6
エリーは真っ白な部屋にいた。壁は全て白く塗られ、装飾の類はない。壁と天井の区切りがよくわからず、何とはなしにとても高いのではないかと思った。その真ん中にぽつんと一つ、椅子が置いてある。茶色の木でできた椅子だ。この空間では浮いて見えた。
この部屋にいるのはマホメガとエリーだけ。純白のマホメガはこの空間の中にいると、溶けて消えてしまいそうだった。空色の瞳だけが、空間に色を与えている。
「助けてほしい人って、どこに?」
ただ綺麗な空間というだけなのにエリーにはどこか恐ろしい気がした。ここにいてはならない。そんな思いが感情の泉から浮いてくるようだ。
思わずマホメガに縋るような視線を向けてしまう。
(もうすぐ来るよ)
マホメガはこちらを見ない。けれど、その声は、声だけは、いつも通りだった。
ソウとリンヤから話を聞いて、グローリーシティはすごい場所なのだろうと思っていた。そびえたつ壁と、その中に入って一瞬見えたビル群は、確かにその象徴なのだろう。壁の内に入ってからはすぐに地下に降りたため、それ以上はわからない。でもここはただすごいだけじゃない。モエギ族の暮らしとかけ離れているだけじゃない。何かがおかしい。そう感じた。
そっとマホメガの腹に触れる。呼吸に合わせて静かに動いている。マホメガは、消えない。
(ほら)
「え?」
白い壁の一部に隙間ができる。それは徐々に大きくなる。どうやら壁の一部が横に動いているようだ。そこから一人の人間が出てきた。
「こんにちは。エリーさん」
「こ、こんにちは……」
シャツにネクタイを締め、丁寧にジャケットまで着込んでいる。髪の毛は後ろに撫でつけられ、清潔にまとめられていた。
どこも怪我しているようには見えない。
(彼はここの市長)
「市長……一番偉い人……?」
マホメガが何でもなさそうに言うから、危うく素直に飲み込みかける。しかしすぐに事の重大きさに気づく。この巨大な都市で最も偉い人物が、わざわざエリーに会いに来たのだ。てっきりマホメガの知り合いが偶然グローリーシティにいて、その人を治してすぐ帰れるものだと思い込んでいた。
嫌な予感がする。
マホメガの腹に置いた手に力が入る。マホメガの鼓動を一身に感じる。
(エリー、申し訳ないのだが……)
その鼓動はすぐに離れてしまう。
(少し他の予定があって、わたしはここにいられないんだ。でも市長が全ての面倒を見てくれる)
「え、一緒じゃないの……?」
マホメガを見つめる。本当は他に聞くべきことがあるはずなのに、今のエリーにはマホメガしか映っていなかった。
マホメガは心苦しそうに目を細め、小さく首を振る。角が照明を反射して眩しい。目を閉じる。
(すまない、本当に)
その間にマホメガが壁の向こうに消えようとする。
「マホメガ!」
反射的に追うが、エリーには届かない。つなぎ目は綺麗に消え、もうどこに扉があるのかもわからない。指で辿ってみるが、少しの凹凸もなかった。
窓も自然もない、無機質なこの部屋で、エリーはたった独りきりだ。
「エリーさん、大丈夫?」
「あ、えと……」
「マホメガは何かと忙しいらしくてね。すぐどこかへ行ってしまう」
視聴が柔らかく微笑む。その瞳はマホメガが消えていった壁の方を見ていた。
「……市長さんは、マホメガといつからお知り合いなんですか」
「いつだったかな。ちょっとしたきっかけで知り合ったんだよ。気まぐれなやつだから、いつも一緒にいるわけでもない。でも、エリーさんに毎日のように会っていると聞いて驚いた。エリーさんは特別なようだね」
「そう、ですか」
正直市長は底が見えず、恐ろしい気がした。笑顔を浮かべていても、目だけは笑っていない。それでも今の言葉に素直に喜んでしまう。
マホメガにとって特別な存在。その事実がエリーの胸の中心あたりで熱を持っている。離れていても、マホメガがいれば、大丈夫だ。すぐに怪我人を治療して、また二人で帰ればいい。
「怪我した人はどこに? そのためにマホメガは私をここに連れてきたんですよね」
「……ああ、そうだね」
その言葉のすぐ後に壁に穴が開く。市長が合図したようには見えなかったが、ちょうどいいタイミングだ。
中から数人の人間が出てくる。皆同じ服を着ていた。ポケットがたくさんついていて、肌の露出が少ない。全体的に動きやすそうなデザインだ。ソウとリンヤは普段から訓練を受けていると言っていたし、それ用の服なのかもしれない。
顔色はそこまで悪くないが、各々包帯を巻いていたり、足を引きずったりしている。
(皆を治してほしいんだ。マホメガのために頼むよ)
(わかりました)
エリーの頭にはマホメガとすぐに帰る。それしか残っていなかった。
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