エリーと別れたあと、リンヤとソウは無事にグローリーシティに戻った。壁の内に入ってから、すぐにソウと別れる。そしてリンヤは帰宅の途に就かず、ある場所に向かった。

 監視カメラの少ない裏通りを進む。ここは裏通りの中でも、特に酷い場所だ。管理番号がついているだけで打ち捨てられている。腐った生ごみの臭いが鼻腔を通り抜け、飲んだくれて倒れている人のうめき声が耳を埋める。こういった場所は寧ろリンヤたちには有難い場所だ。監視カメラもお飾りのようなものである。だからこそ警戒は怠らずに歩き、さびれた看板を掲げる飲食店の前にたどり着く。ドアを五回叩く。

 入り口は申し訳程度の明りがともっているだけで、あちこちにクモの巣が張っている。

(日が陰るところに)

 返事はたっぷり時間をかけてから返ってきた。

(栄光あり)

 リンヤが静かに返すとドアが開く。中から無精ひげを生やした壮年の男が顔を見せる。リンヤは素早くあたりを確認してから中に滑り込んだ。

 店の中には数人の男女が集まっていた。最初に顔を見せた男と同じくらいの年代の者もいれば、二十代くらいの者など様々な年齢層が集まっている。本来なら客が座るはずのテーブルやカウンターが、他の者で埋められている。

「今日はどうした」

「ガルさん、モエギ族に会ってきた」

 壮年の男――ガルはリンヤの返事に興味深そうに目を細めた。無精ひげを搔きながら、空いているテーブルに腰掛ける。リンヤは向かいに座る。周りに数人が立つ。座ったままの者も明らかに二人の会話に耳を傾けている。

「九代のソウ……だったか、そいつも一緒に?」

「そう」

「使えそうか」

「ソウの方はいい感じ。目的のためなら自ら血を流すことも厭わない。頭の回転が速い。まだだいぶ感情に乏しいけどね」

「まさにシティの子、だな」

「シティに否定的ってとこ以外はね」

 ガルはにやりと口角を上げる。切れかけの明りがじじっと音を立てる。虫の羽音が耳元を掠めた。リンヤは一つ息を吐くと、頬杖をついた。

「今度ここに連れてくる。いい?」

「ああ」

「モエギ族の方は微妙なのか?」

 ガルの返事にかぶせるように一人の青年が声を上げる。ジャギーだ。この中でリンヤの次に若い。そうは言っても二十代後半である。グローリーシティの研究職に就いており、モエギ族に元々興味を抱いていた。「さーせん、ガルさん」と即座に謝る様子を見る限り、とても要職についているようには見えない。それにガルと誰かの会話に余計な口をはさむ人間は多くない。

「今日初めて会ったばかりだからまだまだ不確定。今日会った人は女で、お人好しって言葉が一番合う」

「えー早く会ってみたいよ」

「ジャギー。焦りは禁物っていつも言ってるだろ。ゆっくりでいいさ。まあリンヤなら百も承知か」

「そうだね。それにモエギ族がいれば作戦的にありがたい。その程度でしょ」

 リンヤの冷静な返しにガルは頷く。隣でジャギーが絶対会いたいと駄々をこねているが、周り全員に無視されている。

 ガルから視線を外し、隣のジャギーを見る。すぐに目を逸らし、集まっている仲間を一周した。元々所属していた者も、戻ってきた者も、新参者も顔ぶれは様々だ。無論今日来ていないだけで他の仲間もいる。その中でリンヤは唯一の十代だが、古株の方だ。

「昔みたいになったろ」

「ん? ああ、うん」

 ガルがリンヤの挙動を見て声をかけてくる。

「俺もデグローニに入るんだ! って駄々こねてたリンヤが懐かしいわな」

「立派に育ったもんでしょ」

 まるで父親のように頭を撫でるガルの手を払う。

 浮かんでくる当時の情景を振り払うように音を出す。唇を開いて、空気の通り道を作り、そこを通らせる。それは声になる。それは感情を乗せる。

「ガルさんよりよっぽど」

「ちげえねぇ」

 ガルはリンヤの生意気な口ぶりに怒ることなく、豪快な笑い声と共に返す。周りもやり取りを聞いて、笑いだす。ここだけ切り取れば何の変哲もない楽しい場面だ。無論こうして素直に笑えるのは、表面だけだというのもわかっている。

 無意識に固く拳を握っていた。

「大丈夫。あと少しさ」

 ガルの静かな声。もう記憶も薄れつつある父の姿と重なる。リンヤを呼ぶ声は、こんな風に温かかった。唇を噛みしめる。

 ガルの言葉で店内の空気が変わる。皆、十年前の悲劇を思い出している。思いは様々あれど、目指すところは同じだ。だからここにいる。憎しみを抱いて、ここにいる。それ以外の感情は必要ない。何もいらない。

「せいぜい役立つ職に配置されるよう頑張るよ。デグローニのために」

「気持ち悪いこと言うな」

 ガルの返事に小さく笑顔を作り、リンヤは席から立った。

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