第9章 歩もう

 二人は死ぬ。

 そう告げても、ソウもエリーも全く動じなかった。ソウはともかく、エリーが何の反応もしないのはおかしい。やはり二人には何かの力が働いている。

 二人の死を想像して、情けないが今にも脚が震えそうだった。マホメガは(果たしてリンヤに止められるかな)と笑った。あの薄汚いユニコーンの言いなりにはならない。手に倍の力を込める。脚を踏ん張る。

 ソウの背中が見える。市長室で真っ向から睨みつけてきた瞳は、今はこちらを見ない。

 歯を食いしばる。ソウとエリーの力は尋常じゃなかった。腕を無理やり振りほどき、走り出してしまう。その速さも並み大抵ではない。リンヤは脚が遅いわけではないが、それでも引き離されていく。幸い行き先はわかっている。追いつけないのならと、敢えて追わずに道を変えた。デグローニのおかげで抜け道はいくらでも知っている。

 二人の姿を確認できないのを不安に思いながらも、バシリアスまでたどり着いた。ちょうど入り口に向かって、二人が駆けていくところだ。リンヤも後を追う。

 ソウたちが通り抜けたあとも、建物の自動ドアは開いたままだ。まるでお前には何もできまいと言われているようで腹立たしい。

「今は苛立つタイミングじゃないっしょ……」

 小さく独り言を言う。耳から自分の考えを入れて、少し冷静になる。

 広いホールの中で、入り口と対面する形でエレベーターが一機設置されている。ソウとエリーがそれに乗る。閉まりかけた扉に走り寄った。足先を突っ込んで止める。体をねじ込むと同時に、背後で扉が閉まった。

 二人の表情は虚ろだった。自分の手が痛むくらいに二人の肩を掴む。

「ソウ、エリー、目を覚まして。行っちゃだめだ。だめなんだ」

 思い切り揺らしても、二人はリンヤを見ようともしなかった。ただエレベーターの電子盤が、数字を変えていくのを眺めている。はっとしてもっと下の階を押そうとする。餓鬼のような悪あがきでも、二人の命がかかっているなら試すしかない。

「行かなければならない」

 ソウの腕がリンヤを止めた。その間にエリーが文字盤の前に立つ。

「行かなければならない」

 ソウも、エリーも、全く同じ調子で、全く同じことを言う。同じ髪色、同じ瞳、同じ表情がリンヤを見つめる。まとう雰囲気が同じだと、この二人はまさに双子だった。

「なんだよ……行ったら二人は死ぬんだぞ!」

 腕は押しても引いても、引きはがそうとしても、びくともしなかった。為す術なくエレベーターは最上階についてしまう。

 ソウとエリーが再び駆けだす。リンヤは追いかける。それを繰り返すだけ。

 二人の体が市長室の前に立つ。自動ドアは勝手に開く。光の中に二人の姿が溶けていく。

 あの日、あの時、あの二人が、リンヤを守るために、したように、したように――

「やめろ!」

 リンヤも無我夢中で市長室に駆け込んだ。

 ソウとエリーが立っていた。生きている。マホメガが倒れている。まだ、生きている。

(よく来たね。ソウ。エリー)

 マホメガの静かな言葉に、二人の体がびくんと揺れる。

「あれ……ここ、は……」

「エリー……」

 エリーの柔らかな声。

「市長室、か……?」

「ソウ……」

 ソウの澄んだ声。

 二人の意識が戻った。その事実にリンヤは口から二人の名前を漏らすことしかできない。

「マホ……メガ……? マホメガ! 血が!」

 エリーの叫び声で目が覚める。された仕打ちも忘れて、マホメガを治そうとするエリー。一瞬希望が芽生えるが、これほどの血を失っては塞いだとしても手遅れだ。そもそもマホメガが自身の死を予見していたのだ。転生の時期だからと、リンヤが殺すのに任せた。

 今までのことは全てマホメガの思う通りだったのだ。相手に自ら選択したように思いこませ、実はそのヒトを操り、マホメガの望む通りを演じさせる。マホメガが見たいのは、絶望や殺戮や狂気だ。ここまで皆が騙されて、最後だけ失策なはずがない。

 恐怖が喉元からせりあがる。

「だめだ。ここからすぐに離れなきゃ!」

 ソウとエリーに駆け寄り、伸ばした手が直前で止まる。二人の体が光をまとっていた。否、二人の体が発光しているのだ。淡い水色に二人が光っている。

「なにこれ……」

 エリーは思わず治療の手を止めて、体を眺める。ソウとエリー、それぞれの体から放たれた光は、宙で一つになる。その光の塊から一筋の光がマホメガに注がれる。

「立って!」

「リンヤ?」

 治療のためにしゃがんでいたエリーの腕を掴む。困惑した顔を向けられる。その間も二人の体からは光が漏れ出ていく。

「このままここにいたら二人は死ぬんだ。マホメガが転生するために」

「どういうことだ? それはモエギ族の力がユニコーンから与えられたことと」

「ソウ、一回口閉じて」

 長々と考察を始めそうなソウに言い放つと、若干驚いたような目をされた。今はそんな場合ではない。二人の腕を掴んで、市長室の外へ向かう。

 まだ温かい。二人の体は生きている。ちゃんと、生きている。

(無駄な抵抗だとわかっているだろう?)

「……っ」

 足を止める。唇を強く噛みしめると、傷ついた場所をさらに抉ってしまう。同じ場所からまた血を流す。

「うるさい。お前の言葉は信じない」

(現にわたしの言葉を信じて二人を止めようとしたじゃないか)

 嘲笑うような声音に心臓の鼓動が速くなる。心のどこかで分かっていることを眼前に晒され、息が苦しくなる。

 違うと何度も言い聞かせる。まだ終わらない。ここから始まるはずだ。……始まるはずだった。

 やっと和解して、少しずつ歩むはずだった。

「リンヤの声、聞こえていた」

「……は?」

 ソウがそっと手を外す。振り返って見たその顔は、普段通りのものだった。冷静で、真面目で、的確な答えを導き出す。ソウならこの先に起こることはわかっているはずだ。死を目前にしているというのに、焦りは全く見えない。鼻の奥が痛み、熱くなる。

「いや、ここに来るまで誰の声かはわからなかったが……。必死に俺たちを止めようとしてくれただろう」

「それは……だってソウとエリーは……」

「リンヤがこんなに必死になってくれるのは、嬉しいものだと感じた。ちゃんと仲間になれたようだ」

 ソウが笑う。口角を上げ、白い前歯が少し覗く。グローリーシティの人間よりは上手で、それ以外の人間よりはうんと下手な、微笑みだ。

「よくそんな恥ずかしい言葉を吐けるね」

 リンヤも笑ってみる。ソウを真似したから、下手な笑みになったことだろう。ソウは光の中からその微笑みを見ていた。

「リンヤ、オババに私のこと……伝えてもらってもいいかな?」

 二人のやり取りを眺めていたエリーがおずおずと切り出した。リンヤは散々エリーのことを利用したというのに、その表情には申し訳ないという感情しか見て取れなかった。

 全力でリンヤを助け、ぶつかってくれるソウ。いくら利用しても、リンヤを信じてくれるエリー。似ても似つかないと思っていたが、やはりこの二人は双子なのだ。この双子に、礼をするために、これからの人生を歩みたかった。

「わかった。俺がしでかしたこともぜーんぶ隠さず伝えるよ」

 エリーはおかしそうに笑った。そしてその口が何かを伝える前に、

「その必要はない」

 リンヤの背後から声が聞こえた。

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