リンヤとソウ、二人並んで帰路を辿る。まだグローリーシティの壁は見えないが、リンヤはあまり喋らない。何かを考えているような表情のまま、無言で歩いている。

 リンヤはへらへら笑って、軽快に喋るが、それが本質でないことはなんとなく察せられる。心の奥では様々なことに考えを巡らせ、それを隠すために笑顔や会話で取り繕っている。その仮面を今出さないことに違和感を覚えた。だがその理由をわざわざ尋ねるほどの関係ではないし、仮に答えが返ってきたとしてもうまく返せる自信はない。

「俺の顔に興味でもあるー?」

 さすがに見すぎだったのだろうか。リンヤがソウに笑みを投げかけてくる。

「今日はあまり喋らないな」

「ソウが熱心だったから譲っただけのこと。なに、モエギ族とユニコーンに興味津々?」

「今も含めて、だ」

「ありゃ。質問は無視か。今日聞いた話を整理する時間くらい無言でいさせてよ。次々質問するから情報量にパンクしそうなんだって。優秀なソウくんとは違ってさー」

 リンヤは大げさに両手を広げ、首を横に振る。色々言いたいことはあったが、結局口を閉じる。しばらくリンヤの視線を感じていたが、やがてそれも外れる。二人無言で壁まで向かった。

 グローリーシティに帰り着き、リンヤとはすぐに別れる。監視の気配などに注意しながら家へ戻る。玄関のドアにカードを当て、鍵を開ける。灰色のドアを押すと、細い廊下が続いていた。途中の部屋から小さな明りが漏れている。白く頼りない光だった。

 足音を忍ばせ、部屋に近づく。引き戸にほんの少し隙間を開け、中を覗く。そこには母がいた。何かを胸に抱き、小さく震えている。時々抑えきれない吐息が空気を揺らし、ソウの耳まで届く。その頬には涙が伝う。大きな悲しみを必死にこらえて、それでも涙は落ちてしまう。悲痛に満ちた母。小さなランプの光が、その姿を照らしていた。とても脆く、今にも消えてしまいそうな姿を照らしていた。

 ソウは知っている。あの胸の中には、父の写真があることを。ソウの記憶では写真だけの父。いつ死んだのかも、なぜ死んだのかも聞かされたことはない。

 引き戸をそっと閉じ、向かいの自室に入る。椅子に腰かけ、ラジオのスイッチを入れる。電源が入ると、機械を介してすぐにソウの脳内に声が聞こえだす。

(私たちのグローリーシティ。技術が進んだ私たちの都市は、市民が快適に生活するための設備が完璧に整っています。医療体制は整い、市民は病を恐れる必要はありません。全市民が無料で学校に行くことができ、将来の仕事も保障されています。私たちのグローリーシティは、どの都市にも負けません。素晴らしいシティ。まさに栄光の)

 電源を切る。脳の中の音声は不自然に切れた。

 この宣伝文句は、市民放送の中で毎日定期的に流されている。ニュースを聞くつもりだったが、代わりに嫌なものを聞いてしまった。

 小さなため息が口から漏れていく。

 ソウは知らない。もしこのグローリーシティが栄光の都市であるなら、なぜ母が泣く必要があるのか。今もなお父のことを想い、哀しみに満ちた涙を流すのか。

 椅子にもたれかかり、目を閉じる。

 リンヤのこと、エリーのこと、ユニコーン、モエギ族。様々な情報が頭の中を駆け巡った。新しい知識や新しい世界は、常にソウの心を揺らしている。母の涙も、ソウの心を揺らしている。

 長く、細く、口から息を吐く。小さな音は誰にも伝わらず、静かに消えていった。


                〇 ● 〇

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