3.つまらない人生

駅裏の路地に連れて行かれた啓介。いきなり黒服の男達に羽交い絞めにされ殴られる。


「真理恵様に近付くな」


黒服の太く低い声が啓介に響く。



(な、何が起こって……!?)


意味が分からないまま恐怖に襲われる啓介。黒服の男が厚みのある茶封筒で啓介の頬を軽く叩きながら言う。



「これは帰る交通費だ。まあすぐには帰さんが」


黒服の男は啓介の上着のポケットに茶封筒を入れると、同じくポケットに入っていたスマホを取り出す。


「これはちょっと預かる」



それを見た啓介の顔が青ざめる。



「や、やめろ!! お前、何をするんだ!!」


ドン!!


「ぐふっ!」


騒ぐ啓介を再び殴る黒服の男。



「調子に乗るなよ、ガキが。お嬢様の知り合いだからこの程度で済んでいるんだぞ」



(こ、こいつら何を……)


啓介はそのまま黒服達の用意した車に乗せられ、口に何やら匂いのする布を当てられたところで意識が無くなった。





「あれ……、ここは?」


啓介が気が付くと、まったく知らない公園のベンチで横になっていた。体には冷えないように毛布が掛けられている。起き上がろうとすると殴られたお腹に強い鈍痛を感じた。



「俺は、何を……」


すぐにスマホで時間を確認すると、既に日付も変わりずいぶん時間が過ぎている。啓介は慌ててスマホを立ち上げ、いつの間にか知らないメッセージが真理恵に送られていることに気付き愕然とした。


『ごめんなさい。真理恵さん。もう会うことはできません。さようなら』



「なんだよ、これ……?」


すぐにあの黒服達の仕業だと思った。

そのまま真理恵にメッセージを打ち送信ボタンを押す。



「あれ?」


送ったメッセージが届かない。何度も送るが届かない。

怒ってブロックされたのだろうか。電話をかけてもなぜか繋がらない。啓介はうなだれてしばらくその場から動けなかった。






「こんな展開……、これはちょっとさすがに行き過ぎではありませんか?」


初老の男性が書いた内容を読み直した老婆が言う。男性はしばらく宙を見つめてから答えた。



「いえ、いいんです」


「そうかしら。そう仰るなら、まあいいわ。ではこれで行きましょう」


初老の男性は椅子に座り直してから老婆に尋ねる。



「で、この後は一体どうなるのでしょうか?」


老婆が答える。


「しばらくは悲しむ少女を書こうと思います」


「かしこまりました」


初老の男性は老婆が書き始める文字を見つめた。






「自分がどういう事をしたのか分かっているのか!!! 真理恵っ!!!」


「申し訳ございません。お父様……」


深夜、家に帰った真理恵はずっと帰宅を待っていた両親から叱責を受けていた。ひたすら謝る真理恵だったが、両親の怒りは収まらない。



「もう土曜日の午後の自由外出も禁止にします。良いですか?」


「はい……」


母親の言葉に頷く真理恵。ただ彼女の頭の中にはそんな事よりも、啓介からのメールの文章がぐるぐると回っていた。



『もう会うことはできません、さようなら……』


思い出すだけで涙が溢れる言葉。

何がいけなかったのか。どうしてもう会えなくなってしまうのか。考えても分からない真理恵の目からはボロボロと涙が溢れる。



「そんなに泣いても無駄だ。もう決めたことだ!!」


父親は真理恵に厳しい口調で言う。

真理恵はひたすら下を向き、肩を震わせながら涙を流した。




翌日以降、真理恵は何度もメールを啓介に送った。

スマホから、PCから。

だがすべてのメールが彼に届くことなく返送されて来た。何がどうなっているのかは分からない。ただ父親の命によって連絡が取れなくなっているだろうと真理恵は思った。



(本当にもう、このまま会えないのかな……)


外出も禁止され、スマホでの連絡も取れない。

毎日ベッドに入って枕を濡らす真理恵。啓介に会えぬまま時は過ぎて行った。







「そんな……、そう……でしたか……」


初老の男性は老婆が書いた小説を何度も読み、そして深く息を吐いてから言った。老婆が言う。



「辛いお話でしょ?」


「ええ、色々覚悟はしておりましたが、辛いお話です」


初老の男性の目が少しだけ赤くなっている。そして老婆に尋ねた。



「それからどうなるんでしょうか?」


「どうなる?」


「ええ、この続きです。大変興味があります」


老婆は少し考えてから答えた。




「もう終わりですよ」


「終わり?」


初老の男性は首を傾げて言う。


「ええ、終わり。この後少女は何もなく暮らしていきます」


「何もなくって、そんなことはないでしょう。結婚したり、子供を持ったり、幸せな家庭を築いて……」


初老の男性は老婆が首を振っているのに気付いた。老婆が言う。



「そんなことはありませんよ。この後はですね……」


老婆はゆっくりと語り出した。






「どうしてだ!! どうしてなんだ、真理恵!!!」


屋敷に今日も父親の怒声が響く。

それを無表情で聞いていた真理恵が冷淡に答える。


「どうしてって、前にもお伝えしましたよね。お父様」


「そんなことは分かっている!! だが……」


真理恵が言う。



「わたくしは誰とも結婚は致しません。その代わりに必死に勉強し、社交界でも顔を広め、お父様の会社も立派に盛り上げて来ました。それが何かご不満でも?」


「ううっ……」


啓介と別れてから真理恵は、必死に勉強し、全て両親の期待に応えた。結婚を除いて。母親が言う。



「真理恵、あなたももういい歳です。いい加減私達に孫の顔を見せてはくれないかしら。あなたに相応しい男性ならこれまでたくさん紹介しましたよね?」


真理恵が答える。


「相応しい? ご冗談を、お母様。そんな男性、ひとりもいませんでしたわ」


「はあ……」


真理恵の母親が頭を横に振る。



「お前は生涯独身でいるのか!!」


父親の言葉に真理恵がすぐに返す。



「構いませんわ、独身で」


「真理恵……」


「あの人以外との結婚には一切の興味が持てません。もう何度お話しましたか?」


「……」


黙り込む両親。

真理恵は頭を下げるとふたりの前を去って行った。






「そんなことが……」


驚き戸惑う初老の男性。

老婆は苦笑しながら言う。



「つまらない人生でしょ? 少女にとってその後の人生なんてものはおまけ。完全に魂の抜けた人間なんです」


初老の男性は首を振りながら言った。



「そんなことはない。彼女が元気で生きてくれるだけで、彼は幸せだったんだですよ」


男性の頬に涙が流れた。

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