浮気されて婚約破棄された令嬢は雪山で全裸で抱き合って懐妊する

華咲 美月

第1話

 春たけなわ。

 薄桃色のラクサの花が咲き乱れるいい季節である。

 草原を流れる心地よい風が旅人の頬を撫でる。

 こんな心地よい季節なのに、私の気分は最悪だった。


 私の名前はアメリア・ミュゼ・マーヴェル、マーヴェル侯爵家の三女である。

 シルバーブロンドの腰まで届く長い髪で、胸は大きくスタイルはいい。

 そんな魅力的な私が、最悪の方法で婚約破棄されようとしていた。


 私の婚約者は、ルーカス第一王子である。

 金髪碧眼のイケメンであるが、中身が残念であった。

 彼が失敗ばかりしているのを、私が何度も尻拭いしてきたのだ。

 そのことが逆に生意気だと思われたのかもしれないが……。


 ルーカス王子にはピンクブロンドの髪の令嬢が抱きついていた。

 ミア男爵令嬢である。

 一年ほど前から、ルーカス王子とミア男爵令嬢は私の目の前で堂々と浮気していた。

 浮気されても王子と男爵令嬢では身分に差がありすぎる。

 結局は侯爵令嬢の私と結婚するしかないだろうと、高をくくって放置していたのである。

 そして、今日の王立魔法学園の卒業パーティーで、私がルーカス王子から婚約破棄を突きつけられることになるのだった。


「アメリアよ! お前がミア男爵令嬢を虐めていたことは分かっている! 今日を持って婚約破棄する!」

 ルーカス王子は大勢の同級生が見ている前で、婚約破棄を宣言した。

 私は深呼吸して気分を落ち着けた。


 ルーカス王子には今まで散々迷惑をかけられて、尻拭いをさせられてきたのである。

 今回もすぐに諦めて受け入れるわけにはいかなかった。

「私がミア男爵令嬢にどんな虐めをしたというのですか?」

 ルーカス王子は気遣わしそうにミア男爵令嬢の方を見てから宣言した。


「いいだろう、お前の罪状を明らかにしてやる」

 ルーカス王子は自信満々に右手を前に突き出した。

「お前はミア男爵令嬢が階段を降りようとするときに、後ろから近づいて浣腸をしただろう! ミア男爵令嬢は驚いて階段を踏み外してしまった! これは殺人未遂に当たる!」

「はぁ?」

 私は頭を抱えて溜息を付いた。

 侯爵令嬢で淑女教育を受けた私が、“浣腸”なんて下品なことをするわけ無いでしょうが!

 この馬鹿王子が!


「そればかりではなく、お前はミア男爵令嬢の下着を脱がしてから、制服の上に水をかけて透け透けにして、辱めを与えたと彼女から聞いている!」

「私にそんなマニアックな趣味はありません!」

 ミア男爵令嬢は顔を真っ赤にして小さく震えている。

 男の庇護欲をそそるような態度だった。


「言い逃れようとしても無駄だ! お前にはふさわしい罰を与えてやる!」

 ルーカス王子が合図すると、取り巻きたちが大きな棺桶のような物を運んできた。

 蓋の部分は聖母マリアンヌ像を模したデザインで、その周辺に魔法文字が刻まれている。

 何か嫌な予感がする魔道具であった。


「これは“氷結の処女”と言う王家秘蔵の魔道具だ。罪人を氷漬けにして処刑するものだ」

 ルーカス王子はニヤリと笑った。

「蓋を開けてアメリアを放り込め!」

 王子の命令で私は引きずられていって、氷結の処女の中に放り込まれそうになった。

 蓋を開けた氷結の処女からは、凄まじい凍気が吹き出してくる。

(あ……これ、やばいやつだわ……)


 ルーカス王子が近づいてきて私の足を持って、頭から氷結の処女に突っ込もうとした。

(こうなったら道連れだわ!)

