7
(エリーの居場所がわかった)
目の前の席のリンヤが言う。穏やかな陽気の午後だった。リンヤに話があると言われ、待ち合わせをしてカフェで落ち合ったのだ。
リンヤはストローでコーヒーをかき混ぜている。からからと氷が涼やかな音を立てる。客はそこそこ入っているが、皆無音で喋っている。だからやけに音が響いて聞こえた。
(出処は?)
(デグローニ。総務部の下の方で働いている人がいて、そこから漏れた)
(具体的な場所は)
(バシリアスの地下)
(そうか)
情報を出した人物を知らないから、真偽のほどはわからない。心のうちに多少不安はあっても、リンヤが持ってきた情報だ。信じるに値する。そしてグローリーシティにさらわれたと確定した今、エリーはもう駒の一つになったということだ。ソウやリンヤと同じだ。
おそらく今でもグローリーシティはモエギ族を諦めていない。だからより強い力を持つエリーを放っておくはずがないのだ。今はその力の程度を確かめているのかもしれない。そして戦争が始まれば、必ず――
(ソウ)
テーブルの下でリンヤに足を蹴られる。顔を上げると、リンヤが薄く笑いながらこちらを見ていた。青磁色の瞳が透き通り、まるで森から見える空のようだった。
ソウは空を見る。晴れている。グローリーシティから見るそれは、どこかくすんで見えた。また視線を下げ、リンヤを見る。
感情は薄い方だと思っていた。しかしそれは違ったのかもしれない。それとも相手がリンヤだから筒抜けなのだろうか。
(俺はエリーを、助けに行く)
(お供するよ、ソウくん)
シャツの下でネックレスが揺れた。
〇 ● 〇
ソウと一緒にエリーを助けに行くと決めてからの行動は早かった。まずデグローニの拠点にガルを呼び出す。そしてソウとすぐに向かう。
(日が陰るところに)
(栄光あり)
慣れた合言葉を口にして、すぐに店内に滑り込む。
ガルはすぐにドアから離れ、テーブル席に一人腰かけた。普段は狭く見える店内が、今はがらんとして見える。
「で、どうしたよ。急に呼び出して」
「前に言ったモエギ族の女。エリーがシティに捕まった。助けに行くから、少し手を貸してほしい」
ガルがこちらをきょとんと見つめる。髭面のおっさんの呆け顔というのは、それだけで笑いを誘うものがある。漏れる笑いを真顔に塗り替え、ソウをテーブル席に促す。二人でガルの前の席に座る。
「……はぁ?」
たっぷりの間を開けて、ガルの返答が来る。
「お前ら……急になんだ? 最初からモエギ族は副次的要素って伝えてあったろ」
「エリーに会いに行ったとき、その祖母から探すように頼まれたんだ」
「どうせ口約束だろ」
「でも、俺にとっても、ソウにとっても、エリーは助けたい存在なんだ」
ガルは黙り込み、リンヤとソウを交互に見る。どこからか入り込んだハエが騒がしい羽音を響かせ、電灯にぶつかる。テーブルにハエが落下する。ガルは手元を一瞥もせず、ハエを潰した。大きな拳に、血管が浮いている。
「……自分でもこの変化が何か、わからない。だから、助けたい。デグローニに極力迷惑はかけないから、頼む」
ソウが胸元で拳を作る。その下にはオババに貰ったネックレスがある。ソウは時折、その仕草をするようになった。何かに縋るように。もしくは自分自身を奪われでもしないように。
前に目立つから控えるよう指摘したら、
――不思議と守られている気がする。狙われているのは俺でなく、
エリーのはずなんだが。オババが何か魔法でもかけたのかも
しれないな。
そんな風に言って、静かに笑っていた。ソウからすればふざけたつもりだったのだろう。ソウは刻々と変化している。冷静な判断力は失われていないが、彼が抱く感情の中に、以前にはなかったものが確実に生まれている。ソウは、変わっている。ソウだけ、変わっていく。
「迷惑はかけないって言うがな、具体的に何してほしいんだ」
「武器を少し分けてほしい。銃がいいな。さすがにナイフだけだと勝ち目がない」
「武器ねぇ……」
「みんなで必死に集めたものだってわかってる。でも、頼むよ。助け出せたらエリーがこちらに加わる可能性だって上がる」
ガルをじっと見つめる。ガルもリンヤを見つめ返した。その瞳がふっと陰る。
「少し考えさせてくれ」
「ありがとう、ガルさん」
「感謝する」
「まだ協力すると決まったわけじゃねぇから」
ガルが二人を追い払うように手を振る。リンヤはソウに視線を向ける。珍しく高揚しているようだった。
「ソウ、俺はまだガルさんに話したいことあるから、先に帰ってて。この間のこともあったし、一緒の行動は避けた方が安全そうだ」
「ああ、わかった」
ソウはこの前教官に呼ばれ、グローリーシティの中枢を見たらしい。それはこの状況で有効でもあるが、危険もはらむ。諸刃の剣というやつだ。
ソウもすぐに言わんとしていることを理解して、店内から出ていった。
その足音は順調に遠ざかる。途中で脚を止めた様子はない。
「リンヤ、何のつもりだ」
ガルもそれを確かめたのか、口を開いた。
「お前らみたいな餓鬼が武器を持つ時点で、後ろの存在が疑われんだよ。何を企んでる」
「あーあ。ガルさんには敵わないねぇ」
両腕を広げ、肩をすくめる。わざとらしい仕草にガルの眉間にしわが寄る。
口角を下げ、ガルを見る。
「ガルさん、取引をしよう」
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