125作品目

Rinora

01話.[私っぽくないよ]

 頑張っている生徒達を見ながらぼへーとしていた。

 昼休みもこうして過ごしていたけど、昼と違う点は楽しんでいるわけではなく一生懸命だということだ。


「やっと見つけました!」

「ん?」


 ああ、急に大きな声を出したのは担任の舘花おりね先生だった。

 一応周りを確認してみたものの、こうしてゆっくりしているのは私だけだったから自分に用があるのだとすぐに分かった。

 でも、先生から逃げていたとかそういうこともないため、探される理由が全く分からずに待つことになった。


「寺戸さん」

「はい」

「ハンカチ、忘れていましたよ」

「ありがとうございます」


 ただ、そこまでしなくてもと言ってみると「濡れたハンカチを放置はよくありません」とやたらと真面目な顔で言われてしまったという……。

 まあ、確かに洗いに出せた方がいいから再度お礼を言って意識を戻す。


「部活、興味があるんですか?」

「いえ、こうして見ていると落ち着くんです」


 部活をやりたいなんて考えは実際に部活に入ることになった中学生のときに消えてしまった。

 いい生活なんかではなかった、あの毎日を思い出すだけで吐き気がこみ上げてくるぐらいだ。

 だから強制ではないこの高校がよかったんだ、まあ、授業が大変だとかそういうのは普通にあるけど部活をやらなくていいというだけで全く違う。


「あ、私はこれで」

「はい」


 こちらも帰ることにしよう。

 それなりに距離があるから早めに帰っておいた方がいい、この前、調子に乗って残っていたら春なのに真っ暗の中帰ることになったから。

 暗いところは正直に言って苦手だ、でも、特にそれ関連でなにかを経験したというわけでもないから前世になにかがあったのだと思う。

 いまのようにだらだらとしていて狭く暗い部屋に閉じ込められたとかなら可能性としては高そうだった。


「ただいま」


 特別狭いというわけでもないのに静かというだけで、他に誰もいないというだけでここもそんな感じに見えてしまうときもある。

 両親の帰宅時間がもっと早かったのならと、きょうだいがいてくれならと、安心できる自宅に帰ってきても贅沢でわがままな思考のままだ。


「誰か来た」


 少しだけ面倒くさく感じつつも無視をするわけにはいかないから玄関まで移動して扉を開ける。


「その様子だとまだご飯は食べていないみたいだね」

「え、あ、そうだけど」

「じゃあいまから僕が作るよ」


 この人は母の友達の息子だった。

 結構関わる機会があって、こうしてたまにご飯を作ってくれる。

 でも、それよりも気になるのは年下なのに敬語を使ってくれないというところだ。

 私が仮にいい人間でなかったとしても年上が相手なら敬語を使うべきだろう。

 面倒くさくても私だってしているのだ、だったら彼もするべきだった。


「寺戸まりんさん、制服を適当に脱ぎ散らかすのはどうかと思いますが?」

「後で片付けるから大丈夫だよ、いちいちその都度移動していたら不効率でしょ」


 そもそも彼が来ていなければ部屋に移動するつもりだったのだ。

 その際に持って行こうとしていたのに邪魔が入れば当然こうなる、お客が来ているのに放置して二階に行くなんてことはできやしないしね。

 つまり無駄なことを言っているのだ、正論だと思っているのならそれは判断ミスとしか言えない。


「はいそうやってすぐに言い訳をしない、もう高校生になったんだからちゃんとしないとね。気になる異性ができたときにそんなんじゃあ苦労するよ?」

「そんな人間はできないから大丈夫だよ、それよりあなたは敬語を使いなよ」

「嫌だよ、それにまりんとは一学年しか変わらないんだからね」


 それなら私のところになんか来なければいいのに。

 私としては彼が来なくなっても全く問題はないから実際にぶつけておいた。

 残念だった点はそれにすらも嫌だと言われてしまったということ、じゃあ好きだから来ているのと聞いてみてもそれも違うと言う。

 それならなんのために来ているのだ、母を狙ったって既婚者だから意味もないぞ。


「はぁ~、まりんがこんな感じなのに他県の高校を志望するつもりの僕はどうしたらいいんだろう」

「他県の高校に行くの?」


 これは初耳だ、そうか、他県に行くのか。


「あ、残念? 僕と離れることになって寂しい?」

「頑張って、緊張はするけど大丈夫だよ」

「緊張なんかしないよ、そんなことよりもまりんにどうすればしっかりしてもらえるかを考える方が大事だね」

「そんなのいいから」

「駄目だよ」


 側にいてとか、協力してとか頼んだわけでもないのに面倒くさい存在だった。

 残念ながら母に頼んでみても「仲良くしなきゃ駄目だよ」と言われるだけだし、自分で頑張った結果がこれだから変わる感じもしてこない。

 年下の男の人に心配されるほどやばい状態でもないので、まあ、来なくなるように頑張ろうと決めたのだった。

 ……頑張っても彼が認めてくれる感じはしなかったけど……。




「おはようございます」

「おはようございます」


 ある程度遅めを意識してみても他の人よりも早いみたいで先生とふたりきりで話す機会というのは増えていく。

 唯一普通に話せる人だから嫌ではないものの、なんか迷惑をかけているようでその点は嫌だと言えた。

 少し歩こう、それこそ人がいないのであればゆっくりできる。


「はぁ」


 学校は別に嫌いではない、それどころかちゃんと授業とかにもついていけていると嬉しい気持ちになる。

 友達については残念ながらもうすぐ五月になるというところまできているのにゼロだけど、他者と比べて上手くできない自分というやつになにかを感じることはこれまで一度もなかった。

 むしろぼへーとできるから一人でいられる方がいい、語彙もないし、面白いことも言えないから気が楽なんだ。

 まあ、作ろうと思えばいつでも作れるような人と、当たり前のように一人になっている私とでは違うかもしれないけど、別にそれで迷惑をかけているというわけではないから気にしなくていいような気がした。


