02話.[そういうものか]
「うーん」
「どうしたの?」
家に来たのはいいものの、先程からずっとこんな感じで困っていた。
どうしたのと聞いてみてもいつものあれで躱されてしまって効果がない、言いたくないならここでうーんうーんと口にするのはやめてもらいたかった。
「GWのことなんだけど、一緒に行くべきか悩んでいるんだよね」
「そりゃ一緒に行くべきでしょ」
「でも、まりんが一人になってしまうからさ」
「私なら大丈夫だよ、GWに一人なんていつものことなんだから」
舐めてもらっては困る、私は彼と違って一人で過ごしてきた人間だぞ。
そりゃまあ誰かといられた方がいいのは確かだけど、集団でないとやっていけないなんて弱さはない。
朝と昼にご飯を食べなくても夜ご飯を食べられればそれでいいし、そもそも自分のために残ってもらうなんて選択をするような人間ではないのだ。
……この前のは完全に伝わりきっていないからセーフということにしてほしい。
「どの高校に志望するのかよりも悩むよ」
「いいから自分のことに集中しなさい」
おばかなことをしようとしている後輩を止めて掃除を始める。
私でもさすがにこれぐらいはできる、というか、こういうことすら親任せだったら不味いからするしかない。
で、その際は自分の部屋だけではなく、リビングとか廊下とかを主にやるようにしていた。
時間が経過すればすぐに埃が溜まるからね、過去に油断していたら酷いことになったから同じような失敗をしたりはしないのだ。
あと、だらだらと過ごした時間と比べて気持ちがいいのもいい。
自分が動いた結果、自分だけではなく家族にも喜んでもらえるのであれば面倒くさがりの私でもやるってものですよ。
「よし、向こうに行く前に僕のクローンを作っておくね、そうすれば寂しがり屋のまりんも上手く甘えられるでしょ?」
「しょうもないことを言っていないでちょっと足をどけて」
「了解」
「よし、じゃあ――ぐぇ、なんで私の背中の上に足を乗っけるの」
これではまるで奴隷みたいだ、って、どういう風にされていたのかは体験したことがないから知らないけど。
でも、いい気はしない、当たり前だ、これで喜んでいたらMということになってしまう。
「うーん、人に乗せてもいい気はしないなあ」
「いいからどけて」
「うん、そうするよ」
よし、リビングの床を拭くのはこれぐらいでいいだろう。
休むと一気に持っていかれるからそのままの勢いで廊下に出る。
冬というわけではないから冷たくはないし、寒くもないからやりやすかった。
「僕も手伝うよ」
「それならご飯を作ってほしい」
「やっぱりまりんには僕がいないと駄目だね、分かった」
まああれだ、本当の寂しがり屋は彼の方なのだ。
だからこうして毎日のように家に来る、色々言っておきながら私の顔とかを見られて満足しているわけだ。
そう考えると一気に可愛く見えてくるというもので、相手をしてあげなければ駄目だよねという気分になるのだ。
「年下の男の子との恋か」
未経験ということもあって上手く出せないところだけは簡単に想像することができるけど、どうなるのだろうか。
「あれ、もしかして僕に興味があるの?」
「六野君と付き合ったらどうなるのかなって考えてみたんだ」
台所の方からも出られるからこうなることは分かっていた、で、聞かれていたのであれば気にせずに聞いてくだけだ。
うん、こういうところは分かりやすく自分のいいところだと言える。
気になっても聞けずに、なにかがあっても言えずに終わっていくだけなんて耐えられないからこれからも続けていくだけだった。
「んー、僕と付き合ったらもっと口うるさくなるよ? 彼女にはしっかりしていてほしいからね」
「一応、無理ではない感じ?」
「どうだろうねー」
無理ではないならこれからも可能性があるということだから悪い結果とは言えないわけだけど、大事なところだけ隠そうとするところが彼らしかった。
こうなったらもう期待するだけ無駄なので、ある程度のところまで掃除をしてからリビングに戻る。
