第2話 親子
砂漠と化した荒野をクルマで走る。
「……砂ばっかり」
娘はそう言いながら窓の外から目を離した。
それが一時間前の話だ。
今はすっかり大人しくなってしまっている。
まだ幼い娘にはこの旅は過酷だろう……。
帰る場所が無くなった以上、仕方が無いとはいえ可哀想に思う。
せめて休める場所でもあれば良いのだが。
「もうすぐ日も沈みそうだ……」
夜にクルマを走らせる訳にはいかない。
太陽光による充電が無いと燃費が悪くなる。
それにクルマの部品も貴重だ。
特にライトの換えはまず手に入らない。
はぁ、心配事ばかりだ……。
「ん? ……あれは」
先の方へと目を凝らす。
遠く小さくだが、砂嵐の向こうに何か建造物が見えた。
この距離から分かるという事は、ある程度の大きさを備えた建物なのだろう。
まだそんな建物が残っていたというのだろうか。
私は引き寄せられる様に近づいていった。
それは初めてみる構造の建物だった。
クルマの何倍も大きい柱が二つあり、その二つが上方で繋がっている。
そして、間に囲まれる様に縦長に四角い建物があった。
「柱が風よけになっているのか」
クルマから出ても微風程度に頬を撫でるだけだった。
風向きの都合もあるだろうが、建物が原型を留めている理由の一つだろう。
窓も割れていないな。
「……開いてる」
小さく聞こえた娘の声に振り向くと、私は建物の入り口に向かった。
「後ろから離れるなよ」
「……」
娘は私の後ろから様子を伺っていた。
ガラス戸を開けると中に入る。
砂を入れない為か、中にもう一つガラス戸があった。
音を立てない様にゆっくりと開ける。
ガタッ。
戸を開けると同時に、中から物音が聞こえてきた。
何者かが居るのだろうか。
もう陽は落ち始めて視界は悪い。
携行ライトを持ち合わせていないことが一層不安を煽った。
私は注意深く様子を伺うと、歩を進める。
「……あっ!」
「なっ!?」
娘が急に大きな声を上げた事に驚く。
何かを見つけたのだろうか。
だがそれより状況が変わったのだ、先に対応せねば。
「誰か居るのか?」
大きめの声を部屋に響かせる。
こちらの所在を知られている時点で他に選択肢は無い。
相手の出方を見るしかない。
緊迫した瞬間に、高い声が響いた。
「んーなぉ」
……?
足元に這いよってきたのは小型の生き物だった。
「……」
「待つんだ、野生の動物に触れてはいけない」
触れようとしていた娘をたしなめる。
野生動物は何かしらの菌を持っている可能性がある。
この枯れた世界では致命傷になりうるのだ。
「大丈夫ですよ、ンーナさんは機械猫さんですので」
「!? 誰だっ!」
声のする方を向くと、暗闇に薄っすらと人影が映った。
「少々お待ち下さいませ」
人影がそう言うと何かをパチッと押した。
すると部屋全体に明かりが灯る。
「……電灯か」
久しぶりに見る電気の明かりだった。
以前の村では電力の安定供給が難しく、一部の重要施設以外では使われていなかった。
声の主に向き直る。
風貌から二十歳ぐらいの女性と推察する。
「初めましてマイマザー」
女性は長いスカートの裾を掴み、優雅に御辞儀をした。
少し派手な髪の色と日本人離れしている様相に、少し怖気づいてしまう。
「どういう意味ですか……?」
「私を生み出してくれた人類は、私にとっては母親ですので」
女性は笑みを浮かべた。
「貴女は一体……」
「申し遅れました。私は自律思考型AI搭載の人型人形SAKI-A10109、個体識別名”先絵トドク”と申します」
「じりつ……えーあい……?」
ニミが首を傾げている。
驚いた、前時代の高度な機械という事か。
「そしてこちらは猫型人形のンーナさんです!」
「ンーナ……ちゃん?」
「んーなぉ」
ニミは足元に擦り寄ってきた猫型人形を不思議そうな目で見ていた。