「そこのお前」

「私?」

「ああ、ちょっと止まってくれ」


 SHRまではまだ時間があるから言うことを聞いて立ち止まった、私に話しかけてきた男の人はこちらに向かって逆にゆっくりと歩いてくる。

 知らない人といるぐらいだったらあの人、六野君といられた方がマシだななどと内で呟いた。


「ふむ、新入生か」


 そう言っている彼もそうだ、シューズの色で分かる。

 年上が相手でもなければ敬語を使う人間ではないため、なにがしたいのかを真っ直ぐに聞いてみた。


「元気がなさそうな人間を描きたくなったんだ」

「美術部に入っているの?」

「いや? 俺はあくまで自由に描いているだけだよ」

「そうなんだ、あ、描きたいなら描いてもいいよ?」


 元気がないわけではないんだけどね、でも、そう見えたのであればモデルとして役目を果たせるのではないだろうか。

 他の人はきらきら明るくて多分そのモデルとしては相応しくないだろうから気にしなくていいだろう。

 自分から無理やり描かせようとしているわけでもないのがいい、だからこそこうして普通でいられている。


「うーん、そう思ったんだけど時間がかかるからなあ」

「放課後、暇だからぼうっとしていてもいいなら大丈夫だけど」

「お、そうか? なら放課後になったら四組に来てくれ」

「分かった」


 よし、他者とももっと関われと六野君から言われていたからこれを聞いたら褒めてくれるのではないだろうか。

 やっぱりちくちく言葉で刺されるよりは褒められた方がいいに決まっている。

 それに自分より若い子の時間を自分のことで無駄に消費させたくはないし、うん、決めていたように頑張って変えていくのだ。

 というわけで教室から逃げることもやめて先生と話そうとしたものの、残念ながらクラスメイトがもう登校してきていて不可能だった。

 こうなると忙しいから今日はもう無理になる、なにかがない限り放課後にわざわざ教室に来ることもないからどうしようもないね。


「仮に教室に来てくれたとしても予定があるから無理だしね」


 幸い、先程と違って賑やかな教室だから聞かれてしまうようなこともなかった。

 とにかく、放課後までは真面目にやった。

 で、約束通り四組までやって来たわけだけど、あの人は友達と話していてすぐには近づけなかった。


「あ、悪い、約束があるからもう行くわ」

「あいよー」


 おお、気づいてくれた、一応見える場所に立っていたのがよかったか。


「ん? おいおい、もう彼女ができたのか?」

「違うよ、俺が来てくれって朝に頼んだんだ」

「そうか、ま、いつものあれを出してドン引きさせるんじゃねえぞ?」

「お前達相手にしかそういう話はしないよ」


 下ネタを言うとかちょっとえっちな本を出すとかそういうことかもしれない。

 だけどそれもちょっと羨ましかった、だってちゃんと仲良くできている相手がいないとできないことでしょ? 私の方はそういう存在が一人もいないから……。


「悪い、待たせたな」

「上の方なら誰も来ないだろうから階段でもいい?」

「いいぞ、座れればそれでおーけー」


 センスがあるのかどうかも分からない私服ではなく制服という点も安心できる。

 彼は階段の踊り場に直接座り、私の方は段差に座ることになった。

