枯れた世界で未来を紡ぐオートマタ

@itimi

第1話 老婆

 ―22XX年―


 枯れ果てた砂の大地をクルマで走る。

 長い旅の途中だった。


 もうずっと同じ様な光景を見ている。


 向かっている先が合っているのか。

 向かっている先に何があるのか。

 それさえ不明なのだから、困ったものだ。


 正直、一人だったらとっくに気が滅入っていた事だろう。


 クルマのラジオから声が届く。

 それだけが孤独を紛らわせる唯一の手段だった。



『こんにちはメッセンジャー』


『こんにちはリスナーさん』



 メッセンジャーは一人で便りを読み上げていく。



『聞いてくださいよ。予報外れの雨が振り始めたから慌てて家に帰ったら、何と旦那が洗濯物を取り込んでいたんです!』


『何と何と、それは助かりますね』


『本当にビックリしました、結婚してから五年目にして初めての事だったからです。それなのに旦那ったら、アタシを見るなり洗濯物を取り込むのを途中で止めてしまったんです』


『あらら、それは困りますね』


『すると何とですよ、ピタッと雨が止んだんですよ。全部アンタのせいだったのかって殴りたくなりましたよ!』


『何という偶然、はたまたそう言った能力を持った旦那さんだったのでしょうか。もしかしたら、先月雨が降ったのも旦那さんの仕業だったのかも知れませんね』



「くすっ……」



 ラジオから聞こえる音声に笑みが漏れる。



「それならその旦那さんにはもっと仕事して貰わないとね」



 雨が降って困る何て、贅沢な話だと思ってしまう。

 砂の荒野では貴重な水源なのだ。


 けれど可笑しくなって、ラジオに相槌を打ってしまった。

 先も見えない状況なのに不思議なものだ。


 先行きはどこまでも荒れて、横なりに吹く砂嵐にクルマが揺れる。

 無理に走ると横転してしまいそうだった。



「そろそろ何処かで休まないと、方角も見失ってしまうねぇ」



 太陽すら曖昧な空の下で、勘を頼りに彷徨っていた。

 ふと、砂嵐の中に大きな何かが映った。



「あれは……」



 祖父が生きていた頃に見た覚えがある、高速道路の橋脚だ。

 高くそびえた二本の柱、上には橋脚同士を繋ぐ高速道路の一部分だけが残っていた。



「あんなモノがまだ残ってたのかい」



 驚きつつも見つけたランドマークに近づいていく。

 風が弱まるまで少しでも凌げたら良いのだけどねぇ。






 停車してクルマの外に出ると、大きく背を伸ばした。



「もう二時間以上運転しっぱなしだ、流石に疲れたよ」



 橋脚と橋脚の間は、何故か無風に近かった。

 風向きと相性が良いのだろうか。



「しかし立派な建物だ、まだこんなのが残ってたのかい」



 驚く事に、橋脚の傍には建物が隣接されている。

 一体化する様に組み込まれた三階建ての建物だ。



「見た感じ穴は開いてない様だけど」



 過去の遺物である建築物は、そのほとんどが穴だらけで休む事すらできない。

 長年の劣化と、横なりの砂嵐が全てを壊してしまうのだ。



「……」



 かと言って車中泊を続けるのも辛い。

 慣れたと言っても体が固くなってしようがない。


 改めて建物の状態を確認する。



「こりゃ中で休めそうかねぇ」



 ガラスは割れていない、クルマの様に頑丈な素材だろうか。

 窓から中を覗き込む。


 不意に風の音が弱くなって、付けたままだったラジオが聞こえてきた。



『では次の御便りを……』


「あ!」



 胸が高鳴る音を久しぶりに聞いた。


 中に人影を見つけたのだ。

 向こうもこちらに気付いた様で反応する。


 その時、驚く事に。



『……ぁっ!』



 ラジオからの声も反応していたのだった。






 入り口に案内されて建物の中に入る。

 建物は防音加工されているのか、外の音がほとんど聞こえなかった。

 あの砂嵐の音を聞かずに済むのはいつぶりだろうか。


 建物の一階は透明の仕切りで二部屋に分けられていた。

 奥の部屋には見た事の無い機材が多数置かれている。

 何かの設備の様にも見えた。


