04話.[価値がなくなる]
「うん、え? あ、大丈夫だよ、六野君が来ているからもう切るね」
ふぅ、まさかいきなり電話をかけてくるとは思っていなかったから驚いた。
あと、離れ離れの生活をしているというわけでもないのにどうしたのだろうか。
私だったらいつでも学校が終わったら家にいる、放課後に遊びに行くことはほとんどないから不思議さだけが残った形となる。
「仕方がないよ、親なら気になるものでしょ?」
「でも、悪いことをするような人間でもないし……」
「別にそういうことを疑っているわけではないよ」
いや、本人でもないのにどうしてここまで自信満々に言い切れるのかは分からないけど、悪く考えてもテンションが下がるだけだから気にしないでおくことにした。
「それよりもうテストも終わったからね、あとは夏までだらだらするんだよ」
「ご飯作りは諦めたの?」
「いや、諦めてはいないけどお母さんが作ってくれたお弁当が食べたくなっちゃって困っているんだよ」
夜ご飯を作っているとなおさらそういう気持ちになるから、せめてお昼ご飯ぐらいは母作であってほしいという可愛い娘の考えだった。
だ、だってほら、いらねえよとか可愛げがないことを言うような存在よりはいいでしょ? それに延々に食べられるというわけではないのだから食べられるときに食べておかないともったいないだろう。
「あ、言い忘れるところだった、吉柳君が六野君と遊んでみたいって言っていたから大丈夫そうな日を教えてくれないかな?」
「それってまりんはいてくれるの?」
「許可をしてくれれば残るけど、無理だったら案内だけして一人で帰るよ」
頼めば聞いてくれるとしても頼んでまで残りたいという気持ちはなかった、それでも頼まれたら普段こうして優しくしてくれているわけだから言うことを聞いて残ろうと思う。
男の子同士がどうやって盛り上がるのかも気になるし、彼が上手くやるところを見たいから本当を言うとそうなってくれた方がいいのだ。
「ちなみに僕は部活にも入っていないからどんな日でも大丈夫だよ」
「分かった、じゃあ明日聞いていつにしたいのかを聞いてくるね」
「でも、あんまり吉柳さんといてほしくないなあ」
「仮に一緒にいても君ともこうして過ごしているんだからなにも変わらないでしょ」
出会ってからだって変わってはいないと言いたいところだけど、出会ってからはより一緒にいるようになってしまった。
ちなみに吉柳君は絵を描き終えると残らずにすぐに戻ってしまうため、物足りなさを感じている自分がいる。
「この距離でいられるのはまりんのご両親と僕だけでいいと思うんだ」
「好きなの?」
「人としては好きだよ」
だったらそのような発言をするべきではない。
私だからいいけど、それこそ彼と同じ学年の人達だったらいまので勘違いをしてしまっている可能性があった。
意識してしていないのであれば余計に質が悪いと言える、相手を傷つけたくないのであれば前も言ったように彼側も気をつけて行動をする必要があった。
「でも、これからは分からないからね、吉柳さんとまりんの取り合いになるかもしれない」
「あ、いまの六野君の発言的にそれはないんだと分かったよ」
「なんでさ、流石にまりんでも神様ではないんだから無理だよ」
いや、神様でなくても分かるというものなんだよ。
だってこの距離感で数年は一緒にいるのになにもないのだ、それならこれから数年が経とうがなにかが起こる可能性の方が低いと考えるのはなにもおかしなこととは言えない。
「まだ時間はあるから歩かない?」
「って、君は全く受験勉強をしていないみたいだけど大丈夫なの?」
「大丈夫、さあ行こう」
だから無理やり連れて行くつもりなら聞かなければいいのに。
こちらの手を掴んでどんどんと前に進んでいく彼、楽しそうに見えるのはなにも全部が自惚れというわけではない気がする。
「初めて話したのは家じゃなくてここだったね」
「『お母さんの友達の息子なんだ』と挨拶をされてぽかんとなったよ」
「うん、いまでもあのときの顔を鮮明に覚えているよ」
なにが驚きだったって彼がいきなり名前を呼び捨てで呼んできたことだった。
敬語を使っていないとか、誰なのこれとか、そういうことは吹き飛んでそこだけが気になって実際にぶつけた。
残念だったのは言っても意味がなかったということだ、あとはいまと違って一緒にいるつもりなんかなかったのに気づけば来てしまって困っていた。
でも、過去もいまの私も変わらないから害にならないのだと分かったら、優しい人だということが分かってからは少しずつ……。
「って、ここにも川か、私はこんなところでなにをしていたんだか……」
「『今日は失敗をしちゃったから一人になりたいんだよね』とまりんは何回も言ってきていたよ」
失敗、失敗か、そういうことは多くあるからなにで失敗したのかは思い出すことができない。
ただ、先程のも重なってどうでもよくなったことは確かなのだ。
つまり、初対面のときから私のために動いてくれていたということになる。
「吉柳さんと行った場所を教えてよ、全部上書きがしたい」
「それなら絵も描かないとね」
なんて、紙がないから不可能だ。
それとそんなことをしてもなにも意味がないため、送るついでにお散歩をするだけで終わらせておいたのだった。