その様子に「ふふっ」と微笑みを返す人型人形。
「……トドちゃん?」
ニミは顔を上げると今度はそれの名前を読んだ。
「はい、トドちゃんですよ!」
「……わぁ」
嬉しそうな声を上げるニミに、少しだけ気持ちが安らぐ。
「……トドちゃんは、何をしているの?」
「ここはラジオステーションなのです。リスナーさんからの御便りをラジオの電波に乗せて御紹介していますよ!」
「りすなー……? らじお……?」
「リスナーとはですね!」
トドクはニミの質問に一つずつ答えてくれている。
まるで子供をあやす親戚の子の様に思う。
他に人が居ないか周囲を見渡す。
透明な仕切りで分けられた奥の部屋には人影はない。
ただ紙束が山の様に積まれている事が気にかかる。
あれは、葉書だろうか……。
「なぁ、ここにはお前しか居ないのか? 人間は……」
「……トドちゃんだよ!」
ニミが珍しく声を荒げながらそう言った。
「あ、あぁ……」
今度は娘にたしなめられてしまった。
機械だと聞いて呼び方を変えたのだが分かるらしい。
……敵わないな。
「では、私の事はトドクとお呼びください」
そう言って笑みを浮かべるトドク。
「そうするよ。私の事はダイナと呼んでくれ。こっちは娘のニミだ」
「ダイナさんにニミさんですね、宜しく御願いします!」
深々と御辞儀をするトドク。
バツが悪くなった私は頭を搔きながら目をそらした。
「質問の答えになりますが、御二人は77日ぶりの御客様となります」
「……トドちゃん、一人なの?」
「今はニミさん達が居るので凄く楽しいです!」
「……」
ニミは黙ったまま薄い笑みを浮かべていた。
「申し訳ないが休息を取りたいんだ。暫く居させてもらっても良いか?」
「はい、大丈夫です。二階の部屋をお好きに使ってください」
「助かるよ」
「……」
トドクを見たまま名残惜しそうなニミの背を押すと、二階へと向かった。
そのトドクはこちらを見て手を振っている。
機械人形だと言っていたが、とてもそうは見えなかった。
二階にあがると、いくつもの部屋があった。
私は念の為に全ての部屋を確認する。
「どうやら人が隠れていたりはしないようだな」
途中で見つけた三階も覗いたが、人の気配は無かった。
どうやら本当にトドク一人しか居ないようだ。
「んーなぉ」
「お前も居たか……」
ンーナと呼ばれた猫型の機械人形が私達の後を追ってきていた。
「……」
その小さな体をニミが持ち上げる。
「んーなぉ」
「……」
「……」
「……んーなぉ」
暫くジッと見つめ後、ニミはンーナを抱きかかえた。
まぁ、機械人形なら害は無いだろうか。
部屋の内装はどれも同じに見えた。
各部屋に一人用の寝具と机と椅子が揃えてあった。
どうやら9つほどある部屋の全てが個室らしい。
見事なモノだ、ここはまさに旧文明の遺産だろう。
「これかな」
トドクがしていた様にスイッチを押すと部屋に電灯が点いた。
私が荷物を机の上に置くと、ニミも背負っていたリュックを置いた。
「……」
ニミはジッと寝具を見つめている。
私はベッドに近づくと、上に乗っているマットに触れた。
特に問題は無さそうだ、いや柔らかすぎる気もするが。
「座っていなさい」
私の言葉にニミが腰を落ち着ける。
「……!」
不意にニミが驚いた顔を見せた。
マットの柔らかさに驚いたのだろう。
「んーなぉ」
ニミはンーナを覗き見ながら微笑んでいる。
久しぶりに見せ始めた笑みに私の頬も緩んだ。
窓の外は砂嵐しか見えない。
防音がしっかりしており微かに風音が聞こえる程度だった。
皆は元気にしているだろうか……。
答えの出ない問いが浮かんでは消えていった。
一つ不思議な事があった。
外の暑さと比べると、建物の中は涼しい気がする。