 改めて目の前に居る女性に向き合う。

 少し派手な髪色で二十歳ぐらいに見える風貌だ。



「あんた……」



 ただ一つだけ、異質な部分があった。

 腕周りの一部が剥き出しになり、その奥に見えたのは……。


 ――――機械のパーツ。



「初めまして、マイマザー」


「マザー? あたしはもうマザー何て歳じゃ」


「いえ、私を生み出してくれた人類は私にとってはマザーですから」



 そう言って笑みを見せる。

 意味が分からない……。



「あんたは一体……?」


「これは申し遅れました」



 女性はスカートの裾を掴むような異国の挨拶をする。



「私は自律思考AI搭載の人型人形SAKI-A10109、個体識別名”先絵さきえトドク”と申します」



 先へ……届く?



「変わった名前だねぇ」


「是非トドクとお呼びください!」



 両手を胸元で揺すりながら嬉しそうにそう言った。



「人型人形ってのはなんだい?」


「そうですね、機械を用いて作られた人工生命体という事でしょうか」


「……っ」



 思わず息を飲む。


 久しぶりに出会った相手が人間では無かった。

 その現実はあたしの心に強く影を落とす。


 少し考えてから口を開いた。



「”あんた”一人かい?」


「はい、マイマザーは日数にして2022日ぶりの御客様になります」


「そうかい……」



 やはりここに人間は居ない様だ。

 辺りには水源も無さそうだし当然かねぇ……。



「あたしの事はキクコって呼んどくれ、理解できるかい?」


「はいキクコさん」



 こっちの言う事を理解している。

 まるで人と話をしている気分だった。


 だからこそ聞きたい質問がある。



「あんたなのかい?」


「申し訳ありません、何の御話しでしょうか?」


「ラジオを、……放送しているだろ」



 少し言い淀んでしまう。

 きっと訊ねる事が怖かったからだ。



「……ぱぁ!」



 ……ぱぁ?

 トドクと言う人形が子供の様に目を輝かせた。



「聞いていただいていたのですね! わぁ、何という事でしょうか!」



 とても嬉しそうに何度も笑みを浮かべるトドク。



「……」



 それは人形とは思えない豊かな表情だった。



「リスナーの方と直接お会いするのは初めてなのです!」


「そうかい、やっぱりあんたが……」



 嬉しそうに笑うトドクとは反対に、あたしの心は再び沈んでしまった。


 この世界に人間が生きてラジオをしている。

 それはあたしにとって、ある種の希望だったからだ。



「あの、キクコさん?」


「なんだい?」


「私は、ずっと聞いてみたかった事があるんです……」



 トドクは少し躊躇ったように見えたが、その問いを口にした。



「私の言葉と皆さんの御便り、ちゃんと届きましたか?」



 まるで人間みたいな事を言うものだ。

 何て言えば良いだろうか、少し面倒に思う。



「ごめん……、ちょっと疲れてるんだよ」


「あ、失礼しましたキクコさん」



 トドクは少し寂しそうな顔を作る。

 何だか悪い事をした気分になってしまった。


 相手は機械人形だって言うのに……。



「宜しければ二階にベッドがありますので御活用下さい」


「ベッドだって? そりゃ助かるよ」


「ごゆっくり御休み下さいませ」



 トドクの御辞儀を背に二階へと向かう。






 二階はいくつかの部屋があり、奥の方まで通路が繋がっていた。

 奥には三階への階段があるようだ。


 取り合えず目の前の一室に入ってみる。



「ん-なぉ」


「わっ……」



 急に何かが飛び出してきて驚く。

 小型の生き物は通路の奥の方へと走っていった。



「……な、なんだったんだい」



 見慣れぬ生き物の姿に溜め息を吐いた。

 あたしは改めて室内を見渡す。



「思ったより綺麗だねぇ」



 ほこりを被っている部屋を想像していたが、まるで手入れがされてるかの様な綺麗な部屋だった。


 もしかして、トドクが掃除をしているのだろうか。

 でも、人形が何の為に?