……どうしてこうなった、いつもの場所で吉柳君と過ごしていたら友達が来てしまった……。
邪魔をしても悪いのと、吉柳君だって友達と過ごしたいだろうからと戻ろうとしたら止められてしまった形となる。
悪い人ではないと分かっていてもいきなりは上手くできないぞ……。
「俺らといないときはここで過ごしているのか、だけど敢えてここじゃなくても教室とかでよくないか?」
「寺戸がここを気に入っているんだから寺戸といたいときはここに行くだけだ」
空き教室とかも複数あるけどそういうところで食べたいとはならなかった、多分ではなく絶対に数パーセントの可能性で人が来てしまうからだ。
まあ、誰かが来ようと変なことをしない限りは構わないけど、一瞬だけでも気まずい時間にしたくはないから自衛をしている、というところだった。
「寺戸さんもよくせいに付き合うな」
「吉柳君は優しいから」
優しいのは本当のことだけどあまりこういうことを言わないようにしたかった。
あまりに重ねていると価値がなくなるというか、言葉が軽くなって信じてもらえないかもしれないからできるだけ避けたい。
何度も言えばいいというわけでもないしね、ここぞというときにだけ口にするようにすればいい。
「優しいか、たしかに優しいがせいはなあ……」
「なんだよ、別になにか悪いことをしようとしているわけではないんだぞ?」
「だって目的を達成できたらすぐにどこかに行っちゃうからな」
うーん、実は友達との方でも同じようにしていたらしい。
自分のしたいことを優先してほしいとは考えていても毎回すぐに戻られていたら気になってしまうというものだろう。
私だけが贅沢な思考をしているというわけではなくてよかった、仲間がいるというだけで安心して過ごすことができる。
「俺は俺なりに迷惑にならないように行動しているだけなんだけどな」
「いやいや、やりたいことを終えたらすぐにどこかに行くってそれはやばいだろ」
「寺戸も同じ意見なのか?」
「ちょっと寂しく感じるときはあるよ」
比べたりするべきではないのに六野君と比べてしまったりするぐらいには影響があるということだ。
ただ、それなりに一緒に過ごしてきた六野君と違うのはやはり当然で、ここだけは分かりやすくおかしいところだと言える。
だからなるえべくしないようにと抑えている、口にしていなくてもいい気にはならないだろうから気をつけるしかない。
「そうか、なら寺戸といるときは変えてみることにするよ」
「俺達は放置ですか?」
「寧ろ俺以外の人間が他の人間と積極的に過ごそうとしているからな」
あ、この前と同じような顔をしている。
ふふ、寂しいけど素直に言うのは恥ずかしいということか。
男の子でも可愛いところはいっぱいあって、いますぐにでもあのじょりじょり頭を撫でたくなったぐらいだけど我慢した。
「あ、邪魔をして悪かった、俺はもう戻るから安心してくれ」
「もう慣れたから大丈夫だよ?」
「いや、寺戸さんを見ていたら彼女に会いたくなってきたからもう戻るよ」
か、彼女か、どういう人なのだろうか。
ちょっと考えていたら自然と長髪で眼鏡で奇麗な女の人が出てきたけど、可愛い系でもいい感じだからそれからも続けていた。
でも、ふと意識を戻したら吉柳君が静かに絵を描いていたから考えることをやめてそちらに集中する。
「本当にすぐに戻るのはあいつの方だよな」
「友達の友達といるときはみんなあんな感じじゃない? だから仕方がないよ」
私が女の人に言うのとは違って男の人である彼が同性の友達に寂しいとは言いづらいか。
だけど言わないで我慢している間にもどんどんと気持ちは強くなっていくことになるし、多分ぶつけることでしかすっきりしないという微妙な時間だ。
それなりの期間もやもやしながら過ごすぐらいなら一瞬の恥を我慢して伝えた方が絶対に自分のためになるけど、それが当たり前のようにできていたなら苦労はしていないという話だよね、うん。
「自分一人で描いているときよりも楽しいな」
絵を描いているときはこうして呟いたりする。
楽しいならなによりだ、なにより、一緒にいるときに言われたら絶対に悪い気にはならない。
「な、なんでそんな顔をしているんだ?」
「え? あ、なんか変な顔をしていたかな?」
「い、いや……」
わ、悪いことを考えていたわけではないから気にしなくていいか。
もう、それでも彼は意地悪だ、私を不安な気持ちにさせてばかりだ。
が、この学校でまともに話せるのは彼しかいないし、一人ではいたくないから頼るしかない。
一人でここに来たときもなんだかんだで期待してしまっているわけだから? そこから目を逸らしたところで意味がない。
「そろそろ戻ろうよ」
「そうだな」
教室は違うから途中で別れて一人になった。
とはいえ、お弁当を食べるとき以外は気にならないからたくさんの生徒がいる教室は落ち着ける。
今日も特に問題というやつが起きなくてよかった。
「ちょ、ちょっと、どこに連れて行くつもりなの?」
インターホンが鳴ってはーいと扉を開けたらすぐにこれだった。
この勢いだと履かせてくれないまま運ばれてしまいそうだったからサンダルでも履いておいてよかったと思う。
「ここだよ」
「って、六野君の家かーい」
