第5章 絡み合う思惑

 ソウとリンヤはデグローニの拠点に二人きりだった。ガルをはじめとする他のメンバーはいない。

「これが銃。あとこれね」

「……社員証、か? 用意できたんだな」

 リンヤがテーブルの上に中距離用の銃を二丁置く。それからバーコード付きのカードを、テーブルに滑らせるようにしてソウに差し出した。

「そ。これで一応あの建物に入れる」

「これも前言っていた人からか」

「その通り」

 リンヤが指を鳴らす。それを視界の端に捉えつつ、社員証を眺める。

 無論侵入方法を考える時点で、社員証の存在は話題に上った。あの時教官も事あるごとに社員証をかざして進んでいったのだ。リンヤは俺に任せてくれればいいと言って、結局道具の準備に関してソウは何もしなかった。普段通り、リンヤとの関わりが見えないように過ごし、空き時間にバシリアス周辺の侵入ルートを検討した。

「手際がいいな。ありがとう」

「いやいや。これで建物には入れるけど、ソウが行ったみたいな上層階には行けないから。せいぜい入り口まで。下っ端も下っ端だよ」

「地下に行けるかも不確定ということか」

「正直そう。成功確率はわりかし低いよ」

 リンヤが問うように片方の眉を上げる。答えはわかりきっているのだろう。

「行く。成功確率の低い作戦を、成功させるいい訓練だ」

 リンヤを想像して、片方の口角を上げてみる。リンヤも同じように笑みを浮かべた。




 決行日は週末の夜だった。デグローニの拠点でリンヤと待ち合わせ、バシリアスに向かう。バシリアスとは遠い街の言葉で『王』の意味を持つと聞いたことある。そう呼ばれるようになったのは二十年ほど前らしい。つまり新人類計画始動の時期だ。自らが居座る建物にそのような名をつけるとは、その傲慢さと余裕がよく表れている。

 ソウは遠くに見えるバシリアスを睨みつける。シティの中で最も高くそびえたつ建物。上層階では未だ電気が灯っていた。

 ソウとリンヤの服装はあえて普段通りにした。いつもより隠しナイフを多めに装着している。そして銃を隠すためにナップザックを背負っている。訓練服より動きにくいため、モエギ族の森での経験が生かされる。森に行くときにこの格好を経験していたからだ。

(そこを右)

(了解)

 リンヤに声をかける。侵入場所は物資の搬入口だ。夜になると見張りはいなくなり、機械での認証のみになる。

 夜のグローリーシティはいやに静まり返っており、ソウの緊張を高める。無意識に助け出したあとのことを考えそうになる脳みそを無理やり縛る。

 バシリアスはまるでソウたちを監視し、威圧しているようだ。それを迂回するように進んでいく。正面を避け、路地を抜けた先に、小さなドアがあった。

(あそこだ)

 周りを確認し、ドアへ向かう。ドアノブの上に数字だけの文字盤がある。その上にカードリーダーがついていた。ポケットからリンヤにもらった社員証を取り出す。静かにかざすと、ピピッと音が鳴り、パネルが緑色に光った。ノブはあっさり動き、ドアが開く。

 中は大きな空間なのだろう。だが所狭しと、金属棚や台車が並べられ、段ボールやプラケースが詰め込まれている。夜中だからかひと気はなかった。

(どうやら階段はないっぽいね。中か)

(ああ。どこかに入り口があるはずだ)

 乱雑に並べられた荷の中を歩いていく。上はなくとも、地下に続く階段はあってもいい気がするが、やはり見当たらない。たとえ捨て駒が配置される場所であっても、不安の目は摘んでおくということなのかもしれない。

 程なくして両開きの重厚な扉にたどり着く。搬入口と同じようにカードリーダーがあったので、再びかざす。そして中に踏み込んだ。

(わお……)

 小さく囁いたリンヤを睨む。感嘆の言葉などわざわざ声に出すべきものではない。リンヤは時々口での会話と脳での会話を混同したような言葉を発する。リンヤには口じゃないからいいだろという表情を返された。

 倉庫から出た途端、一気に視界が開けるような感覚に陥った。一階のホール部分は、倉庫と比べ物にならないほど広々としている。天井が吹き抜けになっているため、余計に大きく見えた。広いホールの真ん中に小さな受付があり、豪奢な室内灯がその上に吊るされている。所々にベンチと植木が設置され、美しい空間に仕上げられていた。

 このように広く、さらに飾り立てられた場所では、監視カメラの位置がわかりにくい。

(監視カメラがどこにあるか、までは情報入ってきていないか)

(さすがにねー)

 リンヤが一歩近づいてくる。ソウに顔を寄せ、小さく前へ指を出した。

(あの自動ドア。その先に階段がありそうじゃないか)

(ああ。見てみる価値はある)

 静かに頷き合って、走り出す。位置がわからないなら突っ切るのが手っ取り早い。わざわざ探す方が危険だ。そもそも社員証を使用している時点で、通過記録は残るのだから時間の問題なのだ。

 走りながら、ふと気づく。先程のリンヤの仕草。何気なく受け止めてしまった自分に呆れた笑みが浮かんだ。顔を寄せる必要は口で話すときくらいしか必要でない。気づかぬうちに随分染まっていたらしい。

(ソウ)

 先に自動ドアについたリンヤが手招きする。素早く追いつく。リンヤが自動ドアの横にあるスライド式カードリーダーに社員証を滑らせる。左右に開いていく自動ドアに体を滑り込ませ、細い通路に出る。エレベーターが並ぶ中、一番奥に階段があった。細長い電灯が弱い明りで下を照らしている。