「考えても分かんないねぇ……」



 近くの机に荷物を置く、ベッドに腰掛ける。



「……柔らかい……」



 擦り切れそうな車の椅子と違って、心地の良い柔らかさを感じる。

 久しぶりの感覚に戸惑いを覚えながら窓の外を見た。


 視界に映るのは横なりの砂嵐。

 ただボーっと見ていただけなのに、涙が零れてきた。


 砂嵐しか見えない世界で”建物の中に居る”という、それだけの安心感に心が安らぐ。



「まだ先は長いっていうのに……」



 旅路の果てに何が待っているのか、想像するのが怖かった。

 それ振り払うようにベッドに横たわる。


 疲れていたのかすぐに眠気が襲ってきた。



「……」



 何もかもが怖くなって、ただそれに身を委ねるだけだった。







 目を覚ますと、外は暗闇に覆われていた。

 暗い部屋の中、通路から射す照明の光だけが唯一の明かりだった。



「んっ?」



 気が付けば体に布団が掛けられている。

 自分で掛けた記憶は無いのだが。


 机に置いてあった鞄から水筒を取り出す。



「ふぅ」



 少しだけ頭が冴えてきた。

 そう言えばあの人形……、トドクは何をしているだろうか。


 気にかかったあたしは入り口から廊下に出ると、階段を下りていった。








 一階は全面に明かりが付いていた。

 電力はどうやって賄っているのだろうか。



「トドク?」



 名前を呼んでみる、何処に居るのだろうか。

 辺りを見渡すと、奥にあるガラスで区分けされた部屋の中にトドクは居た。


 近くの機材から薄っすらと音が聞こえてくる。



『どうでも良かった受験なのに、あの子が居ると思うと絶対受かりたい受験になっていたのです。恋にこんな力があったとは、我ながら驚きました』


『わぁ、素敵ですね。誰かを想う事が力になる、分かります! 私もリスナーさん達の事を思うと何だか暖かい気持ちになるんです、ふふっ』



 トドクは奥の棚へと向かう。

 その棚には多すぎて溢れんばかりの便りがあった。


 傍目にも色が変わってる古そうな便りを、トドクは宝物の様に大切に優しく掴む。



『では次の御便りです!』



 これまでラジオを聞いてきたからすぐに分かった。

 あれは恐らくずっと昔、色々な場所の色々な人達の声。


 その時代を生きた、人々の想いそのものだ。


 その一つ一つをトドクが読み上げて、電波に乗せる。

 ラジオを聞く何処かの誰かに向けて。


 届くかどうかは分からない、それでもずっとトドクは続けてきたんだ。



「それは……」



 とても有難い事だと、そう思わずに居られない。


 この崩壊した世界で”唯一流れる”電波の音色なのだから。

 とっくの昔に滅んでしまった人々の営みをトドクが読み上げる事で思い浮かべる。


 もう見る事も叶わない人々の想いに寄り添う。

 過去から未来へと届いていく。


 この枯れ果てた終末の世界で、希望だけが響いている。



「……っ」



 また涙が出てきた。

 でもこれは、悲しくて怖くて、そんな感情から出た涙では無くて。


 人から生まれて、人の為に言葉を紡いでくれている彼女を。

 人の営みを詠ってくれているトドクを。


 愛おしく思った故だった。



『あ、キクコさん!』



 ふと、こちらに気付いたトドクが声を上げる。

 ラジオに乗ってしまっているけど良いのかねぇ。