それどころか薄っすらと冷気を感じた。
「空調まであるのか……」
三階にあった自家発電の設備といい、遺産としての価値が高いな。
私はニミに振り返る。
「……」
ニミはベッドに横たわって眠っていた。
「長旅の疲れが出たか……」
村を出てから一週間、ろくな寝床が無かったからな。
はみ出た足をベッドに乗せてやり、端に揃えてあった布団を掛ける。
「んーなぉ」
ニミの手から離れたンーナが出入口の方へ走って行った。
部屋のドアを開けてやると、タタッと外に駆けていく。
「とても機械には見えないなぁ」
私は椅子に腰掛けると目を閉じた。
「……ふぅ」
すぐに意識が遠のいていくのを感じた。
それは静かで涼しい居心地の良さ故か。
それとも、ニミの寝顔に安心を覚えたからか。
深く考えるまでもなかった。
「……」
目を覚ますと部屋は暗闇に覆われて居た。
暗闇に慣れさせる様に目を開けたり閉じたりしてみる。
あまり効果はない。
唯一、部屋の外からの薄っすらとした光で現状を把握してみる。
「……ニミ?」
ベッドで寝ていたはずのニミの姿が無い。
急に不安に駆られた。
椅子から立ち上がると、寝ぼけた頭で入り口に向かう。
「……っ」
ドアに頭をぶつけたらしい。
部屋の外、通路には薄っすらとした光が伸びていた。
歩く分には問題はない。
ニミは何処に……。
建物の入り口は一階にしか無かったはずだ。
トドクも居るかも知れない。
取り合えず一階に向かう事にした。
一階の電灯は全面に点いており、端まで光が届いている。
周囲を見渡すと、すぐにニミの姿を見つけた。
安心した私はゆっくりと近づいていった。
その時、透明の仕切りの向こうにいるトドクに気付く。
ニミに近づくにつれて、トドクの声が響いてきた。
『聞いてくれよメッセンジャー。俺の彼女が別の男と歩いてたんだ。しかもだよ、今日は俺と付き合い初めて1ヵ月の記念日だぜ。流石に酷いよなぁ』
『聞きましたよリスナーさん。残念でしたね、どうやら本命はアナタでは無かったようです』
『ムカついたから折角買った指輪を放り投げたんだよ。そしたら近くを歩いていた女の子にぶつかってさ』
『何と、新しい恋の予感ですね!』
『滅茶苦茶怒られたよ……』
『あぁー、手厳しい。人生はすんなりとは行きませんね』
『でもさ、何か怒られた事にちょっとドキッとしちゃって。こういう恋もあるのかも知れないな』
『リスナーさん、恐らく吊り橋効果という錯覚ですよ。……等と言ってしまうのは野暮ですね!』
言ってるじゃないか。
思わず心の中でツッコミを入れてしまう。
ニミはその様子を不思議そうな目で見つめている。
「……御父さん」
こちらに気付くと、説明して欲しそうな顔が映った。
「トドクは今、ラジオを放送しているんだ」
部屋の向こうに居るトドクの声が、目の前の機材から聞こえてくる。
「放送……?」
「あぁ、ラジオを聴く事のできる何処かの誰かに向けて」
トドクが手に持っているのは色あせた古い葉書。
「もう居なくなった昔の人達の、想いを読み上げているんだ」
そうニミに言ってから気付く。
トドクがどれほど尊い事をしているかを。
「……凄いね」
「あぁ、そうだな」
ニミの肩に手を置いて、その放送を見届けていた。
『あっ……』
暫くして、トドクがこちらに気付く。
『ニミさん、ダイナさん!』
「……」
ニミがこちらを向いたので、その背を押してあげた。
部屋の中は机を囲む様に椅子がいくつかあった。
ニミの隣、トドクの斜め前の辺りに腰掛ける。
『……トドちゃん』
『はい、トドちゃんですよ!』
嬉しそうに笑みを浮かべるトドク。
『……むふぅ』
ニミも嬉しそうだった。
『ラジオ放送中だが大丈夫なのか?』
『は!? 放送中でした!?』
どうやらトドクは少しおっちょこちょいな様だ。
