第2章 モエギ族の力

 柄物のシャツを一枚着た男の後ろをついていく。花を模した柄がシャツ全体にちりばめられている。ソウからすればなぜこれを着ようと思うのか、その心理が理解できない。ただこの人間の軽薄な態度によく似合うと感じた。

(さてと、とりあえずここからシティを抜ける)

 男はグローリーシティの周りに巡らされた壁の前に立つ。壁の近くに来るのは初めてだ。見上げると頂点が遥か上方に見える。太陽の光が反射して鋭い光を放っていた。目を細め、視線を前に戻す。

 男は壁を静かになぞり、ある一点で手を止める。隙間に指を差しいれるような動きをすると、壁の一部が横にスライドしていき、ぽっかりと穴が開いた。

(あ、安心してよ。ここらの監視はちょちょいと細工してあるから)

(どうせ駒だから問題はない)

(いやいや。俺はそうだとしても、あんたは違うって。『九代のソウ』)

 『九代のソウ』

 昨日も男は口に出した。







(そいつ誰だか知ってる? 『九代のソウ』だよ)

 あのとき急に全員の脳内に声がかかった。その言葉を聞いて、目の前の男たちの目の色が変わる。おそらく口出しした男とソウ以外に聞こえるように会話を始めた。そうだとしてもこちらに向けた視線は全く逸らさない。

 市民学校は学年を代で呼び分ける。二十年前に入学した者は一代、その次は二代、そのように続いてきた流れで、十六歳である九番目のソウたちは、九代と呼ばれる。そのため代と名前を出せば、情報照会は簡単にできてしまう。そして成績上位者なら学校内の皆が知っている。どうやらソウの名前は市民学校の外にまで広まっているらしい。

(今日のところは見逃してやろう。次はない)

(はい)

(覚えておけ。わたしは警備隊、巡回部隊のヴァイラだ)

(はい)

 ヴァイラが細い目でソウを睨む。それに軽く頷くと、警備兵たちは帰っていった。

(危機一髪、だな)

 最初の声の主が暗がりから姿を現す。ソウより身長は小さいか、同等くらいだった。見覚えはない。おそらく学年は同じだろう。男は口角を上げ、歯を見せている。笑顔は笑顔なのだろうが、どうにも目の光は笑っていないように見えた。

(まだわからない)

(俺も危機の一つかもって? まあねータダで助けるなんてそりゃ思わないよな)

 一歩。男はソウに近づく。

 服装は市民学校の訓練服で、ソウと全く同じものだ。しかし明るく軽やかな態度はグローリーシティにはそぐわず、この男だけ別の世界に住んでいるようだった。

(んーと、ね。もし少しでも恩を感じているなら、明日またここに集合で)

(別に俺は今日のことを報告されても構わない)

(欲ないなー。じゃあ九代のソウが口で喋ってましたって……、いやダストリーとつながって内部から攻め入ろうとしてました、なんて報告してもいいかも?)

(は?)

(口で喋るってのはそれくらい大きいんだよ。シティへの反逆と思われてもおかしくない。俺らが生まれる前からのルール)

 目の前の男はとても脳で喋っているとは思えないほど表情がよく動いた。瞳は妖しく光り、口元は笑みを大きく描く。こんな人間をグローリーシティでは見たことがない。否、この男以外にこんな人間はここにはいない。

(さあ、どうする?)

 男は首をかしげ、ソウを見つめる。

 反逆罪を疑われればソウだけの問題ではなくなる。寧ろソウ以外に率先して被害が向かう。つまり唯一の身内である母は、必ず拷問され、殺される。

(わかった)

 男に報告され罪に問われる可能性。男についていき罪に問われる可能性。比較すれば後者の方が危険性は少ない。

 男はソウの返答を聞いて、にやりと笑った。

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