 向かい合っている状態なのと、描かれているわけだからじっと見ていたけど、野球部でもないのに坊主頭なんて珍しいなという感想を抱いていた。

 六野君は少し長めだから尚更そう思う。


「絵を描くのが好きなの?」

「ああ、暇なときはあいつらといるか一人で絵を描いているな」

「どういう話で盛り上がるの? やっぱりちょっとえっちな話とか?」

「はは、女子からしたら微妙だろうけどな」

「いいんじゃない、教室内にいる全員に聞こえる声量とかじゃなかったら大丈夫だと思うよ」


 って、偉そうか、どこ目線での発言だよとツッコまれてしまいそうだ。

 これはあれだ、こうして誰かと一緒にいられているから浮かれてしまっている状態なのだ。

 恥ずかしくはないけど、なんでもかんでも口にしていたら……。


「できた」

「見せて? え、あれ、これは私じゃないね」

「寺戸だよ」


 えぇ、だってこんなに柔らかくてぷにぷにとしてはいない。


「ああ、そのまま描いたわけじゃないからな、俺、三次元の人間を描くのが苦手なんだよ」

「そうなんだ」

「協力してありがとな」


 あと、元気がない人間を描きたがっていた割には絵からそういう感じが全く伝わってこなかった形となる。

 ただ、あれが当たり前なのか満足そうな顔で歩いて行ってしまったからそれ以上ぶつけることはできなかったのだった。




「まりん、そんなに難しい顔をしてどうしたの?」

「私って元気がなさそうな顔をしている?」

「全然? あ、だらだらしたいという顔はしているけどね」


 そりゃあまあ家でぐらいはそうだろう。

 大人にとっての仕事がそうであるように、私達にとっては学校に行って勉強をすることがしなければならないことで、それが終わったとなれば休みたいという考えになるのはなにもおかしな話ではない。


「誰かからそう言われたの?」

「うん」

「まりんは意外と強いから心配しなくていいよ」

「そっか、いつも頼んでもいないのに家に来て余計なことを言っていく六野君がそう言うなら安心できるね」

「余計は余計だよ」


 悪口を言われたとかぼこぼこにされたとかでもないし、時間が経てば私的にも自然と忘れていくことだと考えていた。

 彼が言うように意外と強いため、小さななにかをずっと気にするような人間ではないのだ。


「それで今日来た理由は? 連日なんて珍しいけど」


 短くて三日に一回とかだったから実はかなり意外なことだった。

 なにか困っているならたまにご飯を作ってもらったりもしているからしてあげたいけど、素直に頼んでくることはないだろうな。

 こっちのことは勝手にやってしまうくせにこちらが動こうとすると止めてくる、というか、躱してくるのだ。

 そういうのもあるからなるべく来てほしくないという気持ちが出てくるわけで、適当に相手をされたくないなら気をつけるべきだった。


「まだ仲直りができていないんだ、仲直りができるまではここに来てもいい?」

「うん。ただ、ちゃんと仲直りはしてほしいけどね」

「うーん、そりゃ僕だって仲良くできていた方がいいけどさあ」


 ……実は私、ご飯とかを作ることができないんだよね。

 だから両親、主に母が帰宅するのを待つことになる。

 まあ、そこまで遅いというわけではないから食べられずに翌日へ~なんてことにはならないけど、だからこそたまに来てご飯を作ってくれる彼の存在は滅茶苦茶大きいことになるわけで……。


