「従わせるにはどうすべきか……。懐柔? 薬? 精神操作? 体に、力に、支障がないのはどれだ……?」

 男が口元に手を当て、ぶつぶつと呟く。その目は一つもまばたきをせず、ただひたすらに一点を見つめていた。そこには磨き上げられた床があるだけだ。

(おや、また怖い顔をしているよ)

「それで話しかけるな!」

 男は声をかけてきた者に怒鳴りつける。その間も微動だにしない。口だけ動くさまはまるで人形が喋っているかのようだ。

(仕方ないだろう?)

 声をかけた者は怒鳴られたことを意に介さず、くつくつと笑っている。男はゆっくり瞬きすると、そちらに顔を向けた。

「お前の口調はまるで恩を忘れているかのようだ」

(いいや、感謝しているよ。だから律儀に脳で会話もしている。忠誠の証、さ)

「馬鹿にするな。そもそもお前を助けたのも、あの人と同じことをしたまでだ」

(それで君は彼のために今も邁進している。そしてわたしも君のために邁進している)

 男は小さく息を吐く。辟易したような声を口から漏らした。

「……それで、状況は?」

(順調かな。不確定要素はあるだろうが、それは覆せる程度のものだろう)

「そうか。そうすればダストリーを……」

 男の言葉が途切れる。その脳内に様々なことが駆け巡る。男のまぶたが下りていく。それに合わせるかのように、顔が下がり、また一点を見つめだす。

「もうすぐだ……。独りだったぼくを助けてくれた……ぼくを、わたしを救いだし……ここに……。ダストリーが……でもすぐ……あと少しで……」

 狂いきった男には、もう何も見えていなかった。

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