『今回は特別放送という事にしますね!』
誤魔化すように笑ったトドクは子供の様だった。
それから私達は放送機材の前で他愛のない話を始めた。
『……それでね、御父さんがね』
『そんな事があったんですね!?』
トドクはニミの良い話相手になってくれた。
たどたどしいニミの言葉に驚いたり喜んだり、新鮮な反応を浮かべてくれる。
その様子を見ていると、トドクが機械人形だとは思えない。
『……でね……』
『ニミさん?』
ニミが机に突っ伏したまま寝息を立て始める。
『喋り疲れて眠たくなってきたようだな』
先程少し眠ったとはいえ、もう夜も遅い。
ニミを抱き寄せると私の太ももを枕にする様に横にした。
その髪の毛を撫でてやる。
愛おしい我が子の。
『なぁ、トドク。私の話も聞いてくれないか?』
何故そう思ったのかは分からないけれど。
聞いて欲しいと思ってしまった。
『はい、是非聞かせてください!』
その想いに当り前の様に答えてくれる。
とても有難い話だった
『私達は北にある洞窟村から来たんだ』
『洞窟村ですか?』
トドクは首を傾げていた。
『あぁ、大昔には驚く技術があってな山に穴を開けてクルマの道路を通していたらしい』
『なるほど、トンネルの事ですね』
『私達の祖先は其処に村を築いたんだ、伝え聞く大災害をも凌いだ穴ぐらだ、補強すれば安全だって考えたんだろうな』
――大災害。
伝え聞くだけで何が起こったかは分からない。
緑が砂漠化がしてしまう様な何かがあったのだろう。
『私は其処で管理点検の仕事をしていたんだ、毎日穴ぐらに異常個所が無いか見回りをする仕事だ。ひび割れや錆つきを見つけては地道に修繕をしていたよ』
『大変な御仕事だと思います』
『別に大した事じゃない。結局長い年月の老朽化は人間一人の力ではどうしようもない。私はできる事をするだけだ。一日でも長く過ごせる様に』
『頑張っていらっしゃるのですね』
私は首を横に振る。
『あの村はもう無いんだ、天井が崩落してしまったんだよ』
『そうだったのですか……』
『幸い皆の避難が間に合ったから、誰も死ななかった』
『それは不幸中の幸いです』
『……けど、けどな』
思わず声が震えてしまう。
『管理点検は私の仕事だったんだよ』
自責の念が未だに私を苦しめている。
『私が何とかしていればあの村は今もあそこにあったんだよ』
『……』
『それで居られなくなって皆の元から離れたんだ、もうあの中に私達の居場所は無かったから』
『……』
『いや、私の居場所か……。ニミだけは皆と一緒に居させてやれば良かったのかも知れないな』
それだけが心残りかも知れない。
『私は、沢山の御便りを詠んできました』
『トドク?』
『その中に、少し重なる思いを感じます』
重なる思い?
『宜しければ、読み上げさせてもらっても良いでしょうか?』
『……あぁ、頼むよ』
人形であるトドクが、私の気持ちを読み取ったという事だろうか。
気になった私は、素直に頷いた。
トドクは頷き返すと何も見ずにそらんじ始めた。
『メッセンジャーさん聞いてください。同じ野球部の先輩なのですが、最近部活を辞める事になったんです。急な話で先輩達もビックリしていました。凄く上手な人で毎日頑張っていたので。でも次の瞬間、先輩達がその人を悪く言いながら怒り出したんです』
黙って辞めたから迷惑を被ったのか。
確かに、私に似ているかも知れない。
『私は思い切って聞いてみました、どうして今まで一緒に頑張ってきた人を悪く言えるのかって』
『急に辞めたからだろう、責任も取らずに自分勝手に……』
私は思わず口をはさんでしまう。
『恐らくそういう面もあったのでしょう、でもこの御便りはこう続きます』
『あいつは何も言ってくれなかった。最初に出た言葉にボクは驚きました』
言ってくれなかった……?