「ふぁ~」
ソファは楽すぎて人を駄目にしてしまう力がある、場合によっては寝転ぶこともそのまま寝てしまうこともできるなんて最強すぎるだろう。
仮にこの先そういう存在ができなかったとしてもこのソファがあってくれれば問題はないのではないだろうか。
「できたよ」
「んー」
一緒にいると彼は正直、後輩という感じが全くしない。
敬語ではないからというわけではなく、距離が近いからだ。
あ、物理的にという話ではないから近くて触れてしまえるような距離というわけではないけどさ。
「席まで運びましょうか?」
「いいよ、さあご飯を食べよう」
それとこの距離感が落ち着くのだ。
お互いに踏み込みすぎていないから普通でいられるというありがたさ、これからもこういう時間があればいいなと内で呟いてから彼作の美味しいご飯を食べ始めた。
「んー」
「吉柳君もなの?」
「いや、寺戸が描かせてくれるのはいいんだけどずっと同じような感じになってしまうからさ。俺としては色々な人物を描いていきたいんだよ、でも、簡単に許可をしてくれる存在ばかりではないから困っていてな」
上手になっていきたいならそういうものか。
でも、それならこうして手や足を止めていないで頼んでいくべきだと思う。
私と違って一人でいるというわけでもないわけだし、明るく頼めば受け入れてくれる存在はゼロではないだろう。
「吉柳君の絵柄……? なら許可してくれる人は多そうだけど」
「いや、中々描かせてくれとも頼みづらいだろ」
「大丈夫だって、あ、私に任せて」
私のクラスでしっかり者の女の子に頼んでみることにした。
誰かのために動く場合なら話しかけるのも躊躇いなくできる、ちなみにこれを使って仲良くやりたいなどという考えはなかった。
多分、そういう理由で友達になれたとしても長続きしないからだ。
「え、嫌だけど」
「なんで? 別にそれを悪用しようとかしているわけではないんだよ?」
「普通に考えて嫌でしょ、そもそも私なんか描いてどうするの?」
「だから練習だよ」
「他の人に頼んで」
諦めずに他の子にも頼んでみたけど残念ながら全滅だった、黙って一緒にいてくれていた彼に謝って席に戻る。
「ごめん、多分私が美少女とかだったら受け入れてもらえただろうけどそうじゃないから無理だったよ」
「いや、それとは関係なく単純に知らない男に描かれたくなかったんだろ」
「でも、諦めたらそこで終わりだからね、他の人を描きたいなら頼むしかないね」
男の人では駄目なのだろうか、それなら結構簡単に受け入れてくれそうだけど。
私も分かりやすく協力することができる、六野君になにかをするかわりに受け入れてもらえば練習にはなるだろう。
こうして他のことで延々と時間を使っていることの方がもったいないため、あんまり文句とかもなさそうだけどな。
「寺戸はいいのか?」
「うん、ぼうっとしている時間も好きだからね」
「じゃあまた頼むわ、あ、また後でな」
戻ってしまったから今日も一人の時間がやってきた。
頬杖をつきながら適当なところを見て過ごしているとすぐに授業の時間になって静かになった。
受験時にあった緊張なんかはなくなってしまっていて、これでいいのかななどと考えている間に授業が終了……。
「今日はどこで食べようかな」
授業には全く集中していなかったくせにお弁当を食べるときだけはやたらと真剣な自分に苦笑しつついい場所を探していた。
教室で食べるのはちょっとね、ご飯のときぐらいは静かな場所がいいからね。
決して一人で食べていたら笑われるかもしれないから~なんてことではなく、落ち着いて食べたいからこうして移動しているのだ。
「お、吉柳、あの子がいるぞ」
友達といるときはあんまり近づきたくないな、頼まれて一緒にいる放課後とは違って邪魔をすることになってしまう。
「って、まだ食べていないのか?」
「え、まだ昼休みになったばかりだよ?」
