ここ、グローリーシティの夜は、街の明りで美しく輝いている。高層ビルが何棟も立ち並び、その明りを惜しむことなく見せつけている。どれも似たような造りで、異なるのはその階数だけだ。ビルの明りに負けじと、隙間なく並んだ街灯がその様を浮かびださせる。街行く人々はそれに感動することもなく、ただ無表情で歩き去っていく。たまに制御の下手な人の声がこちらに漏れ聞こえてくる。

 ソウは軽く頭を振ると、道を曲がった。ビルとビルの隙間を通って路地裏に出る。裏通り三十八。管理のために名前はついているが、光もなければ、音もない。大通り以外に電力を使ってやる必要はないという意思の表れ。忘れ去られた通りだ。

 おもむろにポケットに手を入れ、今日手に入れたバッジを取り出す。ひし形に対角線が引かれ、その中心に王冠を模した模様が描かれている。王冠の下には『5‐Ⅱ』という訓練番号が彫られている。バッジのデザインは訓練番号以外全て同じだ。鈍色のバッジは夜の闇に溶け落ちてしまいそうだった。

 ピンッ……とバッジをはじく。バッジは上にまっすぐ飛んでいく。落下してきたものを取る。

 ピンッ……とはじいて、また取る。

 はじく。取る。はじく。取る。

 何度やっても落とすことはない。手の位置もほとんど変わらない。ただ金属的な音が路地裏に響くだけ。

 言ってしまえば、ソウたち市民学校の生徒はこのバッジと同じだ。否、グローリーシティに住む全ての市民が、このバッジだ。何度も上げて、特別浮いたものは優遇し、落ちていったものには目もくれない。脳の会話が優秀なら、戦闘のレベルが高いなら、大切に育てていく。大した能力のない市民は、誰でもできるが過酷な場所に配属し、ただ働かせる。仮に隣町ダストリーシティとの戦争が再開されれば、使えない者は使える者の盾として扱う。使える者でさえ、市長の盾として扱う。市民はただの駒で、それが嫌なら殺される。

 非常にわかりやすく、非常に残酷な世界だ。

 そこには慈悲もないし、救いもない。勝ち組になれば僥倖。ただそれだけだ。

 バッジをポケットにしまう。口を開け、息を吸い、溜めた息を吐きだす。その時に声帯を震わす。全身に声帯の震えが駆け抜けていくような気がした。微弱な振動でも、慣れない刺激に体は驚いている。

「あー……」

 出してみた声はかすれ、思っていた以上に小さかった。一定の長さも維持できず、所々途切れてしまう。調整が難しい。

 まだ誰もやってこない。

「あー……い、う、え、お」

 再び声を出す。今度は先程より大きく、しっかりと音を持たせる。低い声が、狭い路地裏にこだまする。男は変声期というものがあると、本で読んだことがある。ソウの年齢では、どうやらそれが終わっているようだ。グローリーシティの知らない音が、夜空に上っていく。

(そこで何をしている)

 今度は人がやってきた。あっという間に五人に周りを取り囲まれる。全身黒で、暗闇の中では目立たない。太ももにホルスター。腰回りにナイフ。胸元には膨らんだポケット。実用性を重視したデザインの服。警備隊の街担当の班だろう。

(帰宅途中です)

(今、口から声を出しているように見えたが? その行為は二十年前より禁止されている)

 監視カメラで証拠はとうに捉えているだろうに、厭味ったらしい口調で男が詰め寄る。他の四人もソウを囲む輪を狭める。その厭味なリーダー以外、皆似たような表情をして、曇った瞳をこちらに向ける。上に立つ者は多少性格を行動ににじませても支障はない。下の者は感情を表すようでは、上に切られる。実にわかりやすい縮図だ。

 ソウは静かに相手の男を見つめ返した。

(何も言わないならそれでよい。とにかく一旦ついてきてもらおう。時刻十八時四十三分……)

(ちょっと待ってよ、皆さん)

 男がソウに向かって手を伸ばしたところで、軽い口調の声が全員の脳に降り注ぐ。

(そいつ誰だか知ってる? 『九代のソウ』だよ)


        〇 ● 〇

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