恥知らずの吸血鬼
プシュー
「シュガール様、お疲れさまでした」
「奥でマスターがお待ちです」
「…あ、あぁ」
調整室を後にし、管制室の扉を開けた瞬間に二体のアンドロイドに出迎えられ、思わず空返事をしてしまう。
「お疲れ様、今日はあの子はどうだったの?」
管制室の最奥。
幾重ものモニターの手前で、車椅子に座った老齢の女性が戸惑っている私に声をかける。
彼女はこの施設の管理者兼、私の契約相手でもあり、リリの製造元である女性。名はリートゥ。
「中々良かったぞ。これならば予定より早く仕上がるかもしれないな」
「そう、良かったわ」
リリの評価を述べながら車椅子の前まで近寄り、膝をついて皺が刻まれて細くなった腕を優しく掴む。
「今日の分を頂くぞ」
「ええ」
カリッ
腕に突き立てた牙は直ぐに骨へと当たり、僅かな血を吸うだけでも彼女の体に負担がかかるのが理解出来る。
だが、それでも血をを吸う行為は契約の継続に必要な為、形だけでも血は吸わねばならない。
いっその事、全ての血を吸い眷属にした方が楽なのだろう。だが、それでは意味が無いのだ。
「相変わらず、腕から吸うのね」
「……首からは過去を思い出すのだろう?」
「そうね。70年も前だけど、未だに恐怖を感じるわ」
70年前の吸血鬼と人との戦争。
リートゥは当時の
吸われた量が少なかった事で眷属にはならずに済んだ様だが、彼女は人間達に『いつ眷属化するか分からない』と疎まわれ、一人で復讐の為に生きてきた。
そして、吸血鬼に対抗する為にアンドロイドやサイボーグを作り出し、現在の
その時の契約が『あなた以外の全ての吸血鬼を殺す手助けをしなさい』という物。
私も現在の
「想定よりも早そうなら計画を前倒しにする必要もあるわね。流石はあなたの細胞という事かしら」
契約の範疇という事で私は肉体の一部をリートゥに提供しており、その細胞とリートゥの卵子から作られた子供がリリだ。
リリは生まれながらにして脳や肉体を改造されており、吸血鬼を倒す為の道具としてサイボーグにされた。
「そうだな。私は少し街に出てくる。新しい情報も必要だろう」
「そうね、生の情報も大事だからお願いするわ」
そう言い、私は私が殺したリートゥの両親を模したアンドロイドに見送られながら管制室を後にする。
そう、70年前にリートゥが居た街を襲った
リートゥの契約は私にも都合が良く、私も復讐の為に手を貸している。
私が
首から血を吸わないのも、当時と同じ状況で気付いてしまわないかを危惧しているからである。
プシュー
「おや…?」
管制室から通路に出ると、リリが通路の隅で膝を抱えて縮こまっているのが見えた。
「どうした。調整は終わったのか?」
「マ、マスターに話をしようとしたけど、忙しいって……」
リリは蚊の鳴くような声の大きさで、震えながら喋り始める。
ああ、毎度の事ながら、中々に厄介な親子の問題がまたも始まったな。
「そうか。彼女は計画を練り直すそうだ」
「マスターはお前とは話をするのに、私とは話をしてくれない……マスターの為に色々してるのに、マスターは私に興味を持ってくれない……」
リリは肉体自体は10代後半に改造されているが本来ならば6歳児だ。母親が恋しい精神状態でもおかしくはないだろう。
「お前の細胞から出来た精子とマスターの卵子で作られて、体も強くして貰ったのに、なんでマスターは私を見てくれないの……」
そう言い、膝の間に頭を突っ伏すリリ。
涙を流す機能は付けられていないが、その顔は泣いているのだろう。
「……リリはどうしたらいいの……分かんないよぉ………パパぁ………」
リリは普段は私を父とは認めていないし、私もリリを娘とは認めていない。恐らく、リートゥも娘としては認めていないだろう。
リートゥ自身も甘える対象である親を私のせいで失っている為、リートゥにリリを見てやれというのも酷である。となると、私が親の代わりをせねばならぬのが現状だ。
分かってはいるがどうにも歪な関係過ぎるな。だが、ここで折れて貰っては困るのでメンタルのケアもせねばなるまい。
「私はこれから街に情報収集に行く。男一人よりも女も居た方が怪しまれずに済む」
私の言葉にリリはハッとした様に顔を上げ、こちらを呆けた顔で見つめる。
暫くしてから私の言っている意味を理解したのか、その顔は徐々に口角が上がっていく。
「リートゥの計画の助けになるだろう。気分転換にもなる。ほら、さっさと着替えてこい。…露出の控え目な服にな」
「うんっ!」
さっきまで泣いていたというのに、あっさりと元気になり強く返事をするリリ。
子供の相手というのはとても面倒な物だが、我慢してでも行う必要が私にはある。
全ては私の目の前で私の伴侶を喰らった、現
その為ならば人間とも契約をするし、家族ごっこをもしてやろう。
私にはもう、復讐しか残されていないのだから。
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