 この先に、エリーがいる。

(行こう)

(りょーかい)

 リンヤの返答と共に階段を駆け下りる。時々監視カメラがあったので、その時ばかりは速度を緩め、死角に入った。しかしこの分だと赤外線センサーも張られているかもしれない。やはり時間の問題なのは変わらない。

 しばらく降りたところで、ようやく最初のフロアに出た。その下もまだ続いている。

 一旦階段を離れる。そこは細長い廊下だった。白く清潔な壁に囲まれ、人が余裕ですれ違える程度の幅があった。等間隔で左右にドアが並んでいる。

 リンヤと目が合う。小さく頷き合った。

 そして一斉に駆け足になる。リンヤと手分けして、走りながらしらみつぶしに部屋の中を覗いていく。どこも無人で、簡素な机とベッドがあるだけだ。たまに書斎のような場所もあった。いずれにせよ人のいる気配はない。

(あーあ。騙されたかねぇ)

(そんなに信用していない人間の情報を持ってきたのか)

(なわけ。でもそう言いたくなる気持ち、わかるっしょ?)

(真面目に探してくれ)

 二人きりでの行動で気が緩んだのだろうか。リンヤはすぐ喋りだす。周りに気配がないことは探っているのだろうが、無駄話をしている暇はないはずだ。

 やがて曲がり角に差し掛かる。途端にリンヤは黙り、壁に張り付いた。顔を少し出し、先を探る。

 リンヤが顔を引っ込めるのと、銃弾が床を穿つのが同時だった。

(何人?)

(四人。廊下を埋めている。増員の可能性あり)

(先に片づけておいた方がいいだろう。俺が)

(いや、俺が行くよ)

 リンヤがこちらを見る。その瞳は湖面のようだった。大きく感情が乱れているようには見えない。小さく頷く。

 リンヤが角から飛び出していく。銃弾が降り注ぐ。ソウは顔だけ出し、敵の位置を確認した。敵の手に向かって銃弾を放っていく。皆が銃を取り落とす中で、リンヤが気絶させていった。

 全員片付いたところでリンヤの元へ行く。

(怪我は)

(ない。とりあえず縛る?)

(ああ)

 持ってきていた縄を出し、身動きが取れないよう縛る。空き部屋に四人とも入れ、対面しているドアノブ同士を結んで、ドアが開かないようにしておく。

(警備隊か)

(だろうね。急がないと)

(そうだな)

 腰に触れ、ナイフの位置を確かめる。リンヤはナイフを二の腕に装着しなおし、銃を取り出した。

 リンヤがソウの前に出る。大人しくついて歩くと、並んだドアの中から敵が飛び出してきた。瞬時に床を蹴り、銃とナイフを交換する。リンヤが一番前の警備兵の銃を潰す。その背後からナイフに切り替えた兵がリンヤに向かう。そのナイフをソウが受け止める。力を緩めると、つられた相手が前によろける。その勢いを生かし、腹に蹴りを入れた。

「まーじ」

 リンヤが突然口を使って喋る。前を見る。追加で警備兵がこちらへ向かっていた。

「……やるしかない」

「おう」

 迷った末に口を使った。兵たちは特に驚いた風もなく、こちらへやってくる。よく訓練されている動きだ。

 そこからはもう無我夢中だった。体の動きに任せ、ナイフを振るい、体術を繰り出す。こちらが有利な点と言えば、味方が少ないことくらいだ。無論グローリーシティの人間は、仲間を傷つけることを厭わないが、やらないに越したことはない。そして今その手法を使わないということは、余裕があるということ。

 ソウは歯を食いしばり、目の前の人間に集中する。

 どれくらい倒したのかはわからない。一向に減らないところを見ると、本気で捕まえに来ているのだろう。

 若干息が切れてきた。リンヤは無事だろうか。

 つっと目をやった先、リンヤが背後から襲われかけている。

(リンヤ!)

 リンヤが気づく。間に合わない。あのままでは、刺される。

 走る。この距離では銃も間に合わない。リンヤと敵の間に体を滑り入れる。腕で防ぐ前に敵のナイフが胸から腹にかけて通る。服が破け、血がほとばしる。オババのネックレスが勢いよく揺れ、翡翠が血に染まる。

「ソウ!」

 リンヤがよろけたソウを支えた。胸元を押さえる。咄嗟に少し身を引いたので、傷はそこまで深くない。だが、ソウもリンヤもわかっていた。

 隣を見やる。

「……っ」

 思わず身震いしてしまう。

 リンヤが激しい怒りを露わにしていたからだ。今まで見たことのないような怒りを見せ、警備兵を睨んでいる。その勢いで人を殺せてしまうのではないか、と思わせる。ソウを心配してのことかもしれないが、たじろいでしまう。

 リンヤの肩にかけた腕に力を込める。緩めて、また力を入れる。

(……大丈夫。もう潮時だ)

 リンヤからは冷静な返答が帰ってきた。ソウとリンヤはとうに警備兵に取り囲まれていた。

 ソウを刺した兵が、耳元に手を当てている。本部に連絡しているのだろう。口元は全く動いていなかったが、ある瞬間、その顔に驚きの色がひらめく。

 警備兵がこちらを見る。その眼差しはなぜか二人を恐れているかのようにも見えた。

(……市長がお呼びだ)

 その声と同時に、手錠を掛けられた。


                〇 ● 〇

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