 私は最後の抵抗でルーカス王子の服をつかんで、一緒に氷結の処女に引きずり込んだ。

「な、馬鹿やめろ!」

 ルーカス王子は焦った声を出して、私と一緒に氷結の処女に引きずり込まれていった。


 一瞬、気を失っていたようだった。

 気がつくと雪山の中にいた。

 辺り一面雪が降り積もっている。

 ルーカス王子はすぐ近くに倒れていた。


「起きなさいルーカス」

 呼びかけるとすぐに目を覚ました。

「アメリア貴様、よくも俺を巻き込んだな!」

「うるさい!」

 私は魔力を乗せたパンチをルーカス王子の顔面に叩き込んだ。

 鼻血を吹いて吹き飛ぶ。


 今までも何度かキレてぶちのめしたことがあるけど、今回は今までで一番怒っていた。

「この馬鹿王子! 浮気した上に王家秘蔵の魔道具まで持ち出して、何やってるのよ!」

「そ、それは生意気なお前を反省させようと……」

 最後まで言わせずにまた顔面にパンチを叩き込んだ。

「反省するのはあんたでしょ!」

「王子を“あんた”呼ばわりするのは不敬だぞ!」

「まだ言うか!」

 私はルーカス王子の上に馬乗りになって、数十発のパンチを叩き込んだ。


 十数分後、ルーカス王子は私の前で土下座して許しを請うていた。

「アメリア、俺が悪かった……許してくれ……」

 私はフーフー荒い息をつきながら、彼を見下ろしていた。

「もう浮気なんてしないと誓える?」

「し、しない! 絶対にしない! これからはアメリア一筋だ!」

 ルーカス王子は鼻水を垂らしながら私の足に縋り付いてきた。


 こんなどうしようもない馬鹿王子でも縋り付いてこられると、情が湧くのである。

 私は深い溜め息をついた。

「仕方ないわね。今回だけは許してあげるわ」

 ルーカス王子の顔がパッと輝く。

「アメリアはやっぱり俺のことが好きなんだね?」

「見捨てないでほしいと、王妃様に頼まれているのよ」

 王妃様が言うには、私以外にルーカス王子を任せられる令嬢はいないというのだ。

 政略結婚だから勝手に婚約破棄できるはずがない。


 落ち着いてくると寒さが気になってきた。

 薄暗くなって風も強くなってきて吹雪になりそうな気候である。

「吹雪になってもいいように、身を隠せる場所を探さないと……」

 ルーカス王子が雪山の頂きの方を指さした。

「多分あっちに洞窟があるはずだよ」

「根拠はあるの?」

「勘だよ」

 私はまた溜息をついたけど、彼の提案に沿って頂きの方へ進むことにした。


 しばらく進むと薄暗さが増して吹雪いてきた。

「あった! 洞窟だよ!」

 王子が指さした方を見ると、確かに洞窟があった。

「先住者がいなければいいけど……」

 私たちはおっかなびっくり洞窟の中に入っていった。


 洞窟の中は意外と奥深かった。

 寒さは相変わらずだが、壁や床はあまり凍りついてはいなかった。

 吹雪の中を彷徨うよりも遥かにマシだった。

 しばらく進むと奇妙な部屋に出た。

 氷でできたテーブルや椅子が置いてあるのだ。

 テーブルの上には氷のワイングラスが置かれていて、ワインがなみなみと注がれていた。


「妾の部屋に侵入者かしら?」

 部屋の奥からブルーのマーメイドドレスを着た妖艶な女性が現れた。

 脚のところには大きなスリットが入っている。

「俺はマーヴェル王国のルーカス王子だ。この部屋には食べ物があるはずだ。分けてもらうぞ」

 ルーカス王子が前に進み出て傲慢に言った。

 この馬鹿……相手がどういう人物かわからないのに……。


「ほほほ。マーヴェル王国なんて知らないわね。侵入者は排除するわ……」

 私は身構えた。

「妾はアイスレディ―。氷の淑女よ! ぶちのめして上げるわ!」

 アイスレディーから強大な魔力が盛り上がっていく。

「おそらく火属性が弱点よ!」

「わかってる!」


 私とルーカス王子は火属性の魔法を繰り出した。

「ファイアスネーク!」

「フレイムアロー!」

 私の放った“炎の蛇の魔法”がアイスレディーに巻き付いた。

 身動きが取れなくなったところにルーカス王子の放った“炎の矢”が突き刺さる。

 完璧なコンビネーションだった。


 水蒸気爆発みたいに霧のような湯気が吹き上がった。

 視界が晴れると。

「なかなかやるわね……」

 アイスレディーは無傷で不敵に笑っていた。

「物を熱するよりも冷やすほうが難しいのよ。妾は貴方たちよりもレベルが高いの」


「今度は妾の番ね。エブリブリザード!」

 アイスレディーの突き出した両手から、凄まじい吹雪が吹き出してくる。

 私とルーカス王子の下半身が凍りついた。

「動けないでしょう?」

 アイスレディーは妖艶に笑った。

 私は体内に魔力を循環させて熱を生み出し、下半身の氷を溶かした。

 ルーカス王子も同じようにして下半身を自由にする。


「アメリア、合体魔法で倒すぞ!」

「はい」

 ルーカス王子がキリッと引き締まった顔で言った。

 こういう顔をすると格好いいのよねぇ。

 私は彼と手をつないで魔力を同調させていく。

 巨大な魔法陣が二つ出現した。

「合体魔法、アグニキャノン!」


 超高温の青白い炎の巨弾がアイスレディーに命中した。

 氷が溶けて水蒸気になるように白い霧が広がった。

 私はアイスレディーが溶けて消える前に、瞬間移動で遠くに逃げたのを感じ取っていた。


「逃げられたけど、私達の勝ちね……」

「俺もやるときはやるだろう?」