 あたしはドアを開けるとラジオの放送室に入った。



『ゆっくり御休みできましたか?』


『あぁ、おかげさまで。あんたなんだろ、布団を掛けてくれたの』


『余計でしたでしょうか?』


『いや、構わないよ。今、ラジオ放送しているのかい』


『はい、放送中です。あ! 放送中でした!?』



 今更気付いたようにトドクは驚いていた。



『くすっ』



 思わず笑みが漏れる。

 機械だってのに、おっちょこちょいな子だねぇ。



『ねぇトドク、お願いがあるんだけど』


『何でしょうかキクコさん?』


『少しあたしの話を聞いてくれないかい』


『はい、是非聞かせて下さい!』



 そう言って笑みを見せるトドク。

 本当に優しい子だった。



『あたしは琵琶湖オアシスの辺りに住んでいたんだ』


『琵琶湖ですと、結構距離がありますね』


『あぁ、西へ向かって旅の途中だよ』


『長い旅になるのですか?』


『実は孫を探しているんだよ。生きているかどうかも分からないけれど』


『……御孫さんはどちらに?』


『西の方に大きい街があるって聞いたんだ。あの子は馬鹿だからさ、無理だって言うのも聞かないで一人で行っちまったんだよ』


『心配ですね……』


『ホント、そうなんだよ。あの時、無理にでも引き止めておけば良かったよ』



 知らず知らず、堰を切った様に言葉が溢れ出てくる。



『早くに両親を亡くした子でね、あたしも育てるのに必死であまり構ってやれなかったんだけどねぇ。けどさ、こんな年寄り一人置いて……。何だってあの子は独りで……』


『キクコさん……』



 ラジオに流れる事が分かっていても、泣くことを我慢する事ができない。


 あぁ、あたしはずっと寂しかったんだね……。

 ”人に”話して初めてその事に気付いた。



『……同じとは限りませんが』


『ん?』


『以前、その様な御便りを読んだ事があります。宜しければ読んでも良いでしょうか?』


『構わないよ』



 あたしが頷くと、トドクは手紙を見る事も無くその便りをそらんじる。



『ウチの婆ちゃんは心配性で何をする時でも平気か大丈夫かーって聞いてくるんです。問題ないよって言っても、また次に会った時には平気か大丈夫かーって。正直ちょっと面倒だなって思っていました』



 あの子も、あたしを面倒に思っていたのだろうか……。



『でもある時、本当に辛い事があって挫けそうになって塞ぎこんでしまったんです。一人で抱えきれなくて。そんな時にいつもの様に婆ちゃんが言うんです。平気か大丈夫かーって。思わず泣きそうになって、全部言ってしまいたくなって。でも、それってやっぱり婆ちゃんに心配を掛ける事だと思うから。俺は婆ちゃんに心配を掛けたくない。だから家を出る事にしたんです。情けない姿を見せない事が、一番心配を掛けない事だと思うから』


『心配を掛けない……?』


『このリスナーさんは弱い姿を見せる事が、一番心配を掛けると思ったのですね』


『馬鹿な事を……、顔を合わさない事でこっちがどれだけ心配するのかも分からないのかい』


『この後はこう続きます』



 トドクは目を伏せて言葉を紡ぐ。



『その婆ちゃんの葬儀が終わってから家族に言われました。婆ちゃんはいつもお前の事を心配しとったぞって。それを聞いて俺は泣き崩れてしまって、まだまだ子供だったんだなって思わされました』