「俺らはもう食べ終わったけどな、ちなみにいまからグラウンドで遊ぶ予定だ」
早いな、急いでいるときは教室で食べてもいいかもしれない。
ただ、私が学校にいるときに急ぐ必要が出てくるとは考えられないため、活かされる機会というのは相当時間が経過しないとなさそうだけど。
「あ、怪我をしないようにね」
「おう」
階段で食べるか、たくさん移動したっていい結果になるとは限らないのだから。
段差に座って母作のお弁当を食べていると自然とふぅと言葉が漏れた。
寂しくはないけど、最近はよく六野君とご飯を食べているから違和感がある。
美味しいとか一人で言っていても意味は薄くなるし、なんか誰かがいてくれた方がだらだらしすぎずに済むというか……。
「でも、どうにもならないしなあ」
これだったら六野君がいてくれた中学校のときの方が楽しかった。
もう絶対に一緒の学校に通うということができないということを考えると、それには寂しさが出てきた。
ま、先輩だから寂しいとか言ったりしないけどね、それに学校のことについては言っても本当に意味がないから。
「え、あ、六野君からだ」
え、あの中学校は携帯の持ち込みなどを禁止にしているはずなのにどういうことだろうか。
「ちょっと、なに悪いことをしているの」
「ははは、いまトイレから電話をかけているんだ」
「見つかったら怒られるよ?」
しかも悪いことをしているという自覚が全くなさそうだった。
こういうところは昔から変わらない、関わっているこちらがそわそわとする結果になるからやめてほしい。
「大丈夫、それよりまりんのことだよ」
「私? 忘れ物とかをしてしまったわけではないから悲しいとか寂しいとかそんなことはないよ?」
「どうせ一人なんでしょ、だからお昼は僕が相手をしてあげようと思って」
「余計なお世話、私が怖いからもう切るよ」
待ってと言われても待たずに切った。
こういうところでは私の方がしっかりできているということだからこれからも続けようと思う。
ただまあ、年下の男の人相手に勝っているところを見つけて安心している自分は問題だったけど……。
「じゃーん、見てよこれ」
「真っ黒の服とズボンだね」
「どう? 明るい色の服とどっちがいい?」
「六野君なら明るい服の方がいいかも」
私は別に彼のことを服で判断しているわけではないため、明るくても暗くても正直どちらでもよかった。
だから整形とかをしなければ大丈夫、この顔の彼だからこそ一緒にいて安心できるわけだからずっとこのままがよかった。
ただ、どうしても気に入らなくて不満なところがあるということなら、変えたいということなら邪魔をすることはできないけど。
「あとこれ、まりんに貸そうと思って持ってきたんだ」
「えっと、タブレット……だよね?」
大きな画面で動画を見たりすることができるからと一時期、欲しくなっていたときはあったものの、諭吉さんを何枚も消費しなければならないということで諦めることになった過去がある。
「うん、こういうのがあれば一人の時間も寂しくならなくて済むでしょ? ほら、GWは前にも言った通り一緒にいられないからさ」
「いや、こんなに高そうな物を借りるなんて無理だよ」
「大丈夫、もっと新しいやつは僕が持って行くんだからさ」
だからと彼は押し付けるようにして渡してきた。
カバーもついているから安心、とはならない、それどころか持っているときに手汗がつきそうで怖いぐらいだ。
でも、こうなったら絶対に受け取ってはくれないから受け取るだけ受け取って使わずに終わらせようと決める。
「あ、使わないまま返すとか駄目だからね? もしそんなことをしたらまりんの体にいたずらしちゃうかも」
「ははは、私の体にいたずらなんてしてどうするの」
「そうしたらほら、そのままの勢いで僕に――」
「ないよ。まあ、なにかがあったら使わせてもらうよ」
三日ぐらい経過したらこれぐらいの時間に彼が来ることもなくなるのか。
その間はどうしようか、GWが終わるまでずっと掃除をしておくなんてこともできないから……。