『ボクはようやく理解できました。皆は辞める事に怒った訳じゃなく。相談してくれなかった事に怒っていたんだと。憎かったから怒っていた訳じゃないんです。そういう事もあるんだと勉強になりました』
『人は大切に思っているからこそ、怒ってしまう場合もあるんですね』
最後はトドクが言ったように聞こえた。
『もしかしたら洞窟村の皆さんも怒っているのかも知れません。でも同時にダイナさんの事を心配していると思いますよ』
『そんなはずは……』
『だって、ダイナさんのお陰で誰も死ななかったのですから』
トドクはそう言うと優しく微笑んだ。
言われて初めて気付く。
それは、ずっと誰かに言って欲しかった言葉だった。
あの時、崩落の前に気付けた事。
皆に逃げろと言って、避難が間に合った事。
私が頑張っていた十余年の勤労は、間違いじゃなかったと。
誰かにそう、言って欲しかったのだ。
『そうだと、良いな……』
私が皆の心配していた様に。
皆も私達を心配していてくれたら良いと思う。
『きっとそうだと思います。私はその方が嬉しいです!』
『ははっ、そっか。……そうだな』
嬉しいか嬉しくないか。
その二択ならどちらを選べば良いかなんて簡単な話じゃないか。
私は皆の気持ちを分かろうとすらしていなかった。
勝手に自分がこうだと決めつけて。
でも、皆が許してくれるのならば。
『また皆の為に頑張りたい』
それが素直な想いだった。
その言葉にトドクはただ黙って笑みを浮かべていた。
まるで心に寄り添ってくれる様に。
私はその姿に親しみを感じずにはいられなかった。
次の日、私達は洞窟村に帰る事にした。
復興作業も途中だろうし、私にできる事も多いはずだ。
謝って許してくれるかは分からないが。
信じてみようと思う。
「そうだニミさん、御菓子は好きですか?」
「……御菓子?」
トドクは後ろ手で隠していたモノを取り出す。
「こちらです!」
袋に包まれた棒状の携行菓子をニミに渡す。
それは現在では滅多に見られない貴重な菓子だった。
「……?」
ニミは不思議そうに首を傾げる
「いただいた物なのですが、良かったらどうぞ!」
満面の笑みを浮かべるトドク。
「美味しくない……」
「ええー!? そんなぁ……」
その顔が一瞬にして崩壊して笑ってしまった。
「貸しなさいニミ」
ニミから渡された菓子の”袋”を開封する。
「中から出てきた……!」
「これは失礼しました。包装だったのですね!?」
あわあわしているトドク、素でやっていたのか……。
「……あまい」
笑みを浮かべるニミの頭に手を置く。
少しくすぐったそうだった。
「んーなぉ」
「お前も撫でて欲しいのか」
ンーナの頭も撫でてやる。
「ゴロゴロゴロゴロ」
二人してゴロゴロ言い出した。
「ありがとうトドク、心から感謝する」
「お気になさらずに、キクコさんからも御願いされていた事ですので」
キクコさん、か。
何処の誰かは知らないが、恩にきるとしよう。
「さよならトドちゃん……」
ニミが悲しそう別れを告げた。
とても懐いていただから当然だろう。
だがトドクは目線に合わせる様にしゃがむと言葉を紡いだ。
「違いますよニミさん」
「……?」
「またね、です!」
そう言って笑みを浮かべたトドクが私には人間に見えた。
きっとニミも同じだったのだろう。
久しく見た事のない晴れ上がる様な笑みを浮かべ。
「またね、トドちゃん!!」
楽しそうに別れを告げたのだった。
砂の上を駆ける。
昨日の今日なのに懐かしさを感じた。
それだけの体験を経たのだろう。
「トドちゃんのラジオを聞こうよ御父さん!」
「そうだな」
すっかり明るくなったニミに笑みを返す。
クルマにラジオが付いている事などすっかり忘れていた。
覚束ない操作で周波数を合わせていく。
確か周波数は……1010.9khz。
人から生まれて人の為に詠っている彼女の名を思い出す。
先へ届く、か。
『私の言葉と皆さんの想い、ちゃんと届きましたか?』
電波に乗って聞こえてきた声に頷く。
「ちゃんと聞こえているさ」
あの子が居る限り、この世界の終焉でもきっと人々の営みの声は響いていくだろう。
ただ一つ。
願わくば、あの一人ぼっちの優しい女の子にも。
――幸があらん事を。
そう祈るように願うのだった。
『では、次の御便りです!』
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