『……』


『もしかしたら御孫さんは、キクコさんに心配を掛けないと思う方法を選んだのかも知れませんね』


『あたしの事、何も分かってないんだねあの子は……』


『かも知れません。でも怒らないであげて欲しいのです。きっと御孫さんは、キクコさんの事が大好きですから』



 そう言って薄い笑みを浮かべるトドク。



『あぁ……、そうだね』



 その笑みにあたしも笑みを返す。



『お尻を叩いた後に、抱きしめてあげるとするよ』


『ふふっ。はい、きっと喜ぶと思います!』



 あたしの言った冗談にトドクは作り物には見えない笑みを見せた。


 胸のつかえが取れた気がする。

 いつの間にかあたしは、あの子の事を信じられなくなっていた。


 あたしを捨てて出ていったと悲しくなって……。

 でも、そうじゃない。


 事実は分からなくても、そうじゃないと信じられる。

 トドクだけの思いじゃない、過去を生きた先達の思いが心に沁みる様だった。







『そんな事があったんですね!』



 それからは他愛の無い話をトドクと続けた。


 琵琶湖オアシスで世話になった人の話や、車のシートがボロボロでお尻が痛いとか。

 本当に他愛の無い話だった。


 だけど、それをする事すらどれくらいぶりか分からなくて。

 久しぶりに話す相手が機械だ人形だなんて、最初はそう思っていたけれど。


 今は思う。

 この子で……、トドクで良かったと。

 心からそう思っている。


 楽しい時間はあっという間に過ぎて、本日の放送は終了した。



「キクコさんありがとうございました」


「こちらこそ。もしかしたらあの子が、このラジオを聞いているかも知れないし」


「はい、私も聞いてていただけると嬉しいです!」



 そう言って笑みを見せるトドク。

 その姿はまるで我が子の様に愛おしかった。



「あ、あのキクコさん。ひとつ聞いても良いですか……?」


「何でも言ってみな」



 トドクは胸元に手を置くと、意を決した様に言葉を紡ぐ。



「私の言葉と皆さんの御便り、ちゃんと届きましたか?」



 それはあの時、答えられなかった質問だった。

 二度も聞いてくるという事はトドクにとっても大切な想いなんだ。


 だからちゃんと考えて、想いを込めて”応える”としよう。



「あぁ、ちゃんと届いていたよ……」



 トドクを抱きしめる。



「キ、キクコさん!?」



 伝わるか分からないけれど、心から感謝している。


 御互いにどう思っていたとしても伝えようとしなければ始まらない。

 あたしと孫が出来なかった事を、教えてくれたこの愛しい我が子に。



「届いて、いるよ……」



 大切な言葉を紡ぐとしよう。



「……嬉しいな」



 そう呟いた彼女と人間に何の違いがあるのだろうか。

 思わずには居られなかった。








 次の日の朝、あたしは旅の続きを始める。



「あら……」


「雨、ですね」



 窓の外は雨が降っていた。



「何処かの旦那さんが、洗濯物を片づけたのかも知れないねぇ」


「ふふっ、そうかも知れませんね」



 あたし達は悪戯っぽく笑みを浮かべた。



「もう行ってしまわれるのですね」


「あの子が待ってるかも知れないからねぇ」


「はい、きっと会えますよ!」



 トドクは無理した様に笑った。

 別れには笑みを、その想いが伝わってくる様だった。



「んーなぉ」



 不意に足元で鳴き声が響く。



「あんたもまたね」



 小さな生き物の頭を撫でてやると、気持ち良さそうな顔をしていた。



「あ、そうだ」



 トドクに渡そうと決めていたモノを鞄から取り出す。



「少し古い菓子だけど、誰か来たらあげてくれないかい?」


「良いのですかキクコさん?」


「あぁ、折角来た御客さんにもてなし一つも無いのは寂しいだろう」


「これは失礼しました!? 満足なもてなしも出来ず……」



 イジイジとしているトドクは子供の様に見えた。



「いいんさ。あたしはあんたに会えて凄く嬉しかった」


「……私もです! ありがとうございますキクコさん!」


「後、これは貴女に」



 薄桃色のスカーフを取り出す。



「キクコさん……?」



 腕の辺りの機械部分が見えている箇所を塞ぐように巻き付けた。



「女の子何だから、気を遣うようにね」


「心得ました、キクコさん」



 昨夜、話をしていて一つだけ気を付けた点がある。

 きっとリスナーの人達はトドクが機械人形だという事を知らない。


 それを知る事はきっと誰かの希望を砕く事になるだろう。

 けれど、実際に会えばとても良い子だとちゃんと分かる。


 だからこれから先はここを訪れる人に任せるとしよう。


 願わくば、皆の思いがあたしと同じである事を。

 トドクを大切に想ってくれる事を。




「じゃあ、行くよ」


「また来てくださいね、私はいつでもここに居ます」


「あぁ、約束するよ」



 あたしは再びトドクを抱きしめる。



「ありがとう。またね、人類わたしたちの愛しい愛娘」


「はい、ありがとうございました。……マイマザー!」



 あたしはその言葉に笑みを返した。







 雨が降る砂の荒野に車を走らせる。



「これぐらいの角度かね」



 クルマに紐でくくりつけた容器の角度を調整する。

 雨水を集める為だった。


 これからもあたしの旅は続く。

 長い旅になるかも知れない。


 だけど、恐れる事はない。

 もう、孤独を紛らわせる必要もない。


 ラジオをつければ、いつでも会えるのだから。

 この、愛おしい我が子に。



『では、次の御便りです!』

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