「吉柳君を誘ってみようかな」
「きりゅう?」
「あ、うん、最近話し始めるようになった人なんだよ」
だけどなあ、あくまでこちらを描くために近づいてきているだけだからなあ、と内で呟く。
彼を誘うのとは違うのだ、意外と受け入れてくれそうだけど連日というわけにもいかないから結局、あまり効果はないような感じがする。
「いまからその人に会いに行こう、それで『まりんをお願いします』と頼むんだ」
「家を知らないから無理だね」
「じゃあいまから探そう!」
手を掴まれたけど無理やりこちらに引っ張ることで大変すぎる行為をしなくて済んだ……。
「まりん、その人の名前は?」
「吉柳せい君だね」
「なるほど、ちょっと待ってて」
しゃあない、GWはご飯を作れるように特訓をしよう。
ほとんど自分のためにだけど両親のためにもなるから悪くはない。
体育があったりばたばたとした日には早めに空腹になってしまうため、自分で作ることで量をなんとかしようという作戦だった。
残念な点は母のお弁当を食べられなくなってしまうということだけど、たまにだけ作ってもらえた方がありがたさも分かるだろうから我慢だ。
「うん、ありがとう――よし、家の場所を教えてもらえたから行こう」
「ん?」
「いいから行くよ」
……嬉しくないことの方が多いけどこうしてぐいぐいと私を連れて行動できてしまうところには正直……。
いやほら、自分だけだとどうしても一人寄りの思考になってしまうからね。
「ここだね」
「大丈夫なの?」
無視かい、こういうところは可愛くない。
仮に間違っていた場合に気まずくならないよう他のところを見ていた。
学校より西側にはあんまり行かないから少し新鮮だ、すぐのところにコンビニがあるというのも私達が住んでいる方とは違う。
田舎すぎるというわけでもないけど都会とはなにがあっても言えないため、これからこの場所に住む人はこっちを選択することだろう――なんてね。
「誰だ……って、寺戸の彼氏か」
「違うよ、この子は――」
「吉柳先輩、GWはまりんのことをよろしくお願いします!」
な、なんで私のためにここまで行動できるのだろうか。
好きならはっきりと言ってほしい、そうしたら私だって色々と考えたり接し方を変えたりする。
むしろそういう感情がないのにここまでしてくれていたら怖いよ、というわけで私のためにもはっきりと言ってほしかった。
吉柳君に対してはっきり言う必要はないからさあ……。
「暇人なのか?」
「はい、この人はどうせ家にいても家事すらできませんからね。し・か・も、一人で寂しいくせに強がって『一人でも大丈夫だよ』などと言ってくるんです。このまま時間だけが経過してしまったらせっかく久しぶりに遠出ができても落ち着けずに楽しめません。だから、一日だけでもいいから付き合ってあげてほしいんです!」
「俺も特に出かけるとかはないからいいけど、寺戸は求めているのか?」
「私は――」
「はい! 先程なんて自分から『吉柳君を誘ってみようかな、出会ってから一緒にいたくて仕方がないんだよね」と少し照れが混じった笑みを浮かべながら言っていましたから!」
不味いな、受験生なのにこの記憶力だとこちらが不安になってしまう。
なので、吉柳君に謝罪をしてから慌てて腕を掴んで離れた。
「病院に行こう、放置で治るようなことではないだろうから我慢をしてね」
「ふぅ、喉が乾いたからジュースを奢ってよ」
「自然と先輩に奢ってもらおうとしたら駄目でしょ」
「僕はまりんのために動いたんだよ?」
ぐっ、いまのはともかくお世話になっているのは確かなこと、それなのになにも返さなかったらイメージがもっと悪くなってもおかしな話とはならない。
くそ、仕方がないからジュースを飲ませておくことで黙らせるしかなかった。
結局今日も彼に負けていて悪い考えしか出てこなかった。
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