとまりんは大丈夫なのかと不安になるよ」
「えぇ、最後まで貫いてくださいよ」
「だって少しも影響を受けていないということはないでしょ? だからちょっとは私のせいみたいなところもあるんじゃないかって思って」
「六野――たいき君がどうかは分からないですけど、少なくとも私はそこから影響を受けたわけではありませんから」
「そ? ならいいんだけどさ」
まあ、嘘だけど、どうにかするためにいっそのこと好きになれたら的な思考でいたからもろに影響を受けているけど、それでも今回の選択には影響していないはずだからみさこさんが気にする必要は全くない。
「ただいま……」
「「おかえり」」
家に帰ってこられたというのにやたらと暗かった、これがアニメとかなら分かりやすく青くなっていると思う。
「はぁ、まさかこっちにいるとは思っていなくてまりんの家に行っちゃったよ」
「ごめん、一旦帰らずに直行したんだ」
タイミングが悪いとは正にこのことだよね、なにも動いたときに限ってこうならなくてもいいのにと文句を言いたくなる。
だからこういうところが別々の学校に通っている際のデメリットなのだ。
言っても意味がないと分かっていても内側では止まらない、止まるとすればそれこそ自分がしたかったことを叶えられたときとなる。
でもさあ、いまからできるようなら困ってはいないという話なのだ。
「いきなりどうしたの? あ、もしかしてなにか嫌なことがあったとか?」
「違うよ」
「たいき、ちょっと来なさい」
自分で説明をすることぐらい馬鹿なこともないからこれはありがたいことだった。
今回もにやにやしたり「やっぱりしたかったんだ?」などと言ってくることはなくて落ち着かなくなった。
意識して我慢しているのだろうか、別にそんなのは必要ないけど……。
「じゃあ邪魔者は去りますわ」
「姉さんがいてもできるから気にしなくていいよ」
「え、私が見る趣味はないから去るよ」
「そう? じゃあゆっくり休んで」
ゆっくり休んで今日私の前に現れるのはやめてほしかった。
とはいえ、彼らの家だから自分から離れることを選ぶ。
「また今度っ、……今度はちゃんとやるから待っていてよ」
「分かった」
「じゃあこれで! この前みたいに調子が悪くならないようにね!」
まああれだ、攻め攻めモードにはなれないということだ。
でも、これでよかったのかもしれない。
だってどう考えても調子に乗っている自分しか想像ができなかったからだ。
だからやっぱりたいき君には頑張ってもらうしかなかった。
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