なにかいい場所を見つけたとかそういうことではなかったようだ。
で、そのまま手を掴まれたままだったので、大人しく中に入ることになった。
普段は来てもらう側だったからなかなかに新鮮でついついじろじろと見てしまう。
「さ、ここに座って」
「うん」
ソファはあんまり変わらないから表も内もテンションは同じままだ。
「今度、デートをしよう」
「その前に二人か三人で出かけるのが先でしょ」
「あ、そういえばそうだ」
あ、……その話をするのを忘れてしまっていたぞ……。
連絡先は交換できていないから今度こそ、明日こそちゃんと話をしようと思う。
「ま、それはそれとして、そのデートってやつでどこに行きたいの?」
「その日は一日中まりんといたい、だからどこかに行かなくても家でもいいんだけどまりん的にはどうかな?」
「家だとやれることが限られているからご飯とかを食べに行けたらいいかな」
だって変な雰囲気になったら困る、彼は悩まずに行動することができるからなおさらそうやって行動をしなければならない。
まあでも、彼が本気なのであれば……。
「最後は抱きしめて終わるんだ」
「後で文句を言ったりしないならいいよ」
こちらはフリーすぎるからなにも問題はない、それどころかその程度で喜んでくれるのであればという考えしかない。
なにか返していかないといけないのは確かなことだったから自分でもできることを言ってくれてよかった。
ただまあ、所謂デートをした日に抱きしめると意識してしまいそうだったから今日してしまうことにする。
「いつもありがとう、六野君がいてくれてよかったよ」
「当日にすると気になるから今日したんだろうけど、当日は絶対にするからね? まりんだって許可してくれたんだからなんにも問題はないから安心だ」
「じゃあまあ今日までのお礼ということで受け取ってよ」
「そうだね、そのときになるまでに吉柳さんと自由にやられてしまったらあれだし」
吉柳君とは間違いなくこのままあくまで友達として仲良くしていくだけだろう。
もし「抱きしめたい」などと言ってきたら驚く、驚きすぎて尻もちをついてしまう可能性がある。
だからもしそうなったら立てるように手伝ってほしかった。
「興奮してきた」
「真顔で嘘をつかない、お菓子ってある?」
「あるよ、いま持ってくるよ」
なんか無性に煎餅が食べたくなってしまったからできればそれが一番、でも、他所様の家でわがままを言い過ぎるわけにもいかないからお菓子というやつを貰えればそれで十分だ。
「はい、ぽっちー」
「お菓子とか久しぶりだよ、ありがとう」
真反対だけど甘くて美味しい、これだったらなにかをしながらでも味わえてしまうから今度買おうかな。
「あ、これを食べたら帰るね、今日もご飯を作らないといけないからさ」
「うん」
あら、今日は凄く大人しい、最初の勢いはなんだったのかとツッコミたくなるぐらいには彼らしくなかった。
こうなれば残っていても構ってちゃんにしかならないから食べ終えたらすぐに家を出た、今日は六野君のために少しでも動けたわけだからしてもらってばかりということもない。
「あれ、吉柳君?」
「あ、よかったよ」
そ、そりゃまあこうして来ているわけだから私が帰ってきてよかったというのは分かるけど……。
約束はしていないし、放課後に過ごすということをしていないから違和感がすごいのだ。
「い、いまから飯でも食べに行かないか?」
「え、あ、いいけどご飯を作ってからでもいい? 六野君と遊んでいたからまだできていないんだ」
「お、おう、じゃあ中で待たせてもらうよ」
とりあえずさささっと作って行くことにしようか。
それにしてもなんであんなに落ち着きがなさそうなのか、また友達に変なことを言われてしまったとかかな?
それにしたって冷静に対応をしておけばすぐにやめてくれるだろうし、離れたいまでも影響を受けているとなると……。
「できたよ、行こっか」
「ふぅ、おう、行こう」
今日は特に食べたい物とかはないから彼の行きたいところに行ってもらうことに、そうしたら少し離れた場所にあるお店に入ることになった。
賑やかで不安にはならない場所だ、そわそわすることもないから落ち着いて座っていることができる。
「それで今日はなんで誘ってくれたの?」
「こ、細かいことはいいだろ? 俺が誘って寺戸が受け入れてくれた、それだけで十分だと思うけど」
「友達に強制されたとかそういうことじゃなければいいけどね」
「そんなことはしないよ、あと、そういう理由でなら相手に迷惑をかけるだけだから動いたりはしない」
じゃあ……いまこうしてここにいるのは彼の意思で、ということになるのか。
意外と相性というやつは悪くないのかもしれない、あ、これが変えた結果なのかもしれない。
「決まったか? ああ、じゃあ注文しよう」
まとめてしてくれたからきょろきょろしつつ待っていた。
こうして少し遠いところのお店を知った手段はやはりネットだろうか? それとも絵のモデルを探していたときに見つけたというところなのかな。
ただ、どんな理由からであれ誘ってもらえたことは嬉しいことだから細かいことはいいかと片付けたのだった。
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