「六野君、いまあんなことを言っておきながら――」

「よし、いまから仲直りをしてくるよ」


 いつもは適当に対応をしていたのに自分が困ったときだけ利用しようとするのはクソか。

 全部聞かれる前に遮ってくれてよかった、そうでもなければ物凄く矛盾したことをしてしまっていたから。


「あ、うん、あ、付いて行ってあげてもいいよ?」

「一人でやるよ、じゃ、今日はこれで帰るね」


 出て行ったから鍵を閉めてリビングに戻ってきた。

 先程も言ったように調理なんかはできないため、制服から着替えるために部屋に移動する。

 着替えたらしっかり片付けてベッドに寝転んだ。


「よし、一日ぐらいご飯を我慢しよう」


 自分に甘々ではいけない、それぐらいの罰がないと駄目なのだ。

 ということでささっとお風呂に入ってまた戻ってきた。

 明日の朝、慌てなくて済むようにしっかり準備をしてから再びベッドに寝転んで目を閉じる。

 寝るのは得意だからすぐに朝を迎え、朝ご飯も食べずに家を出た。

 先生とゆっくり話したいのもあったのだ、それならこれは無駄ではない。

 けど、こういう選択をしたときに限って求めている人が来ないなどということが平気で起こるわけだと内で呟いた。


「お、もう来ていたのか」

「あ、おはよう」

「おう、横に座らせてもらうぜ」


 うん、やっぱりじょりじょりだ、触りたくなるような魅力がある。

 一度触ったら満足できるだろうからと頼んでみたら「いいぞ」と簡単に受け入れられてしまった。

 六野君はなんかこだわりがあるようで触ろうとする怒る、そういうのもあって嫌だと断られるかと思ったら受け入れられてしまって正直、逆に固まってしまった。


「寺戸?」

「あ、触らせてもらうね」


 おお、こんな感じなのか。

 お礼を言って一人満足感を得ていると「横顔でも描かせてもらうわ」と今日もお絵描きタイムにするみたいだった。

 ぼうっとするのは得意だ、つまりじっとしているのも得意というわけだから彼的には悪くはないだろう。


「見間違いだったな」

「元気いっぱいというわけじゃないけど元気だよ」

「ああ、あとその方が一緒にいて安心できるからそのままでいてくれ」

「まだいてくれるの?」

「まあ、こうしてもう一緒に過ごしたわけだからな」


 今度、六野君に会わせてみようと決めた。

 友達と仲良くできているところを見られればもう少しぐらいは評価を改めてくれるはずだった。

 いやまあ、そこまで必死に一人からの評価を回復させる必要はない気がするけど、ちゃんとできていれば六野君も自分のしたいことに集中できるだろうから、ね。


「吉柳せいだ、よろしく」

「私は――」

「知っているからいい――よし、今日のはどうだ?」

「やっぱり私っぽくないよ……」


 柔らかすぎるんだよなあ、私がモデルだからこそ違和感が大きくなる。

 クラスの可愛い女の子とかなら「可愛い」と言うことができるけど、仮にも自分がモデルのその絵を可愛いなんて褒めることができない。

 となると、彼の絵が微妙みたいに聞こえてしまうから大変よろしくない。


「え、絵については問題ないからね?」

「ん? ああ、別に自分が上手く描けているとか考えていないから気にするな。誰がどう感じるのかをコントロールできるわけではないからな」

「だ、だから」

「あ、そろそろ友達が来るから行くよ、ありがとな」


 おいおい、ちゃんと聞いてからにしておくれよ。

 ただ、今日はもう来なかったから大丈夫だということを上手く説明できる機会はやってこなかったのだった。

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