「さっきのは格好良かったわ」

 ルーカス王子が得意そうな顔をして私を見ている。

 私は最近では珍しく彼に微笑みを向けた。

「休める場所を探しましょう」


 地面が平らになっている比較的過ごしやすそうな場所を見つけたので、そこに並んで座った。

 ……だけど寒い。

 動いているときは魔力を循環させているので何とかなるが、座って休んでいると寒さが身に堪えてくる。

 どれくらい時間が経っただろうか。

 寒さに耐えきれなくなってきた頃に、ルーカス王子が狂った。


「アメリア、服を脱げ……」

 私の服に手をかけて脱がそうとする。

「な、何を考えているのよ! こんな大変なときに!」

「大変なときだからこそだ!」

 普段は馬鹿王子のくせに女の服を脱がせるのは手慣れている。

 激しく抵抗していたが、ビリビリと破かれて魔法学園の制服を剥ぎ取られてしまった。

「い、いや……」

「下着も脱げ!」

「あ、あぁ……やめて……」


 私も年頃の淑女である。

 これから何をされるのかを想像したら怖くなった。

 私が身をギュッと縮こまらせて震えていると、ルーカス王子は私の服を地面に置いて火魔法で火をつけた。

 そして、火にあたって和んだ表情になる。

「アメリアも火にあたれよ。そのままじゃ寒いだろう?」

「……?」


 まさか、火にあたりたいから私の服を脱がして燃やした?

「はぁ?」

 私は魔力を込めたパンチをルーカス王子の顔面に叩き込んだ。

「ぶほっ……」

 ルーカス王子が吹き飛ぶ。

 私は追撃して火魔法を使った。

「そんなに火にあたりたいなら、あんたの服を燃やしなさい!」

 彼の服に火がついた。

 メラメラと燃え始める。

「熱い、熱い……」

 彼は服を脱いで地面に叩きつけた。


「何するんだよ?」

「それはこっちのセリフよ! 淑女の服を燃やして裸にするなんてどう言うつもり?」

「俺たちは婚約者なんだから、裸を見られても平気だろう?」

「馬鹿!」

 私はルーカス王子をぶっ飛ばした。


「……」

 しばらくは二人共無言で離れた位置に座っていたが、ルーカス王子が近寄ってきた。

「何よ?」

 私はつっけんどんに睨みつけた。

「悪かった、アメリア……」

「今さら謝ってくれなくてもいいわよ」


「ここで二人きりになって、俺は気がついた。俺にはアメリアが必要なんだ」

「え……?」

「結婚してほしい」

 私はこんなときなのに顔が真っ赤になった。

 それと同時に気がついた。

(私、こんな駄目王子が放っておけないんだ……それって、“好き”なのとは違うよね)


「今までさんざん迷惑をかけてきたから、すぐに信用してくれなくても仕方ない。でもこれだけは言わせてくれ」

 真剣な目で見つめられると、不覚にもドキドキが止まらなくなった。

「身体を重ねて温め合おう」

「えぇ……!?」


 ルーカス王子がガバっと覆いかぶさってきた。

 両手を掴まれて抵抗できなくされ、唇を奪われた。

「んんっ……」

「アメリア、俺の女になれ!」

 彼は強引に私の身体を奪ってきた。

 その時には精神的にも体力的にもグッタリしていて、抵抗できなかったのである。

 ルーカス王子は凄い精力で次の日の朝まで私の身体を貪り続けた。

 そのおかげで体が温まったままで、凍死することはなかったのである。


 その後どうなったかというと、しばらくすると魔法陣が出現して、もとの卒業パーティーの会場に戻されていた。

 雪山で一昼夜過ごしたのだけど、パーティー会場では十分くらいしか時間が流れていなかった。

 ルーカス王子の母親であるマライア王妃が現れてミア男爵令嬢を招き寄せた。


「計画通り上手く行ったようね」

 マライア王妃は上機嫌だった。

「貴方達の仲がなかなか深まらないから、ミア男爵令嬢をけしかけたのよ」

「ごめんなさい。私はマライア王妃様に雇われて、ルーカス王子を誘惑したんです」

 ミア男爵令嬢はぺろっと舌を出した。

「それじゃぁ、最初から俺とアメリアを雪山に送り込むつもりで……」

「……」

 私はあまりのことに思考停止状態だった。


「それよりそんな恰好じゃ風邪をひくわね。誰か服を持ってきてあげなさい」

 私とルーカス王子は裸でいることを思い出して、羞恥心で悲鳴を上げた。


……


 一カ月と数週間後、つわりが始まって私が妊娠していることがわかった。

 覚えがあるのはあの雪山だけだから、ルーカス王子の子供である。

 王宮で話をしてみるとルーカス王子がすぐに結婚式を挙げようと言ってくれた。

「淑女が結婚前に子供を産むのは醜聞になるからな」

「ええ……」

 結局、この馬鹿王子を支えながら生きて行くしかないのね。

 子供まで出来たらもう諦めてるけど。


「あんまり世話を焼かせないでね。旦那様」

「何を言う。俺はただ、後先考えないだけだ」


 その後も色々あったけど、子供を三人産んで、離婚することもなく添い遂げたのである。

 幼なじみの王子と結婚できて、それなりに幸せな人生だった。


<終わり>

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浮気されて婚約破棄された令嬢は雪山で全裸で抱き合って懐妊する 華咲 美月 @tomomikahara24

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